40 王都騒然
爆発音がひびいた直後のことでした。
公園全体に、とっても嫌な空気がただよい始めます。
「このカンジ……。ティアもわかる?」
「えぇ。私のマントがピリピリ言ってるわ」
やっぱり気のせいじゃないみたい。
ダンジョン内に悪霊がいるときの嫌な気配に近いものを感じるんです。
ダンジョンじゃなくて街中なのに、とっても奇妙なことですが。
「近くに悪霊がいるようですね。お姉さま、お気をつけて」
「うん。なぜだか私、霊にモテモテだもんね」
いっつも私をおどろかせてくるんだから。
来るとわかってる以上、今回ばかりはおどろきません。
さぁどこから来る……!
右か、左か、それとも後ろか……。
――と見せかけて下!
「……」
はい、地面があるだけです。
予想を外してすこし恥ずかしい思いをしつつ、顔を上げると。
「さわ、るよ、ぉ?」
予想外の真正面。
目玉が半分飛び出して、くちびるをとんがらせた女の霊が、私の眼へと両手の親指を伸ばしてきていた。
「ひぃっ!?」
「めだ、ま、さわ、るよ、ぉ? ほじ、くる、よぉ、お?」
ゆっくりと、確実に、霊の親指が視界いっぱいに近づいてきて……。
『お姉さまにはお触り禁止です』
すぐさま私の体をおおう『神護の衣』。
テルマちゃんが憑依して、展開してくれたんだ。
バチィンっ!!
悪霊の手が衣にはじかれ、二の腕から先が消し飛びます。
ひるんだところにすかさず、
「十字の餞」
ズバッ!!
「さわ、りた、ぁぁ……」
ティアが銀の双剣で、十文字に斬り裂きました。
「トリスにはお触り禁止よ」
「あ、ありがと、二人ともぉ……」
おどろかないぞ、って思ってたのに、結局おどろかされちゃった。
それにしてもテルマちゃんとおなじこと言ってるね、ティアってば。
思考が似てきた……?
モヤモヤになった霊がミニ棺に吸い込まれて、しかしちっとも、嫌なカンジが消えません。
「ティア、まだいるっぽいよっ」
「……えぇ、そうね。けれども探す必要、ないみたいよ」
どういうこと、なんて確認するまでもなく、一目瞭然でした。
今度はホントに地面から、たくさんの悪霊たちが生えてきたんです。
だれもかれも歪みきって、口々に意味のわからないことをつぶやいています。
『羽虫』とか、『右のそで』とか、『二歩先』とか、ブツブツと。
真面目に内容について考えてたら頭がおかしくなりそうなので、置いておくとして。
「こ、この公園、お墓でもつぶして作ったのかなぁ……なんて、そんなわけないか」
「王墓から逃げた霊たちというわけでもなさそうね。人魂の状態から戻るまで、時間がかかるはずだもの」
『この霊たち、古代王墓の悪霊たちと似たものを感じます』
「つまりテルマちゃん、なにかに怯えてる……ってこと?」
『はい……!』
「猛獣に追い立てられる草食獣のように、威圧されて這い出てきた――といったところね」
つまりソレ、王都中の悪霊が逃げ惑うようなとんでもない霊が出たことを意味しますよね。
ダンジョンの外にそんな霊がいたら大変です。
「その『なにか』、被害が出る前にはやく見つけてやっつけないとっ!」
「えぇそうね。この霊たちは早急に片付けて、元凶を探しにいきましょう」
★☆★
広い広い王都中に散らばった、たくさんの霊魂たち。
さっきからちまちま見つけて封じれてはいるが、多分全部は見つかんねぇだろうなぁ……。
「せめてトリスの嬢ちゃんが、ダンジョン外でもマップ出せたら違うんだが。ムリな話かぁ」
きっと限られた空間であるダンジョンだからこそ、あんな芸当ができるわけで。
王都全体の霊と人間、その動き。
それから建物に地形まで、リアルタイムに描写し続けるとか。
どんだけの負荷がかかるっつー話よ。
「っと、また見つけたぜ。封縛の楔……っと」
ただよう魂を吸い込んで、これでようやく6人目だったか。
ま、やらねぇよかマシだろ。
一人でも多く救えって、ユウナならきっとそう言う。
「うし、せっかくだ。目標でも立てるか! そうだな、逃げてった霊が全部で300人として、最低でも40人は――」
ドガァァァァァっ!!!
