32 人助け欲ってなんなのでしょう
笑顔で手を差し伸べて、危害は加えませんだなんて。
このヒト、本気で言っているのでしょうか。
……顔見る限り、本気で言ってますね。
私、目だけはいいですから。
多少暗くても、こんな間近で表情見たらウソついてるかどうかくらいわかります。
(テルマちゃん。神護の衣、解除して)
『本気ですかっ!?』
(本気も本気。このヒトだって本気だよ。それにね、いろいろ話を聞き出せたなら、ティアのためにもなるでしょっ)
これ、考えてみれば大チャンスです。
むこうが仲良くしたいと言っているのなら、こっちも仲良しのフリをして、いろいろ探ってしまいましょう。
お人よしの私なんかが、スパイの真似事できるかどうか不安ですが。
『……わかりました。ただし、いつでも衣を出す準備しておきますので』
(かえって安心だよ。ありがとね)
『お礼はいっしょにお風呂でお願いします』
(湯船でぎゅー、もつけとくねっ)
『ふみょっ!?』
テルマちゃんの変な断末魔っぽい声が聞こえて、神護の衣が消えました。
これ、私の中で気絶とかしてないよね……?
「消してくれましたね。うれしいなぁ、信用してくれたんだ」
「……前に助けてもらったし、あなた個人のことはそんなに嫌いじゃないから」
差し出された手を取って、引き起こしてもらいます。
あくまでただ手を取っただけ。
手を取り合って、仲良しする気はありませんからっ。
「あなたの頭の上のそれ、大変便利そうですね。照明代わりにもなりますし」
「まぁね。私の一番のとりえだからっ」
ダンジョンを進む中、星の瞳のマップ機能をほめられました。
すこしうれしいですが、そこまでチョロくありません。
心は許しませんからねっ。
「ティアは……あぁ、迷路をさ迷ってる……。はやくむかえに行ってあげないと」
「ティア――とは、問答無用でボクに襲いかかってきた不良葬霊士ですか」
「あれは……! ……あれは、まぁ、ティアが悪いトコもあるケド」
ごめんね、ちょっと弁護できないや。
「むかえに行くなら、同行を中断せざるをえないですね。また襲われてしまいそうです」
うぅっ、ソレは困る……。
まだなんにも聞き出せてないもんね。
このヒトを示す黄色い点にマーキングを打っておけば、ダンジョン内にいる限り見失ったりしないけど。
ティアがいる迷路の部分があるのは、ひとつ下の16階層。
ソコに行ける登り階段は、17階層にあるようです。
「……よしっ。ちょっとつかれちゃった。休憩していこっ」
「かまいませんよ。急ぎの用こそありますが、あなたがつかれたと言うのなら、放ってはいけません」
よーし、乗ってくれた。
この機会にいろいろ聞き出しちゃおう。
ついでにティアが迷路を抜けてくれるまでの時間稼ぎもできちゃうし、一挙両得!
というわけで、カベにもたれて隣り合って腰かけます。
皮の水筒で給水しつつ、さてまず何から聞きましょうか。
「……えと。このダンジョンに何しに来たの?」
「除霊ですね」
あぁっ、そうだよね、そうに決まってる。
私ってば質問ヘタか!
「小さな男の子に依頼されたんですよ。お兄さんが霊に連れ去られたとかで、探し出して除霊もしてきてほしい、と」
「あ、私たちもまったくいっしょ。たぶん同じ男の子に頼まれたんだと思う」
「すごい偶然ですね。しかしあの葬霊士、見直しましたよ。『人助け』のためにダンジョンにもぐるだなんて」
「……ティアの名誉のために言っておきますと。あのヒト、とっても優しくってかっこよくって人助けのために命を張れるヒトなんだから」
「そうなのですか? ではなぜあのとき、霊に襲われているヒトを見殺しに? なぜボクに襲いかかってきたのです」
「それは……」
言ってもいいのかな。
ティアに不利になる情報じゃないし、まぁいいのかな。
というわけで、話しました。
あのとき殺人犯が、自分の殺した霊に復讐されていたこと。
犯行を隠すために私たちが利用されていたこと。
……それと、『ヤタガラス』のボスのドライクが、ティアの妹さんの仇かもしれないこと。
「――そうですか、そのような事情が。あのときの行動、ボクも短絡的すぎたかもしれませんね。なにせ誰かが困っていると、無条件で体が動いてしまうので」
「信じてくれるんだ」
「うたがう理由もありませんから。しかし――ドライクさんが妹の仇。そこだけは到底信じられません。なにかの勘違いでは?」
「勘違いなんかじゃ……! あのね、ドライクってとっても怪しいの! 私の村だって――」
そこまで口に出してしまって、ハッとします。
村のことまで話しちゃったら、ゲルブをやっつけちゃったことがバレちゃう。
結果的にはロンちゃんに食い殺されたわけだけど、私たちが原因で死んだことに違いないし。
「村……? なんのことです?」
「――や、なんでも……ない。忘れて……」
危ないです、やっぱり私こういうことにむいてないかも。
だけど収穫、ありました。
タントさんの表情から、村というワードに対してなんにも心当たりがないって読み取れました。
このヒト、私の村の事件にかかわっていません。
憶測ですが、当たっていると思います。
「…………」
「……」
少し気まずい沈黙が流れます。
ドライクのことうたがわれて、怒っちゃったのでしょうか、タントさん。
「……ボクには、記憶がありません」
「えっ……?」
「記憶がないんです。『三年前』からの記憶がいっさい。一番古い記憶はどこかの建物の中。悪霊の大群にかこまれて、たくさんのヒトの死骸が転がっていました」
