表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

26/173

26 こんな気持ちは、初めてでした



 なにこれ、なにこれ、なにこれ。

 どうしておばさんが、ティアに倒された悪霊みたいに黒いモヤに変わっていくの?

 このガイコツ犬は、いったいなんなの?

 どうして私、家の外が怒号と悲鳴にあふれているのに、ちっとも気づかずにいられたの?


「ガゥルゥ……ッ」


「ひ……っ!」


 私の方を、ぽっかり開いたドクロの眼孔でギロリとにらむドクロ犬。

 だけどすぐに興味をなくして、


「た、助けてぇッ!!」


 今度はむかいのおじさんを噛み殺しにいった。

 木の枝を使った細工とか、食べられる森の木の実の見分け方とか、いろいろ教えてくれたおじさん。

 そのヒトも今、ガイコツ犬に首筋を食い破られて。


「あぎゃっ」


 ……おばさんとおなじく、黒いモヤに変わってしまった。


「クァァァッ」


 ガイコツ犬が大きく口をひらいて、おばさんとおじさんだった黒いモヤを吸い込む。

 それから次の獲物を見つけたのか、一目散に駆けだしていった。


「……ぁ、ぁぁ……っ」


「お姉さまっ! しっかりしてください、お姉さまっ!!」


「ぁ、テルマ、ちゃん……」


「ショックなのも、思考が止まってしまうのも、テルマとってもわかります。みんなが食べられていくとき、そうでしたから……。でもっ!!」


「……そう。そう、だよね。私には、できることがあるんだもん」


 考えるのも落ち込むのも、ぜんぶぜんぶ後回し。

 今やるべきはティアを呼んで、ガイコツ犬をやっつけてもらうこと!


「テルマちゃん、お願い!」


「はいっ!」


 私の中にテルマちゃんが入り込む、あたたかな感覚。

 続いて私の唇が、あの子の言葉と魔力を借りて、神への祈りをつむぎだす。


しゅの加護よ、百の難から我が身を守りたまえ――」


 出現する、全ての霊の害意をはじく『神護の衣』。

 さっきの犬、私に対して攻撃の意思は見られなかったけど念のためっ。


「ありがと。じゃあ行こう!」


『お姉さまのお体は、テルマが傷ひとつつけさせませんっ!』


 透明な衣を羽織って走り出す。

 村長さんの家の場所は、だいたい村の入り口あたり。

 私の家が村の一番奥だから、ド真ん中を突っ切っていかなくっちゃいけない。


 ガイコツ犬に襲われるみんなの悲鳴が、あちこちから聞こえる。

 ごめんなさい、ごめんなさい。

 私に助ける力はないけど、すぐにティアを呼んでくるから……っ!


「……おや? 音も気配も遮断されていたはずなのだが」


 聞こえた声に、どこか聞き覚えがありました。


「さすがの感知力、といったところか」


 だから私、そっちに顔をむけました。

 そうしたら、足まで止めざるをえなかったんです。


 胸に『三本足のカラス』の紋章をつけた、大柄な葬霊士。

 グレイコスタ海蝕洞の事件で、ティアとタントさんの戦いを止めにきたヒトです。


 そして、あのヒトがつかんでいるいくつかの、見知った顔の魂たちの中に。


「お父さん、お母さん……っ!」


 大事な二人の、家族の姿がありました。


「トリ、ス……」


「あぁ、トリス……っ!」


 だいたいが頭だったり、胴体だったりを噛みちぎられた姿。

 二人も例外ではなく、下半身がモヤモヤに変わっています。


「……なん、で? どう、して……っ!」


 私、生まれてから本気で怒ったことありません。

 パーティーを追放されたときも、本気で憎んだりしませんでした。

 でも、でも……っ!!


「どうしてっ、こんなヒドイこと……ッ!」


 怒りで握りこぶしが震えます。

 頭の奥が熱くなって、目の前の相手が憎くて憎くてたまらない。

 こんな感覚、本当に初めて。


「……まずい、な。この場面を見られてしまうとは、完全に想定外だ。純粋さにかげりが生じてしまう」


「答えてよッ!! どうしてみんなを、みんなを……っ、こ、こっ……」


 殺したの――って、声がふるえて続きが出てきませんでした。

 口にしてしまったら、みんなが死んでしまったと認めなきゃいけないから。


「尻ぬぐい、せねばなるまい」


 シュンッ。


 おそらく瞬間移動の魔法でしょう。

 私の眼でもまったくとらえきれない速度で、あのヒトが消えます。

 直後。


 バチィン!!


「ひゃぅ」


 首すじのあたりで、神護の衣が手刀をはじき返しました。


「う、後ろ……っ」


「防御魔法か……。この硬さ、厄介だな」


 私を手刀で気絶させようとしたのでしょう。

 テルマちゃんに守ってもらってなかったら、私ここで捕まってました。


 ともかく、このヒトが動いたおかげでみんなの魂が自由になった。

 その間に、みんなの方へ走ります。


「お父さん、お母さんっ! 私に憑りついてっ!」


 二人が私に憑依してくれれば、これ以上ひどい目にあわずにすむ。

 神護の衣で守ってあげられる。

 二人なら、憑かれたってちっとも怖くないよ?

