27 幽霊犬と岩石巨人
以前出会ったとき、人間と戦えないとか言ってさっさと逃げ出したゲルブですが、今回は逃げるつもりがないみたい。
やっぱりそれって私を連れて行こうとしてるから、でしょうか。
どうして村を襲ったのか、人と争いたくないとか言いながら村のみんなを殺したのか。
ティアだけじゃなく私にも、アイツに聞きたいこと、山ほどあります……!
「ティア、絶対にやっつけて!」
「もちろんよ。仇の手がかり、必ずモノにする」
「威勢がいいな。では、最初から全力で行かせてもらう。……とは言っても」
ゲルブが片手を上げると、なんと骨犬が空中に浮かびあがります。
三本の足をジタバタさせて、なんだかかわいそう……。
「私自身は人間に刃をむけぬ。ポリシーなのでな。相手はロンシュタットと――この村の住民が勤める」
さらにアイツ、コートのふところからミニ棺を取り出しました。
フタを開けると、中から村のみんなの魂が飛び出して、骨犬のまわりに集まっていきます。
「死してなお縛られし魂たちよ。我が朋友と混じり合い、幾重幾重に手織られよ」
「うぅぅぅ……」
「あ゛ぁぁ゛ぁぁ」
うめきながら骨犬のまわりを周回して、苦しそうにうめきながら黒く歪んでいくみんな。
みるみるうちに集まって、黒いカタマリへと変わっていって。
「ドライクレイア式操霊術――霊魂合體。いでよ、【死魂の霊獣ロンシュタット】」
なんと、三本の首を持った真っ黒で巨大な、三本足の犬の姿に変貌してしまったのです。
「ウグルゥゥゥゥゥゥ……、ァァァァァァァァゃぁぁぁあぁあ!!!!!」
「ひっ……!」
女のヒトの悲鳴と獣の声がまざったような、背筋まで凍りつく悲鳴がこだまします。
こんな怪物、いままで見たことありません……!
「やれ、ロンシュタット」
「グルキャァァァァァぁあっ!!!」
巨大な足を振り上げて、巨体から想像もつかない速度の犬パンチがティアを襲います。
ですが、さすがはティア。
ギリギリのところを最小限の動きで回避。
長剣で足に反撃を浴びせます。
キィンっ!!
「……あら、硬いわね」
な、なんと刃が通りません。
はじかれてしまいました……!
間髪入れずに噛みつき、薙ぎ払い。
これまたギリギリで、なんとか逃れます。
「当然の結果だ、自然に固まった集合霊とは訳がちがう。私の霊力とロンちゃんとの絆によって、この上なく頑強に仕上がった霊的外殻。いかに『筆頭』とはいえ、かすり傷ひとつ付けられぬだろう」
「集合霊……? そっか、アレも集合霊なら――」
私、ティアの攻撃がぜんぶ通じないなんてちっとも思いません。
だからゲルブを倒すために!
「テルマちゃん、いつものヤツを使うから!」
『はいっ、安心して瞳を閉じてください! しっかりお守りしますので!』
「たのもしい、大好き」
『はうっ』
テルマちゃんに守りを任せて目を閉じます。
犬の叫び声とか地響きとか、剣が弾かれる音とか、いろんな雑音をシャットダウンして集中、集中……。
魔力を瞳に集めて集めてかき集めて……開眼!
「綺羅星の瞳っ!」
よし見えました、お化け犬の中身までバッチリスケスケです。
胴体の中心、歪んでしまった村のみんなでつくられた鎧の奥の奥。
『核』のかわりに集合霊の中心となっているロンシュタットちゃん。
圧迫感で苦しげにもがこうとして、けれど身動き一つとれません。
とってもかわいそうで胸が痛みます。
生きてるころからいっしょの愛犬をあんな風にするだなんて、ますます許せない……!
「ティア、胴体のド真ん中! 一番装甲がぶ厚い場所に骨犬がいるよ! そこが核の代わりっ!」
「……そう。ソコを叩かなければいけない、と」
長い尻尾での薙ぎ払いを飛び上がって避けたティアが、近くの屋根の上に着地します。
「だったら持てる最大火力をぶつけるだけ。最後の一体、使わせてもらおうかしら」
なんとティア、長剣を背中の十字架に納めてしまいました。
そしてコートの中から取り出す、まがまがしい気配の真っ赤な棺。
聖霊を出すつもりだ……!
