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28 そして悲しいお別れです



 首筋に何度も何度も噛みつかれて、悲鳴すら上げられないまま手足をバタつかせるゲルブ。

 憎い相手のはずなのに、あまりにひどい光景に直視すらできません。


『お姉さま、見なくていいです。あんなの、見ないでください』


「うん……、うん……っ」


 テルマちゃんの言うとおり、目をそらしてしまいました。

 肉を噛むしめった嫌な音と、痙攣なのか抵抗なのかもわからない土をかきむしる音がやむまで、ずっと。


「……トリス、もういいわよ。ただ、死体を見るのはおススメしないわ」


 ティアの声が聞こえて、そーっと目を開きます。

 転がってるゲルブの死体をできるだけ見ないようにしつつ、そーっと。


「なぜ……っ、なぜなのだ、ロンシュタット……」


 死体のかたわら、ぼうぜんと立ち尽くすゲルブの霊がいました。

 ロンシュタットちゃんはというと、ゲルブが完全に死んだからでしょうか。

 自分の骨から魂が解放されています。


 ごく普通の、ちょっと毛が長めな犬の姿。

 だけどやっぱり『歪んで』いるね……。

 ところどころ、黒いモヤがかかってたり、いびつな感じです。


「殺したいほど私を恨んでいたというのか……。私だけが、絆があると思い込んで……」


「……ちがうと思います」


 すーっと、私の体から出てきたテルマちゃん。

 指さす先では、霊体となったロンシュタットちゃんがゲルブの足元にすり寄っていきます。


「ロンシュタット……」


「その子、きっとあなたと触れ合いたかったんだと思います。けれど、骨の体じゃあなたを舐めて愛情表現することもできない。とても『歪んだ』愛情ですが――」


「だから、あんなことを……っ?」


 感極まった表情のゲルブが、ロンシュタットちゃんに抱きつきました。


「やはりっ、やはり本物だったのだ!! 我らの絆は……ッ!!」


 骨の体じゃできなかったお顔ぺろぺろを受けながら、歓喜の涙を流してる。

 正直に思いました。


(狂ってる。おかしいよ、こんなの……っ)


 殺された事実を気にもとめないゲルブはもちろんですが。

 コレを見て、幸せそうだなぁ、とか、よかったねぇ、とか少しでも思っちゃった私。

 自分の中にそんな一面があったのが何より一番怖くって、引いてしまいました。


「認めるわ。たとえ『歪んで』いようが絆は絆。あなたたちの間にそれが存在することだけは、うたがいようのない事実」


「あぁ、あぁっ、認めてくれればかまわないっ。こうしてロンちゃんと触れ合えるなら、もうどうだっていい!!」


「……どうだって、よくないよ」


「む?」


 どうだっていい?

 ふざけないで。

 そんなこと言えるほど軽い理由のために、村のみんなは……、家族は……っ!


「生きた人間に刃をむけないって、言ったよね!!」


「あぁ、言った。生前、我が信念でもあった」


「だったらっ!! どうして村のみんなを殺したのっ! その子に殺させたのっ!!?」


「殺してなどいない」


「なに言って――」


「この村の住民全て、もとから霊だ。最初から死んでいる」


「――え?」


 理解が、追いつかなかった。


「なに、言ってるの?」


「ゆえに生者に刃をむけぬ我が信念とは相反しない」


「え? だって、ずっと私、みんなと、家族で、この村でずっと……」


 生まれてから、ずっと……。

 本当に?

 記憶、ボンヤリしてるのに?

 ホントにそう言い切れる?


「あっ……、あぁ……っ」


 そもそも、おかしいと思わなかった?

 いっしょに暮らしてて、ほんとうに一度でも家族に違和感持ったこと、なかった?

 考えないようにしてただけじゃない?


 ソンナ訳ナイッテ、逃避シテタダケジャナイノ?

