35 大樹の聖霊
ドライクの顔を真正面から見て、ティアが断言しました。
間違いないです、あの男がティアの妹を殺した張本人……!
「よくも、よくもユウナを殺したわね……!」
「殺したわけではないさ。私はね、もう一人の娘を取り戻しただけなんだ」
「世迷言を……! 貴様は死んでからも斬り刻むッ!」
「……させません!」
「チッ。あなたもいたのね……」
ブオンッ!
横から斬りかかったタントさんの攻撃を飛び下がってよけるティア。
私が教えるまでもなく、さすがの反応速度です。
斬りかかったって表現、正しくないかもしれませんが。
だってタントさん、峰打ちだったので。
「そいつをかばい立てする気? 聞いたでしょう。その男、私の妹を殺したと自白したも同然よ?」
「そう、ですが……。ですが、なにか深い理由があるのかもしれません。まずは話を――」
「またソレね。さっさと目を覚ましたら?」
「ボクにとって! ドライクさんは父も同然なんだッ!!」
タントさんが声を荒げます。
どうしていいのかわからない、そんな感情をひしひしと感じてしまって。
「そう簡単には疑えませんよ……! ねぇ、ドライクさん。なにか理由があるのでしょう?」
「賢い娘だね、タント。そうとも、私は誓って彼女の妹を殺していない。逆だよ、『生き返らせてあげた』んだ」
「――意味わかんねぇことほざいてんじゃあねぇぜ」
初めて聞く声。
聞こえたのはドライクの頭上でした。
葬霊士の黒いコートをはためかせて、十字架型のヤリを振りかぶった金髪の女の子が舞い降ります。
「オレの親友、テメェが殺したことに変わんねぇだろうがッ!! このドブ野郎!!!」
「……せっかくの奇襲、感情にまかせて叫んで台無しにするとは。ダメだよ、お嬢さん」
「ドライクさんはやらせない!」
ガギィ……ッ!!
女の子の攻撃は、ドライクをかばったタントさんが受け止めました。
でも勢いに押されたようで、手から剣がはじき飛ばされてしまいます。
「ジャマすんな! てめぇから斬られたいのか!」
「っ……! それでもボクは、ドライクさんを信じたい……!」
「タント、武器だよ。使いなさい」
私、おどろきました。
ドライクがどこからともなく出した剣を、タントさんに投げ渡したんです。
ほんとうにどこからともなく、私の目でもわからなかったくらい。
「私を守ってくれたまえ。我が『娘』よ」
「……はい」
「チッ! おいティアナ、悔しいがそっちは任せたぜ!!」
「譲られたわ」
ふたたびドライクにむかっていくティア。
ですが、またもや横やりが。
「ティア、よけてっ!」
「……っ!?」
シカのような聖霊『ピジュー』が、矢のようにするどい木の枝を飛ばしてきたんです。
私が声をかけなきゃ危ないトコでした。
「ー・・ー ・ー・ーー」
「助かるよ、わが友」
「聖霊……! どいつもこいつもジャマをして……、ヤツが目の前にいるというのに……っ!」
ギン、ギギンっ!
二刀で枝をはじくティア。
そのまま足止めされてしまい、ピジューとの交戦に入ってしまいました。
いっぽう、金髪の女の子とタントさんはというと。
攻防の中で、タントさんが自分の剣をひろったようです。
両手に一本ずつ剣を持って、女の子と斬り結んでいます。
ですが、女の子の表情がなんだかおかしいような……。
「テメェ……。この二刀の剣さばき、どこで身につけた……!」
「どこでと言われれば、生まれつきなのでしょうかね。それがなにか?」
「だって、だってよ……。この剣さばき、アイツに、太刀筋からクセに至るまで、全部……っ」
「……? なんにせよ、スキだらけです!」
シュバッ!!
急所ではない肩をねらった突きが、すんでのところで回避されます。
そのひょうしに、髪を結んでいた髪留めの片方の、ヒモが切られちゃいました。
宙を舞うドクロの髪留め。
しまった、って感じで見送る女の子でしたが、なぜだかタントさんまでそちらに目を取られます。
「この、髪留め……」
パシっ。
戦いの手すら止めてしまって、キャッチした髪留めをぼうぜんと見つめてる。
対する女の子のほうも、絶好のチャンスだというのに動きません。
「なぜでしょう、見覚えがある……。どうして……」
「お前……。なぁ、お前いったい……」
「タント、これ以上かまわずとも良い。帰ろう」
「ド、ドライクさん……」
立ち尽くすタントさんの肩をポン、と叩いてから、ドライクは私にほほえみかけました。
そして、
「トリス、また会いにくるよ。パパはいつでも待っているからね?」
跡形もなく、その場から消えてしまったんです。
たぶんゲルブとおなじワープ魔法か、ダンジョン脱出魔法だと思います。
そんなことより気になるのが、さっきの記憶とあのヒトの発言。
自分のことを何度もパパって……。
「あのヒト、いったいなんなの……? なんで記憶の中に、あのヒトの顔が……」
『お姉さま、だいじょうぶですか……?』
「う、うん……。テルマちゃんありがと……」
いけないいけない、気持ちを切り替えなきゃ。
そうだよね、考える時間なんてあとでいくらでもあるんだもん。
「セレッサ、ぼんやりしているヒマがあるなら手伝いなさい。あなた、仮にも『筆頭』でしょう?」
「……あ、あぁ、わりぃ。そうだ、まだソイツがいるんだったな!」
金髪の女の子、セレッサさんっていうんだ。
深刻そうな表情でしたが、ティアの言葉で気を取り直して加勢に入ります。
……というか、あの子が探していた筆頭さんだったんだ。
なんでダンジョンに?
