20 『歪み』とむき合って
テルマちゃんに『歪み』だなんて。
だって、こんなに優しくて天使みたいないい子なのに。
「今はまだ、ごくごく小さな『歪み』ですな。しかし放っておけば、やがて取り返しがつかなくなる。もし祓うでなく共に在ることを選んだのであれば、一度腹を割って話し合うべきでしょう」
「……えっと」
テルマちゃんの方をチラリと見ます。
表情は――うつむいていて、目元が隠れてしまっていました。
「あ、の……、貴重なアドバイス、ありがとうございます」
「いえいえ。相談料、400ゴルドになります」
「えぅっ!? お金取るんですか!?」
「わしら皆、コレで生計立てとりますでのう」
「うぅ……」
硬貨を二枚、取り出して渡します。
ケーキ一個分くらいのお値段ですが、お財布が少し軽くなりました……。
それにしても話し合い、かぁ。
うん、あとでテルマちゃんと二人っきり、ゆっくり話してみよう。
「……さて。それでお前、今さら戻ってきた用件を言いな」
「無料なのかしらね?」
「内容によるね」
「『ヤタガラス』。知ってるかしら」
「なんだい、やぶから棒に」
「ユウリを殺した葬霊士が所属している――はずの団体よ」
ユウリ――ティアの妹さん。
その名が出た瞬間、大僧正さんの眉がピクリと動きました。
「はず、と来たか。……案の定、飛び出した理由は『あの子』絡みだったわけだね」
「当然よ。あの子を探すため、仇を討つために、あの日から血のにじむような修行をしたのだもの」
「そして筆頭葬霊士の座を与えたあの日の夜、アンタは姿を消した。このクソガキがよ」
「『三本足のカラス』を探したい、探してほしいという、私の頼みを聞いてくれなかったからよ」
「バカ言え。ゼニにならないことに人手を割けるか」
「またゼニ……。あの日も同じこと言ったわよね。あの子より、金の方が大事なの?」
「はぁ……。クソボケが、人を銭ゲバババァみてぇに言いやがって。ま、当たらずとも遠からずだけどよ」
遠からず、なんですね。
問答無用で有料診断しましたもんね……。
「だがな、ユウリを大事に思ってたのはオレも同じよ。同じだが、組織ってぇ手足は一枚岩じゃあない。ゼニが絡んでねぇんなら、末端手の先足の先までもが真剣に動きやしないのさ」
「大僧正……」
「だから最初に聞いたんだ。そいつぁゼニになるのかよってね。で、お前が里を抜け出してまで持ち帰った『ヤタガラス』って名。大当たりだよ」
ニヤリと、大僧正さんが笑います。
「近頃、王都を中心にこんなウワサが立っている。『ヤタなんちゃら』とかいう葬霊士の集団が、『無料』もしくは『格安』で除霊・葬霊を行い、人助けをしているとな」
「ヤタガラス……! 奴らは王都に……っ!」
なんと大僧正さん、すでに情報をつかんでいました!
本拠地候補の場所まで判明です!
「こちとら国中の葬霊家業を一手にになうブランカインド。いきなり出てきた商売敵に価格破壊をされたんじゃあ商売あがったりになっちまう。しかし、ウワサはあくまでウワサ。まだ実害も出ちゃいねぇ。証拠不十分で人員を割けなかったんだが……」
「見たわ。『ヤタガラス』を名乗る葬霊士たちを、この眼でね」
「私も見ましたっ。ていうか助けてもらいました、無料で」
「決まりだね。指示は追って伝える。久々に自分の家で、ゆっくり休んでいくんだね」
★☆★
『ヤタガラス』についていろいろと進展アリ!
帰ってきてよかったね、ティア。
さて、私たちはひとまずティアの家に泊まることになりました。
ですがどうにも気になります、テルマちゃんの『歪み』の話。
聞けばふもとに温泉があるそうなので、ここはあの子とふたりっきりで裸の付き合い。
腹を割って話してみましょう。
ふもとの森の中、石でかこまれた泉が湯気を立てています。
なんとも不思議な光景です。
「あのね、テルマちゃん。私温泉なんて初めてなんだぁ」
手を差し込んでさわってみると……。
「あったかい!」
ほんとにお風呂になってるんだ!
