34 あなたは私の――
たくさんの悪霊さんが襲ってきましたが、なんとか切り抜けて最下層まで到着です。
マップを埋め尽くすほどの悪霊がここにいる――はずだったのですが。
「……なんにもいないね」
最下層、見渡すかぎりの大広間。
真ん中に『古代王墓』の名前の由来になった棺が置かれた祭壇があって、すみっこに巨大な『マナソウル結晶』が湧いています。
でもそれだけ。
悪霊も、男の子のお兄さんもどこにも見当たりません。
「先ほどの悪霊たちで全てだったのでは?」
「やー、どうだろ。マップで見たときフロア全体を埋め尽くすくらい真っ黒だったのに、たったあれだけなんて思えない」
せいぜい20体くらいでしたよ、出迎えてくれた悪霊さんたち。
……もしかして、ティアたちのところにたくさん行ってるとか?
だとしたらかえって安心かもですね、あのヒトめっぽう強いので。
ですがまだまだ気になることが。
「嫌な気配だって、ちっとも消えてないんだ。むしろどんどん、最下層に近づくにつれて強くなっていって。今じゃもう息が詰まりそう……」
このフロア、なにかある!
私のSSを誇る感知力がそう言っています。
よし、ここはよーく『目を凝らして』みましょう。
瞳を閉じて、魔力を集めて集めて、さらに集めて……開眼!
「綺羅星の瞳!」
キラキラ輝く星の瞳。
霊的な力を見抜くこの眼なら、きっと何かが見えるはず。
とってもクリアになった視界で最下層を見回してみると……見つけました!
「あのカベ! あそこからゾッとするほど濃い霊気が漏れ出てきてる!」
『さすがですっ! どんな霊でもお姉さまからは逃げられませんねっ』
「えへへ、そんなほどでは……」
いまだに褒められ慣れてないからかな、くすぐったくてうれしくなっちゃう。
ともかく祭壇から左側、ふたつの柱が立ってるあたりのカベがとっても怪しい。
「調べてみましょうか。――おや」
タントさん、調査開始早々になにかを見つけたみたいです。
「この部分の石だけ、ハメ込みが甘いですね。どれ、押してみましょう」
なるほど、遺跡によくありそうなヤツだ。
グイっ、と押し込まれると、思ったとおりのことが起きました。
カベが静かにせり上がって、隠し通路が現れたんです。
「ふむ、なるほど。大したものですね、トリスさん」
「えへっ、そうかな、照れるなもうっ」
『お姉さまってば、褒められれば誰にでもデレデレしちゃうんですか……?』
「そっ、そんなにチョロくないよっ」
ともかくこれで、新たな道が開けました。
ですが真っ黒に塗りつぶされたマップじゃ、ここから先がどんな地形かわかりません。
この先にティアが行ってる可能性、ほぼほぼなさそうだよね、閉まってたわけだし。
ひとまず待って合流するべきなのでしょうか。
だけどあの子のお兄さんが、助けを求めて待っているはずだよね。
「……て、……け……」
「……ん?」
なにか聞こえましたね、隠し通路の暗がりから。
そちらの方へ何の気なしに目をやると。
「タスケテ、タスケテェェェ!!!!」
異様に頭が肥大化した、ひげの生えたおじさんのような顔の赤ちゃんが、カサカサとすごいスピードで這いずって……っ!
「ひっ!」
「タスケテ、まんまぁ、たすけテぇぇェェェ!!!」
カサカサ、カサカサと蛇行しながら、すごい速さで近づいてきてジャンプ。
私の手にしがみついてきた……!
やだ、やだ……っ。
「ママぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
血走った眼を見開きながら、なおも私の体のほうへと登ろうとしたところで、
バチィィッ!!
