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45/173

45 私って



「……あなた、よくもノコノコとツラを出せたわね」


 まったくです。

 お姉ちゃんが取り込んでた幽霊さんたちを持って行ってしまうなんて。

 とんでもない火事場泥棒だよ。


「オレたちの前に出てきたっつーことはよォーぉ? テメェ、覚悟できてるってことだよな……!?」


 セレッサさん、やる気満々です。

 いったん地面に突き立ててた槍を抜いて、肩にかつぎながら近づいていきます。


「誤解しないでくれ。キミたちと戦い合うつもりなどない。あぁそうさ、人間同士で争うなど、なんと愚かなことだろう」


「あらあら寝ぼけているのかしら? それともボケてる? その歳じゃ、まだ少し早いのではなくて」


 ティアも言うねぇ。

 双剣を抜いて、二人とも臨戦態勢。

 対するドライク、とっても余裕そうですが……。


「逃がすと思うなよ」


「ここで終わりにしてあげる」


「ふふっ、さぁて、ソイツはどうだろう」


 チラリと後ろに目をやるドライク。

 するとなんと、衛兵さんたちが走ってくるじゃないですか。


 そりゃそうです。

 暴れてる悪霊たちが見えなくても、暴徒さんや火事場泥棒さんなら見えます。

 巻き込まれたケガ人だって見えます。


 王都でこんな大騒ぎ、出てこないはずありません。

 もしかしたら騎士団まで出てきてるかも。


「彼らの前で私を殺すかい? 武器を手に、人間であるこの私を襲うかい? するとどうなるだろうねぇ」


「チィ……ッ! どこまでも薄汚い……」


「大聖霊を呼ぶためならば、どんな泥でもかぶろうじゃないか。悪霊をこの世界からなくすためなら、世界を救うためならば、なんでもするさ」


「御大層なお題目ならべやがって……!」


 手を出せない二人、とってももどかしそう……。

 いっぽう余裕しゃくしゃくのドライク。

 なんか私のほうを見て、ニッコリと笑いかけてきました。


「トリス、あぁトリス。本当はね、トリスにも協力してほしい。世界のため、生きている人々のためなんだ。いいだろう?」


「……納得できません」


「何にだい?」


「全部に、ですっ! なにもかもわかんない! 『あなたが何をしたいのか』も、『どうしてティアの妹さんを殺したのか』も、……わ、『私とあなたの関係』だって。なにもかもがわかんないのに、協力なんてできるわけないじゃないですか!!」


「――おぉ、たしかにそのとおりだ」


 ポン、と手を叩いて、納得といった様子です。

 納得したなら引き下がるのか、と思いきや、ドライクは思わぬ提案をしてきました。


「では手始めに、互いをよく知るところから始めようじゃあないか」


「……はい?」



 ★☆★



 お姉ちゃんが祓われたことで、王都中で暴れていた霊たちは落ち着きを取り戻しました。

 『見えないヒト』にとっては、原因不明の事故と暴徒が多発した大惨事だったのでしょう。


 しかし多少なりとも『見えるヒト』にはまったく印象の違う事件。

 どちらにせよ、残した傷は深いものです。


 こうして今回の事件は、ひとまず解決しました。

 しました、はいいのですが……。


「んん、やはり素晴らしいね。この店の紅茶は最高だ」


 ……なんで私たち、ドライクとテーブルかこんでお茶してるんですか?


