39 たまには穏やかな朝、です
夕方とおなじく、朝方もあの世とこの世がつながりやすい時間らしいです。
王都の東にある自然公園にて、そんな朝焼けの空に、はるかにのびる二本の光の道。
大迷宮でつかまえた魂たちが、ティアとセレッサさんの葬送の灯で天へと昇っていきます。
たくさんの魂たちが昇っていって、無事に葬送終了!
ひと仕事終えたって感じで軽く息を吐くセレッサさんです。
「ふー、終わった終わった。……とか言ってらんねぇんだよなぁ」
「半分近い魂を取り逃がしてしまったものね。自力であの世に逝ければいいのだけれど」
訂正、ひと仕事終えた感ゼロのようです。
そうだよね、霊を葬送ってこその葬霊士。
この世にさまよう魂なんて、ひとつたりとも見逃せないはず。
「オレさ、ちょっくら街を見回ってくる。ひとつでも多くの霊を見つけたいし」
「私も行くわ」
「あー、お前待機。トリスの嬢ちゃんについててやんな。霊にモテモテの嬢ちゃんだ、じっとしてたら霊魂が吸い寄せられてくるかもしんねぇだろ?」
「嬢ちゃん!?」
トリスの嬢ちゃんときましたか。
聞いたところ、セレッサさんは17歳。
私よりひとつ上なだけですよね?
身長なら私の方が少しだけ高いし。
だのに嬢ちゃんとは……。
不服申し立ての前に、セレッサさんそそくさといってしまいました。
「嬢ちゃん。嬢ちゃん……?」
「お姉さま、不服そうです」
「この中で最年少でしょ、実際」
「て、テルマちゃん12歳――」
「プラス500です、お姉さまっ♪」
「うぐぅ!!」
完全論破です、私嬢ちゃんです。
「まぁ座りましょう。たまには朝の空気を楽しみながら、ゆっくりしてもいいんじゃないかしら」
「ですよ、お姉さま。ただでさえ、昨日いろいろありすぎましたもの」
「そうだよねぇ……」
大迷宮を一日で踏破するし、ヤタガラスの親玉と遭遇するし。
あげくの果てに悪霊が体の中に入ってきて、よくわかんないけど産まされそうになるし。
「うぅっ……。思い出したらブルっときたぁ」
「あんまり引きずらないでくださいね? テルマを産んで上書きします?」
「産まないし産めないよ!?」
「冗談ですよ、ゴーストジョークですお姉さま」
「冗談に聞こえないってばぁ……」
テルマちゃんの言葉のはしばしから本気を感じるんだよぉ。
……でも、テルマちゃんならイヤじゃないかも?
「……あ、そういえばさぁ。ティアって『お姉ちゃん』なんだよね?」
「そうね、ユウナの姉だもの。それが?」
「むふふ……」
さっきお嬢ちゃんとかおちょくられた仕返しです。
さぁ、喰らって恥ずかしい思いをするがいい!
「……ティアナお姉ちゃんっ?」
上目づかいで、気持ち舌足らず。
幼い雰囲気を前面に打ち出しての攻撃です。
「うぐふぅぅっ……!!」
あぁっ、鼻と口元をおさえてそっぽをむいた……!
思った以上に効いちゃったみたい。
「あ、ゴメン、そんなに恥ずかしがると思わなくって……」
「い、いえ、恥ずかしいわけでは……。あまりの威力に、その、吹き飛ばされそうになっただけで……」
「お姉さま、危険ですよ……! 今のは危なすぎます、ティアナさんはじまって以来の大ダメージですよ……!」
「えぇ!? えぇっ!!?」
な、なんだかよくわかりませんが、仕返し成功?
ともかく今の、もう封印しましょう。
どうやら危険なようなので……。
そんなこんなで談笑をして、ふと思います。
お姉ちゃん。
私の家族の、お姉ちゃんです。
お別れできず、黒いモヤにされるところも見ていませんが、きっとたくさんの魂といっしょにティアに葬送られたのでしょう。
思い出すだけで悲しいですが、気になることも。
(あの記憶、結局なんだったんだろ……)
ずっと抱え続けてきた、小さいころのモヤがかかった記憶。
お父さん、お母さん、お姉ちゃんとの四人家族。
そのモヤがつい昨日晴れてしまって、ハッキリ見えるお父さんの顔がドライクそっくりで。
だったら、お母さんとお姉ちゃんはというと、これまたちがう人なんですよね。
白みがかった長髪の女のヒトがきっとお母さん。
そして私より少しだけ背の高い、水色の髪の女の子。
もしも幽霊の家族が、考えたくもないですが、血のつながった家族じゃなかった場合。
私のホントの家族って、あのヒトたちってことなんでしょうか。
「……ねぇ、ティア。お願い、してもいい?」
「どうしたのよ、改まって」
「ゲルブから聞いた、私についてのぜんぶ。聞かせてほしいんだ」
ティア、少しおどろいた顔をします。
それから困ったような表情に。
「私のことを気づかってナイショにしてくれてるの、わかるよ。優しいもんね。けど、逃げてばっかじゃいられない。ドライクとまた会ったとき、きっと嫌でも知ることになるだろうから」
「トリス……」
「覚悟ならできてるよ。だから聞かせて」
「後悔、しないわね?」
念を押されて、コクリとうなずきます。
「……そう、わかったわ。ではまず、ガンピの村の住民について――」
★☆★
トリスちゃん。
あぁトリスちゃん、トリスちゃん。
今日もなんてかわいらしいの?
