03 霊を斬るヒト
黒いコートとマントに帽子。
手にした双剣の刃は銀に輝き、黒い長髪がふわりとなびく。
正直なところ、一瞬、ほんの一瞬だけど、恐怖を忘れてその女性に見とれちゃった。
「あの、あなたは――」
『ちゅるるるるんっ。いたぁぁぁいじゃないかぁ』
「……自己紹介はあと。下がっていなさい」
「は、はいっ!」
そうだよね、のんきに自己紹介してる場合じゃない。
悪霊さん、斬られた腕から変な黒い汁をまき散らして怒ってるし。
黒いコートのヒトは、上位ランカーの冒険者並みの速度で悪霊にむかっていく。
そんな速度を私みたいなポンコツがとらえられるのは、当然ながらこの『眼』のおかげだ。
下半身のスライムっぽい部分から、大量の触手がむかっていく。
えーっと、具体的には全部で53本。
それをあのヒト、眉一つ動かさずに。
シュバァッ……!!
一瞬で、全部斬り払ってみせた。
すごい、これなら簡単にやっつけられるんじゃ……。
「――少し面倒ね」
あれ、そうでもない?
触手の断面を見て、あのヒト小さくそうつぶやいた。
「あ、あの、どうかしました?」
……って、うっかり聞いちゃったよ。
こういうとこ空気読めないんだよね、怒られちゃうかなぁ……。
「――コイツはかなりの量の魂魄を取り込んだ集合霊。霊を結合させている核を見つけ出して斬らないと、削り切るまで時間がかかるわ。だから『少し面倒』。それだけよ」
なんと、続けざまに伸ばされる触手を斬り払いつつ、面倒くさがらずに教えてくれた。
あのヒト絶対いい人だ!
……って、核?
「核って、もしかして――」
あれですか?
だとしたら見えてます、私。
ケインさんだったものとマーシャさんだったものが取り込まれていく、ほの暗い光を放つ黒い玉。
「悪霊のくちばしから真下に握りこぶし三個分! あめ玉くらいの小さなヤツです!」
……って、また考えなしにぃ。
でもあのヒト、疑うどころか迷うそぶりすら見せなかった。
回転しながら悪霊に踏み込んでいって、あざやかな剣さばきで触手をすべて切り刻み、ふところに飛び込んで、私の言った位置まで跳躍。
「ブランカインド流葬霊術――」
双剣を腕の前に交差させて、
「十字の餞」
縦と横、十字架の形に悪霊の体を斬り裂いた。
二つの剣の交差点は、きっちり正確に悪霊の核の位置。
『ぢゅるるるるるんっ! もっと、もっとたべたぁいのにぃぃぃぃ』
十字に四分割された悪霊が、叫び声をあげながら黒いモヤへと変わっていく。
「……信じてくれた」
見えたの、私だけだよね。
あのヒトには核、見えてなかったはず。
なのに信じてくれた。
私にしか見えないもの、あのヒトは――信じてくれたっ!
「……」
キンッ!
背中の十字架、短い横むきの部分に二本の剣が左右それぞれ納められる。
っていうかあの十字架、鞘だったんだ。
続いてふところから取り出したのは、小さな棺……かな。
「願わくば、安らかなる眠りのあらんことを」
『あばっ! まだ、まだ満たされなぁぁぁぁ……』
かぱっ、と棺のフタが開いて、悪霊はその中へ吸い込まれていく。
全部のカケラを吸い込んだあと、フタは閉じられふたたびコートのポケットへ。
「……あなた、良い眼を持っているわね」
「えっ? ひゃ、ひゃいっ!」
声、うわずっちゃいました。
だって振り向いたあのヒトの長い黒髪とか赤い瞳とか、想像以上にキレイだったし。
それになにより、褒められるだなんて思ってもいませんでしたから。
「綺麗な星の瞳。大事にしなさい」
「あの、えと、ありがと、ございますっ」
眼までほめられちゃった、えへへ。
……って、あれ?
星の眼を使ってないのに。
私の目、星のまんまになってるの?
……まぁ、今は置いておこう。
なんか一気に安心感が押し寄せてくるなぁ。
九死に一生を得たって感じ。
「さて、いろいろと後始末もあるけれど。まずは自己紹介といきましょうか。私の名前はティアナ・ハーディング」
「あ、あの、トリス・カーレットですっ。こっちは友達のフレン・イナークちゃん。治癒術師なんですよ!」
「……?」
「フレンです。ティアナさん、危ないところを助けていただいてありがとうございます」
「そうだよぉ、危ないところ。死んじゃうかと思ったもん」
「ホントにね。ふふっ」
「あなた――」
ん……?
