30 新たな心霊情報
筆頭葬霊士さんが行方不明!
行く先も告げていないようで、これは大問題発生です。
「まずい状況ね、もぐもぐ。はやく合流しなくちゃならないのに。むぐむぐ」
ほっぺいっぱいにケーキをほおばりながらじゃ、深刻そうに聞こえないよ、ティア……。
ここは王都の通りに面した喫茶店。
大通り、ではなく通りですが、中央都の大通りくらいあります。
とっても大きくて広くて、人もいっぱいです。
「奴らの事務所だってもぬけの殻。んぐんぐ。さっそく手がかりが途絶えたわね、ごくり」
「ねー、家具ひとつないがらんどう」
そうです、じつはここに来る前に、ティアがゲルブから聞き出した『ヤタガラス』の事務所にも行ってきたのです。
中央広場のすぐそばにある路地裏の中、というなかなかの立地だったけど、行ってみたらだれもいません、なにもありません。
ゲルブがやられたと知っている、そう考えた方が自然だよね。
バレるのを見越して場所を変えた、と。
「斥候役の方たちもいると、大僧正様おっしゃっていらっしゃいましたよね? もぐもぐ」
こちらもケーキをお上品にほおばりつつ、議論に参加のテルマちゃん。
私が『お供え』したおかげで、ケーキをもぐもぐ食べられてます。
……見えないヒトが見ちゃったら、フォークが浮くポルターガイスト現象と虚空にケーキが消えていく消失現象を同時に目撃することになるのかな。
「斥候はあくまで斥候。ウワサを拾って『筆頭』に届ける程度の仕事しかできないわ。それに彼らは『場所』ではなく『人』へ届ける伝書バトを持っている。なにか重大な情報をつかんでいたら、すでに大僧正と私にも知らせているでしょう」
「そんなハトいるんだね」
「下級の聖霊の、これまたなり損ないね。動物霊より上等って程度だわ」
「ほへー。しっかし、はてさてどうすれば……」
「あせってもしかたない。甘いものでも食べながら考えましょ。はむっ、もぐもぅ……」
あぁっ、またほっぺいっぱいに。
リスみたいにふくらんじゃってるよぉ……。
「テルマ、先ほどから気になっているのです。ほっぺいっぱいにほおばる、アレが正しい作法なのでしょうか、と……」
「そんなことないからね、ぜんぜんない。私もオシャレなお菓子の食べ方なんて詳しくないけど、それだけは絶対にない」
「なのですか……。……ではお姉さま、アレは正しい作法ですか?」
「アレ?」
左となりに座ってるテルマちゃん、その視線を追うと、なんと。
「ほら、あーんしてごらん?」
「えへへ、あーん……はむっ」
「どうだい? おいしいかな?」
「うんっ、とっても。……あなたが食べさせてくれたから、かな?」
……とかなんとかイチャつきながらケーキを食べさせ合っているカップルの姿が。
なんてもの見てるのテルマちゃん。
「お姉さま……、テルマもやりたいです」
「え、えっとね、アレも作法じゃなくってね?」
「お姉さまに、食べさせていただきたいのです……」
「だからね、その――」
「おねぇさまぁ……」
うぅっ……。
うるうるしながらの上目づかい攻撃……。
確信しました、この子はアレが作法でもなんでもないってわかってます。
行為の意味するところまで、全部まるっとわかっています。
とんだ悪い子です……。
しかし天使です、かわいさが天使……!
「――と、特別だよっ」
「わぁ、うれしいですっ!」
お姉さま、甘いと思いますか?
いいえ特別、これ一回きりです。
えっ、もう一度頼まれたら?
……おそらく断りきれません。
ひとくちぶんケーキを切り取って、フォークの上に乗せて、と。
「は、はい……。あーん……」
「あーんっ」
ぱくっ。
しっかりフォークをくわえて、ケーキを取っていきました。
そういえばこれも『お供え』にカウントされるんですね。
「どうかな、私のはフルーツケーキだけど、お口に合った?」
テルマちゃんのケーキは、クリームたっぷりのせたパンケーキ。
私のはドライフルーツを埋め込んだ甘さひかえめのケーキです。
味、かなり違うと思いますが、果たしておいしくいただけたのか。
「うんっ、とってもおいしいですよっ」
「よかったぁ」
「それに、その……。お姉さまの使ったフォークを口に含んだと思うと……っ」
「うふぇっ!?」
いきなり何を言い出すのテルマちゃん!
そんなの、今の今まで意識してなかったのにぃ!
「あの、その……、もう一度、味わいたいです……」
なにをかな?
ケーキを?
それともフォークを?
「こ、これ以上は――」
「ダメ、ですか……?」
……はい、お姉さま負けました。
もうひとくちぶんすくって、そそくさと差し出します。
「は、はい……、あーん……」
「えへへっ、あーんっ」
ぱくっ。
もぐもぐしながらとっても幸せそうなテルマちゃんを見ると、なんかもういいかなって思えます。
さて、と。
さすがにもうおねだりしてこないだろうし、ここでお茶でもひとくち――。
「あーん。もういっかい、あーん」
「もう、また?」
右側から聞こえた声になんにも考えずに返事をして、そこでふと、気づきます。
お茶にのばした手をぴたりと止めて、考えます。
あれ、テルマちゃんが座ってるのって左側の席じゃなかったっけ?
そもそも声が、テルマちゃんとぜんぜんちがう。
じゃあいったい誰の声……?