「うお、なんだぁ!?」
爆発音か!?
つづいてまわりの通行人たちの悲鳴。
原因は、探せばすぐにみつかった。
魔動力車が街灯に頭から突っ込んでやがるんだ。
どうやらただの事故。
ケガ人が出ていようが、葬霊士の出る幕じゃねぇな。
死人が出たんなら別だけどよ。
「……ま、そのうち衛兵とか来んだろ。オレぁかまわず魂探し、と。……あ? アイツぁ……」
誰もが目をむけ、立ち止まる事故現場から、少しの興味もない様子で立ち去る赤い長髪の女。
明らかにおかしな挙動が気になって注目してみたが、大当たりだ。
「よく見なくても、アイツ幽霊だな。葬霊士としちゃ見過ごせねぇ。しっかり葬霊ってやらねぇと」
この世にさまよう魂を、ひとつでも多くあの世に送るのが葬霊士の使命。
見ちまった以上、放っておく手はねぇな。
「おい、そこのアンタ! ちょっと待ちな!」
早足に立ち去ろうとする霊に声をかけるが、アイツちっとも立ち止まらねぇな。
テメェに呼びかけられてるって気づかねぇのか?
人だかりができてるおかげで、見えない奴に呼びかけても不自然がられねぇが、こういうデメリットもありか。
「おい、お前だって! なぁ!」
人ごみをかきわけ手をのばし、ようやく届きそうになった、そのときだった。
女がニヤリと口元をゆがめ、直後。
パリィン!!
パリィン、パリィン、パリイィィン!!
「うわぁぁぁぁぁっ!!」
「な、なんだぁ!!?」
「きゃあああぁぁぁぁぁ!!!」
道にならんだたくさんの街灯、そのガラスがいっせいに砕けて、シャワーのように降り注ぐ。
さらに、あとから来た魔動力車までもが。
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁ!! 制御がきかねぇ、どいてくれぇぇぇえ!!!」
蛇行しながら人ごみの中に猛スピードで突っ込んできて、何人かを跳ね飛ばし、
ドガァァァァァァァアァッ!!!!
最初に事故ってた車に突っ込んで、肉と血しぶきをガラスとともにまき散らした。
「マジかよ……。なんだよ、これ……」
それだけじゃ終わらない。
マナソウル結晶を使った調理器具が発火し、レストランから煙が上がる。
連鎖するように通りの建物すべての窓ガラスが割れて、もう現場は大混乱だ。
「――そうだ、アイツは……!」
ボンヤリしてる場合じゃねぇ!
赤髪の女の霊の姿を探すが、ちくしょう、もうどこにもいねぇ!
「クソ……っ! この惨状、アイツがかかわってるとすりゃあ、とんでもねぇ悪霊だ。かならず見つけ出して祓わなきゃならねぇが、まずその前に……」
「痛いよぉ、痛いんだよぉ。助けて、なぁタスケテぇぇぇ」
足元にすがりついてきた血まみれの男。
さっきの魔動力車の運転手の霊だ。
「……あぁ、救ってやるよ」
まずはコイツを、それと他にも何人かの、事故で命を落とした霊をまとめて棺に吸い込んでから走り出す。
さっきの女、どこ行った……!
ぜってぇ見つけてやるからな!
★☆★
公園の霊たちですが、ティアにかかればあっさり全滅。
除霊完了です。
それはいいのですが、さっきから爆発音と悲鳴が、そこらじゅうで聞こえてきます。
これもう、ただごとじゃありません。
「親玉、はやく見つけに行こう!」
一秒でもはやく止めないと、たくさんのヒトが傷ついて、犠牲になってしまう。
『人助け欲』に突き動かされて、気持ちばっかりあせります。
「落ち着きなさい。やみくもに探しても徒労に終わるわ」
『ですですっ、こういうときはまわりをよーく観察すべきかとっ』
「観察、かぁ。よし、私の得意分野だねっ!」
マップを出して一気に霊の場所を――なんてできませんが、観察も感知のうちです!