発動した神護の衣が悪霊をはじき飛ばした。
飛んだ先にはタントさん。
鞘から抜き放った剣閃で、悪霊は真っ二つの黒いモヤへ。
『お姉さまはあなたのママじゃありません!』
「……は、はは、ぐずっ。こ、怖かった……。ひぐ、えぐっ」
『ごめんなさい、お姉さま。とつぜんのことにテルマもビックリしちゃって、衣が遅れちゃいました』
「う、うん、平気……。でも、もう出しっぱなしにしとこ……?」
ここから先、衣が手放せなくなりそうです。
「どうします? 怖いのならトリスさん、ここで待っていてもいいですよ?」
「……怖がってなんていられない。ティアを待ってもいられないよ」
男の子のお兄さん、きっと今も助けを求めてる。
さっきの悪霊が『助けて』って叫んでいたように、きっと。
誰かを助けるためなら、『人助け』のためになら。
どんなに怖い目にあっても大丈夫。
「『人助け』、タントさんだって好きなんだよね。私と同じく本能レベルで!」
「――ふふっ。では行きましょうか」
暗い通路を抜けるまで、結局ほかの悪霊には襲われませんでした。
そうして開けた場所に出て、今度こそ行き止まりの最深部。
ですがやっぱりお兄さん――生きた人間は一人たりともいません。
いえ、『死んだ人間』でさえも。
さっきの広間とそっくり同じ作りの隠しフロア。
床の上には大量の人骨が転がっています。
みんな、なにかに頭を噛み砕かれたかのように、頭蓋骨が粉々で。
中には風化寸前ボロボロの、かなり古い骨も混じっています。
そして何より目を引く、圧倒的な存在感を放っているのがアレ。
中央の台座に腰かけた、鹿と人を混ぜたようなわけのわからない存在。
体は人間の男性のようですが、手足が鹿で蹄がついてます。
なにより不気味なのがその頭部。
オスの鹿の角に、十六個の黒豆のような瞳。
枝分かれした角の先には、たくさんの小さな人間の頭が木の実のように成っていて、ブツブツとなにかをつぶやいています。
「おやおや、少年のお兄さんなどどこにもいませんね。もしかしてボク、ウソつかれましたか?」
タントさん、余裕そうにしてるけど、私ダメかも。
もしも神護の衣がなかったら、恐怖とプレッシャーで死んでしまっているかもしれない。
「あなた、なにかご存じないです?」
「ー・ ・・ ーーー」
口、開きました。
なにかしゃべりました。
ですが、なんて言ってるのかわかりません。
「テルマちゃん、アレ、なに……?」
『わかりません、わかりませんよ……』
そう答えたテルマちゃんの声も震えています。
この背筋から凍りつくような感じ、どこかで覚えが……。
――そう、ティアが聖霊を出すときの感じとそっくりです。
コツ、コツ、コツ……。
そのとき、足音が聞こえました。
生きてるヒトの足音です。
もしかしてティアが来てくれた……!?
「――悪い子だねぇ、タント。この遺跡には入っちゃダメだと言いつけたろう?」
ちがいました、ティアじゃありません。
現れたのは中年の葬霊士。
つば広帽に見え隠れする、すこししわが入った目元に、とっても優しそうな、おだやかな表情。
なぜだかその顔に『なつかしさ』を感じてしまいます。
背中に十字架のような長剣を背負って、胸に『三本足のカラス』の紋章がついたコートをはおった、まさかあのヒトが……。
「ドライクさんこそ、どうしてここに?」
グルドート・ドライク。
ヤタガラスの首領にして、ティアの妹の仇――かもしれないヒト。
あぁそうだ、大事なコト忘れてた。
真っ黒な最下層のフロアの中央に、黄色い点があったんだっけ。
お兄さんがいなかったなら、黄色い点の正体は?
このヒトだ。
「少しばかり用があってね。そしたらどうだい? キミが遺跡に入ってきちゃったじゃないか」
「ごめんなさい。人助けの心をおさえられなくて」
「いや、怒っているわけじゃないんだ。むしろうれしいんだよ、タント。そしてトリス、キミもね」
やっぱりこのヒト、私のことを知っているんだ。
きっと私の村のことも……。
ドライクさん、私に二コリと微笑むと、なんでもないように怪物のそばまで歩いていく。
「キミたち、おどろいたかい? 心配せずとも大丈夫、彼は私の友人さ。人の言葉を話せない彼に代わって、私が紹介しよう。彼の名は『ピジュー』。トリスなら気づいていよう、他ならぬ聖霊さ」
やっぱり。
憶測に確証が得られましたが、なんなのでしょうこの事態。
いったいなにが起きているの……?
