表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/173

04 霊を葬り、送るヒト



 ウィスタ坑道三人パーティー変死事件。

 ウワサ通りの死に方がセンセーショナルな話題となって、中央都ハンネスを駆け巡りました。


 霊のしわざと騒ぎ立てる人。

 未知の魔物のしわざだと推測する人。

 ただの仲間割れだと切って捨てる人。


 いろんな人が話題にしてますが、きっとすぐに忘れ去られていくのでしょう。

 同じ死に方をする人はもう出ない。

 悪霊は、もういないのですから。



「――基本的に、もぐもぐ。霊から物理的な接触はできないわ、もぐもぐ。自分の存在を、はっきり認識できる人間以外はね、むぐむぐ」


 ハンネスの中央通りに面したオシャレなカフェのテラス席。

 霊と対峙するにあたって、ティアナさんが基本的なことをレクチャーしてくれています。


 黄色い生地でクリームを挟んだオシャレなケーキを口いっぱいにほおばって、ほっぺをリスみたいにふくらませながら。

 クールなイメージが崩れて、なんだかかわいい。


「ごくん、おいし……」


 くぴっ、と紅茶をひと口。

 のど乾きますよねケーキ系って、わかるわかる。


「坑道の悪霊もそう。直接的に手を下せないから、波長の合う人間に思念を飛ばして狂わせて、殺させた」


「つまりケインさん……。波長が合っちゃったんですね……」


「不幸にも、ね。そうして殺した魂を、喰らって取り込み自らの力とすることで、どんどんいびつに肥大化していくの」


 たくさんの魂を、死んで歪んでしまってからずっとずーっと取り込み続けて、あんな怪物みたいな姿になっちゃったんだ。

 フレンちゃんやみんなを殺したのは許せないけど、なんだか……。


「なんだか、かわいそうですね……」


「ケインという人が? それとも坑道の悪霊が?」


「どっちも、です。誰も悪くないはずなのに」


 いろいろと理不尽でかわいそうだよ。

 こんなの、やり切れない……。


「まぁまぁ、トリスちゃん。くらーい顔してたらせっかくのカスティーラがまずくなっちゃうよ?」


「そう、だね……。ありがと、フレンちゃ――うわっ!?」


 となりの席に、いつの間にかフレンちゃんが!?


「び、びっくりしたぁ」


「驚かしちゃったかな? ごめんね」


 ふにゃりと笑うフレンちゃん、生きてた頃とまるで変わらなく見えるなぁ。

 これで幽霊だなんて信じられない。


「ティアナさんが解放してくれたの。……きっと、落ち込んでるトリスちゃんを見かねて、じゃないかな」


「そんなところね。むぐむぐ」


 フレンちゃんを入れていた小さな棺をコートにしまうティアナさん。

 やっぱりこのヒトいいヒトだ、優しいヒトだ。


「――それに、別れの前に楽しい思い出。少しでも作っておきたいでしょう」


「わ、別れ……?」


 別れって、どういうこと?

 幽霊になっちゃっても、こうしてここにいるんだもん。

 これからもずっといっしょにいられるんじゃないの……?


「……言ったはずよ。体から離れてむき出しの魂がとても脆いことを。少しの刺激で歪んでしまって、彼女は彼女じゃなくなるかもしれない」


「あ……」


「そうなる前に『あちら』へ葬送おくってあげるの。あるべきものはあるべき場所へ。霊はこの世に留まるべきじゃないわ」


「でも、そんなのフレンちゃんだって……。いきなりすぎて、そんな……」


「……大丈夫だよ、トリスちゃん」


 フレンちゃんの手が、そっと私のほほをなでた。

 生きてるときと同じ感触、でもほんのちょっぴり冷たくって。


「自分が死んじゃったの、ちゃんと受け入れたから。そりゃ、やり残したことがないって言ったらウソになるけどね。でも、このまま現世にとどまって歪んじゃう方がもっと嫌。あんな化け物になるかもしれないなんて、自分が自分じゃなくなるなんて絶対嫌だから。自分勝手な理由でごめんね? おいていっちゃうことになって、ごめんね……?」


「フレンちゃん……」


 ……そっか、そうだよね。

 私こそ自分勝手だよ。

 何がフレンちゃんのためになるのか考えもせずに、ずっといっしょにって理由だけで引き止めちゃダメだよね。


 今するべきは暗い顔で引き止めることなんかじゃない。

 視界をにじませる涙をぬぐって、フレンちゃんを笑顔で見送ることなんだ。


「……よーっし! 今日は一日いっしょに遊ぼう、めいっぱい!」


「――うんっ!」



 ★☆★



 村から出てきて、冒険者になるためにがんばって、ずっとダンジョン探索ばっかりしてたから、遊びまわるなんて久しぶりだった。

 私の村ってド田舎だし流行のモノとかちっとも入ってこないから、見るもの全部新鮮で。


 フレンちゃんがティアナさん以外に見えないってわかってても、周りから変な目で見られるってわかってても、気にせず全力ではしゃいじゃった。

 ほんとに、こんなに楽しいの久々で……。


 ……あっという間に、空は茜色。

 がれ逢魔おうまが時。

 あの世とこの世が最も近づく時間。

 送り出すには最適の時間なんだって。


「ブランカインド流葬霊術、葬送の灯(アウフヴィダーゼン)


