表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

29/173

29 王都オルメシア、到着です



「ゲルブのヤツ、おそいネェ。タント、知らないカイ?」


「知りませんねー。また犬と遊んでるのかな?」


 ワープ魔法が使えるからって、あのヒト時間にルーズなんですよね。

 とっくに開業時間だというのに。


「タント、ヒーダ。ゲルブはもう来ないよ」


 おっと、我らがリーダー『ドライク』さんのお出ましです。

 葬霊士のつば広帽を目深にかぶって、いつも目元がよく見えませんがいいヒトです。

 『人助け』したくてボクらを集めたのだから、間違いありません。


 しかし、ゲルブさんが来ないとは?


「どういうことです?」


「彼は死んだ。悲しいことだね」


「ナニッ!? 悪霊に殺られたのカネッ!?」


「そんなところかな」


 ヒーダさんがギョロ目を見開いて驚きます。

 メガネの奥で、目玉が飛び出しそうなくらい見開いてます。

 じっさい、ボクもビックリです。


「お、おぉ、おおぉぉぉぉぉぉぉォ……っ」


 あらら、ヒーダさんったら泣き出してしまいましたね。

 ボクも悲しいですが、あそこまで泣けませんよ。


「悪霊、悪霊悪霊悪霊……ッ! 『また』私カラッ、友を奪っタナ……ッ!! オォォォォォ……っ」


 そうしてしばらく泣き続けて、数十分くらいたったでしょうか。

 ヒーダさん、ようやく落ち着きました。


 人が死ぬって、やっぱり重大なことなんですよね。

 葬霊稼業で人々を守る決意を新たにしたところで、ドライクさんがとんでもない提案をしました。


「ね、そういうわけだから。今日はまず、事務所を移転しようと思うんだ」


「どういうわけです?」


「意味がわからないネ」


「……ふふっ、『ゲン担ぎ』だよ」


「なるほど、死人が出るようじゃ縁起が悪い。葬霊士にとっては見過ごせません」


「かまわんけどネ。大した荷物もないことダシ」


 せいぜいそれぞれの武器と葬具くらいですものね。


「ゲルブの遺品は、私に処分させてクレ。友として最後になにかしてやりタイ」


「あぁ、もちろんさ」


「して新しい事務所ダガ、いつ引っ越すんダイ?」


「今日さ。こんなこともあろうかと、ね。いくつかあらかじめ借りてある」


 なるほど、準備がよろしいことで。

 王都中央広場から徒歩数分の路地裏。

 この立地、好条件でしたが仕方ない。


「立つ鳥あとを濁さず。カラスも同じさ。きれいに、素早く、感謝を込めて移転して、今日もまた『人助け』を頑張ろうじゃあないか」



 ★☆★



 いろんな苦労を乗り越えて、やってきました『王都オルメシア』!!

 百年ほど前、大陸中の国が争う戦乱を治めて統一したメシア王国の王都です!


 中央都ハンネスだってね、そりゃ広かったですよ。

 しかし王都は格がちがった。


 あそこの大通りみたいな道が何本も何本もあって、そのすべてにびっしりと『マナソウル結晶』の街灯がならんでます。

 他の町ではめったに見ない、結晶を動力に走る魔動力車まどうりきしゃなんてものまで走ってますよ。


「ひえぇぇぇぇ、目が回りそう……」


 人ごみだけなら中央都といい勝負ですが、その他文明が他とはちがいすぎて、これがカルチャーショック……!


「……少々まずいかもしれないわね、この状況」


「ふぇ? なにが?」


 ティアってば、王都に入ってからずーっと難しい顔で考えこんじゃって。

 やっと口をひらいたかと思ったら、なんだか物騒な発言が飛び出しました。


「この街灯や、見た感じ店舗の中の照明、それから各種の器具。すべて『マナソウル結晶』で動くものよね。王都じゃ掃討に普及しているみたいだわ」


「だねー、さすが王都。して、それがなにか?」


「前にも教えたでしょう。悪霊がダンジョン内で狂暴化・凶悪化しやすい原因」


「――あ、マナソウル結晶」


「覚えてたわね。少量ならばまったく問題ないけれど、これだけの密度で集まっているとなると……」


 ダンジョン内とさして変わんない、ってこと!?

