31 王都地下・古代王墓
王都地下『古代王墓』。
メシア王国ができるよりずーっとずーっと前、遠い昔のヒトが建てた地下大迷宮です。
王墓、とはいいますが、本当に王様のお墓なのか具体的にはわかりません。
巨大な『マナソウル結晶』のある最深部に置いてある棺の存在から、こんな立派なお墓を作ってもらえるなんて王様くらいでしょ、と推測されて王墓と呼ばれている模様。
王都の南区画にある、検問に守られた入り口を通っていざ潜入!
ちなみに衛兵さん、男の子のお兄さんに心当たりはないそうです。
王都の大迷宮だけあってたくさんの冒険者がもぐってるもんね。
仕方ない、私たちで探しましょう。
というわけで、ダンジョンに入って最初にやることといえばもちろん。
「星の瞳っ!」
星の瞳でマップを出す、私恒例の見せ場です。
ちなみに人形屋敷の失敗を活かして、今回は最初からテルマちゃん憑依状態。
「……出たわね。見ただけで目がまわりそうだわ」
私の頭上に浮かぶ魔力球。
そこに映し出された巨大な立体ダンジョンマップを目にしたティアが、クールな顔でそんなことを言い出しました。
「ティアってもしや地図アレルギー……?」
「そうでもないわ。でも大きすぎるもの」
たしかに。
全部で20階層、ハンネスタ大神殿よりずっと広いです。
マップに映し出されてる点の数だってとってもたくさん。
魔物を示す赤い点はもちろんのこと、他の冒険者たちを示す黄色い点が、各階層にいくつも灯っています。
『冒険者さん、何人もぐっているのでしょうか』
「えーっと、具体的には15階層までで62人だね」
「多いわね……」
下層へむけてスライドさせながら、ジマンの視力で数えた結果です。
そして『マナソウル結晶』がある最下層。
そこまでスライドさせたとき、私、ゾッとしました。
マップ見るだけでゾッとしたの、はじめてです。
「なに、これ……」
地形が見えないほど、マップ中を埋め尽くす黒、黒、黒。
もはや点じゃありません、面です。
マップ自体が黒く染まるほどたくさんの悪霊が最下層にいる。
「さすが王都。多いのは冒険者だけじゃない、ということね」
「よ、余裕だね……。こんな、私でも数えきれないくらいいるのに……」
あまりにも密集しすぎちゃってて、じっさい数えられません。
境目わかんないほどぎっしり。
「余裕よ。まとめてなで斬りね」
『テルマもしっかりお守りします!』
「さっすが、頼りになるねぇ。なんせ私たち、どうしてもココに行かなきゃいけないんだもんね!」
ふふん、と笑ってみせるティアと、私の中でふんぬふんぬと気合を入れるテルマちゃん。
二人がいてくれてホントに良かった、と心底思いつつ、黒に埋め尽くされた円形の最下層、その中央にひとつだけ光る黄色い点を指さします。
「きっとコレが、あの子のお兄さんだよね」
「ピクリとも動かないようだけど、捕まってるのか、それとも……」
「それとも、はナシ! 生きてる前提で動きます」
「……えぇ、そうね。では行きましょう。生きているなら一秒でも早く、助け出してあげないとね」
コツコツとひびく足音。
黄色がかった石造りの遺跡には、石組みの太い柱が何本も並んでいます。
「どれだけ古くに作られたんだろ、こんな広いとこ」
マップの力とティアの力でスイスイ進んで現在15階層。
まだまだ続きます、とっても広いです。
「これだけの広さで地下20階だもの。建設にはとてつもない技術力か、もしくは力が必要よね」
『テルマにもまったくもって見当もつきません。見たことのない建築様式ですし』
不思議なモノもあるもんだよねぇ。
しかも王都の地下ですよ。
この上にオシャレな大都会が広がっているなんて、ちょっと信じられません。
「そのあたり、お城の学者さんでも詳しくわからないんだよね。身近な場所にあるのに、なんにもわかんない……」
身近なのにわかんない、か……。
それって『私自身』にも言えちゃうよね。
ティアが気を使ってくれて、村についての詳しい話、なんにも聞いてません。
そしてときおり脳裏によぎる、人形屋敷での『人形』発言。
私っていったい、なんなのでしょうか……。
ガキィンッ!!