 だから――。


封縛の楔(ズィーゲルン)


 無慈悲に、背後から聞こえる声。

 その言葉の意味を、私はよーく知っている。


 吸い込まれていくお父さんたち。

 葬霊士の手にした棺へと、みんななすすべもなく。


「あ、ぁ……っ」


 パチンっ。


 フタが閉じられる音がして、私はひざから崩れ落ちた。

 もうなんか、走る気力も立ってる気力もなくなっちゃって。

 ただその場で、ポロポロ涙を流すことしかできなかった。


『お姉さま、立ってください! ティアナさんを呼びにいくのでしょう! お願いします、立って……!』


「ムリ……。もうムリだよ……」


『気をたしかに……! このままじゃ魔力が乱れて、神護の衣も消えてしまいます……っ!』


「少々、手間取ったが……」


 ……このヒト、私の前に来てなにか言ってます。


「さぁ来るのだ、『救世の少女』よ」


 なにかよくわかんないこと言ってますが、ちっとも頭に入ってきません。

 ポロポロ泣きながら、ぼんやり見上げていると。


「――よくもトリスを泣かせたわね」


 男の頭上に躍り出る黒い影。

 両手でにぎった長剣を、上段から力いっぱい振り下ろします。


 ズドオォォォッ!!


 男が瞬間移動で回避して、元いた場所の地面が思いっきり砕けました。


「……それだけで、すでに万死に値するわ『三本足のカラス』」


「そうか、お前もいたのか。十字架の葬霊士」


「覚えておくことね。ブランカインド流葬霊士『筆頭』ティアナ・ハーディングよ」


 帽子を片手でおさえて、長剣の切っ先をむけながら名乗りをあげるティア。

 でもその名乗り――。


『もう筆頭じゃありませんよね、あの人』


 言わないであげて、テルマちゃん。

 ともかくティアが来てくれた。

 安心感で、さっきまでとは違う種類の涙があふれます。


「ティアナ・ハーディング。覚えておこう。私はゲルブと申す者。ヤタガラスに所属する葬霊士にして、『三本足のゲルブ』の異名を持つ」


「三本足? つまりあなたが代表かしら」


「いいや、そうではない。こういう意味だ」


 ピューイッ。


 指笛を吹くゲルブ。

 すると三本足の骨犬が走ってきて、ゲルブの足元で『おすわり』をします。


 ゲルブです。

 さんなんてつけてやりません、あんなヤツ。


「理解したかね?」


「犬の亡霊……。遺骨を媒介とすることで、物理的な攻撃力も持たせている。ソイツがあなたの武器というわけね」


「武器ではない。ロンシュタットという、私の相棒だ」


「ウワフッ!」


 答えるようにひと吠えするガイコツ犬。

 するとゲルブの表情が一変してゆるみます。

 もうゆるゆるです。


「おぉ~よしよしよしよしよしよしよしよしえらいでちゅね~ロンちゃぁん。ご褒美にいっぱいなでなでしてあげるよぉ~こしょこしょこしょこしょ」


「……!?」


 はい、絶句しました。

 なんですか、アレ。

 骨犬の全身をわしゃわしゃなでて、頬ずりまでしちゃってます。

 あんなにスキだらけなのに、ティアも手を出せずに棒立ちです。


「――と、このように。私とロンシュタットは深い絆で結ばれている。子犬のころから面倒を見て、死んでからも共に在り続ける仲なのだよ」


 な、なるほど……。

 飼い犬が死んでしまったあともずっといっしょに。


 ……ですけどあの犬の霊、悪霊と同じ嫌な感じがするんです。

 『歪んで』しまっている。

 生きてたころと、きっとまるで違ってしまっている。


「そ、その子、ホントに自分の意思であなたといるのっ!?」


「……なに?」


 ギロリとにらまれてしまいましたが、負けません。

 今日の私、とっても怒っていますから。


「その子から『歪んでる』感じがする……! お互いがいっしょにいたいと心から思い合っているのなら、歪んだりしないはずだよ。私と、テルマちゃんみたいにっ!」


『お姉さま……。そこまでテルマのことを……』


 半透明の状態で顔を出して、ほんのりほほを赤らめるテルマちゃん。

 ちょっと恥ずかしいこと言っちゃったかな。


「絆があるって言ったよね。ホントにそうなの? あなたが無理やりその子をこの世に、骨のからだに縛っているんじゃ――」


「黙れッ!」


「……っ!」


 怒鳴られて、思わずビクッとしてしまいます。

 ですが負けません、ひるまずにらみ返します!


「たしかに。我らの使う操霊術とは霊を操る術に他ならない」


「だったら――」


「だがッ! ロンシュタットが私と共に在ることを望んでいない……? そんなはずがないだろう! お前が私とコイツの絆の何を知っている……!」


「……ッ、でも、じっさいに感じて――」


「トリス、もういいわ」


 言い合いをさえぎったのはティア。

 私とゲルブの間に割って入って、ゆっくり首を左右にふります。


「なにを言おうがムダだし無意味。優先すべきはあなたが感じた悲しみと苦しみを、数百倍にしてコイツに叩きつけること」


「ティア……」


「……そしてもちろん、妹の――ユウリの分もね。ヤタガラスのこと、洗いざらい吐いてもらうわ。絶対に逃がさないわよ『三本足』」


「安心しろ、今回ばかりは退けない理由がある。お相手しよう、『筆頭葬霊士』」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