 そ、それは一大事かも……。


「テルマ、具合は?」


「んー、少し嫌な感じですが、この程度ならダンジョンの中の方がよっぽどですっ」


「……そう。杞憂――に終わればいいわね」


 ティアが言うと杞憂で終わらなさそう……。

 まぁ、それはそれとして。


「ティア、王都についてまずすることは?」


「『ひっとう』さんと合流……かしらね」


 ものすっごく苦々しく、言いにくそうに言ったねぇ、『筆頭』。

 こう見えて筆頭葬霊士だったこと、誇りに思ってたんだろうなぁ。

 子どもみたいにスネちゃってるティア、かわいい。


「よぉし、それじゃあまずはそのヒトが泊まってる宿屋に直行だねっ」


「はいっ、お姉さまっ。今日も明日もいっしょに寝ましょうねっ」


「……トリス。本当に大丈夫なの?」


「えっ?」


 とつぜん何を心配してくれてるんだろ。

 ……あぁ、そういうことか、ピンと来ました。


「だいじょーぶだよ。テルマちゃんこう見えて、無理やりなんてしてこないから。いい子だもんね?」


「そ、そんなっ、信頼が痛いですっ! これでは今宵も匂いを嗅ぐだけでガマンしちゃいます……っ」


「なんの話よ」


 ……あれ、ちがった?