 紅茶の香りを楽しむドライクですが、リラックスしてるのなんてこのヒトだけ。

 ティアもセレッサさんも敵意むきだしでにらんでますし、テルマちゃんは私に憑依していつでも衣出せます体勢です。


「ここの茶葉はね、西方の島国から輸入したものなんだ。多少値が張るが、それに見合った価値があると思っている。キミたちも、気に入ってくれたかな?」


「バカにしてるの?」


「ケンカ売ってるだけならよォ、こちとらとっくに買ってんだぜ」


「あ、あの、二人とも、ひとまず落ち着いて……。ここで暴れたらお店に迷惑かかっちゃうよぉ……」


 このお店があるのは王都の東側、さわぎが小さかった方。

 ですがやっぱりどこかピリついた雰囲気が街全体にただよっていて、ちょっとでも騒ぎが起きたら衛兵さんや騎士団が飛んできそうです。


「こっちはあなたと親睦を深める気なんてさらさらないの。さっさと用件を聞かせてもらおうかしら」


「人がもっとも『恐れる』もの。なんだと思う?」


 ティアのうながし無視して、よくわかんないこと言い出しましたよこのヒト。


「謎かけでもしたいのかしら。質問に答えるべきは、あなたのほうよ」


「大事な問いさ。私はね、『わからない』ことだと思っている。見えない、わからないことを、人はなにより恐れるのだよ。見たまえ、『マナソウル結晶』を仕込まれたこの街灯の群れを」


 店の外、通りにズラッとならんだ街灯。

 夜になるとキラキラ光ってキレイですが、今は昼です。

 私たち以外、道ゆくだれも見向きもしません。


「古来より、人は夜を恐れた。闇に覆われ見えない暗がりを恐れ、今やこんなもので夜を照らして『安心』を得ている。霊も同じさ。『見えない者』の中には、霊を過剰に恐れる者がいるだろう?」


 ドライクの言葉に、パーティーメンバーだったマーシャさんを思い出します。

 あのヒト、幽霊すっごく怖がってたなぁ……。


「キミたちが私を嫌うのもね。『わからない』からなのだと考えた。なにをしたいのかわからない、なにを考えているのかわからない。だからこそ恐れ、敵意をいだく」


「べつに恐れてなどいないわよ?」


「ブン殴りたくて仕方ないだけだぜ?」


 そりゃ二人の場合そうでしょうが。

 ……私はね、こわいよ。


 このヒトの言ってること、間違ってないと思う。

 自分のことも、このヒトとの関係もわかんない。

 だからこわい。


「だからね、これを機会に知ってもらいたいんだよ。私のことを、グルドート・ドライクという人間を。恐れる必要などないのだということを、ね」


「……全部、教えてくれるんですか?」


「そうだよ。トリスが知りたいこと、なんでも教えてあげよう」


「だったら教えてください。私は、あなたのなんなんですか?」


「言ったろう。『娘』だよ」


「……っ、答えになっていません。だったらなんで、幽霊の村なんて作ったんですか。どうして私、記憶を失ってるんですか」


 こわい、答えを聞くのがこわい。

 だけど知りたい。

 知らないままのほうが、もっともっとこわいから。


 ドライクはおだやかな表情を崩さないまま、ゆっくりと口を開きます。

 私が求めて、恐れた『答え』を。


「トリス。キミはね、20年前に死んでいるんだ」


 ……意味がわかりませんでした。

 脳が理解をこばむ、ってこういうことなんですね。


「なに、言って……、るの……? わ、私、幽霊じゃない……! こうして生きて……っ」


「生き返ったんだよ。5年前に、私がよみがえらせた」


「そんな……、そんなの、信じられるわけ……!」


 私が、もう死んでる?

 一度死んで、生き返った?

