42 追いかけっこ
奇妙な話だぜ。
赤髪の女から、たしかに霊力を感じる。
それも、悪霊の中でも最上位のどす黒い霊力だ。
こんな騒ぎを起こせるなんて、このクラスじゃなきゃムリだってのに。
なのにアイツ、騒ぎが起きている方向からどんどん遠ざかってやがる。
(……どうする? このままあとをつけていくべきか、声をかけるべきか。もしくは――)
騒ぎにかかわっていようがいまいが、ヤツぁまぎれもなく悪霊だ。
『筆頭』としちゃ放っておけないな……!
「……よし」
さいわい、ここは人目の少ない路地裏だ。
多少荒っぽいことやっても、衛兵が飛んできたりしねぇだろ。
そう腹を決めて物陰から姿を現そうとしたときだった。
「いるんでしょ? 出てきなよ、悪いようにはしないから」
「……!」
気づかれてたか……!
仕方なく姿を見せてやると、ヤツもクルリとふりむいた。
「……アンタ、何者だ」
「はじめまして。私はレイス・カーレット。トリスちゃんのお姉ちゃんやってまーす!」
「トリスの嬢ちゃんの、姉……!?」
★☆★
王都のマップに表示されてるお姉ちゃんとセレッサさんのマーキングに、まだ動きはありません。
一か所にとどまってるって、つまり話をしているのかな……?
それとも……。
「セレッサさん、無事だといいけど……」
『心配ないですお姉さま。あの人あれでも、ティアナさんの次の筆頭葬霊士ですよ? ブランカインドで一番強い人です、ティアナさん以外で』
「う、うん」
それ、セレッサさんが聞いたら怒りそう……。
そういえば大僧正さんって、ティアよりももっと強かったりするのかな。
おばあちゃんだけど、なんかティアがタジタジだったし。
それはそれとして、心配無用ってことだよね。
だったら急いでお姉ちゃんたちのところに行かなきゃっ。
さすがに王都、広いだけでなく路地も入り組んでてまるで迷路です。
土地勘がなきゃ迷宮と変わんないか、それ以上だね。
ですが今の私には、マップという武器があります。
最短ルートを突き進んで、お姉ちゃんとセレッサさんまでもう少し。
角をみっつ曲がった先の袋小路に二人がいます。
『お姉さま、ここからは静かに行きましょう』
「だねっ。セレッサさん、なにか考えがあって動かないかもしんないし」
バタバタ足音たてちゃったら、なんかが台無しになっちゃうかも。
速度をゆるめてそーっとそーっと、そーっと物陰から、袋小路をのぞきます。
「それでね! トリスちゃんったらお姉ちゃんのベッドに入ってきてぇ、『さみしくって眠れないよぉ』って! かーわゆぃよねぇぇえぇ!!」
「お、おう……」
……なにしてますか?
アレは私の知ってるお姉ちゃん。
いつもどおりに様子がおかしくて、だからおかしくありません。
そんなお姉ちゃんの私ジマンを、セレッサさんがあきれ顔で聞いてます。
もいちど言うけど、なにしてますか?
「もう13歳なのに、そんなちっちゃな子どもみたいに甘えてぇ……。それでかわいさに耐えかねて、頭をなでなでしてあげたら、『えへへ、お姉ちゃん大好きっ』なーんて!! もう、もぉぉぉう!!!」
「……」
チラッ。
セレッサさん、私に気づいてたみたいです、目配せしてきました。
指がピクリと動いて、いつでも斬りかかれる準備はできてるって、そういうことでしょうか。
「……っ!」
コクリとうなずくと、その数瞬後には、
ブオンッ!!
十字架のヤリが轟音とともになぎ払われていました。
「ちょっと、いきなりなにするのよ!!」
後ろに飛びのいたお姉ちゃん、右手が斬り落とされて黒いモヤを出しています。
……やっぱり、心が痛みます。
「確信はあった。が、100パーセントじゃねぇ。もし万が一、アンタが騒ぎの元凶じゃないとすりゃ、トリスの嬢ちゃんに顔向けできなくなるんでな。『確』を取れるかボロを出すまで、泳がせようって魂胆だったが……」
「セレッサさんっ! お姉ちゃんが巨人型の集合霊になって暴れてて、でもそっちには核がなくって。つまりそっちが本体ですっ」
「――ってわけだ。心おきなくテメェを斬れるぜ」
「……ひどい。ひどいひどいひどいひどいひどい」
「お、お姉ちゃん……?」
お姉ちゃんの本体から、まがまがしい霊気が立ちのぼります。
全身の毛という毛が逆立ちそうな、圧倒的なまがまがしさです。
「トリスちゃん、お姉ちゃんのこといらないの……? もうお姉ちゃんなんてどうでもいいから、お姉ちゃんが斬られてもやられてもなんとも思わなくって、どうして? どうしてどうしてどうしてどうしてどうして??」
「お姉ちゃん、もうやめてっ!! これ以上暴れてほしくない、ひどいことしてほしくないだけなの!!」
「トリスちゃんがお姉ちゃんのこと嫌いになるわけない。だったらどうして……?」
「ねぇっ、お姉ちゃん!!!」
「……やっぱりあの葬霊士。あの葬霊士がいなくなれば、コロして魂食べちゃえば、トリスちゃんまたお姉ちゃんの妹にもどってくれるよねぇ?」
だ、ダメ……。
私の説得、今の歪みきったお姉ちゃんには届かない……!