そんなテルマちゃんを見守るお姉ちゃん。
こっそり影から見守るお姉ちゃん。
きっとお姉ちゃんの鑑よね?
「嬢ちゃん。嬢ちゃん……?」
「――――、――――――」
「――――――――――、――」
「て、テルマちゃん12歳――」
「――――――――、――――っ♪」
「うぐぅ!!」
かわいらしい声、かわいらしい表情。
たまらないわね、出て行って抱きしめたい。
抱きしめてそれから髪のにおいをかいで、やわらかさを堪能して、それからそれから……。
「……あ、そういえばさぁ。ティアって『お姉ちゃん』なんだよね?」
「――、――――――――。――?」
「むふふ……」
いたずらっぽい笑顔のトリスちゃんかわいい。
あ、今『お姉ちゃん』って言った?
そうよ、お姉ちゃんよ?
お姉ちゃんはここにいるわ??
「……ティアナお姉ちゃんっ?」
……………………。
は?
は?????????????????????????????????????????????????????????????????
いま、だれのことをおねえちゃんといったの?
あの葬霊士?
トリスちゃんのおねえちゃん、せかいでわたしひとりだけよね?
どうして?
どうして??
どうしてどうしてどうしてどうしてドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテ。
アァ、そうだ、いいことオモいついた。
セカイにトリスちゃんのおねえちゃンはひトりダケ。
あいつがいなくなれば、おネエちゃンはずーっとずぅーっとおネエちゃん。
デモネ、おねえチャンいまのチカラじゃコロシたくてもコロセナイから。
すぐにたくさん『タベテ』げんきになッテ、トリスチャンをむかエニいくからネ?
ま っ て て ね ?
★☆★
ティアから、全部聞きました。
村のヒトたちがドライクに召霊術で呼び出され、操霊術で縛られてたこと。
つまり私の家族たちと、血縁関係がなかったこと。
記憶をなくした私をドライクが連れてきて、村のみんなに育てさせたこと。
『救世の少女』なんてわけのわからないワードは、このさい置いておくとして。
やっぱり、ショックでした。
だけど覚悟ができてて、そうじゃないかなって思っていたぶん、思ったよりは平気です。
少なくとも泣き出しちゃったり、なんてことありません。
ちゃんと、受け止めました。
「……トリス、ショックだろうけど気を強く持って――」
「『やっぱりね』が感想だったから。心配しなくて平気だよ」
「でも……」
「私ね、地下王墓でドライクに会ったとき、思い出したの。ずっと頭のかたすみに残ってた、小さいころの家族との記憶」
「記憶……? 記憶があるの?」
「そういえばドライク、お姉さまのことを『娘』とか言ってましたが……。まさか、お姉さま!?」
「そのまさか、だと思う。記憶の中のお父さん、二十代くらいかな。かなり若いけど『ドライク』そっくり――ううん、本人って言い切れる」
「そんな……ッ!!」
ティア、やっぱりショックだよね。
妹さんの仇が、私のお父さんかもしれないんだもん。
握りこぶしをつくってうつむくティアの手に、そっと手を重ねて、ほほえみかけます。
「ティア。私ね、ティアのこと大好き」
「なっ、きゅ、急になにを……」
「反対にドライクのことは大っ嫌い。大好きなティアの妹さんを殺して、ずっと苦しめて、許せない。だからね、なんにも気にしなくていいからね」
「……。……本当に? 自分の父親かもしれないのに……」
「だったらなおさらだよ。もしもドライクが本当に私のお父さんで、悪いことしようとしてるなら、ぜったいに止めたい。そのためにティアのチカラが必要だから」
「殺すことになっても……?」
「なっても。言ったでしょ? 覚悟ならできてるって」
いろんな覚悟、この話を持ち出したときから固めています。
よくプラス思考のかたまりとか言われるけど、ホントにそのとおりかもね。
「……ありがとう。なんとしてもドライクを止めましょう」
「うんっ! テルマちゃんも、よろしくね?」
「おまかせください! お父さんだかなんだか知りませんが、お姉さまは誰にも渡しません!!」
うむ、頼もしき我が妹よ。
さぁて、そろそろ今日の活動内容を決めましょうか。
それまではまだ、のんびりと――。
ドガァァァァァっ!!!
「っ!?」
「な、なにごと!?」
爆発事故でしょうか、ならんだ建物のずーっとむこうから、黒い煙が上がっています。
いったいなにが起きたのでしょう。
なんだかとっても、とっても嫌な予感がします……!