「きゃぁぁぁっ!! 誰かああぁぁっ!!」
とつぜん聞こえた剣戟の音と悲鳴に、思考が現実へ戻されます。
聞こえた方向、この少し先かな。
マップを見上げれば、たくさんの赤い点に二つの黄色い点が追い詰められています。
「ティア、この先! 冒険者さんが魔物に襲われてるんだ!」
『ピンチそうです、助けにいきましょう!』
「……えぇ、わかったわ」
二刀をスラリと抜いて走り出すティア、私も一生懸命に追いかけます。
ちょっと走ったところで、悲鳴の主を視認です。
女のヒトと男の子が、六体のスケルトンソルジャーに襲われています。
剣と盾を装備した、ガイコツの魔物です。
振り上げられた剣が、今にも下ろされそう。
「も、もうダメ……っ!」
弟さんでしょうか。
小さな男の子を女のヒトがかばって、観念したみたいに目をぎゅっとつむります。
ですが大丈夫。
シュバッ……!
一瞬のうちに、ティアの双剣が六体のガイコツを斬り倒しました。
霊ではなく、ガイコツに魔力が宿って動き出したモンスターですが、一応死者の落とし物。
軽く十字を切るティアです。
「……ケガ、ないかしら」
「え――? あなたが、助けてくれたんですか?」
「はひ、はひっ、そう、ですっ。もう、大丈夫、ですよっ」
息切れしながら追いついた私。
涼しい顔で双剣をしまうティアとは対照的ですね。
「助けてくださって、ありがとうございます!」
ぺこりと頭を下げる女の冒険者さん。
名前はトルアさんというそうです。
そのとなり、少し照れくさそうな様子の男の子は、
「……リツヤ」
と、ぶっきらぼうに自己紹介してくれました。
「たっくさんのスケルトンソルジャーに襲われてましたねぇ」
「はい……。じつはあそこの宝箱を取ろうとして、そうしたら隠れていた大群に不意をつかれてしまったんです」
トルアさんがゆびさした先、たしかに宝箱があります。
石づくりの細い通路の先、でしょうか。
マップを見ると、ここから別の小さいフロアに続いているみたいですね。
行き来はこの通路だけ。
下り階段の表示も見えますが、さらに下までスライドすると、入り組んだ迷路のような場所に続いてます。
降りない方がいいね、これ。
「あの宝箱に、私たちの目的である秘薬草が入っていると聞きまして」
ダンジョンの宝箱、一日おきに中身が自動的に補充されるんだよね。
中身は宝箱ごとに決まったもので。
「どうしても必要なものだったのです、本当に助かりました」
「……なぁ、姉ちゃん。もういいだろ、とっとと取りに行こうぜ。父ちゃんが待ってるんだ」
「えぇ、そうね。早く持って行ってあげないと。でも、もう少しお礼を――」
「じれったいなぁ! オレ、さっさと行って取ってくる!」
「あっ……!」
トルアさんが止める間もなく走り出すリツヤくん。
すぐに通路を抜けて宝箱を開け、そして中身を取り出した瞬間。
「へへっ、あった! これで――」
「カタカタカタカタ」
「ケケケッケケッケッ」
「――あ」
ワープトラップでもあったのでしょうか。
どこかからいきなり現れたスケルトン三体が襲いかかります、大変です!