「だったら私は逃げないと。逃げればぜったいやられない……」
「行かせるかッ!!」
すかさず突きかかるセレッサさん。
しかしわずかにかすっただけで、お姉ちゃんは空高くに飛び上がってしまいました。
「クソっ、ティアナが力尽きるまで逃げ回るつもりか……!」
「追いかけなきゃっ! いくらティアでもいつまでもつかわかんないもん……!」
「言われるまでもねぇ! おい、おぶってやるからさっさと乗りな!」
「失礼しますっ!」
重くないよね、平気だよね?
心配しつつセレッサさんの小柄な背中におぶさると、
「飛ばすぜ、しっかりつかまってな!」
ギュンッ!
「わひゃっ」
すっごい加速圧。
路地裏を三角飛びで駆け上がって、あっという間に屋根の上です。
お姉ちゃんを探すと、すぐに見つかりました。
巨人のお姉ちゃんとは逆方向に飛んでいきます。
「さっさと仕留めてぇところだが。逃げ足はえぇな、あんにゃろめ」
「追いつけます……?」
「追いつくしかねぇ。やるだけやってみらぁ」
「……ですね、やるしかない。私も私のできることします!」
全速力で屋根を飛びわたって追いかけるセレッサさん。
すっごいゆれる背中に必死にしがみつきつつ、必要なくなった王都マップを解除して、目を閉じて。
集中、集中、集中して……開眼!
「綺羅星の瞳っ!」
……見えました!
やっぱり核を抱えてます!
「本体お姉ちゃんの頭の中、すっごく大きな『核』があります!」
「脳天ぶち抜きゃいいってわけか。まずは近づかなきゃならねぇが……!」
『追いつけそうに……ないですねぇ』
追いつくしかないわけですが、とっても早いです、お姉ちゃん。
しかもとっても高くを飛んでます。
「せめて飛び道具がありゃ、話は別なんだがな……。――いや待て、あんじゃねぇか」
おや、何か隠し玉が?
はやくしないと、お姉ちゃん本体からどんどん離れていってます。
「両手がふさがるからよ、しっかりつかまっててくれ!」
「は、はいっ」
力いっぱいぎゅーっとしがみついたところで、支えの腕が外されました。
そうしてセレッサさんがふところから取り出したのは、まがまがしい気配を放つ赤い棺です。
「手に入れたばかりのぶっつけ本番だが、なんとかなるだろ。なんせオレ、『筆頭』だからな!」
パチン、とフタをあけると、中から緑色した一頭身の鹿みたいなのが現れます。
これ、昨日の聖霊ピジューですか!?
「ー・」
「あーうっせぇ」
ざしゅっ。
『シカさん、かわいそうです……』
「だ、だね……」
みんな雑な扱いするんですね。
ヤリの穂先でサクッと斬られて、緑色のモヤを刃がまといます。
「ブランカインド流憑霊術。樹木をつかさどるその力、見せてみな」
お姉ちゃんの下あたりの建物の屋根を、セレッサさんが穂先で指しました。
するとなんと、そこから木がにょきっと!
にょきっと生えて枝がのびて、お姉ちゃんの足をからめとったんです。
「よし、うまくいったぜ!」
「すっごい! さすが筆頭さん!」
「だろー? もっとほめてもいいんだぜ?」
お姉ちゃんの動きを封じました。
さらにセレッサさん、ピジューが使っていたような木の枝の矢を大量に出しました。
「おらっ、食らいな!!」
次々と命中して、あぁお姉ちゃんが穴ぼこに……。
ですが核には当たっても、破壊するだけの威力がない様子。
「ダメです、核が壊れません!」
「チッ、やっぱ直接斬らなきゃダメか……。だったら近づきゃいいだけだ!」
すかさず距離をつめて、あっという間に刃のとどく距離へ。
狙いを脳天に定めて……。
「今度こそ――」
「……トリスちゃん。お姉ちゃんとっても悲しい」
「え――?」
ずぼっ。
お姉ちゃん、自分で自分の頭の中に手をつっこんで……。
ずるぅぅぅっ。
自分の『核』を、引っ張り出しました。
「だからね、あきらめられないの。葬霊士、恨み晴らさでおくべきか」
ブゥンッ!!
「投げただとっ!?」
猛スピードで投げられた核。
さっきのお姉ちゃん以上の速度で飛んで、遠く離れた巨大お姉ちゃんの中に……。
とぷんっ。
……と、なんと入ってしまいました。
「こうなったらね、全力出して殺しちゃう。お姉ちゃんからトリスちゃんを奪う奴らを――あばぁぁぁ」
どろぉぉぉぉ……。
核を失ったお姉ちゃんの本体だったものが溶けていきます。
皮がはがれて、肉が溶け落ちて、骨が丸見えになって、最後は黒いモヤになって消えていきました。
「あ、あんなこと、できた、の……?」
「まさか、だったぜ……! 核が入った以上、ヤツのパワーはこれまでとは比較にならねぇレベルのはずだ」
セレッサさんの視線の先には、変化をはじめた巨大お姉ちゃん。
巨人みたいな体がスライム状に溶けて、触手がたくさん生えていきます。
『とぉぉりいいいぃすぅぅちゅわわわわわわぁぁぁあんんんっ!!!!』
私の名前を叫びながら、体中から生えた触手をうにうにさせる怪物に、もうお姉ちゃんの面影はどこにも残っていません。
大好きなお姉ちゃんのあんな姿を前にして、私、心から思います。
助けたい。
お姉ちゃんのことを助けたい。
内から湧き上がる欲求が、心の底から望むものなのか、それとも『人助け欲』が作り出すものなのか。
今はまだ、わかりませんが。
助けたいって、強く思うんです。