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38 ユウナとセレッサ



 このオレ、セレッサ・マーセルスは『筆頭葬霊士』だ。

 ブランカインドで最強と認められた、最高の能力を持った一番の葬霊士。


 けどさ、じつを言うと最初から目指してたつもりなんてなかったんだ。

 オレ以外の誰かがなるモンだって、ずっと思ってた。

 アイツがいなくなったときまでは。



 ★☆★6年前、ブランカインド★☆★



 ――バチィンっ!!


 手にした棒が弾かれて、道場の床をまわりながらすべっていく。

 同時にわたし(・・・)の体も、床の上にぶざまに転がった。


「そこまでっ! 勝者、ユウナ・ハーディング!」


 審判の勝利宣言。

 今回の模擬戦もやっぱりわたしの負けで終わった。


 べつに恥ずかしいだなんて思わない。

 キラキラまぶしい才能を持つあの子には、他の誰でも敵わないのだし。


「セレッサ、立てる? そんな強く打ち込んだつもりなかったんだけど、もし加減間違えちゃってたらゴメンね?」


「あ……。平気、だから……」


 まぶしすぎて直視すらできない。

 内気で引っ込み思案で、大した才能もないわたしなんかが、彼女といっしょにいていいはずない。


 差し出された手を取れずに、そそくさと立ち上がって順番待ちのみんなの中に消えていく。

 キラキラしたユウナさんの記憶に、暗いわたしの存在が残らないように。


 心のうちにくすぶった『熱』を、悔しさという小さな種火を、分不相応と踏みにじりながら。

 キラキラからは程遠い、薄暗い世界に戻っていこう。

 その方が身の丈に合っているのだから。




「あー、やっぱりキレイな眼してる!」


「ひゃっ! あ、あの、あの……」


「私、好きだなー。キミの瞳、とってもキレイ」


「えひゃうぅ!?」


 なのにどうしてユウナさん、わたしをかまってくるのだろう。

 すみっこで一人でごはんを食べてたはずなのに、なんでこの人に前髪上げられてるんだろう。


「こんなにキレイなのにさー、目元が隠れちゃうほど伸ばしててもいいことないって。切っちゃいなよー!」


「や、この方が慣れてて……」 


「長ーい後ろ髪も、少し短くするか結ぶか、思い切ってバッサリいけば印象変わりそう!」


「か、変わんなくって、いいですから……」


「……そうかな。ホントにそう?」


 まるで心の中を見透かされるような、ユウナさんのまっすぐな瞳。

 目を合わせていられずに、思わず視線を逸らしてしまう。


「このユウナ様の眼力によると、ソイツはキミの本音じゃないね。熱い炎が瞳の奥に宿ってる。眠れる獅子、ってカンジかな」


「えぇっ!? いえいえ、そんなんじゃないです、ぜんぜん……!」


「なんだぁキミぃ、このユウナ様のありがたいお言葉を否定するというのかね?」


「ちちちちちちちがいますぅ! そんな恐れ多い……ッ!!」


「……んー。キミ、たくさんのモノを抑え込んでるでしょ。発散してこ、表に出してさ」


 ため込んでいる――。

 たしかに、そうかもしれない。


 本当に伝えたいこと、本当にやりたいこと。

 全部全部おさえ込んで……。


「さしあたって、まずはやっぱり形から! 前髪あげて、目に映る景色を明るくしたら、なりたい自分への第一歩だ!」


 なりたい、自分……。

 つまりはあこがれ。

 それってやっぱり――。


 とかなんとか、あれこれ考えてるうちに、ヘアピンで前髪を止められてしまった。


「うん、かわいい! 似合ってる!」


 ――いつも通りのはずの、キラキラかがやくユウナさんの笑顔。

 けれどなぜだか、いつもよりもさらにかがやいて見える。


 黒いフィルターを取り外したかのように、世界もいつもより、ずっとずっとキレイに映った。


「ホ、ホントに似合ってる……?」


「あー、また疑うのかユウナ様をー」


「そ、そんなことない、ですっ!」


「だろー? じゃあ自信もって胸を張って! この私ほどじゃないけどさ、いい葬霊士になるよ、キミは。私が保証する」


 この人は、自分に絶対の自信を持っている。

 つねに堂々としていて、自分が口にしたことだって、きっと全部本当にしてきたんだろう。


 だからかな、なんの根拠もなくっても、本当だって思えてくる。

 この人が口に出してくれたなら、私だってきっと。


「私、変われます、よね……?」


「うん!」


「だったら、なりたい……です。ユウナさんの次にすごい葬霊士に、なりたい……!」


「おー、ブチ上げたね! 『筆頭』はこの私がいるかぎり、さすがにムリだからねー。つまり一番高い目標じゃん!」


「あ、あの、やっぱり分不相応だったり――」


「しないしない! 目指そうよ、そこまで私が引っ張っていってあげる!」


 立ち上がって、太陽を背に私へ手を差し伸べるユウナさん。

 さっきまでならきっと、まぶしくて直視できなかった。

 手を取ろうとも思わなかった。


「……はい、がんばってついていきます。ユウナさん」


 今はちがう。

 迷わず手を取って、歩き出す。

 たとえとなりに並び立てなくても、せめてこの人のすぐ後ろを、ついていけるように。


「うっし! まず『ユウナさん』から変えていこう! 同い年なんだから呼び捨てで! はい、ユウナ!!」


「え、えぇぇっ……」


「変わってくんでしょ。小さいことからはじめてみよう!」


「うぅぅう……、ユ、ユウナ……」


「よっく出来ました! 以降さん付け禁止ね」


「わ、わ、わかりました……」


「ハイ次、敬語禁止」


「うっぇぇっ、わ、わかり……っ、じゃない。わか、った……」



 ★☆★三年前・ブランカインド★☆★



 もう三日くらい経っただろうか。

 ユウナが死んだ。

 何者かに殺された。

 そんなしらせを聞いてから。


 わたしは?

