23 我が故郷へ、凱旋です!
パチパチ、パチパチと、まるでたき火のように燃えていく人形たち。
ここが致命的な損傷を修復する保全機能持ちのダンジョンじゃなければ、全焼大火事間違いなしです。
そんな感じでハラハラと見守っているうちに、無事鎮火。
燃えカス状態の人形たちのひび割れから、魂がたくさん出てきます。
「犠牲者さんたちの魂、なんだよね?」
「そうね。けれどみな『歪み』きっている。かつての人格が消失して、『仲間』増やしに終始する殺戮人形となってしまっているわ」
『治るのでしょうか……』
「煉獄の浄化力に期待、かしら」
言いながら棺を取り出し、吸い込んでいくティア。
このヒトたち、きちんと元に戻れるといいな……。
「う、が……、アギッ……」
人形たちの残骸の中から、焦げた人形が一体這い出てきました。
合体するとき、中心になっていた人形です。
人形たちに埋もれていたから、破損せずにすんだのでしょうか。
「まだ生き残っていたとはね。中核を成していたあなたがおそらく元凶。介錯してあげるわ」
「ギギッ……、グ……っ、おねえちゃん、たすけて……」
「え……っ?」
私の方、見てる。
私の方に来ようとしてる。
私に助けを求めてる。
ティアがトドメを刺そうと、剣を振り上げるけど……。
ダメ、助けを求められちゃったら、私は……!
「待って、ティア!」
「……? いいけれど……」
どうしよう、あふれ出る人助け欲に任せて止めちゃった。
……そうだ、確かめよう。
本当にこの霊が全部悪いのか。
もしかしたらこの霊も、悲しい経緯をたどってこんなふうに『歪んじゃった』んじゃないか。
見たってあの世で減刑されるわけじゃないんだけど、確かめずにはいられない。
霊の過去を見るために、魔力を集中させて、高めて、チャージして……開眼!
「流星の瞳っ!」
……景色が変わった。
悪霊の記憶に入れたんだ。
ここは――まだダンジョンになる前の人形屋敷かな?
「また人形を勝手に触ったなッ!」
「ひっ……」
『ひぃっ』
いきなり目の前に、すごい剣幕のおじさん。
私と霊の声がシンクロしちゃいました。
パシィンっ!!
はたかれた霊は、どうやら小さな男の子。
怒ってるおじさんの方は、身なりからして貴族っぽいね。
この屋敷の主人かな。
「私のコレクションはな! 子どもが乱雑に扱っていいものじゃない!! 何度言ったらわかるんだ!!」
「でも、でもお父様……。ボクもお人形で遊びたい……」
「黙れッ!」
バシィッ!!
もう一度、はたかれます。
ひどい、この子の父親のはずなのに……。
「ご主人様、もうご勘弁くださいませ……。この通り、人形に傷ひとつついておりませぬゆえ。お坊ちゃまが病弱で外に出られず、ご友人もおらぬ寂しさ。どうかご理解を……」
老執事さんがいさめるけど、おじさん聞き入れません。
フン、とか言って部屋を出て行って、その直後。
屋敷中に、悲鳴が響きました。
動く甲冑に斬り刻まれるメイド。
大蜘蛛に頭から食い殺されていく使用人。
地獄絵図のような屋敷の中を、病弱な体を押して駆けていく男の子。
やがてお父さんの私室にたどりつき、トビラを開けて見たものは。
お腹をやぶかれて内臓が飛び散り、首のちぎれた父親の無残な死体でした。
「……お父様? 死んじゃったの?」
きっと今。
この子の心、悲しみに満ちあふれているのだと思います。
ぼうぜんとしながら、人形の置かれた棚へと歩いていって……。
「あは」
えっ?
この子、笑いましたか……?
「あははっ、あはははははははっ! これでボクのだ! ボクのトモダチっ! 全部ボクの! 人形、トモダチっ! きゃははっははっはははっ」
なに、なんなの?
この子、いったい……。
お父さんの死体を真横に、男の子が人形遊びをはじめます。
……いいえ、この子にとって『それ』はお父さんの死体じゃない。
いっしょに人形遊びをする『トモダチ』だったんです。
死体と人形を使った男の子の『アソビ』。
人形の手足を外してメチャクチャに付け替えたり、人形といっしょに腸で綱引きをしたり、首でボーリングをしたり。
部屋になだれ込んできたモンスターたちに惨殺されるまで、お遊戯はずっとずーっと続くのでした。
「――っはぁ、はぁ、はぁッ!」
『お、お姉さま!? 顔色が真っ青ですよっ!?』
「あっ、テルマちゃっ、う、ぇっ……」
あんな風景を見るだなんて思わなかった。
おもわずえずいて、ポロポロと涙がこぼれます。
「……どうやら期待したモノは、見られなかったようね」
「はぁっ、えぐっ、……っ」
「悪霊の記憶なんて、きっとむやみに覗くべきものじゃないのよ。これからは本当に救いたいと思った相手にだけ、することね」
ティア、きっと私のためを思って言ってくれてる。
私も同感、もうこんなの見たくない。
でもね、きっと人助け欲がくすぐられたら、また同じことをする。
わかるんだもん。
自分の中の狂気にも似たこの感情が、自分でも抑えの効かないものだってことが。
「おねえちゃん……、にんぎょう、の、おねえちゃん……」
……まただ。
私のことを『人形』だって。
私、立派に人間なのに。
「――もう黙りなさい。続きはあの世ですることね」
ザクッ!