まず爆発音の聞こえる場所に耳をすますと、どうやらだんだんと北から南のほうへ移動しています。
逃げてくるヒトの流れを見ても、大変なことが起きてる場所は少しずつ移動しているようです。
きっと『なにか』が動いています!
「わかった、こっちっ! ティア、ついてきてっ! テルマちゃんは神護の衣、切らさないようにお願いね!」
『承知しましたお姉さまっ』
「さすがトリスね。頼れるわ」
「頼りにしててっ」
ティアを先導して、全速力で走りだします。
嬢ちゃん撤回、頼れるところを見せつけますよ!
移動し続ける悲鳴と爆発、家事になにかが割れる音。
たくさんのケガをしたヒトや死んだヒトで、通りはまるで戦場のようでした。
そんな通りを歩く、長い赤髪の女のヒト。
『親玉』の位置、あきらかにあのヒトなんですが、なんだけど、だけどさ。
待ってよ、そんなの、そんなのって……。
「おねえ、ちゃん……?」
「……んんんんんっ???」
ぐるり。
背中をむけたまま、首を真反対までねじってふりむいたお姉ちゃん。
無事だった、なんて喜べない。
だって満面の笑みを浮かべたその表情、あきらかに普通じゃないもん。
私の知ってるお姉ちゃんじゃない。
「あぁぁぁらあらぁぁぁぁ、トリスちゃん♪」
『歪んで』しまっている……。
お姉ちゃんが歪んで、『悪霊』になっちゃってる……っ!
「あのね、ちょぉぉぉっと待っててねぇぇ? お姉ちゃんねぇ、いまたくさんの魂を食べて強くなってるところなのぉ」
「なにを……、言っているの……?」
「強くなって、そこの葬霊士から、トリスちゃんを取り戻して、思い出させてあげるのぉ。トリスちゃんのお姉ちゃんが、私ひとりだけだってこと♪」
「ねぇ、おかしいよ……。もとにもどってよ、お姉ちゃん」
「見てほしいのよ。見てほしい。トリスちゃん、見てぇ? 街を歩いてたくさんの魂を取り込んだ、つよくなったおねえちゃんをぉ」
ぐにぃ。
まるで黒いヘドロのように、お姉ちゃんの姿が歪みます。
ドロドロに溶けて、混じり合って、たくさんのヒトの顔が苦しそうに叫び声をあげて、また混じり合って。
そうしてどんどん膨れ上がって、最後には。
どす黒い暗黒の、歪みきった巨人が出現したんです。
「とぉぉぉぉぉぉぉりいいいぃぃぃぃすぅぅぅぅぅぅちゅわぁぁぁぁぁぁあぁんんん」
「……おっ、おねえ、ちゃん……なの……?」
「そおぉぉぉぉうよぉぉぉぉぉ?? トリスちゅわん、こまった顔も、とぉぉぉってもかわゆいいぃぃぃぃ。ぺロペロロロぉぉぉぉぉん」
長い舌をのばして、私を舐めようとしてきます。
ですが私、神護の衣に守られているんです。
『悪霊』の接触、ぜんぶ弾かれてしまうんです。
バチィっ!!
舌をはじかれてのけぞった『お姉ちゃん』。
不満そうにうめき声をもらします。
「……どぉうしてぇ?? どぉおして姉妹のスキンシップを拒むのおぉぉぉぉ!!? トリスちゃん、悪い子になっちゃったのぉぉぉおぉ???!!!??」
……いいえ、アレは本当にお姉ちゃんなのでしょうか。
こんなの、こんなのお姉ちゃんじゃ……!
「トリス」
「ティア……」
「あなたの『お姉さん』。必ず私が救ってみせるわ。安心して下がってなさい」
「……うん」
そうだよね、どんな姿になってもお姉ちゃんはお姉ちゃん。
私の家族に違いないんだ。
ありがと、ティア。
『お姉ちゃん』のこと、たのんだからね。