 わたしはこの通り。

 薄暗い部屋で、独りひきこもっている。

 一日中部屋に閉じこもって、すっかり時間の感覚もなくなってしまった。


 あの日ユウナが取っ払ってくれた薄暗いベールが、また目の前にかかっている。

 あの子のくれたヘアピンを枕元に置いて、伸び放題の前髪で目元を隠して泣いている。

 ずっと、もうずっと。


「……ん」


 ふと、鏡を見る。

 伸び放題のボサボサな髪に泣きはらした顔。

 あまりに情けない、みすぼらしい。


『なりたい……です。ユウナさんの次にすごい葬霊士に、なりたい……!』


 ……なにやってんだろ、わたし。



 ひとまず顔を洗って、髪をととのえて、外に出てみた。

 霊峰ブランカインドはいつもどおり、たくさんの葬霊士と葬霊士見習いが修行や、任務への旅支度にいそしんでいる。

 ユウナが死んでも、なにも変わらずに。


「――っぁぁぁぁぁあ」


「……?」


 ほんのかすかに、叫び声みたいのが聞こえた。

 山の下、森の方から。


「なんだろう……」


 どうせとりあえず出てきただけなんだ。

 他にあてもないし、声のした方へ行くことにした。


 そこでわたしが見たのは。


「だぁぁぁぁぁぁぁあッ!!!! っあぁぁ!! だッ!!!」


 森の中、まるで獣のような咆哮をあげながら、木の棒にわらを巻きつけた標的めがけて双剣をふるう、黒髪の少女。

 彼女はたしか、ユウナの姉のティアナさん……。


「――誰ッ!?」


「っ!」


 するどい殺気と眼光をむけられて、思わず体がすくむ。

 一歩間違えば殺されそうなくらいの気迫。


「……なんだ、あなたね。確か、いつもユウナの後ろをついてまわっていた子よね」


「セレッサ・マーセルス、です……」


「覚えておくわ、セレッサ。で、なにか用事かしら」


「……いえ、声が聞こえてきたものだから」


「そう。用がないなら続けるわ」


 まるでわたしに興味がなさそうに、木剣ぼっけんでの稽古を再開。

 そんな彼女のかたわらには、へし折れた木の棒とわらの束が大量に積まれていた。


「……用事、ないのよね? ないならいつまでいるつもり?」


「そ、それは……」


 そうだ、お姉さんの言う通り。

 どうしてわたしいつまでも、ここに残っているのだろう。

 お姉さんの剣舞を見て、胸の奥が熱くなっているのだろう。


「……私は必ず、妹の仇を討つわ。見つけ出して、必ず落とし前をつけさせる」


「え――」


「手始めに昨日、正式に葬霊士として登録したわ。もともと試験を合格できる実力はあった。けれど自信がなかった」


 そうか、ティアナさんはもう15歳なんだ。

 葬霊士として登録できるようになる歳だ。


「明日からおそらく任務漬けの毎日よ。各地をめぐることになる」


「仇を探すため、ですか?」


「まずは実力をつける。仇を確実に倒せるほどに。『筆頭』葬霊士となって、大僧正を動かすわ」


「『筆頭』……」


 ずっと、ユウナがなるものだと思っていた。