「コイツは聖霊ね。見ればわかると思うけど」
「一目瞭然。その辺の悪霊とは格がちがわぁ」
木の矢をはじきながら近づこうとする二人。
ですが床から木の根のヤリまで伸びてきて、なかなか攻め込めないようです。
他にもなにか、攻め手を欠いてる感じですが……。
「そ、そんなに厄介なんだ、聖霊って……」
『ですです、なにせ神様に近しい存在です。各地でいろんな宗教がありますが、だいたい聖霊が祀られてますよね』
「だね。強さも段違いかぁ」
うーん、私で役に立てること、あるのでしょうか。
とにかくいったん聞いてみましょう。
「ティアっ、勝てる? 倒せそう?」
「かなり面倒、といったところね」
「かなり」
初めて聞きました、かなり。
かなり手こずりそうですね……。
「具体的にはどう『かなり』?」
「強さはもちろんのこと、何より厄介なのは急所の位置。全身のいずこかにある急所を的確に見抜き、そこを突くという基本は悪霊と同じ。ただし数も場所も、聖霊によってバラバラなのよ」
何個あるかもわかんない、と。
なるほど、だから攻めあぐねてたんだ。
「『見』に徹して感知したり、遠距離攻撃で削って急所を探るのが対聖霊戦のセオリーね。外せば手痛い反撃を食らう。急所の確信が持てるまで、祓うには何時間もかかるのが普通よ」
なるほど、急所の感知ですか。
よーし、お役にたてそうですっ。
「お、おい、あのか弱そうな女。なんであんなん連れてんだ?」
「ああ見えてトリス、とっても頼りになるのよ? じきにわかるわ」
「ふーん……」
瞳をとじて、魔力を集中して、集中して、さっき使ったばっかりですがもう一度。
いきます、開眼!!
「綺羅星の瞳っ!!」
……見えました!
急所はぜんぶで五か所。
「頭、胸、おなかに一か所ずつ、三つがまっすぐに並んでます! あとは左右のふとももですっ!」
「さすがねトリス。あなたのおかげで半日かかる除霊を一分で終わらせられる」
「えへへっ」
ティアにほめられてもらうの、何度目だってうれしいな。
いっつもにやけちゃうんだよねぇ。
「マジかよ、信じていいヤツか?」
「信じなさい。間違いなんてないのだから」
「そうかよ、じゃあ……」
「えぇ。いち、にの……」
「「さんっ!!」」
息ピッタリの合図とともに、二人が左右に分かれます。
「・・・ー ー・ーー・ ・ー・」
なにかを発しながらぶっとい木の根を、雨あられのような木の枝を連発しまくる聖霊さん。
ですが二人には当たりません。
あの二人、ティアはもちろんセレッサさんもとっても強いです。
ただ、やっぱりティアのほうが武器をふるう速度も速さも上のようです。
セレッサさんのコートにはいくつも木の枝が貫通していきますが、ティアはまったくの無傷ですし。
「私が正中線をやる。あなたは足を薙ぎ払って」
「合点! それぞれの得物的にもベストだな!」
ティアが二刀を十字架にしまって、代わりに長剣を抜き放ちます。
さらに炎の聖霊、サラマンドラを棺から解放。
『我――』
ズバッ!
『ぴぎゃ』
いつも通り雑に斬って、刀身に炎をまといました。
「ブランカインド流憑霊術。木には炎で焼き払う」
なるほど効果バツグンな予感。
なによりすごいのが、一連の作業を攻撃ぜんぶよけながらやったってことです。
ビックリです。
そしてセレッサさんですが、ヤリの穂先に手をやって軽く回してみせました。
するとなんと、ヤリがガシャコンと変形します。
十字架の部分が穂先の方向に閉じて、のびて、直角に折れ曲がり、自分側のほうに三日月みたいな刃が生えたんです。
あれ、鎌ですか。
デスサイズに変形ですか!
「「ブランカインド流葬霊術――」」
高く飛び上がったティア。
嵐のような迎撃を炎の刃で斬り払い、降下しながら剣を振り上げます。
「逢魔落陽」
セレッサさんは姿勢を低くして足元へともぐりこみ、背中を地面につけて回転しながら鎌を振りぬきました。
「彼岸の地平ッ!!!」
ザンッ!!
ズバァッ!!
振り下ろされた一閃が聖霊の正中線を正確にまっぷたつっ!
鎌でのブン回しも、ふとももの急所をふたつ、ねらいたがわず斬り裂きました!
「ーーー・ ・ー・ー・ ・ー・」
聖霊さんは大量の人魂を吐いて、緑のモヤへと変わっていきます。
あんなに怖くて強そうなの、ほんとうにやっつけちゃった。
「すごい……! 二人とも、すごいよ……っ! こんなにあっさりと……!」
ブランカインド最強の『筆頭』葬霊士と、筆頭をさらに上回るティア。
ふたりがそろってかかったら、聖霊ですら簡単に倒せちゃうだなんて!
「……簡単そうに見えたかしら? あなたの助けがなかったら、もっとずっと手こずっていたわ」
「そうなの、かな」
「えぇ。あなたのおかげ。ありがとう、トリス」
こっちに来たティアに、なんとなでなでされちゃいました。
うれしいと同時に、なんだか胸もドキドキして。
「えへへ……」
顔、熱くなっちゃいます。
『お姉さまぁ……?』
「あうっ」
すぐに青くなりましたが。
それにしてもドライク、あのヒトいったいなんだったんでしょうか。
私の記憶と、不思議な感覚。
次に出会ったとき、すべてが判明する。
私の感知力が、なんとなくそう言っている気がしました。