41 大切なヒトの色
ボクら『ヤタガラス』が新たにかまえた事務所は、王都西部の墓地の近く。
さびれた裏路地の奥の奥、だれも人が来ないような場所でした。
以前の立地と比べると、天と地ほどの差がありますね。
とても静かで心地いい、という利点もありますが、しかし。
ドガァァァ……。
ぅぁ――、ぃゃ――。
静かな環境に似つかわしくない爆発音や悲鳴やらが、遠くからかすかに聞こえてきます。
「なんだネ、引っ越して早々騒がしいナ」
顔をしかめるヒーダさん。
どうにも気になるようですね。
ボクもです。
特に『悲鳴』というのが気になります。
人助けへの欲が燃え上がって、おさえつけらえません。
「ドライクさん、確認してきてかまいません?」
「あぁ、そうだねぇ。せっかくだ、万全を期して『みんな』で行こう」
みんなとは、それぞれが使う操霊術の切り札のこと。
ドライクさんがそこまで言うとは、ただ事じゃないかもしれませんね。
全員がデスクから『とっておきの棺』を取り出し、葬霊士の正装に身を固め、事務所を出ます。
ヤタガラスの使命、『人助け』を胸に。
そうしてやってきた街の中、想像以上の惨状でした。
割れ飛び散ったガラスの破片があたり一面に散乱し、魔動力車が街灯に突っ込んで煙を上げ、あちこちの建物から煙が上がって。
人々はパニックを起こして逃げ惑い、ごく少数が混乱に乗じて店の品を略奪し、そしてなにより目を引くのが大量の悪霊たち。
そこらじゅうで歩き回り、人間に憑りつき、『波長』の合うヒトが暴れ出す。
地獄、とはこのような感じなのでしょうか。
「クソどもガァ……! 好き勝手やってくれてるネェ……ッ!!」
ヒーダさんが左手に装着されている十字架状のクロスボウをかまえます。
小さな矢を装填し、霊力をまとわせてキリキリと引き絞り、狙うは憑りつかれて暴れる中の一人。
「ドライクレイア式葬霊術――魂脱の一矢」
ドシュンッ!!
放たれた矢が体を貫通し、暴徒が糸の切れた人形のように倒れました。
しかしあのヒトの体には傷ひとつたりともついていません。
人体を傷つけることなく憑依した霊のみを倒す、ボクの使う魂削りの刃と似た技ですね。
「悪霊どもメ……! 一匹残らず射抜いてやるヨ……!」
やる気満々のヒーダさん。
ボクらの中でも特に悪霊を憎んでますからね、このヒト。
ボクも見ているだけじゃありません。
剣を抜いて悪霊たちに斬り込み、魂削りの刃で暴徒と化した憑依者たちを救いつつ、倒していきます。
しかしこれだけの量の霊、いくら王都の環境とはいえ一斉に暴れ出すのはおかしい。
なにか原因があるはずです。
「……うん、なるほど。どうやらひときわ強大な集合霊がいるようだ」
「ドライクさん、わかるんです?」
「感じるのさ。これは都合が――うん。みんなが困っているからね。そちらには私がむかおう。二人は霊を狩り、人を助けて回るんだよ」
★☆★
お姉ちゃんです。
これはまぎれもなくお姉ちゃんなんです。
ですが、ティアの言葉がなかったらお姉ちゃんだと思えなかったことでしょう。
ドロドロのヘドロみたいな粘液が肌を滑り落ちて、腐ったドブみたいなニオイをまき散らす異形の巨人。
突き出たあばら骨にたくさんの顔がへばりついていて、苦しそうにうめいています。
こんな異形になるまでに、いったい何体の霊を取り込んだの……?
「トリス、いつものお願い」
「……うん」
集合霊なら、倒す手順も決まっています。
核を見つけて斬ればいい。
見つけるためには、まず目を閉じます。
それから魔力を瞳に集中。
集中、集中、とびっきり集中させて……、開眼!
「綺羅星の瞳っ!!」
……見えました!
お姉ちゃんの核は、核は――。
「核が、ない……?」
どこにも、見当たりません。
ありえない。
亡霊騎士のときとはワケがちがいます。
お姉ちゃんは確実に集合霊。
ぜったいに核があるはずなのに。
お姉ちゃんの体の中、どこまでいっても真っ黒で。
取り込まれたヒトたちが苦しそうに叫んだりもがいたりしてるだけ……。
「――そう。あなたがそう見えたなら、そうなのでしょうね。では次に『なぜか』を考えましょう」
自分でも信じられないくらいなのに、ティアってばあっさり信じてくれました。
そういうところが好きだなぁ、とか思いつつ、そうですね、理由を考えていきましょう!
「私はお姉さんの相手をする。なんとか突破口を見つけてね」
ティアが長剣を引き抜いて、巨人お姉ちゃんにむかっていきます。
『あなタヲころせバ、ワタシガおねえちゃぁぁぁぁあん!!』
ブオンッ!!