「出てきなさい。大地の聖霊『ヘカトンケイル』」
パチンっ。
フタがひらいて、黄色いモヤが形を成していき、現れたのは二頭身の小人。
目が大量についた頭部と、不規則にかつ大量に生えた15本の腕が不気味です。
なにより放つ威圧感、お化けわんこの比較にもなりません。
『我が力を欲する者よ。引き換えに魂を差し出したも――』
「黙れ」
ザンッ。
『ぴょっ』
あぁっ、今度も雑に斬られた。
双剣のうちの一本で後ろから一刀両断。
あわれ小人さん、ふたつの黄色いモヤに逆戻り。
ですがティア、短剣のほうも鞘に戻してしまいます。
だったらなにに宿らせるのか。
答えは予想外でした。
「まさか、コイツを抜くとは思いもしなかったわ」
全部の剣を納めた状態の十字架を、背中から外して両手持ち。
長剣が納まっている縦の短い部分の方を手に持って、ガシャコン、と引っ張ります。
するとなんと、長い方がスライドして変形し、刃が現れたのです。
十字架まるごと、大剣になってしまいました。
「さぁ宿りなさい、百腕巨人の魂よ。怒髪天衝、礫岩まといて叩き揺るがし打ち砕け」
大剣の隠し刃にまといつく、黄色いモヤモヤ。
ティアが両腕で重そうにブンブン振り回し、肩にかついでかまえます。
「ブランカインド流憑霊術。大地の怒り、あなたの力で防げるかしら」
「聖霊か、面白い。私とロンちゃんの絆の硬さ、その力で試してやろう。行けっ」
「ウグゥゥゥウィやぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
屋根から飛び降りるティアに、すぐさま襲いかかるロンシュタットちゃん。
あんなに重そうなモノをかまえたままで、今まで通りに避けられるのでしょうか。
そんな心配しちゃいましたが、余計な心配だったみたい。
さっきまでとまったく同じ素早さで回避して、すぐさま側面に回り込みます。
そこから思いっきり剣をふりかぶって……。
「砕きなさい、百腕巨人」
刀身に岩がまとわりついて、巨大な大岩の柱みたいに。
アレでブン殴るんだ、絶対そうだ。
……と思いきや。
刀身を覆う岩から、さらにムキムキな岩の腕が大量に生えたんです。
ティアが剣をふるうと同時、
「百腕の暴風雨」
ドコドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドコドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドコドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴ……!!
猛烈な勢いのラッシュが始まります。
拳の雨あられがロンシュタットちゃんを守っていた魂の装甲を引きはがしていき、ついに本体があらわに。
「終わりよ。あなたと飼い犬の絆とやら、術で縛っていたのでは所詮この程度」
最後に思いっきりふりかぶって、渾身のパンチが突き刺さったお化け犬の巨体から、骨犬の本体が弾き出されました。
「ロンちゃぁぁぁぁぁぁぁぁんッッ!!!!」
ゲルブの絶叫がひびく中、ロンシュタットちゃんがゴロゴロと転がり横たわります。
中核を失った巨大な犬は、たくさんの白い人魂に分解されました。
起き上がれないロンシュタットちゃんに、ゲルブが駆け寄って抱き起こします。
「ロンちゃん、あぁロンちゃん! ケガないかい? どこの骨も折れてない?」
「くぅぅぅぅん……」
「あぁ、よかった、よかったねぇっ。よーしよしよしよしよしあとでごほうびたくさんあげようねぇ」
首を寄せて甘えるしぐさが、骨ながらとってもワンちゃんですね。
ゲルブについて?
ノーコメント。
「勝負あり、ね。戻りなさい、ヘカトンケイル」
ティアはというと、武器に憑いてた聖霊を棺に戻して、重そうな十字架を地面に突き立てました。
それからいつもの二刀を抜いて、ゲルブたちの前に歩いていきます。
「武器を失ったあなたに戦うすべは残されていない。大人しく投降なさい」
「……取り消せ」
「……? なにを――」
「取り消せ、と言っている。私とロンシュタットの絆がこの程度、などという発言を、だ」
「あなたね、この期に及んでそんなことを……」
「私とこの子はな、子どものころから共に居るんだ。この子が五歳のとき、『悪霊』に襲われて右後ろ脚を失った。瀕死のケガを負ったこの子を街まで抱えて走り、以来片時も離れずそばにいる。この子の寿命が来たあとも、常にそばに置いているのだ」
「……そうね、だったら。あなたの霊を操る術を解除してみなさい」
「操霊術の縛りを解け、だと?」
「その子が自由を得たあとも、あなたと共に在ろうとするのなら、本物の絆と認めるわ。どうする?」
「そのようなこと、首輪とリードを外すに同じ。私のそばから離れようなど考えもしないはず。いいだろう」
ティアの提案をゲルブが飲みました。
パチン、と指を鳴らすと、ロンシュタットちゃんからずっと感じていた『無理やり歪ませられている』気配が消えていきます。
「操霊術を解除した。今、ロンちゃんには完全なる自由が与えられている」
「……ぶっふ」
あ、ワンちゃんっぽい仕草。
ひとつしかない後ろ脚で首の下をポリポリして、よっこいしょ、って立ち上がったあと、ゲルブの顔をじっと見上げます。
「ロンちゃん、どこにも行かないよな? 私たち、ずっといっしょだ」
「ハッハッハッ」
前脚をゲルブのひざに乗せて、顔に頭を近づけていきますね。
これ、アレでしょうか。
愛情表現のために顔をペロペロするやつ。
ベロ無いですが。
「おぉぉ~よしよしよしよしっ。いい子だ、好きなだけ舐めていいぞ」
アイツの言うとおり、絆は本物だったみたいです。
ちょっと悔しいですが。
ですが村のみんなを殺したのは別問題。
操られていたあの子を憎んだりしませんが、アイツは別です。
どんなふうにとっちめてやろうか――。
ガブゥッ!!
「えげぽっ……?」
「フゥーッ、フゥーッ、グルルルルゥ」
「ロンち゜ゃ」
「ッガルルルゥ!!」
ブチィっ!!
……なにが起きたのか、すぐにはわかりませんでした。
ゲルブの首筋に噛みついて、ブンブン頭をふり、肉を噛みちぎるガイコツ犬。
首から大量の血を噴き出して倒れる主人に、なおも追撃を加えていきます。
「なに……? なにが……っ」
ペタン、と腰を抜かしてしまった私の前で、凄惨な光景はゲルブが死ぬまで続けられたのでした。