「疑問が尽きない表情だね。かまわない、ひとつずつ説明してあげよう。私たちヤタガラスが霊魂を集めていること、もう知っているね?」
「は、はい……」
それはもうゲルブから聞き出しました。
タントさんも、もちろん知っていますよね。
「魂を納める棺、封縛の楔。あれ、とっても希少で手に入れるのに苦労するんだ。1080体もの霊を保管しておくには数が足りない。だから場所が必要だったのさ」
「――あぁ、もしかしてこの遺跡。今まで捕らえた霊の保管場所に使っていたんですね」
「その通り。しかし一所に大量の悪霊が集まれば、破滅的な災いが起きるだろう? そこで彼の力を借りて、霊障が起きないようにしていたんだ」
ピジューと呼ばれた聖霊の、力を借りていた……?
どういうことなのでしょうか。
「彼の主食は人間の魂。もっとも聖霊全般そうだがね。しかし彼、非常に小食でね、数百年にひとり程度喰らう程度で満足らしい。霊たちは絶対的捕食者の存在を恐れて悪さができず、ピジューは獲物を逃がさないよう目を光らせる。腹がすいたらすぐにつまめるし、ウィンウィンの関係といったところさ」
「だから……。だからここの悪霊たち、みんな……」
「うん?」
「みんなみんな、助けを求めていました。我先にとタントさんに襲いかかって、斬られようとしていました。きっと逃げたかったんだ……」
「そうだね。だから辛くも逃げおおせた何体かが子どもに憑りついて、ウソの依頼で葬霊士をここにおびき寄せたんだね。自分たちを祓ってもらえるように」
「あ、あなたは……!」
なんて他人事みたいな言い方。
どこまでも無感情で、興味すらなさそうな。
罪悪感というものを、このヒトの発言からこれっぽっちも感じませんでした。
歪みきった悪霊だって、元はふつうの人間だったのに……。
「あぁ、おかげで予定が狂ってしまった。どうしようかねぇ」
「すみません、ドライクさん。言いつけを破った上に余計なことをしてしまって……」
「いいや、タント。気にしなくていいんだ。むしろうれしいんだよ。助けを求める霊たちに答えたキミたちを、私は大変うれしく思う。誇りに思う。よくぞここまでまっすぐに育ってくれたね」
「あなたにそんな、お父さんみたいに言われる筋合いありません!!」
「あるよ? キミは覚えていなくとも。キミのこと、よぉく、よぉーく知ってるからね」
「どういう……っ」
「どうだね? 私のことを『パパ』と、そう呼んでみてくれないかな?」
なにを、なにを言ってるの、このヒト。
あなたがお父さんなわけ――。
「――!」
そのとき、頭の中に小さいころの記憶がよぎります。
ずっとモヤがかかったようだった記憶が、ほんの一秒ぶんだけ鮮明によみがえりました。
幼い日々を過ごした家族との記憶です。
『お姉ちゃん』と『お母さん』と、そして『お父さん』。
だけどどうして?
お姉ちゃんもお母さんも、知ってる二人とぜんぜんちがう。
そして、お父さんの顔は。
とっても若いけど、この顔は……っ!
「ほら。パパ、だよ、パパ。トリス、パパって呼んでごらんなさい?」
ちがう、ちがうちがうちがう!
私のお父さんはこのヒトじゃない……!
「ほら、パパだよほら。ほらほらほらほら」
「やめて、来ないで……!」
「――見つけたわ」
……!
この声……!
聞きたくて聞きたくてしかたなかったあのヒトの声がして、数瞬後。
通路から飛び出してきたティアが、ドライクに斬りかかりました。
ガギィィっ……!
ドライクも受け止めて、二人はつばぜり合い。
にこやか笑顔を崩さないドライクに対し、ティアは敵意むき出しです。
「その目、その声、その顔も! あの日から、一秒たりとも忘れてなかった!! ドライクッ!!!」
「おーやおや。娘たちとのひとときにジャマが入ってしまったねぇ」