 自分ノ存在マデ、揺ライデシマウカラ。


『あれぇ? このお姉さん、もう『人形』だぁ』


「あっ、あぁ、あぁぁぁぁっ」


 ホラ、心当タリガ見ツカッタ。

 ネェ、ナンナンダロウ。

 私ッテ一体『何』ナンダロウネ?


「あっ、はっ、はぁ! はぁっ! はぁ……っ!!」


「お姉さま、しっかりしてっ!」


「あ、テルマ、ちゃん……」


「大丈夫です! お姉さま、たしかにここにいます! ちゃんと生きて、ここにいますから!」


「そう……、なのかな……? うん、そうだよね……。そうだ、そうに決まってる……」


 背中やひたいにあふれる嫌な汗も、バクバクと激しい鼓動を刻む心臓も、チリチリしびれる指先も。

 みんなみんな、私が生きた人間だって証。

 幽霊でも人形でもない、トリス・カーレットという人間だってことの、何よりの証なんだから。


「……ゲルブ、それ以上『余計な情報』をトリスに吹き込まないで。あなたがしゃべるべきはただ、『ヤタガラス』の正体と目的についてだけよ」


「こちらも構わぬさ。死んでしまった時点で、『ヤタガラス』の目的から相反する存在となってしまった。それに『救世の少女』のメンタルを崩したとて、なんら得は――」


「ゲルブッ! ――斬り刻まれたい?」


 ティアが声を荒げるの、珍しい。

 私のために怒ってくれてるんだ……。


「……『余計な情報』だったか。いいだろう、何から話そうか」


「私の妹を殺した葬霊士。『中年の男』について」


「……なに? お前の妹を殺した、だと? 中年の葬霊士ならヤタガラスにただ一人。だがあの方が人間を手にかけるはずが――」


「質問しているのはこっち。答えなさい」


「……グルドート・ドライク。『ヤタガラス』の創始者にして、ドライクレイア式操霊術の開祖でもある」


「グルドート・ドライク……。とうとう名前が知れたわね」


 噛みしめるようにその名をつぶやくティア。

 妹さんを殺した……と思われる男の名前、ようやくつかめたんだもんね。


「次、あなたたちの目的は? 妹が殺されなければならなかった理由を知りたい」


「最初に断っておこう。お前の望む回答となるかわからない。我らの目的は……『人助け』だ」


「……はぁ?」


 ティア、半ギレです。

 私だって寝耳に水だよ。

 それ、私の座右の銘じゃんか。


「バカにしてるの?」


「本気だ。本気で答え、我らみな本気で実行しようとしている。すべての『歪み』を、すべての悪霊を現世から祓う。これこそが『ヤタガラス』の大目標だ」


「絵空事ね。到底できると思えない」


「可能さ。『大聖霊』の召喚が叶えば、すべてうまくいく」


「『大聖霊』……? なにかしら、ソレ」


「絶大な力を持つ聖霊、と聞く。召喚のために要する贄は霊魂、その数一千と飛んで八十。魂を喰らい腹を満たした大聖霊の『願いを聞き届ける力』で、すべての悪霊を消滅させる。もう誰一人、霊に苦しめられることのない世界が作られるのだ。……どうだ、立派な人助けだろう」


 ……なにそれ。

 そんなんが、人助け?


「ふざけないでッ!!」


 おもわず声を荒げてしまいました。

 怒鳴ったの、生まれてはじめてかもしれません。

 ティアがビクッとしたのを見るのもはじめてかもしれません。


「大聖霊を呼び出すために、1080人も犠牲が必要!? それで、生け贄にするために村のみんなも!?」


「そうだ」


「そんなたくさんの人間を犠牲にして、人助けだなんてよく言えるね!」


「消滅するわけではない。聖霊の腹の中、エネルギー源となって永遠に囚われ続けるだけだ。第一、霊は人間とは違う」


「同じだよ!! 村のみんなと、家族と、テルマちゃんと。これまでいっしょに過ごしてきて、生きてるヒトとなんにも変わんない。霊だって、私が助けたいヒトの一部なのっ!」


