22 人形たちのアソビ
「で、でもダンジョンなわけだしっ。いつも通り私の出番、いきますっ!」
怖いのをガマンして、必死に強がるお姉さま。
とってもかわいくって、一秒も逃さず目に焼き付けちゃいます。
ところがです。
星の瞳を発動するために瞳を閉じたお顔を観察しながら、『お姉さまのキス顔ってこんな感じなのかなぁ』とか有意義な考えを巡らせていたそのとき。
お姉さまの姿が、その場からこつ然と消えたのです。
「お姉さまっ!!?」
テルマ、一瞬たりとも目を離してません。
まばたきだってガマンして、お姉さまの姿をとらえ続けていたんです。
目を離したスキにどこかへ行った、なんてこと間違いなくあり得ません。
「ティアナさん、お姉さまが……!」
「――っ、悪霊のしわざ、かしら」
「そうとしか考えられません。こんな消え方……!」
「おそらくこの屋敷そのものが奴らのテリトリー。『波長』が合った人間は、ことごとく神隠しにあって連れ去られるのでしょうね……」
一大事です、大変です……!
もしもお姉さまの身になにかあったら、テルマ、テルマ……!
「は、早く探しに行かないと……!」
「あせらないで。闇雲に探してもムダよ。あなた、トリスとつながっているのよね?」
「つながってますっ。今もわずかですが、お姉さまを感じてます」
「方向、わかるかしら?」
「むむむ……」
これだけの霊気です。
かなり集中しないとわかりませんが……。
ですがお姉さまを救うためなら、どれだけ小さな手掛かりでも拾ってみせます。
集中して、集中して……。
「――こっちですっ!」
地下二階、くらいでしょうか。
ともかく下の方にお姉さまを感じました!
「でかしたわ……!」
「ティアナさん、そっちじゃないです!」
「……わかったわ!」
真逆の方向に突っ走っていこうとするティアナさん。
そういえば方向音痴でした。
テルマが先導する形で、ガンガン進んでいきます。
「お姉さま、どうか無事でいてください! お姉さま……っ!」
★☆★
「おねえさん、人形だったんだねぇ?」
「人形、トモダチ、オトモダチィ!」
「あそびましょ? ねぇねぇいっしょにあそびましょ?」
私が人形とか、ぜんぜん意味わかんない。
わけわかんないまま解放されて、人形たちにぐるりと囲まれる。
怖い、怖いけど……。
これ、ある意味命拾いした、のかな……?
調子を合わせてたら、二人が来るまでの時間稼ぎができるかも……。
「い、いいよっ。なにしてあそぶ?」
声がうわずって震えちゃう。
できるだけ平常心、平常心で……。
「ここはやっぱりぃ、手足のつけかえっこぉ!!」
「……なん、て?」
「手足を外してぇ、他の子たちと交換するのぉっ!」
「目玉のつけかえでもいいよぉ?」
「わたしっ、星のお目目がほしいぃぃ! ほじくり出してもいい? ねぇ、いいよねぇ??」
あぁ、ダメだ。
甘かった。
人形たちの遊びに付き合ったりしたら、私、殺されちゃう……っ!
「べ、べつの遊びにしない……? おままごと、とか、したがってた……でしょ?」
「いやいやいやっ! つけかえっこぉぉぉお!!」
「つけかえっこがいいひとぉぉぉ??」
「「「「「「はぁぁぁぁぁぁい!!!」」」」」」
有無を言わせない、そんな感じだった。
わずかな希望にかけた私の提案があっさり却下されて、そして『つけかえっこ』が始まる。
「まずは、キミからぁ!」
ブチィ!!
「いたぁぁいっ! きゃははハハッ!!」
腕を引きちぎられた人形が、狂ったように笑ってる。
ちぎられた場所から、なぜか血が大量に噴き出しているのに。
心の底から楽しそうに、笑ってる……。
「ボクの腕もブチってしちゃってぇ……」
同じように自分の腕をちぎって、交換。
それぞれが球体関節にむりやりはめ込んだ。
「「これで完成、とりかえっこぉぉっ!! ひゃひゃひゃひゃはっ」」
なにこれ、なんの意味があるの?
なにが楽しいの?
同じこと、これから私にするつもりなの……?
「つぎは、おねえさんの、番ダヨ?」
「ひぅ……っ」
私の肩に、三体の人形が乗っかった。
それから手首を五人の人形がつかんで。
「そぉれっ!」
グイグイと引っ張り始める。
「痛い、痛い痛い痛いぃぃ!!」
本当に引きちぎられるんじゃないかってくらいの、小さな体じゃ考えられない力。
あまりの痛さに、腕の付け根に激痛が走る。
嫌だよ、痛いよ、怖いよぉ……っ!
「……うーん、引っこ抜けないねぇ」
「だったら仕方ない」
「うんうん、仕方ないよねぇ」
ジャキンっ。
すべての人形が、一度しまった刃物をいっせいに取り出して、いっせいに私の顔を見た。
「「「「「ちょん切っちゃおう!」」」」」
「はぁ、はぁっ、えぐっ……、やめ、て……、ひぐっ、こない、で……っ」
どこにも逃げ場がない。
逃げようとしても、操り糸で捕まっちゃう。
もうどうしようもない、このままじゃ殺される……っ!
