36 欲を満たせなかったヒトたち
現『筆頭』葬霊士のセレッサさん。
見たところ私と同い年くらいかな。
散らばってしまった魂を棺に吸い込みながら、しみじみとつぶやきます。
「しっかしおどろいたぜ。聖霊の弱点、見抜けるヤツがいるたぁな」
「えへへっ、なんか見えちゃうんです」
「いやすげぇよマジ。どれだけ感知力バカ高くても、神に片足突っ込んでる奴らまで見破れるなんてよ。ハッキリ言って規格外だ」
「いやぁ、褒めすぎですよぉ」
そんなに褒められたら照れちゃうじゃないですか、えへへ。
思わずもじもじ、身をくねらせちゃう私です。
『……お姉さま。これ以上誰かを好きになっちゃいけませんよ?』
「な、ならないよ、ならないっ!」
そんなにお尻軽くありませんっ。
……物理的な意味ではなく!
「……ずいぶんあっさりしてるわね、セレッサ」
「あん?」
「あなたユウナの形見を片方、敵に持っていかれたじゃない。いくらなんでも気にしなさすぎよ?」
「……あー、いやな。アイツ――あの青髪の葬霊士。アイツの手に渡っても、不思議と嫌な気がしないんだよ」
「どういうこと……?」
「や、まったくわかんねぇ。さっぱりわかんねぇんだよ、コレが」
んん?
つまりあの髪を結んでいた髪留め、ティアの妹さんの形見だってことですか?
そんな大事なモノをタントさんとの戦いでうばわれて、でも嫌な気がしない。
本人が「わかんねぇ」言ってる以上当然ですが、さっぱりわかんねぇです。
「ただ、アイツの太刀筋。二刀での戦いのクセ。なぜだかユウナにそっくりだったんだ……」
「……ますますどういうこと?」
「だからわかんねぇっつってんだろ」
「はぁ、もういいわ。ユウナの魂といっしょに取り返せばいいことだし。――あぁ、魂といえば。もうすぐ満タンじゃない?」
「んん? ……あっ」
セレッサさんの手の中で魂を吸い込んでいた棺が、とつぜん吸引をやめちゃいました。
勝手にパタリとフタが閉じて、それっきりです。
「全部でみっつあった棺、最後のひとつも容量オーバーかぁ。ここに来るまでもかなりの数を吸い込んだもんな。ティアナの方は?」
「とっくに満タンよ」
「うへー」
むむむ、聖霊から吐き出された魂がまだまだたくさん彷徨っているのに。
これ以上持ち運べないのでは、もうどうしようもありません。
空が見える場所じゃないと、葬霊だってできませんし。
「いくらなんでも霊が多すぎたわね。アイツ、1080体集めたいとか言ってたし」
「保管場所に困ってココを使ってたワケだもんなー。放っておくの、気が引けるぜ……」
「しかたないわ。出来る範囲でベストを尽くすだけ」
「割り切るしかねーか」
そうして話しているあいだにも、霊魂たち、出口を求めて飛び去っていってしまいます。
自力であの世に逝けることを、願うしかありませんね。
『神よ、どうか迷える魂を極楽浄土へお迎えください……』
テルマちゃんの祈り、届くといいな。
私も祈ろう。
聖霊の犠牲者さんの魂が、これ以上苦しみませんようにって。
「……でもよ、さすがにコイツぁ放っておけねぇだろ?」
コイツ、とはアレのことですね。
台座の上でフワフワただよっている、緑色のモヤモヤ。
聖霊ピジューの魂です。
「聖霊を封じるためには、専用の霊術がほどこされた特性の棺が必要だ。でもオレ、持ってなくってさ。なんせひとつ作るのに、職人が一年以上かけるってとんでもねぇシロモノだ」
「あるわよ、カラの」
「あるのかよ!」
「大僧正に持たされたの。はい、あなたのぶん」
「軽いな、オイ」
「いざとなったら憑霊術に使いなさい。大僧正には連絡しておくから」
「ホント、大したヤツだぜ……」
そうですね、いろんな意味で。
セレッサさん、投げ渡された赤い棺のフタをあけて、聖霊さんを吸い込みました。
あ、そうです、聖霊さんといえば。
「ね、不思議なんだけどさ。ティアの持ってる聖霊さんたちってもっと小さいよね?」
なんというか、かわいさに片足をつっこんだ気持ち悪さといいますか。
どれも頭身が低くって、見ようによってはかわいいと思えなくもない姿です。
「だけどさっきの聖霊さん、頭身高くてスラっとしてたし。不思議だなって」
「棺に封じた聖霊はね、行使できる力を大きく制限されるのよ。能力の発揮が許されるのは、葬霊士が自らの力として振るうときだけ。力が制限されたぶん、姿もあんな『ちんちくりん』になってるの」
「ほへー」
つまりピジューも、セレッサさんに呼び出されたら『ちんちくりん』になって出てくるんですね。
ちょっと楽しみかも……。
あらかた用事がすんで、ダンジョンからの帰り道。
ティアとはぐれてからのこと、セレッサさんがここにいるわけ。
セレッサさんへの私の紹介や、セレッサさんとユウナさんの関係とかを聞きながら、上へ上へと登っていると。
「……せ、ない」
「……ん?」
なにか聞こえてきましたね。
このへんは――ティアとはぐれたあたりでしょうか。
星の瞳のマップを見上げると、黒いモヤが見えました。
幽霊がいます、少し先を行った通路の壁際に二体。
そしてです、ちょっと先に転がっている二人の冒険者。
タントさんの峰打ちで気絶させられた、ティアをハメたあの二人です。
どうやらまだ、意識がもどっていないようですね。
「アイツら……! 間違いねー、オレをハメた奴らじゃねーか!」
「やっぱりね。同じ相手に罠にかけられた、と」
『なにをされるかわかりませんし、お姉さま。手早く通り抜けましょう!』
「そうだね、手早く手早く……」
そそくさと横を通過です。
しかしかなり長い間、気を失っているはず。
起きていてもおかしくないのですが。
そう思って二人の顔を、チラリと横目で見てみると……。
「っ!?」
二人とも、目をかっぴらいて口を大きくあけて、涙とよだれと鼻水の跡を残して……。
「し、死んでる……っ」
「なんですって?」
「うわっ、マジだ。なんだって死んでんだ……?」
「打ちどころが悪かった、って感じじゃないよね……」
「えぇ。悶死、あるいは発狂死。そんな感じの死に顔ね」
発狂して、死ぬ……?
