04 霊を葬り、送るヒト
ウィスタ坑道三人パーティー変死事件。
ウワサ通りの死に方がセンセーショナルな話題となって、中央都ハンネスを駆け巡りました。
霊のしわざと騒ぎ立てる人。
未知の魔物のしわざだと推測する人。
ただの仲間割れだと切って捨てる人。
いろんな人が話題にしてますが、きっとすぐに忘れ去られていくのでしょう。
同じ死に方をする人はもう出ない。
悪霊は、もういないのですから。
「――基本的に、もぐもぐ。霊から物理的な接触はできないわ、もぐもぐ。自分の存在を、はっきり認識できる人間以外はね、むぐむぐ」
ハンネスの中央通りに面したオシャレなカフェのテラス席。
霊と対峙するにあたって、ティアナさんが基本的なことをレクチャーしてくれています。
黄色い生地でクリームを挟んだオシャレなケーキを口いっぱいにほおばって、ほっぺをリスみたいにふくらませながら。
クールなイメージが崩れて、なんだかかわいい。
「ごくん、おいし……」
くぴっ、と紅茶をひと口。
のど乾きますよねケーキ系って、わかるわかる。
「坑道の悪霊もそう。直接的に手を下せないから、波長の合う人間に思念を飛ばして狂わせて、殺させた」
「つまりケインさん……。波長が合っちゃったんですね……」
「不幸にも、ね。そうして殺した魂を、喰らって取り込み自らの力とすることで、どんどんいびつに肥大化していくの」
たくさんの魂を、死んで歪んでしまってからずっとずーっと取り込み続けて、あんな怪物みたいな姿になっちゃったんだ。
フレンちゃんやみんなを殺したのは許せないけど、なんだか……。
「なんだか、かわいそうですね……」
「ケインという人が? それとも坑道の悪霊が?」
「どっちも、です。誰も悪くないはずなのに」
いろいろと理不尽でかわいそうだよ。
こんなの、やり切れない……。
「まぁまぁ、トリスちゃん。くらーい顔してたらせっかくのカスティーラがまずくなっちゃうよ?」
「そう、だね……。ありがと、フレンちゃ――うわっ!?」
となりの席に、いつの間にかフレンちゃんが!?
「び、びっくりしたぁ」
「驚かしちゃったかな? ごめんね」
ふにゃりと笑うフレンちゃん、生きてた頃とまるで変わらなく見えるなぁ。
これで幽霊だなんて信じられない。
「ティアナさんが解放してくれたの。……きっと、落ち込んでるトリスちゃんを見かねて、じゃないかな」
「そんなところね。むぐむぐ」
フレンちゃんを入れていた小さな棺をコートにしまうティアナさん。
やっぱりこのヒトいいヒトだ、優しいヒトだ。
「――それに、別れの前に楽しい思い出。少しでも作っておきたいでしょう」
「わ、別れ……?」
別れって、どういうこと?
幽霊になっちゃっても、こうしてここにいるんだもん。
これからもずっといっしょにいられるんじゃないの……?
「……言ったはずよ。体から離れてむき出しの魂がとても脆いことを。少しの刺激で歪んでしまって、彼女は彼女じゃなくなるかもしれない」
「あ……」
「そうなる前に『あちら』へ葬送ってあげるの。あるべきものはあるべき場所へ。霊はこの世に留まるべきじゃないわ」
「でも、そんなのフレンちゃんだって……。いきなりすぎて、そんな……」
「……大丈夫だよ、トリスちゃん」
フレンちゃんの手が、そっと私のほほをなでた。
生きてるときと同じ感触、でもほんのちょっぴり冷たくって。
「自分が死んじゃったの、ちゃんと受け入れたから。そりゃ、やり残したことがないって言ったらウソになるけどね。でも、このまま現世にとどまって歪んじゃう方がもっと嫌。あんな化け物になるかもしれないなんて、自分が自分じゃなくなるなんて絶対嫌だから。自分勝手な理由でごめんね? おいていっちゃうことになって、ごめんね……?」
「フレンちゃん……」
……そっか、そうだよね。
私こそ自分勝手だよ。
何がフレンちゃんのためになるのか考えもせずに、ずっといっしょにって理由だけで引き止めちゃダメだよね。
今するべきは暗い顔で引き止めることなんかじゃない。
視界をにじませる涙をぬぐって、フレンちゃんを笑顔で見送ることなんだ。
「……よーっし! 今日は一日いっしょに遊ぼう、めいっぱい!」
「――うんっ!」
★☆★
村から出てきて、冒険者になるためにがんばって、ずっとダンジョン探索ばっかりしてたから、遊びまわるなんて久しぶりだった。
私の村ってド田舎だし流行のモノとかちっとも入ってこないから、見るもの全部新鮮で。