どこか遠い目で、魔力球のマップを見上げながら。
タントさん、ぽつりぽつりと話し始めました。
「死にたてじゃありません。腐った死体や白骨化した死体です。おぞましい光景の中、『歪み』きった悪霊たちにかこまれた恐怖の記憶です」
想像するだけでゾッとします。
記憶もないのにそんなの、心細いなんてものじゃないですよね……。
「ボクは逃げ出しました。泣きながら、叫びながら。ですが悪霊たちもボクをどこまでも追ってきて、疲れ果て、死を覚悟したそのとき、『彼』が救ってくれたんです。自らの危険もかえりみず、悪霊の群れに飛び込んで、銀の刃で斬り祓う。彼の――ドライクさんの姿が、ボクには神にも救世主にも映ったんです」
「ドライクが、救ってくれた……?」
「そのあと気絶してしまい、結局あそこがどこだったのかよく覚えていないのですがね。以来ボクは彼から葬霊術を学び、葬霊士として活動してきました。彼が実践してくれた『人助け』を、ボクも誰かのためにしたい。もっとも内から湧き上がる、『人助け欲』にも引っ張られているのですが」
……うん、このヒトがドライクを慕う理由がわかりました。
だけどね、ホントにドライクがいいヒトなのか、それともタントさんが利用されてるだけなのか。
結論出すの、まだ早いよね。
あともうひとつ、こっちのほうが気になりました。
タントさん、はじめて会ったときからずっと言ってましたよね。
「『人助け欲』……。誰かが助けを求めていると、助けずにいられない強い強い衝動、だね。まわりがどんな状況だろうと、自分の命すらどうでもよくなるほどに……」
「なんと、非常に的確な表現だ。驚きですよ、トリスさん」
「わかるもん。だって私もそうだから」
「……なんと。さらに驚きました」
このヒト、私といっしょなんだ。
『人助け欲』、これっていったいなんなの?
どうして私たち、同じ欲求を抱えてるの?
「なんだかあなたとは、他人のような気がしませんね」
「……だねっ。なんだか不思議な感じ」
「運命的なものを感じてしまいます。……そうだ、これを渡しておきましょう」
なんでしょうか、タントさんがコートの中から筒のようなものを取り出しました。
「はい、どうぞ」
で、手渡されます。
プレゼントのようです。
「これは……?」
フタのついた、短くて白い筒……ですね。
「困ったことがあったなら、これを使ってください。人助けが趣味なこのボクが、すぐにとんでいきますから」
★☆★
……ふぅ、まいったわね。
よりによって迷路に落とされてしまったわ。
ただでさえ方向音痴だというのに。
「あの二人、マトモな人間じゃなかったのね……」
霊がらみでないのなら、狂人かあるいは盗人か。
いずれにしてもトリスが危ない。
早く合流しなくては。
……と意気込んで出口を探しはじめてから、もうどのくらいたったかしら。
「……迷ったわね」
もうすでに、自分がどこにいるのかもわからない……!
「はぁ、変わってないのね、あのころと」
三年前に妹がいなくなってから、強くあろうとひたすらに努力してきたけれど、方向音痴と雷だけは克服できなかったわ。
これではあの子に再会したとき、「相変わらずだねお姉ちゃん」とか笑われてしまうわね。
「……ダメ、思考を止めてはダメよティアナ。戦闘と同じ、機転をきかせて洞察力を働かせれば必ず打開できるはず」
さしあたって、迷路とは必ず出口が存在するもの。
出口がある、すなわち空気が流れていくわよね。
「――ととのったわ」
ふところから赤い棺を取り出し、フタをあける。
一頭身のブサイクな鳥が出現すると同時に背中の二刀を引き抜き、
『我が力を欲すふぎゃっ』
ざしゅっ、と斬って刃に風をまとったら。
「ブランカインド流憑霊術。この風で、迷路の出口を見極める」
風を操るこの力で空気の流れを読めばいい。
すぐに脱出してみせるわよ。
トリス、待っていなさい……!
「次の角を右ね。順調だわ」
カンに頼らず空気の流れに道案内さえしてもらえば、さすがの私も迷わない。
順調に迷路を進み、いよいよ出口というところで。
「……なにかしら」
下り階段の前に、黒いなにかが転がっているわね。
葬霊士の格好に見えるけれど……。
近づいてみて、とりあえず話しかけてみましょう。
「もしもし、生きてるかしら?」
「ぃ、ず……」
「……なに?」
「み、ず、くれ……。もう二日も前から、一滴、も……。あと、できれば……、メシ、も……」
「……わかったわ」
水筒とパンを一切れ、取り出して渡してやると、ぐびぐび飲んでバクバク食べ始めた。
遠慮というものがないわね。
私のぶんの水、なくなっちゃうじゃない。
「っぷはー! 生き返るぜぇ! ありがとな――って、ティアナかお前!?」
「いかにもティアナだけれど、あなたは?」
「いや忘れたのかよっ!」
さて、誰かしら。
前髪を緑のヘアピンでとめて、ボサっとした金髪の髪を雑に二つ結びにした、八重歯がキラリと光るこの少女。
「オレだよオレっ! ユウナのトモダチの――」
「……あぁ、あなた」
思い出したわ。
ユウナについてちょろちょろしてた金髪の小柄な子、いたわね。
私自身、あまり話したことないけれど。
たしか……。
「――名前。なんだったかしら」
「覚えてない、だと……!? だ、だったら二度と忘れねぇように覚えとけっ!!」
元気そうね、行き倒れてたくせに。
勢いよく立ち上がって、自分の顔を親指でビシッと指して、彼女は名乗りを上げた。
「オレはセレッサ・マーセルス! ブランカインド流の現『筆頭葬霊士』だっ!!」