おそるおそる、右に視線をむけてみると。
「あ゛ーん。おでも゛、あーん゛」
そこにいたのは、巨大な口が縦方向についた男のヒト。
まばらに生えた髪の毛、つぶれた目と鼻、よだれをまき散らす口の中に、やけに白い歯がガチガチ、ガチガチと打ち鳴らされて。
「あ゛ーん。あーン゛して゛。ア゛ーん゛」
「ひ……っ」
心臓が跳ね上がって、出そうになった悲鳴を押し殺した直後。
「封縛の楔」
「あ゛ーん……」
幽霊さん、ティアの棺に吸い込まれていきました。
「あっさり吸い込めたわね、もぐもぐ。どうやら敵意はなかったみたい、もっもぅ」
「び、ビックリしたぁ……。ありがと、ティア」
「悪い幽霊さんですね。テルマとお姉さまのあいだに割って入ろうだなんて」
「もぐもぐ。敵意のない霊にしては、もぐもぐ、ごくん。――『歪み』がひどかったわね」
たしかに。
人間の原形とどめてないほど歪みきった霊って、だいたいこっちのこと見境なく襲ってくるのに。
「おそらく原因は、王都のこの状況。ダンジョン内ほどではないにしろ、『マナソウル結晶』の放つ魔力の濃度が明らかに濃いものね」
王都に来たときも気にかけてたもんね。
街灯、魔動力車、他にもいろんな家具や器具。
テーブルの上にあるティーポットだって、結晶が仕込まれてて保温機能完備。
他の町とはくらべものにならないくらい、結晶であふれてる。
「いろいろな意味で気をつけた方がいいかもしれないわね。特にトリス、あなた霊に好かれやすいのだから」
「だね、もうティアとテルマちゃんからぜったいに離れない。今決めた」
いくら敵意がなくっても、あんなのと二人っきりになるのはゴメンです。
「さて、今後の方針だけれど。糖分とって固まったわ。まず心霊現象を探して――」
「……あの、お姉さんたち」
……っとぉ!
今度はいったいなんでしょう、小さな子どもの声がします。
少しびっくりしつつ、声のした方をむいてみると。
「助けて……。お兄ちゃんが幽霊に連れていかれちゃった……」
半泣きの男の子が、シャツのすそを握りしめながら、そんなことを言ってきました。
幽霊にさらわれた、ですと……?
「キミ、幽霊が見えるの?」
「うん。そこのお姉ちゃんも、幽霊だよね……?」
「テルマちゃんが見えてる……! ティア?」
この子、幽霊だったりする?
アイコンタクトで聞いてみますが、少し考えたあと首を左右にふりました。
幽霊じゃない、ってことだね。
ってことは、心霊絡みの事件発生!
私の人助け魂、燃えてきましたよ!
「詳しく聞かせてくれるかな? お姉ちゃんたち、力になれると思うよっ。まずお兄ちゃん、どこに連れていかれちゃったかわかる?」
「【大迷宮】……。王都の地下にある『古代王墓』の入り口に、憑りつかれて、フラフラ入っていっちゃって……」
ふむふむ。
つまりお兄ちゃん冒険者ですね。
街の中のダンジョンには、だいたい検問がもうけられていますから、冒険者じゃなくちゃ衛兵さんにつまみ出されて入れません。
「ティア、私この子を助けたい。力、貸してくれる?」
「――。……そうね、もちろんよ。先ほど言いかけた方針、目立つ心霊現象の場所を当たれば『ヤタガラス』や『筆頭』に出くわすかもしれない。条件、ピッタリ当てはまっているもの」
「テルマは当然、お姉さまにどこまでもおともしますよっ」
よし、決まり!
この子のお兄さんを探して、『王都地下・古代王墓』に潜入です!
★☆★同日、まったくの同時刻★☆★
いきなり事務所を移転するだなんて、ドライクさんてば思い切りのいいヒトです。
しかしゲルブさんが死んでしまうとは。
誰か新しいヒトを引き入れるか、ボクが二人分がんばらないといけませんね。
そういうわけで、今日も王都をパトロール。
「目立たぬように」とドライクさんの方針で『葬霊士の格好』ではなく私服ですが。
「う、うぅぅ、ぐすっ……、うえぇえぇぇぇ……」
おっと、さっそく困っているヒトを発見。
小さな男の子が、道ばたにうずくまって泣いていますね。
道行く人々、みな見ないフリ。
冷たいですよ、都会の人々。
ボクは人助け欲がこんなにもビンビンに刺激されているのに。
「キミ、どうかしましたか? ボクで力になれるなら、なんでも言ってください?」
かがんで視線を合わせてあげて、できるだけ優しく問いかけます。
表情は笑顔、ここもポイント。
「お、お兄ちゃんが、幽霊に連れていかれちゃったの……」
「なんと」
幽霊に連れていかれた。
これはいけません、すぐに見つけ出して、救って、祓わなければ。
「どこに連れていかれたのか、わかりますか?」
「【大迷宮】……。王都の地下にある『古代王墓』の入り口に、憑りつかれて、フラフラ入っていっちゃって……」
「『古代王墓』ですか……」
意外でした。
ドライクさんから言われているんです。
古代王墓に『悪霊』はいない、だから祓う必要などない、と。
つまり新たに出現したのでしょう。
ボクの人助け欲が燃え上がります。
「わかりました、安心して待っていてください。ボクが必ず連れ戻しますので」
頭をなでて、二コリと微笑んでから立ち上がります。
新しい事務所に葬具を取りに行って、潜入はそれからですが。
『ヤタガラス』事務所移転初日、さっそくの大仕事の匂いです。