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25 三本足の飼い犬



 お姉ちゃんの熱烈歓迎を乗り越えておうちに入ると、お父さんとお母さんがあたたかく出迎えてくれました。


「トリス、よく帰ってきてくれたね……」


「これで私たち、思い残すこともないわ」


 ……って、抱きしめられて泣かれちゃったり。

 思い残すことも――なんて大げさだよ。

 まるでもうすぐこの世からいなくなっちゃうみたい。

 きっとそれだけ心配かけちゃったんだよね。


「ごめんね、黙って出てきちゃってごめんなさい。だけどね、私、やりたいことがあって……」


「いいの、いいのよ。好きなだけ、やりたいことをしに行けばいい」


「トリスを縛る必要、もうなくなったんだ。巣立ちのときが来たんだよ」


「二人とも……。ありがとう、ときどき戻ってくるからねっ」


 ちょっと泣きそうになっちゃいました。

 これで長老さんたちも、両親も、私の旅を認めてくれた。

 今度は堂々と、後ろ髪引かれることなく村を出ていけそうです。


「いやだいやだいやだぁ! お姉ちゃんずっとトリスちゃんといっしょにいるぅぅぅぅ!!」


「……」


 お姉ちゃん、悪い意味で変わらないね。

 べったりしてきてうっとうしいけど、大事に思われててうれしくもあったり。

 うっとうしいの方が大きいですが。



 お夕飯はいつもどおり、私が作りました。

 じつは我が家では、私がお料理当番なのです。


 なぜだかみんな、お料理しようとしないんだよねぇ。

 どうしてかなぁ。

 私が運んであげないと、手を出そうともしないし。

 我が家の七不思議のひとつです。


 食材が保存食ばっかりだったのがちょっと気になりましたが、調理自体はバッチリ。

 ティアにもみんなにも、おいしく食べてもらえました。


 そんなこんなでお夕飯を終えたあと。


「トリス、少し外の風でも浴びない?」


「えぇっ!?」


 なんて、ティアにとっても真面目な表情で誘われてしまいました。

 なんだろ、とってもドキドキしちゃう。


 『マナソウル結晶』を使った用具や街頭がひとつもない村は、夜になるととっても暗いです。

 月と星の明かりだけが頼りな闇の中。

 月光に照らされて、憂いをおびたティアの横顔がとっても素敵で……。


「え、と。なにかな」


「大事な話があるのよ」


「だいじなっ!? そ、それってもしかして……」


 もしかして、もしかするんでしょうか!

 テルマちゃんに続いてティアにまで!?

 まさかの事態に顔が熱くなって、もじもじしてしまいます。


「ダメだよ、そんな。テルマちゃんだっているしっ、困っちゃうっ!」


「はい、テルマもいますよお姉さまっ」


「そうね、テルマも私が呼んだもの」


「そ、そうなのっ!? じゃあ告っ……とは違うのか」


 ティアのうしろからひょっこり顔を出すテルマちゃんを見て、なんだか安心しちゃいました。

 同時に、少しだけガッカリもしたり。


「確かめたいことがあるの。質問に答えて」


「……? う、うん」


「幼いころ、どのくらいからこの村で暮らしていた記憶がある?」


「え……っ? なんか、変な質問だね」


「えぇ、変な質問よね。だけど大事なことなのよ」


「んー、そうだなぁ……。小さいころの記憶、あんまりハッキリしてないんだよねぇ」


「そうなのですか?」


「断片的に、ぼんやりとなら覚えてるんだ」


 両親の元で育った記憶。

 ほんの小さなころのあたたかな時間。


 覚えてるには覚えてる。

 うすぼんやりと、まるで霧がかかったみたいに。


「ハッキリしてる記憶というと、11歳になったあたりからかなぁ」


「11歳……。そのころ、お姉さんはどんな感じだった?」


「今と変わんないよ? 中身もぜんっぜん変わんないの。ずーっとトリスちゃんちゅっちゅーって」


「やはり敵です許せません」


「……ずっと変わらない、か。ありがとう。変なこと聞いてごめんなさいね」


「ううん、ぜんぜんいいの」


 ティアがなにを気にしてるのか、さっぱりわかんなかったけどね。

 なにかの参考になったなら、それが私の喜びです。

 あとテルマちゃん、お姉ちゃんへの嫉妬のあまりまた歪んだりしないでね?



 ★☆★



 トリスちゃん、あぁ愛しのトリスちゃん。

 やっと戻ってきてくれた。


 出ていくまでの日課だった妹のかわいい寝顔鑑賞会は、部屋に侵入した瞬間に幽霊少女ににらまれて開催できず。

 いっしょに寝られなくって、お姉ちゃんとっても悲しい。

 仕方がないので寝室に戻ろうとすると。


「レイス、レイス」


 『お父さん』に呼び止められた。

 そもそもお父さんかどうかも定かでないけど、一応そういう役柄だから。


「忘れたのか? 今日は月に一度の『配給』の日だ」


「……あぁ、すっかり忘れてた。トリスちゃんが出て行ってからは、様子を見に来るだけだったんだもん」


 幽霊の身に、食べ物なんて必要ない。

 生きた人間に『お供え』してもらわないと、そもそも食べられないわけだし。


「今日の『配給』でな。村のみんなが葬霊を望んでいる」


「……どういうこと?」


「トリスに『救世の心』が芽生えたこと。それはすなわち私たちの役目が終わったことをも意味するわ」


「もう縛られなくていいんだ。トリスに黙って消えるのは忍びないが、お仲間の葬霊士さんがうまく説明してくれるだろう」


「――ふーん。そうなんだ」


 みんなあの世に逝くつもりなんだ。

 あんなにかわいいトリスちゃんを置いて、自分だけ楽になるつもり、と?