フレンちゃんがティアナさん以外に見えないってわかってても、周りから変な目で見られるってわかってても、気にせず全力ではしゃいじゃった。
ほんとに、こんなに楽しいの久々で……。
……あっという間に、空は茜色。
誰そ彼、逢魔が時。
あの世とこの世が最も近づく時間。
送り出すには最適の時間なんだって。
「ブランカインド流葬霊術、葬送の灯」
街はずれの丘の上。
ティアナさんが背中に背負った十字架を地面に突き立てると、地面に光の魔法陣が描かれた。
そこから光が道のように、雲の上まで伸びていく。
「きれい……」
思わず口をついて、素直な感想が飛び出しちゃった。
だって、この世のものとは思えないくらいキレイだったんだもん。
本当にこの世とあの世を結んでるんだけども。
「私は『葬霊士』。この世をさまよう霊魂を、あるべき場所へ送る者。悪霊退治なんかより、むしろこっちが本職ね」
あの世に行けずに困ってる霊を送ってあげるヒト、か。
これもある意味人助け、だよね。
手伝いたいって、改めてそう思った。
「さて、まずは悪霊を葬送るわ。フレンさん、少し待たせるわね」
「い、いえ全然おかまいなくっ!」
フレンちゃん、緊張してるのかな、それとも怖いのかな。
少し声がうわずっちゃってる。
不安を和らげられるかわかんないけど、そっと手をにぎってみた。
「あ……。トリスちゃん、あったかい……」
「えへへっ」
少しは安心、できたかな?
そうこうしているうちに、ティアナさんがふところから悪霊の入ったミニ棺を取り出した。
それを魔法陣の上にかざして、ふたをあける。
「歪み彷徨う魂に、ひと欠片の救いがあらんことを」
『あえ? あぇっ、ここはどこぉぉぉ?? ぴぃぃぃぃぃ、ちゅるるるるるんっ。おで、どこにぃぃぃくのぉぉぉぉ??』
解放されたとたん、悪霊は吸い上げられるように光の道をのぼっていく。
あっという間に雲の上までのぼっていって、見えなくなっちゃった。
「あの悪霊さん、どうなるんだろ」
「おそらく煉獄に送られるわ。融合した魂を分離させられたあと、歪みきった魂を炎が浄化して、それから『罰』を受ける。ただあの調子じゃ、『歪み』は到底浄化しきれないでしょうね。よって――未来永劫焼かれ続ける」
「……っ」
背筋にぞっと、寒いものが走ります。
フレンちゃんも私の手をぎゅっとにぎって、不安そうな表情に。
そうだよね、怖いよね……。
「フレンさんは大丈夫よ。罪を犯したわけでも『歪んで』いるわけでもない。天国の門が、きっと暖かくむかえてくれるわ」
「そうだよ、フレンちゃんが天国行けなかったらウソだよ!」
「……ありがとう」
二コリと笑ったフレンちゃん。
私の手をすり抜けて、魔法陣の中に立ちます。
金色の光につつまれて、とってもキレイです。
「フレンさん、最期にもう一度あなたの名前を聞かせて」
「はい、フレン・イナークです」
ティアナさん、改めて名前を聞いてコクリ、とうなずきました。
まるで心に刻み込むように。
「じゃあ、もう逝くね。トリスちゃん、元気でね? おばあちゃんになるまで、こっちに会いに来ちゃやだよ?」
「っ、うんっ! ぜったい、ぜったいフレンちゃんの分まで……っ、長生き、するからね……っ」
あぁ、ダメだ私。
笑顔で見送りたかったのに、目の前涙でにじんじゃって。
「願わくば、フレン・イナークの魂に永遠の安寧があらんことを――」
小さくティアナさんが唱えると、フレンちゃんの体がふわりと浮かぶ。
ゆっくり、ゆっくりと、私の親友が天への道をのぼっていく。
「トリスちゃん、さよなら――ううん。またね!」
「うん、うん! また、いつかまた……っ!」
私も、フレンちゃんも、おたがいが見えなくなるまでずっと。
あの子が雲の上へと去っていって、光の魔法陣が消えるまで、ずーっと手を振り続けた。
「行っちゃった……」
「あなたは幸せよ、トリスさん」
「え――?」
「死後に、故人へ直接別れを告げられる人間なんてそうはいない。本来ならば、あなたはダンジョンで彼女のなきがらを目にして、それで終わりだったはず」
「……そう、そうですね。私、幸せです」
さみしいし悲しいけど、でもお別れが言えた、再会だって約束した。
じゅうぶん、幸せだよね。
「――さぁ、明日は大神殿に乗り込むわ。宿をとって、しっかり休みましょう」
「はいっ」
ティアナさんが十字架をかつぎなおして街の方へと降りていく。
あとを追いかける前に、私はもういちどフレンちゃんがのぼっていった雲を見上げた。