「ちょきんちょきんっ」
「切ってちぎってっ」
「きれいなおめめも、くり抜いちゃおうねぇ??」
「いや、助けて……っ! 助けてぇぇぇぇぇぇ!!」
目の前にまで刃物がせまって、目をぎゅっとつむったそのとき。
「――お姉さまに、触らないで」
あたたかな何かが体の中に入ってくる感覚。
透明な羽衣が私の体をつつみ込み、人形たちを『バチィン!』と弾き飛ばした。
「こ、これっ、神護の衣っ? テルマちゃん……っ!?」
『危機一髪でしたね、お姉さま。間に合ってよかったぁ……』
テルマちゃんがカベをすり抜けて駆けつけてくれたんだ。
私に憑依して、神護の衣で守ってくれた。
――ということは、あのヒトも。
ドガァァァァッ!!
テルマちゃんからひと足遅れて、ドアが蹴り開けられる凄い音。
ダンジョン保全機能がなければ壊れてるんじゃないかって勢いで、ティアが部屋へと駆け込んできた。
「ブランカインド流葬霊術――」
手にしているのは長剣。
いつもの二刀じゃなく、縦むきにしまってある長剣の方をふりかぶって、
「彼岸の河瀬」
まるで川が流れるような太刀筋で、ひと振りで大量の人形を斬り裂いた。
「ティアも……っ、二人とも、来てくれた……!」
安心感からかな。
涙がぽろぽろこぼれてきます。
さっきからずっと泣いてたけど、コレは違う種類の涙です。
「うっ、ふぐっ、怖かったよぉ……」
「もう安心よ、トリス。こいつら一匹残らず、すぐに私が駆逐してあげる」
『テルマだって、お姉さまにはもう金輪際指一本だって触れさせません!』
頼もしいなぁ、二人とも。
大好き。
「お呼びでないの、来ちゃったねぇ」
「遊びのジャマをされちゃった」
「いけないいけない、いーけないんだぁ」
「こうなったらぁ?」
「「「「「みーんな呼んじゃおー!!」」」」」
ピィィィッ!!
人形の一体が、小さな笛を吹きました。
するとドタドタドタドタと、足音がそこら中から聞こえてきて……。
「なんだなんだぁ」
「どーしたぁ」
「お客さんかしら、オホホほほっ」
た、大量の人形が部屋の中へ。
これ、屋敷中から集まってません!?
「コイツコイツっ、悪いヤツっ」
「みーんなで力を合わせて、やっつけちゃおーよ!」
「「「「「さんせーい!!!」」」」」
いったい何をするつもりかと思ったら、ひとつの人形を中心にして人形たちがどんどん集まっていきます。
手足をバラバラにして、ジョイントをつなげ合って。
断面から血があふれるのも気にせずに、楽しそうに笑いながら合体していくんです。
「いいわね、手間がはぶけるわ」
「いいのっ、これっ!?」
「束になろうと、ブランカインド葬霊士ティアナ・ハーディングの敵ではないわ」
ティア、やっぱりかっこいい……。
って、見とれてる場合じゃありません!
私、今回足を引っ張ってばかり。
ぼんやりせずに、役に立たなきゃ!
人形たちの正体を見極めるために、魔力をためて……開眼!
「綺羅星の瞳!」
……見えたっ!
「人形の中、ひとつひとつに霊魂が見えます! 人間の魂ですっ!」
「なるほどね。犠牲者の魂を人形に閉じ込めて仲間を増やす。こうした輩は生物と同じく、魂を守る『殻』を壊してやればいい」
合体が進行していく中、ティアもふところから赤い棺を取り出します。
ゾッとするほどの威圧感、あれって聖霊を封じた棺だ。
「一気に決めるわ。来なさい、炎の聖霊『サラマンドラ』」
フタが開いて、飛び出してきた真っ赤なトカゲ。
足が左に7本、右に6本ついていて、関節がみっつある足をバタつかせて床を這いまわる。
おまけに目が13個。
正直、かなり気持ち悪いです。
『我が劫火を欲するは汝か――』
ザクッ!
『きょっ』
鳥さんのときと同じでした。
長剣を突き立ててくし刺しにして、赤いモヤとなった聖霊が刀身にまとわりつきます。
「劫火宿せし蜥蜴よ。刃に宿りて、百難全て焼き尽くさん」
長剣がメラメラと炎をまとって、室内の温度が一気に上がりました!
「ブランカインド流憑霊術。すべてを焼き尽くすこの炎で、一網打尽にさせてもらうわね」
「「「そんなこと、できるもんかぁぁ!!」」」
合体を終えた人形が叫びます。
バラバラな種類のいろんな人形たちが、いびつに集まってむりやり人の形をとった、不気味極まりない姿です。
「「「オマエなんて叩き潰して、おねえちゃんとあそぶんだもんねぇぇぇぇ!!」」」
腕の部分を振り上げて、ティアを叩き潰そうとする合体人形。
ですが、その腕が振り下ろされる前に。
「あら? 知らなかったかしら。トリスと遊ぶにはね――」
ボッ!
すでに勝負、ついてます。
何度も巨体が斬り刻まれて、体に火がついて。
まったく反応できなかった人形をしり目に、ティアは憑霊術を解きました。
「私の許可が必要なのよ」
「「「ひぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」」
火だるまです。
耳をつんざくような悲鳴を上げて、人形たちが燃えていきます。
人形なのにも関わらず、血と肉の焼ける嫌な臭いを放ちながら。