そんなことがあり得るのでしょうか……。
……と、いうことは。
この先にいる霊って、もしかして。
ティアとセレッサさんのあとについて、テルマちゃんに『神護の衣』を出してもらって進みます。
すると、やっぱり。
霊の正体、あの二人でした。
「……たせなかった、行かせて……まった……」
「行かせて……、頭……おかしく……」
ガっ、ガっ、ガっ。
二人ならんで、時計がふりこを刻むようにリズミカルに、カベに頭を打ちつけ続ける二人の霊。
私たちには目もくれず、存在すら意識してません。
ただ私を、タントさんを行かせてしまったことを後悔するように、ひたすら自分の頭を。
ガっ、ガっ、ガっ、ガっ、ガっ、ガっ、ガっ、ガっ、ガっ、ガっ、ガっ、ガっ、ガっ、ガっ、ガっ、ガっ、ガっ、ガっ、ガっ、ガっ、ガっ、ガっ、ガっ、ガっ、ガっ、ガっ、ガっ、ガっ、ガっ、ガっ、ガっ、ガっ、ガっ、ガっ……。
私たちが通り過ぎるまで、いいえ、きっと通り過ぎてからも。
葬霊してあげないかぎり永遠に、あそこで打ちつけ続けるのでしょう。
「……ティア、葬霊が終わって棺が空いたら、また戻ってきてあげよう?」
「そうね」
ずっとあのままじゃ、いつかきっと取り返しがつかないくらい歪んじゃいそうだもん。
それにしても、行かせてしまったら発狂死して、霊になっても後悔にとらわれ続けるほどの『妨害欲』。
アレっていったい……。
★☆★
「んーんっ、ひさしぶりに外の空気を吸った気がするぅ」
「オレぁマジに久しぶりだぜー、あぁ生き返るー」
ダンジョンからようやく脱出して、セレッサさんといっしょに大きく伸びをします。
胸いっぱいに新鮮な空気を送り込んで、なんだかリフレッシュした気分。
テルマちゃんも憑依を解除して、私の中からひょこっと出てきました。
「お疲れさまです、お姉さまっ」
「テルマちゃんこそお疲れさま。今回もたくさん守ってくれてありがとねっ」
「お姉さまのためですもの、疲れなんてこれっぽっちも感じませんっ!」
頼もしい妹をもって、お姉さま幸せだぁ。
……それにしても。
「もう夜だねぇ」
すっかりどっぷり、日が落ちてます。
大迷宮から日帰りで出てこられること自体がすっごく稀なことだし、当然なんだけどね。
星の瞳さまさまです。
「夜景がとってもキレイだぁ」
通りにそってたくさん並んだ『マナソウル結晶』の街灯が、キラキラキラキラ輝いて、まるで星のよう。
最後にキレイなモノ見られましたし、これからもっとキレイな葬霊の儀式が見られますし、いろいろあった一日ですが、おかげで今夜はぐっすり眠れそうです。
「よぉし、葬霊したらみんなでごはん食べにいこ――いたっ!」
右手の甲に、チクリと痛みが走りました。
虫にでも刺されちゃったかな?
不思議に思って、手を確認してみます。
すると。
「ママぁ……」
ひげの生えた赤ん坊の顔が、まるで腫れ物のように、私の手の甲に浮かび上がってきたんです。
「ひっ!!」
「まま、マんマぁぁぁ!」
「なんで、やだっ、どうして!」
「お姉さま!? それってまさか……!」
この顔、見覚えあります。
テルマちゃんにも見覚えあるよね。
最下層の隠し扉をあけたとき、飛び出してきて触られた、おじさんみたいな赤ん坊の霊。
あるいは赤ん坊みたいなおじさんの霊なのかもしれないけど。
「……霊魂の一部を切り分けて、トリスの体に埋め込んでいるわね。完全に受肉しているわ」
「あのときテルマが衣を張るの遅れたから……! お姉さま、テルマ尻ぬぐいしますっ!!」
テルマちゃん、もう一度私の中に入ってきて、
『神護の衣っ!!』
すべての霊障を弾く衣を展開しました。
ですが、なにも起きません。
手の甲からはじき出された霊が出てきて、なんてことにはなりません。
「……どうしてですかっ!!」
「ムダだな。コイツの体の一部になっちまってやがる。だから衣じゃ弾けない」
「私たちにも切除困難ね。ここまで癒着されてしまっては、少なからずトリスの体、あるいは魂を傷つけてしまう」
「そんな……」
いやだよ、このままじゃ私どうなるの……?
脳裏によぎった疑問に答えるように、手の甲の赤ん坊は口元をゆがめてニヤリと笑いました。
「まま、ボくを産んデェェ……? まマカらもっかイ、産まレ、たイィ……ぃ」
「――っ!!?」
あまりの恐怖と嫌悪感に、背筋を寒気が走ります。
涙までにじんできました。
やだ、こんなのやだよぉ……!
だれか、だれか助けて……っ!