「……はぁ、まったく世話の焼ける」
すぐに飛び出すあたり、さすがのティア。
すぐに双剣を抜き放って、助けに飛び込みます――が。
「……へへっ、引っかかった」
ガゴンっ。
むこうがわのフロアの床が、スライドしてスロープみたいになりました。
リツヤくんのいる宝箱のほんの周辺以外、すべての床が。
あの子、宝箱の中にあるボタンを押した……?
「な――っ!? あなた、なんのつもり……っ」
ドクロの兵士もろとも、スロープを滑り落ちていくティア。
すぐに床が元通りになって、
「ヒヒひひひひひぃっ」
「ヒヒひひゃあぁはハハッ!!」
リツヤくんとトルアさん、狂ったように笑い出します。
「な、なに……? どういうこと……? テルマちゃん、二人とも幽霊なんかじゃなかったよね……?」
『間違いないです、二人は生きた人間です……!』
だったら、どういうこと?
もしかして、霊に憑かれていたりするの?
「幽霊じゃありませんよ。憑かれてだってないですよ?」
「ケドねぇ、最下層に葬霊士、行かせるわけに行かないんだぁ」
「行かせないためにね、足止めするのよ?」
「あの方に刻まれたから、『宿業』を刻まれたから! 葬霊士を妨害したくて、足止めせずにいられない!」
「だから足止めしちゃったの。おかげで最高にいい気分っ! おほほほほ」
か、かるま?
あの方……?
意味わかんないけど、これだけはわかる。
この二人、マトモじゃない……!
「あなたのことはどうでもいいの。葬霊士でもなんでもないから」
「ジャマしてゴメンねお姉さん。楽しいダンジョン探索ライフを」
「……と思ったけれど、気が変わったわ。だってそうでしょ? 葬霊士といっしょにいたの」
「いっしょにいたんだもんねぇ? もしやお姉さんも葬霊士?」
「にしては弱そう。けれど可能性があるのなら」
「生かしちゃおけない、そうだよねぇ。こんなに弱けりゃボクらでも?」
「殺せてしまいそうだわね。ならば殺してしまいましょう!」
スラリ、二人が剣を抜きました。
私のこと、殺すつもりなんだ……!
「テルマちゃんっ!」
『狼藉者には指一本として触れさせませんよ! 神護の衣っ!』
ガキィンッ、ガキンッ!
「……硬いわねぇ」
「硬いねぇ、けどあきらめられない、そうだろ?」
「えぇそうね。本能が、葬霊士を足止めしろと言ってるんだもの」
透明な羽衣が私をつつみ込んで、二人の攻撃を防いでくれました。
しかし二人とも、憑りつかれたように私への攻撃をやめません。
何度も何度も剣を振り下ろされて、私、その場にしゃがみ込んで体を丸めます。
「死ねっ、死ねッ、死ねぇ!」
「とっとと、死ねよ、オラッ!」
「――おや、ダンジョン内で殺人を? それはいけません」
パチィィンッ!!
峰打ち特有の、肌を叩く音が響きました。
首筋にそれぞれ鋭い一撃を入れられた二人は、気を失って倒れます。
私を助けてくれたのは、黒いコートの葬霊士。
ですがティアではありません。
「……あなた、まさか」
「――おや、あなたでしたか。奇遇ですね、こんなところで再会するとは」
青い髪の中性的な葬霊士、タント・リージアン。
『ヤタガラス』の、構成員……!
「立てますか?」
笑顔で手を差し伸べてきましたが、とても取る気になれません。
だってこのヒト……!
「……テルマちゃんを問答無用で祓おうとしたヒトと、仲良くなんてなれません」
「テルマ? ……あぁ、あなたに憑いている霊ですか。見ていました、あなたを守護魔法で守っていましたね」
「友達、なんです。だから私――」
「なるほど、ゲルブさんにとってのロンシュタットと同じ、というわけですね……。わかりました、もう危害は加えません」
「えっ?」
「ですから仲良くしましょう? ボク、あなたに興味があるんです」