 てっきりテルマちゃんに襲われないか、の心配かと。


「そうじゃなくて。……村や家族のこと、まだ引きずっているんじゃないか、って」


 ……そっか、そっちか。

 私が落ち込んでいないかって気をつかってくれてたんだ。


 村を出てから一週間。

 極力、あの事件を話題に出さずに、幽霊のゲルブに対する尋問も私の見えないところでやってくれてたよね。


「ぜんっぜん平気っ! ……ってのはウソになるけど。でもね、これからやることも人助けになるんだって思ったら、ビックリするくらい元気が湧いてくるのっ」


 幽霊だって人のうち。

 死んでしまっているけれど、『歪んで』なければ生きてるときと変わりません。

 だから生け贄にされそうな魂たちを助けるって、コレも立派な人助け。


「だからぜんっぜん、心配なんかいらないよっ」


「――そう」



 ★☆★



 心配なんかいらないよ。

 そう言って満開の笑顔を見せるあなた。

 普通の人なら空元気だと考えるでしょうね。


 故郷の村民が全員幽霊だった、そして全員失ってしまった。

 じつの家族と死に別れも同然、そのうえ血がつながっていなかったかもしれない。

 なにより自分の正体への疑念、アイデンティティの根底からの揺らぎ。


 心が折れて、旅をやめてしまってもおかしくないほどの悲劇。

 とても笑っていられないでしょう。


 だのにあなたは笑ってみせる。

 心の底から元気だと、心配いらないと本心で言ってのける。


 正の方向に振り切れた狂気。

 かつてあなたをそう評したけれど、本当に正しい評価だったのかしら。


 思い出すのは王都への道中。

 あなたについて、ゲルブを尋問した夜のこと。



「――出てきなさい」


 街道に面した馬宿の一室。

 トリスとテルマとは別の部屋で、ヤツが入った棺のフタをあける。


「おぉぉぉぉよしよしよしよしよしよしよしよしロンちゃんいい子だねぇおーよしよしよしよし」


 中から飛び出す葬霊士の大男と犬の霊。

 ほおずりしている途中だったようね。

 おジャマだったかしら。


「尋問の時間よ犬バカ」


「……む、そうか。しかし『ヤタガラス』について、話せることはすべて話したつもりだが」


 すでにこの男から、王都にかまえる事務所の場所、構成員の容姿と名前まで聞いてある。

 さすがに私が敵対すると知ったからか、仲間の戦法までは売らなかったけれど。


「無理やり聞き出すつもりかな?」


「いいえ、ヤタガラスについてはもう充分よ。あとは私の実力ならば、なんとか出来る範囲内ね」


「では何を聞きたい」


「……トリスについて。あの子について知ってることを、洗いざらいブチまけなさい」


「『救世の少女』について、か。いいだろう、ヤタガラスの目的と、関係あるかどうかすらわからんからな」


「なんですって……?」


 犬へのなでなでと頬ずりをやめ、ソファーに腰かけるゲルブ。

 犬が彼のひざの上に飛び乗って、上半身を乗せて横たわった。


「まずあの少女――トリス。彼女はどこからか、ドライク殿が連れて来た。記憶を失った状態でな」


「どこからか――。わからないの?」


「あぁ、本当にわからない。……続けよう」


 そうして彼が話した内容は、あらかた私の想像通り。

 村の全員を操霊術でしばって、生者のふりをさせ、トリスを育てさせた。


 すべては波乱の起きない『優しい世界』でトリスの善性を育て、『救世の少女』とやらにするために。

 と、ここで耳慣れないワードが飛び出したわね。


「なにかしら、その『救世の少女』とは」


「詳細は聞かされていない。おそらく大聖霊を呼び出すためのキーなのだろう」


「……あなた、ほんっとうになにも知らないのね。恥ずかしくないの?」


「哀れみに満ちた目をするな……。この件を知っている者は、ドライク殿をのぞけば私だけ。これでも当たりを引いた方だ」


「秘密主義、か。ドライクって部下を信頼していないのね」


「かもしれぬが……、ただ我ら三羽烏サンバガラス、みな悪霊に苦しめられた過去がある」


「あなたの過去――犬の足?」


「そうだ。だからみな、手を差し伸べてくれたドライク殿に感謝して、手を貸したいのだ」


 ゲルブに関しては軽い理由――とも言えないわね。

 なにが大事なものなのか、人によって違うもの。


 犬に対する狂気じみた、殺されてもかまわないほどの執着・愛情。

 骨に霊を閉じ込める技術も、死したのちも犬とともにいるためにドライクから教わった操霊術。

 むしろ納得、かしら。


「……たとえドライクが間違っていたとしても?」


「信じたのだ。ただ、それだけだ……!」


「――そう。ならば見てなさい。棺の中からドライクの正体を。ヤツの隠した本性を、ね」



 あの夜、ゲルブが口にした『救世の少女』。

 グルドート・ドライクと会えたなら、わかるのかしら。

 言葉の意味も、トリスに宿った『狂気的なプラス思考』の秘密も。


 そのあとでも。

 この子がすべてを知ってしまったあとでも。

 果たしてこの子は、変わらぬ笑顔を浮かべ続けてくれるのかしら。


「……あっ、見て見てっ! 『筆頭』さんの泊まってる宿が見えてきたよっ」


 いえ見えないわ、いったいどこを指さしてるの。

 あなたのバツグンの視力なら見えるのだろうけど。


「お姉さま、どこですかぁ?」


「ここから大きな通りを三つはさんだ先っ」


「……遠いわね、まだ全然遠いわ」


「あ、そっか。じゃあ、ここから私が案内します! ついてきてっ」


 元気に走り出すトリス。

 あなたの浮かべる笑顔が、誰かの暗示なんかじゃない、作り物などではない『本物』であれと心から願う。

 私の心に巣くう闇を、いくばくか祓ってくれたあなたの笑顔が、どうか真実のものでありますように――と。



 ……と、こうしてトリスの案内で目的の宿屋――三階建ての豪華な宿に到着した私たちを待っていたのは。


「セレッサ・マーセルス様ですか? そのお客様なら、三日前からお戻りになってませんね……」


 『筆頭』がどこかに行った、という宿の主人からの衝撃的な情報だった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