どうしたんでしょう、ティアナさん。
なんだか困ったような、少し曇った表情をして……。
「そう、気付いていないのね……」
気付いていないって、いったい何に……。
「見なさい、酷な現実だろうけど」
そう言ってティアナさんが視線をむけたのは、さっきまで悪霊がふさいでた通路のむこう側。
視線をむけた瞬間、私は見た。
見えてしまった。
よく見えるこの『眼』で、みんなの死体を見えなくてもいい細かなところまで、しっかりと見てしまった。
まずはケインさん。
手首から先がそっくり無くなっていて、多分死因は出血多量だと思う。
次にマーシャさん。
のどとお腹を食い破られて、内臓を食い荒らされている。
歯形はどう見てもバケモノじゃなくて人間の――成人男性のもの。
そして最後に。
三人目の死体は――マーシャさんとそっくり同じ状態で転がっている、あの子は……。
助けたはずの、私のとなりにいるはずの――。
「……っ、ひっ、は、はっ、はっ!」
「……! フレンちゃん!」
頭をかかえて荒い息を吐くフレンちゃん。
その輪郭が、だんだんと歪んでいく。
「そうだ、そうだそうだそうだ……。そうだった、わたし、わたしは、ケインさんに、ケインさんにころ、ころっ」
「フレンちゃん、しっかりして!」
「――封縛の楔」
しゅるんっ。
ティアナさんの取り出した、さっきのとは別の小さな棺にフレンちゃんが吸い込まれる。
「いったいなにを……!?」
「安心しなさい、一時的に眠らせただけよ。『歪み』かけていたから。この棺には霊魂をおさめ、封じておく機能があるの。敵意のある悪霊の場合、倒さなければ封じられないけれど」
「歪みって……?」
「霊の状態というのは、魂が肉体という鎧に守られずむき出しの状態でいる、非常に不安定なものなの。外的な刺激で簡単に『元の在りよう』を忘れ、いびつな形に『歪んでしまう』わ」
「さっきの、悪霊みたいに……」
ティアナさんがうなずき、肯定する。
……そういえば、酒場で会った血まみれおじさん。
生きてる人間にはありえない首の伸び方してたっけ。
あれも『歪んだ』結果なんだ。
「特にダンジョンの中というのは、『マナソウル結晶』の影響で魂が非常に歪みやすい状態にあるの。どれほど元の姿からかけ離れたいびつな姿にだろうと歪み、人間性を失った怪物となり果てる」
「結晶にそんな力があったんですか!? じゃあ、日用的に使ってたら――」
「少量ならば問題ないわ。濃度が濃すぎるとまずいけれど、街で見かける程度ならまったく」
そ、そうなんだ……。
よかった、人助けのつもりで危険なものをばらまいてたら、悔やんでも悔やみきれないトコだったよ……。
「それで、あの……。ケインさんやマーシャさんの魂は……」
「取り込まれて時間が浅い。問題なく分離できるから安心なさい。……ただ、融合して時間の経った魂は、歪みきってしまって再生できないかもしれない」
「そう、なんですか……」
「――さて、立ち話もここまでにしましょうか。ギルドに遺体の回収依頼もしなければならないし……。思わぬ寄り道になってしまったわ」
「えっ、ここに悪霊退治しに来たんじゃないんですか!?」
「えぇ、本来の目的地は『大神殿』。けれど、街でウィスタ坑道の不穏なウワサを耳にしてね」
そうだったんだ……。
それってつまり、大神殿――中央都ハンネスにある、あの大迷宮にも悪霊がいるってことだよね。
悪霊が、また誰かを殺すかもしれない……。
「……あのっ! 私も、いっしょについて行っていいですか!?」
「同行したいの? あなたが?」
「はい! お手伝いしたいんです! そりゃ私、戦う力はないですけれど。でも、この眼があればきっとお役に立てると思うんです!」
「……普通、私の方から提案するところよね? あなたが私を手伝う、そのメリットが見えないわ」
「私、人助けがしたくて冒険者になりました……。生きてる人の力になりたいって。でも、死んでからも苦しんでる人がいる。望まず歪んでしまった人も、歪んだ霊に殺されて歪められてしまった人もいるって知っちゃいました。だから、そんな人たちを一人でも救う手伝いがしたいんです!」
助けたい、苦しむ誰かを救いたい。
どんなきっかけだったのか、今は忘れてしまいましたが。
ずっとずーっと抱え続けてきた抗いがたい欲求が、私の心を、背中を後押ししてくれます。
「……」
どう、でしょう。
ティアナさん、考えるしぐさをしています。
熱意、伝わってくれたかな……?
「……いいわ。覚悟の上というのなら同行を許可する。あなたの『眼』、私にとっても助かるものだし、ね」
「……わぁぁあっ、やったぁ!」
やりました、やっと私の力を活かして人助けができるんです!
ダンジョン除霊のお手伝い、これから頑張ります!
★☆★
これまで悪霊から救ってきた被害者たちは皆、口をそろえてこう言うわ。
「二度と関わり合いたくない」って。
命の危機にさらされ、友人を殺され、仲間の惨殺死体を目の前にして。
普通の少女であれば、あの子もそう口にするのが当然の反応。
泣き叫んでも、塞ぎ込んでもおかしくない。
けれど、あの子はこう言った。
手伝わせてほしい、と。
自ら怪異の深淵に踏み込むことを良しとした。
『人助け』なるもののために命を賭けると、星の瞳を輝かせて。
私のような『目的』も、何も持ってはないはずなのに。
正直に、こう思ったわ。
――あぁ、この子はまともじゃない。
プラスの方向に振り切れた狂気を内に孕んでいる。
だからこそ、私は首を縦にふった。
この世ならざる者どもと、真正面から向かい合うなら。
狂ったぐらいがちょうどいい。