大振りの拳をひらりとよけて、反撃の斬撃。
斬られたところから黒いモヤが出てきますが、すぐに傷がふさがってしまいます。
「この再生能力……。削りきるには何時間かかるのかしら」
や、やっぱりただじゃ倒せそうにないね。
はやく答えを見つけなきゃ。
「テルマちゃん、どうしてだろう。お姉ちゃんに核が見当たらない理由」
『うーん……。核を持たない集合霊って、絶対にいないんでしょうか』
「前にティアが説明してたし、そこは間違いないと思う」
専門家じゃないので断言できませんが。
だとすると、どこかに必ず核があるはずで。
「うーん、うーん……」
わかんなくって首をひねってしまいます。
『お姉さまかわいいです――じゃなくてっ、こういうとき、今までに出会った霊を思い返せば何かわかるかもですよっ』
「おぉ、ナイスアドバイス!」
えーっと、特殊な核をもっていた霊といえば『半分の悪霊』かな。
自分の体をふたつにわけて、それぞれに半分にした核を持ってた。
だから両方が本体で、同時に斬らなきゃ倒せなかったんだよね。
「半分の悪霊……。アイツがやってたことを、もっと高度にしてみたら?」
『つまり分身みたいのを作って、そっちに核を全移植、ですか?』
「可能性、あると思う。だとしても……」
それだとかなりまずいです。
広い広い王都の中から、核を抱えて隠れてる本体を見つけ出さなきゃいけないんですから。
「どうしよう……。そんなのどうやって見つけたら……。せめて星の瞳をダンジョン外でも使えたら……」
『使えないんですか?』
「やったことないけど……」
王都のすべてをマップに映すって、どれだけの範囲と人数をとらえる必要があるのでしょう。
とてつもない芸当です、ものすっごい魔力を使いそうです。
それにできたとしたら、もう星の瞳じゃありません。
新しい技になっちゃいます。
ドガァァァァァッ!!
思考をさまたげるショッキングな光景。
お姉ちゃんの巨大な拳がティアをとらえて、吹き飛ばしました。
「ティアっ!」
「問題ないわ」
よ、よかったぁ。
よくみたら長剣でちゃんとガードしてました。
吹き飛ばされる間に体勢をととのえて、両足で家のカベにふんばって、ふたたびお姉ちゃんにむかっていきます。
けど、いくらティアでも『今度こそ』があるかもしれない。
なにより私の大好きな二人に、傷つけ合ってほしくないよ。
「……よしっ」
覚悟、決めました。
失敗しても、魔力がすっからかんになっちゃっても、見ているだけより万倍マシです!
「すーっ……」
深呼吸をして、深い深い瞑想状態に入ります。
すべての雑音、騒音、自分の心音呼吸音。
なにもかもから解き放たれて、全身に満ちる魔力を瞳に集中。
集中、集中、集中。
さらに集中、もういっちょ集中。
破裂するくらいの魔力を瞳にかきあつめて……。
「……っえい!!!」
気合いとともに開眼です!
すると、私の頭上に……。
『出ましたお姉さま、マップですっ』
「や、やったっ」
頭上に魔力球!
そして王都のマップが浮かんでいます!
せ、成功です!
よかったぁ……。
『そ、それにしても、ものすっごい数の黄色い点がうじゃうじゃしてますね……』
「う、うん。ちょっと気持ち悪いくらい……」
まぁ、それはさておき。
探すべきは霊の黒い点。
黒い点。
黒い、点……。
「いや多いよぉ!!」
そこらじゅうにあります、黒い点!
お姉ちゃんの本体がどれだかわかればいいのですが、これじゃあさっぱり……。
……ううん、ちがう。
マップに出てくるマーカーの色は、私の認識に左右される。
ティアはもちろん『青』。
テルマちゃんも霊だけど『青』。
二人とも、私の大切なヒトだから。
そしてお姉ちゃんの色も『青』!
その証拠に目の前で、青と青の二つの点が戦っています。
お姉ちゃんは、探すべきは青なんです。
「青、青の点を……。あ、あったっ!!」
中央寄りの路地裏あたり。
青の点が動いています。
ですがもうひとつ、青い点がいっしょにいますね。
いま、私が認識してるもうひとつの青い点といえば。
「これ、セレッサさんとお姉ちゃんがいっしょにいる……?」
『みたいですね。と、ともかくお姉さまっ、場所がわかったのですし、セレッサさんがいるなら好都合ですっ!』
「だね。ティア、お姉ちゃんの本体みつけた! 私今から行ってくる!!」
「さすがね、信じてたわ。何時間でも粘るから、安心して行ってきなさい」
「うんっ!!」
ティアを残していくことに、不安なんてありません。
ティアが私の力を信じてくれたから、私もあのヒトの力をうたがわない。
信じて、走り出します!
『……お姉さま、ちょっといいですか?』
「ほぇ?」
走り出しました直後、半透明の状態でひょっこり顔を出すテルマちゃん。
なにをするかと思ったら、私の顔をのぞきこんで?
『わぁっ、キラキラ輝く夜空のような瞳ですっ』
「そんなんなってるんだ」
なるほど参考になりました。
この新しい技の名前、考えるときに役立ちそう。
ともかく全力疾走で、目指すは二つの青い点。
お姉ちゃん、ティア、二人とも待っててね……!