なんて、はしゃいじゃってますね、私。
「テルマちゃんってお湯に入れる?」
「入れますよ。あったかさも感じる……と思います」
「そっかっ。じゃあいっしょに入ろう!」
「……はい」
誰もいないことを確認してから、服を脱いでたたみます。
その間じゅう、なんだか突き刺さるような視線を感じますが……。
「テルマちゃん?」
「――あっ、て、テルマも脱ぎますねっ」
視線の正体はテルマちゃん。
お風呂に入る準備もせずに、私の方をじーっと見つめてきていました。
やっぱりなにか悩みがあるみたい。
相談、乗ってあげたいな――。
パサっ。
「え――?」
――テルマちゃんたち、幽霊の着ている服は実体じゃない。
魂の形みたいなもので自由に消せたりする。
それは知ってた、聞いていた。
だから服がスーっと消えたこと自体には、なんにもおどろいてない。
おどろいたのは、服が消えたとき。
そでのあたりから、赤い髪の毛が大量に散らばって落ちてきたこと。
「……あ、うっかりですっ。そでの下に貯め込んだままでした」
てへ、やっちゃいましたっ。
そんな感じでお茶目に舌を出してるけど……。
そ、それ、私の髪の毛……っ、だよね……?
「ほらほらお姉さまっ。裸のままでなにをぼんやりしてらっしゃるんですか? 早くお湯につからないと、お体が冷えちゃいますよ?」
「う、うん……っ」
どうして私の髪の毛なんか集めてたの?
わかんない、怖いよ……。
怖いけど、きっと今テルマちゃんから逃げ出してしまったら、取り返しがつかなくなる。
決定的な『何か』が壊れちゃう。
だから私、逃げません。
ちゃんとお話するって決めたんだから。
温泉に入ってみると、ちょっと熱め。
でも入れないほどじゃない、感じです。
「――わぁ、あたたかいですねっ。幽霊の身ですが、しっかりと温もりを感じます」
「そ、そうなんだっ! うん、よかったねっ」
……どうしよう、なんて切り出したらいいんだろう。
髪の毛のこと、聞いちゃっていいのかな。
えーっと、うーんと……。
……そうだ!
「あ、あのね、テルマちゃんっ。私、また新しくできること増えたんだよっ」
「まぁ、おめでとうございますっ!」
「ありがと。よーし、見ててねぇ……!」
綺羅星より気持ち優しめに、魔力を集めます。
流れる星をイメージして、瞳に魔力を循環させるような感じで……、開眼!
「流星の瞳! ……どう? できてるかなっ」
霊の記憶を覗き見る技。
感覚を思い出して、鏡の前で練習したのです。
「バッチリです、お姉さまっ。流れ星のように小さな光がキラキラと流れていって。……本当に、キレイな瞳」
……あれ?
テルマちゃん、こっちに近づいてくる?
「瞳だけじゃない。キレイですよ、お姉さま。お髪も、顔も、一糸まとわぬその肌も。何よりそのお心も」
「テルマちゃん……?」
「キレイです。キレイすぎてテルマ、どうしようもなく惹かれてしまって……」
思わず後ずさってしまう。
けど、すぐに温泉のふちに背中が当たって。
そうこうしているうちに、テルマちゃんはもう目の前に。
「けれどテルマは悪い子だから。お姉さまがティアナさんと仲良くするたびに、どんどんモヤモヤが大きくなっていくんです」
「テルマちゃん、一回落ち着こ? ねっ?」
「怖いです。テルマ、どんどんテルマじゃなくなっていくみたい。お姉さまがテルマをおかしくしたんですよ?」
なんか、テルマちゃんの胸のあたりに黒いモヤが見える。
どんどん、どんどん大きくなっていっている。
まさかあれって『歪み』……?
「どうすればいいのか、もうわかんないんです……。お姉さま……、お姉さまをテルマだけのモノにすれば、モヤモヤは消えますか?」
このままじゃ、テルマちゃんが歪んじゃう。
なんとか、早くなんとかしなきゃ……!