 そんなわけ、そんなわけ……。


「そんなわけないでしょう。死んだ人間を生き返らせるだなんて不可能よ」


 ティアが私の言いたいこと、ぜんぶ代わりに言ってくれました。

 霊の専門家がハッキリ断言してくれて、心が少し軽くなります。

 ですが……。


「可能なのさ。……いいや、可能にしたんだ。あきらめない心が、不可能を可能にしたんだよ」


 断言、されました。

 自信満々に、断言されてしまいました。


「20年前――悪霊の襲撃を受けて、私は家族を失った。殺された。妻に憑りついた悪霊によって二人の娘が殺されて、妻も殺人の罪で投獄。のちに牢の中で、自ら命を断った」


 左右に小さく首をふり、涙をポロポロと流しながら話すドライク。

 否定したいのに、そんなわけないって言いたいのに……。


「う……ぅぅ……っ」


 語りとともに、脳裏によぎるフラッシュバック。

 いままで『封印』してきたなにかがほころんで、ちっとも思い出せなかった記憶が、とつぜん鮮明によみがえります。


 人が変わった『お母さん』に、『お姉ちゃん』が包丁でめった刺しにされて、血が壁一面に飛び散って、それから。

 それから、今度は私に刃をむけて……っ。


「はぁ……、はぁ……っ!」


『お姉さま!? お姉さま、しっかりしてください……!』


「テ、テルマちゃん……。だいじょうぶ、平気、平気だから……」


「怖かったろう、痛かったろう。……私はね、家族をあきらめられなかったんだ。家族に会いたい一心で葬霊術を学び、独学で改良した。召霊術で呼ぶだけでは満足できなかった。生き返らせるため、あらゆる手段を探した。そして見つけたんだよ、死者をこの世によみがえらせる方法を」


「その方法って……、うぅっ、その方法っていったい……っ」


「生者の肉体にね。死者の魂を下ろして、上書きするんだよ」


「……っ!?」


 ちょっと、待ってよ。

 だったら、私って。

 私のいまのこの体って。


 ドライクの話がぜんぶ、ぜんぶ本当だとしたら。

 私は『誰』?

 この体の本当の持ち主は、どうなったの……?


「あぁ、真っ青になってしまって、かわいそうに。だから話したくなかった。トリス、苦しいだろう。『真実を知る』というのは必ずしも良いことじゃない」


「こ、このサイコ野郎が……! 娘のために関係ない誰かを殺したってのか……!」


「なんてことを……」


「あ、あぁ……っ」


 私は、誰かを殺して生き返ったの?


『このお姉さん、『人形』だぁ』


 そう、そうなんだ、私は人形。

 だれかの死体に魂を入れられた、肉のお人形。


「あ、ああぁぁ……っ、あぁぁあぁあぁぁぁ……」


「トリス、気をたしかに持って。あなたはあなた、ちゃんと生きてる。確かにここにいるの」


 そんなの、わかんない。

 わかんないよ、ティア。


 私、生きてるの?

 死んでるの?

 私の体、誰のものなの?


「……なぁ。娘が二人いるって、それ、もしかしてタントのことか? 地下王墓でそんなこと言ってたよなぁ」


「あぁ、そうさ。あの子も生き返ってもらった」


「だったらよ……。どうして、アイツの……。ユウナの太刀筋のクセが、タントについてんだよ……!」


 セレッサさんとドライクが、なにか話してる。

 話してるけど、あんまり頭に入ってこない……。


「タントはね、とってもいい子だった。召霊術で呼び出したとき、私に心配をかけまいとして、『早く生まれ変わりたい』だなんてね。健気だね」


「答えろ、どうしてユウナを殺した……! なんで……っ!」


「蘇生法を確立し、トリスを生き返らせたあと、タントの蘇生も試みた。だが魂が呼び出せない。転生してしまっていたんだ」


「テメェ……。テメェ、まさか……ッ」


「転生すれば、すべての記憶が失われてしまう。タントとまったく関係ない『別人』になってしまう。タントは知らなかったんだね。タントを探して、探し回って、ようやく転生した先を突き止めた私は――」


 ニヤリ。


 口元をゆがめて、ドライクは口にする。


「『 取 り 戻 し た 』んだよ。娘の魂を。よみがえらせるために、この手にね」


「コ……、イツ……ッ」


「長かった。娘たちとともに暮らすための、長くけわしい道のりだった。でもね、諦めなければ叶うんだ。夢は、必ず叶うのさっ」



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― 新着の感想 ―
[一言] タントの魂がユウナっぽいのやらトリス同様記憶がないやらでまさかなと思ってたけどこれは吐き気を催す邪悪ですわ。 正直こいつが一番悪霊っぽいんだが。
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