 街はずれの丘の上。

 ティアナさんが背中に背負った十字架を地面に突き立てると、地面に光の魔法陣が描かれた。

 そこから光が道のように、雲の上まで伸びていく。


「きれい……」


 思わず口をついて、素直な感想が飛び出しちゃった。

 だって、この世のものとは思えないくらいキレイだったんだもん。

 本当にこの世とあの世を結んでるんだけども。


「私は『葬霊士そうれいし』。この世をさまよう霊魂を、あるべき場所へ送る者。悪霊退治なんかより、むしろこっちが本職ね」


 あの世に行けずに困ってる霊を送ってあげるヒト、か。

 これもある意味人助け、だよね。

 手伝いたいって、改めてそう思った。


「さて、まずは悪霊を葬送おくるわ。フレンさん、少し待たせるわね」


「い、いえ全然おかまいなくっ!」


 フレンちゃん、緊張してるのかな、それとも怖いのかな。

 少し声がうわずっちゃってる。

 不安を和らげられるかわかんないけど、そっと手をにぎってみた。


「あ……。トリスちゃん、あったかい……」


「えへへっ」


 少しは安心、できたかな?

 そうこうしているうちに、ティアナさんがふところから悪霊の入ったミニ棺を取り出した。

 それを魔法陣の上にかざして、ふたをあける。


「歪み彷徨う魂に、ひと欠片の救いがあらんことを」


『あえ? あぇっ、ここはどこぉぉぉ?? ぴぃぃぃぃぃ、ちゅるるるるるんっ。おで、どこにぃぃぃくのぉぉぉぉ??』


 解放されたとたん、悪霊は吸い上げられるように光の道をのぼっていく。

 あっという間に雲の上までのぼっていって、見えなくなっちゃった。


「あの悪霊さん、どうなるんだろ」


「おそらく煉獄に送られるわ。融合した魂を分離させられたあと、歪みきった魂を炎が浄化して、それから『罰』を受ける。ただあの調子じゃ、『歪み』は到底浄化しきれないでしょうね。よって――未来永劫焼かれ続ける」


「……っ」


 背筋にぞっと、寒いものが走ります。

 フレンちゃんも私の手をぎゅっとにぎって、不安そうな表情に。

 そうだよね、怖いよね……。


「フレンさんは大丈夫よ。罪を犯したわけでも『歪んで』いるわけでもない。天国の門が、きっと暖かくむかえてくれるわ」


「そうだよ、フレンちゃんが天国行けなかったらウソだよ!」


「……ありがとう」


 二コリと笑ったフレンちゃん。

 私の手をすり抜けて、魔法陣の中に立ちます。

 金色の光につつまれて、とってもキレイです。


「フレンさん、最期にもう一度あなたの名前を聞かせて」


「はい、フレン・イナークです」


 ティアナさん、改めて名前を聞いてコクリ、とうなずきました。

 まるで心に刻み込むように。


「じゃあ、もう逝くね。トリスちゃん、元気でね? おばあちゃんになるまで、こっちに会いに来ちゃやだよ?」


「っ、うんっ! ぜったい、ぜったいフレンちゃんの分まで……っ、長生き、するからね……っ」


 あぁ、ダメだ私。

 笑顔で見送りたかったのに、目の前涙でにじんじゃって。


「願わくば、フレン・イナークの魂に永遠とわの安寧があらんことを――」


 小さくティアナさんが唱えると、フレンちゃんの体がふわりと浮かぶ。

 ゆっくり、ゆっくりと、私の親友が天への道をのぼっていく。


「トリスちゃん、さよなら――ううん。またね!」


「うん、うん! また、いつかまた……っ!」


 私も、フレンちゃんも、おたがいが見えなくなるまでずっと。

 あの子が雲の上へと去っていって、光の魔法陣が消えるまで、ずーっと手を振り続けた。


「行っちゃった……」


「あなたは幸せよ、トリスさん」


「え――?」


「死後に、故人へ直接別れを告げられる人間なんてそうはいない。本来ならば、あなたはダンジョンで彼女のなきがらを目にして、それで終わりだったはず」


「……そう、そうですね。私、幸せです」


 さみしいし悲しいけど、でもお別れが言えた、再会だって約束した。

 じゅうぶん、幸せだよね。


「――さぁ、明日は大神殿に乗り込むわ。宿をとって、しっかり休みましょう」


「はいっ」


 ティアナさんが十字架をかつぎなおして街の方へと降りていく。

 あとを追いかける前に、私はもういちどフレンちゃんがのぼっていった雲を見上げた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言]  パーティーを追い出される系の話にしては仲間だったフレンちゃんとってもいい子だったのに退場が早すぎる…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