「見解の相違だな」


「――まったくね。価値観が違うと会話にもならない。勉強になったわ」


 ため息をつきつつ進み出るティア。

 コートの中から小さな棺を取り出します。


「あなた、喜々としてペラペラしゃべり倒していたけれど。大方、私が協力するとでも考えたのでしょう? おあいにく様、話を聞いてますます捨て置けなくなったわ。『大聖霊』、実在するならばあまりにも危険すぎる」


「阻止するつもりか」


「えぇ。……さて、続きはあとでゆっくり聞かせてもらいましょう。そろそろ村民の葬送、してあげたいのよ」


 解放されたみんなの魂たち、人魂のままあちこちさ迷ってます。

 ティア、気にかけてくれてたんだ。


「とっとと棺の中、入ってもらうわよ?」


「かまわん。しかしこれだけは譲れないことがある。ロンちゃんといっしょの棺に――」


封縛の楔(ズィーゲルン)


 言い終わらないうち、すっごく冷たい目でフタを開けたね……。

 ロンちゃんといっしょに吸い込んであげただけ優しいのかな……?



 ★☆★



 『半分の悪霊』に吸われてたテルマちゃんのお仲間さんと同じです。

 みんな人魂の姿から戻れずに、口が利けない状態。

 難を逃れた数人だけが、私の見知った姿です。


「トリス、皆さん、ありがとう……」


「ごめんなぁ、トリス。だますつもりなかったんだ」


「いいよ、もう。事情があったんだよね?」


「詳しい事情、ぜんっぜん知らねぇんだけんどな」


 みんな操霊術で縛られてた、んだもんね?

 だけどみんなと過ごした日々だけは、ニセモノなんかじゃないから。


「では、はじめるわよ」


 ブランカインド流葬霊術、葬送の灯(アウフヴィダーゼン)

 朝焼けの空に光の道がのびて、人魂たちがのぼっていきます。

 あの中にお父さんもお母さんも、きっとお姉ちゃんもいるんだよね?


 お別れできないの、悲しいなぁ……。


「う……っ、ぐず……っ」


 今になって思い出す。

 フレンちゃんとお別れできたの、ティアの言う通り幸運だったんだなぁ、って。

 霊が見えても話せても、無言の別れになっちゃうパターンだってあるんだもん。


「トリス……」


「お姉さま……」


 残った人たちも魔法陣に入って、光の道を登っていくの。

 悲しくってつらくって、ティアとテルマちゃんが抱きしめてくれて、それでも涙、止まらない。


 子どものころ、うすぼんやりと残ってる記憶の中以来ってくらい、私は泣きじゃくりました。

 光の道が消えて、誰もいなくなった村を朝日が照らすまで。



 ★☆★



 あぁトリスちゃん、トリスちゃん。

 そんなに泣いちゃってかわいそう。

 今すぐ出て行って抱きしめてあげたいのだけれど、すでに抱きしめられちゃってるね?


 命からがら逃れたの、お姉ちゃん。

 トリスちゃんの大好きな、トリスちゃんを大好きなお姉ちゃん。

 ここにいるよって教えたい。


 けどダァメ。

 だって今出ていったら、トリスちゃんただ喜んで、それで終わりになっちゃうもん。

 そんなんじゃ姉として0点。


 心を鬼にして、じっくりねっとりつけ回して。

 最高のタイミングで出て行って、がっつりお姉ちゃんに『依存』させなくっちゃ、ねぇ?


 ふふふふふふふふふふふふふふふっ。

 また抱きしめられる日を、楽しみにしてるわね?


 ト リ ス ち ゃ ん ♪



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― 新着の感想 ―
[良い点] このドロドロの愛情が尊いのです これからお姉ちゃんに翻弄されるのを想像するとちょっとゾクってしますね!
[一言] トリスの存在意義が見えてきたけどこれ絶対大聖霊が実際はろくでもない存在なやつ〜 そしてトリスのストーカーがまたひとり
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