背中に剣が突き立てられて、人形から魂が飛び出します。
吸い込まれた男の子の魂、きっと地獄に送られるのでしょう。
★☆★
とんだ寄り道になってしまった今回の除霊。
ただでさえ得意じゃなかった人形が、もうトラウマになりそうです。
大僧正への依頼達成報告を伝書バトに任せて、私たちは一路東へ。
目的の王都はブランカインドから東、中央都から見て北東に位置しています。
そんな王都と中央都を結ぶ交通の要衝に、私たちは到着しました。
その名もザンテルベルム。
ぶっとい街道でつながった、大都市同士のド真ん中にある一大交易拠点。
商人さんやキャラバン隊がたくさん通る、とってもにぎやかなところです。
そして私にとっても、なかなかに懐かしい街。
「お姉さま、ここが王都なのですか?」
「あ、テルマちゃん私とおんなじだぁ。はじめて来たとき同じこと思ったよぉ」
「……はじめてじゃないのです?」
「テルマ、こう見えてトリスは冒険者よ。中央都以外の街にも行ったことが――」
「あ、あんまりないかなぁ……」
「……」
だ、だってあのパーティー、中央都を中心に活動してましたし?
たっくさん小迷宮や大迷宮があるから、もぐる場所に困らなかったんだもん。
「こほん。じつはね、山奥の村から出てきてはじめて見たのがこの街なんだっ」
「――ということは、お姉さまの生まれた村。すぐ近くにある、と。そういうこと、ですね……?」
「そ、そういうこと、だよ?」
なんでそんな、かみしめるように口にするかな?
もう嫌な予感しかしないんだけど。
「行きたいですっ!」
ほら、きたぁ!
「だ、ダメだからねっ! だって私、村のおきてをやぶって勝手に出てきたの! 戻ったらきっとすっごい怒られるよぉ!」
「……だからといって、ご家族を心配させたままにしていてもいいの? 私には、あんなに強く帰郷を勧めたあなたじゃない」
「ティアまでぇ……」
二人とも、そんなに私の故郷に興味あるの?
ほんとになんにもない、山の中のド田舎なのに。
「テルマ、お姉さまの生まれ育った場所を見たいんですっ。あわよくばご両親にごあいさつも……」
ごあいさつしてどうするつもりなの。
そもそもご両親、テルマちゃんのこと見えないと思います。
「家族が生きているのなら、顔を合わせておいたほうがいい。いつか後悔しないためにも。ね?」
うぅ、家族を全員亡くしてるティアが言うと重みがちがう。
どうしよう、どうしよう……。
「……あっ。テルマ、いいこと思いついちゃいましたっ」
なにその悪い子スマイル。
かわいいけど、なんかもう嫌な予感しかしない。
「お姉さま。村のおきてを破って出てこられたんですよね?」
「う、うん……」
「ご家族に黙って、飛び出してきたんですよね?」
「そうだけど……」
「でしたらきっと、ご家族も村のみなさまも、とっても困っていらっしゃると思うのです」
「う……っ」
「困って参って悲しんで、そんなところへお姉さまが帰っていらしたら。これって人助けになりませんか」
「ヒト、ダスケ……ッ!?」
ダメ、ダメだよテルマちゃん。
そのワードを出してしまったら、私、私……っ。
「お姉さまっ。人助けですよ、人助け」
「う……っ、うぅ……っ」
村のみんなが困ってる。
私が帰れば助けられる……。
ダ、ダメ、抗わなきゃ……っ!
「……ティ、ティアはっ、それでいいのっ? 『ヤタガラス』のこと、調べるのおそくなっちゃうよ?」
「問題ないわ。村、すぐ近くにあるのでしょう? どのみち今日、この街に泊まる予定だったのだし。タイムロスは一切ないわ」
……はい、もう反論もできません。
内から突き上げる人助け欲、これ以上おさえられない。
というわけで、二名様ご案内。
冒険者トリス・カーレットの凱旋でーす。
★☆★
トリスの案内で、山中の道なき道を進む。
獣道にすらなっていない、まったく踏み荒らされていない森の中。
ほんとうに、こんなところに村があるのか怪しくなってしまうわね。
……もちろんこの子をうたがうわけではないわ。
そのぐらいの気持ちになる、という話。
「もうすぐ、もうすぐだからねっ」
草木をかきわけて「んしょ、んしょ」と声をもらしつつ進むトリス。
控えめに言ってかわいらしい。
かわいらしいと思うと同時、少し不安にもなる。
人形屋敷にて、彼女は命の危機におちいった。
にもかかわらず、こうしていつもとまったく同じ、明るい笑顔を見せている。
『正の方向に振り切れた狂気』という表現ですら表しきれない精神性。
トリス、あなたはいったい……。
「……おっ。見えてきたっ!」
「テルマにはまだ見えません。さすがお姉さまですねっ」
トリスたちの声で思考が中断される。
……たしかにテルマの言う通り、まだ見えないわね。
彼女の視力ならば見えるのでしょうけど。
ともあれ、いよいよトリスの故郷に――。
ピリッ。
「……?」
霊の存在を感知する素材でできた私のマントが、静電気をおびたように毛を逆立てた。
常にそばにいるテルマに対する反応じゃない。
近くに霊がいる……?
「この茂みを抜ければ……っ、とうちゃーく!」
最後の茂みを元気にかき分けて、一気に視界が開ける。
生まれ故郷を前に、トリスはかわいらしい笑顔を浮かべながら片手を出して、私たちに紹介してみせたわ。
「ここが、私のふるさとっ。ガンピの村ですっ」
――生きてる人など一人もいない、その村を。
まるで生きているかのように生活する、常人の眼には決して映らない村人たちを。
いつもどおりの笑顔で、それが当然の姿であるかのように。