「お姉さま、お姉さま……っ」
すがりつくように抱きついてきたテルマちゃん。
肌と肌が重なり合って、至近距離にかわいらしい顔があって……。
「お願いです、お姉さま。これからずっと星の瞳に、テルマだけを映してください。テルマのこと、全部受け入れて……」
どんどん、どんどん顔が近づいてくる。
あぁ、もう受け入れちゃうのもいいかな。
なんて思ったその瞬間。
パっと、視点が切り替わった。
えっ……。
な、なにこれ……とか、前の私ならうろたえちゃってただろうけど。
『――もう三度目だもんね。コレが何か、もうわかるよ』
流星の瞳。
霊の記憶を『視る』力。
つまりこれは霊の――テルマちゃんの記憶の中だ。
「テルマ、こっちにいらっしゃい?」
「はいっ、お姉さまっ」
古い建物の、寝室かな?
お布団の上で手招きする長い赤髪の女のヒト。
あのヒトが、テルマちゃんの『お姉さま』。
「とうとう明日――なのね」
「いよいよ明日ですっ! 明日テルマは、神様のところへ行くんですよっ! とっても名誉なことですっ!」
「そうね。……そうねっ」
ぎゅっ。
『お姉さま』、テルマちゃんをぎゅって抱きしめました。
胸元に顔をうずめて幸せそうなテルマちゃん。
このとき気づかなかったみたいですが、『お姉さま』泣いてます。
「今日はこのまま、ぎゅっとしたまま。私といっしょに眠りましょうね?」
「はいっ! お姉さまにぎゅってされるの、とってもとっても落ち着きます。テルマ、お姉さまが大好きですっ」
……そっか。
テルマちゃんにとって『お姉さま』って、とっても大事な存在だったんだね。
そんなヒトと重ねてもらえて、私、きちんとテルマちゃんに答えてあげられてたのかな。
きちんと、向き合えてあげられてたのかな……。
視界がはじけて、止まっていた時が動き出す。
目の前にいるテルマちゃんを、もう怖いだなんて思わない。
記憶の中の、『お姉さま』みたいに――はできないかもしれないけど。
「テルマちゃんっ!」
ぎゅっ。
形だけでも、この子のお姉さまになってあげたい。
同じように、テルマちゃんをぎゅーっと抱きしめます。
「あ……。お姉、さま……?」
私の胸に顔をうずめたまま、戸惑いの声があがります。
「あのね、テルマちゃん。テルマちゃんの気持ちには、今はまだ。まだ答えられない……かな」
「……『まだ』なんですね。だったら期待しちゃいますよ?」
「あはは……。でもね、テルマちゃんのお姉さまには、なりたいって思ってる。テルマちゃんにとって、お姉さまってきっととっても大事なヒトだったんだよね?」
「はい。とっても、とっても大事です」
かみしめるように、いろんな思いが詰まった一言。
小さな頭をなでなでしてあげながら、私もせいいっぱいの気持ちを伝えます。
「真似っこなんてできないし、したくない。だけどいっしょに寝たり甘やかしたり、できること全部してあげたいんだ。そんな大切なヒトと同じ呼び方を私にしてくれるテルマちゃんが、私も大好きだから」
「……後悔しませんか? テルマ、とっても悪い妹ですよ? お姉さまの髪の毛集めたり、こっそり匂いを嗅いだりしちゃいます」
「いいよ、そのくらい」
「えっちなことも考えちゃいますよ? 今だって……」
「それは……、まぁうん。いいよ?」
いい、のかなぁ。
まぁいいや。
「……うっ、うぅっ。お姉さま……っ、お姉さまぁ! ごめんなさい、怖がらせちゃってごめんなさいっ!!」
とうとう泣き出しちゃったテルマちゃん。
よしよししながらこっそり髪の匂いを嗅いじゃったから、きっと私もお互いさまだよ。
星の瞳が映していた、この子の胸のモヤモヤも、涙といっしょにお湯の中へとキレイに消えていきました。