 けれどユウナはもういない。


 いちばんつらいだろうお姉さんが前に進み始めているっていうのに、セレッサ・マーセルス。

 お前、なにをやっている?

 ふざけんじゃねぇ(・・・・・・・・)


「――っ?」


 今、自分の中で顔を出したちがう一面に、戸惑いの感情が生まれる。

 ……ちがう一面?

 そうじゃない。


『熱い炎が瞳の奥に宿ってる。眠れる獅子、ってカンジかな』


 あの子が――アイツがそう言ってくれてたんだ。

 ユウナが言えばなんでもホントになるんだろ?


 ずっと『いた』。

 眠っていただけで、本当の自分はここにいた。

 『わたし』の中に『オレ』はいたんだ。




 前髪を切って、目を隠していた薄暗いベールを取り払う。

 前のほうが、ユウナに髪留めをつけてもらったときのほうが、ずっと明るい。

 きっとあのときの明るさが、戻ることなんてないんだろう。


 アイツのくれた髪留め、もう必要ないかもしれねぇ。

 けど付けておく。

 アイツといっしょにいられる気がするから、アイツが引っ張ってくれる気がするから、さ。


「――来年の15歳の誕生日。葬霊士になってからが本番だ。絶対に『筆頭』になってやる。アイツの次にすごい葬霊士に、絶対に……!」



 ★☆★現在・王都オルメシア★☆★



「待て! 待てって、そこの!」


「……おや?」


 宿のエントランスにて、呼び止めるオレの声に足を止める青髪の葬霊士。

 どうして追いかけちまったのか、呼び止めちまったのか、自分でもよくわからねぇ。


 けど、呼び止めずにはいられなかった。

 不思議な話だよな。


「まだなにかご用でも? ヤタガラスのアジトの場所を言え、でしょうか」


「そんなんじゃねぇよ。悔しいが助けてもらった身だ。義理は通す」


「……助かります。こちらとしても、人間に刃をむけたくない。では、用件とは?」


「あー……。その、なんだ……」


 オレってば、結局なにが言いたいんだ?

 コイツの剣技がユウナに似てて、形見を持っていかれても不思議と嫌な気がしなくて、ただのそれだけだろ?

 なにを言えばいいってんだよ、どうすんだこの状況。


「あー、んーと……。……オレはブランカインドの『筆頭』葬霊士、セレッサ・マーセルスだ。里で一番すごい葬霊士、だ」


「なるほど、用事とは自己紹介ですね。そういえばあいさつもまだだった。ボクはタント・リージアン。以後お見知りおきを」


 ……で、こんだけか。

 やっぱりな、ただの気のせい――。


「あなた、キレイな眼をしていますね」


「え――」


「熱い炎を宿した、いい瞳だ。……と、失礼しました。では、よい夜を」


 軽く一礼して去っていくタント。

 ……なんだよ、なんでよりによって眼なんか褒めやがった。


 ――これじゃあまた、アイツの影がちらつくじゃねぇか。



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