 ……ふーん。



 村の中心に、トリスちゃんをのぞく村民全員があつまった。

 月に一度、満ちた月が山間やまあいに隠れ始めるこの時間。


 あの男が、転移魔法で現れる。

 私たちをここに縛り付けた葬霊士の使いとして。


 私たちからトリスちゃんの様子を聞き、隔絶されたこの村へ、あの子のための食料や生活用具を届けるために。


 万が一にもこの集会がトリスちゃんに気づかれたら台無しだ。

 そのため決まって深夜になると、家に防音・霊気の遮断をする魔法が発動するようにしてある。


 シュンッ。


 来た。

 村民の輪の中心に、瞬間移動で現れた大柄な男。


 胸に紋章をつけ、妙な犬小屋を背負った葬霊士。

 『ヤタガラス』のメンバー、『三本足のゲルブ』。


「……なにかあったか?」


「ゲルブ殿、聞いてくだされ。トリスが帰還しました」


「そうか……」


 長老からの大ニュースに、意外にも落ち着いた反応を返すのね。

 出ていった、と聞いたときにはあんなにうろたえてたくせに。

 まるで見当がついてたみたい。


「さらに、ですじゃ。あの子にとうとう、『救世の心』が芽生えました」


「それも、自身にすら制御できないほどの大きさ、根深さです」


「これをもって、我らの役目。完遂したものと存じます」


 やっぱりみんな葬送されたいんだ。

 トリスちゃんの帰還と変化を口々にタレこんで。


「どうか、どうかお慈悲を……」


「あの世に戻してくださいませぬか……?」


「……ふむ、いいだろう」


 ゲルブがうなずいた。

 冗談じゃない、葬送なんかされてたまるか。

 トリスちゃんの成長とかわいさとニオイとあと諸々を、もっともっと間近で見たいんだ。


 葬送がはじまってしまう前に、そっとその場から立ち去ろう。

 見つからないように、そーっと……。


「ならばそなたら、もう一つ役に立ってもらおう。我らヤタガラス。世界を救うため、一体でも多くの霊魂を必要としていてな」


 ……え?

 なにをするつもりだ、アイツ。

 背負っていた犬小屋をドン、と置いて。

 あれは、あの中には――。


「ドライクレイア式操霊術……」


 つぶやくと同時、犬小屋の中からヤツの『飼い犬』が飛び出した。

 骨だけで肉も毛皮もついていない、右後ろ脚を失った三本足のドクロの犬が。


「ウァウ、ワゥッ!!」


「ひ、いひゃぁぁぁぁあぁぁぁ!!!」


 ガブゥッ、ブチィ!!


 ヤツの一番近くにいた長老が、顔を食い破られて黒いモヤに変わる。

 それをアイツ、小さな棺で吸い込んだ。


「お前らの魂、ひとつ残らず回収させてもらおうか」


「ひ、ひぃぃぃぃぃっ!!」


「うわぁぁぁぁぁぁ!!」


 ガイコツ犬に追いかけられて、悲鳴をあげながら逃げ惑う村のみんな。

 なにこれ、こんなことになるだなんて……!


「さぁ、山狩りだ。一人も逃すな、ロンシュタット」



 ★☆★



 ……ん、んん?

 なんだか妙な感じがして、目を覚ます私です。

 まだまだ夜中、寝ぼけまなこをぼんやりこすったら。


「……テルマちゃん?」


「はいっ、なんでしょう!」


 目の前に、テルマちゃんのかわいらしいお顔がドアップです。

 この子寝ないで私の寝顔を見ていたのかな?

 まぁ、それは置いといて。


「ねぇ、なにか感じない?」


「感じ……ますかね?」


「なんだか、意図的に『歪められた』霊の気配っていうか……」


 なんか、嫌な感じです。

 居ても立っても居られなくって、ベッドの中を抜け出して、パジャマの上からローブを羽織ります。


「ちょっと外見てくるっ。テルマちゃんもいっしょに来て!」


「もちろんですっ。いつでもどこでもどこまでも、お供しますよお姉さまっ」


 とっても頼りになる妹だっ。

 ティアも呼んでおきたいトコだけど、ウチだとベッドが足りないからって村長さんちの客室借りてるんだよね。

 ですので私たちだけで出撃ですっ。


 家の中、不思議と誰の気配もしません。

 静まり返った村の夜。

 玄関のドアをひねったとき、私の目に飛び込んできた光景は。


「ワウッ、グルゥゥッ!!」


「たすけ、いぎゃっ!!」


 ……三本足のガイコツ犬に襲われ、喉元を食い破られて黒いモヤに変わる、となりのおばさんの姿でした。



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