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19 ティアの故郷に到着です



 グレイコーストの町から北へ街道を歩いて五日ほど。

 王国の北西に位置する山岳地帯の奥深くに、ティアの故郷はありました。


 白い霧が立ち込める山深く。

 岩肌をむき出しにした岩山が天をつらぬくようにそびえ立っています。


「到着よ。ここが霊峰ブランカインド。葬霊士たちが暮らし、修行の場とする霊場ね」


 普通のヒトには霧で見にくいでしょうけど、私の眼ならバッチリ見えます。

 岩肌に彫られた階段や通路、家。

 まるで大きな街の大通りを行くかのように、険しすぎる道をスイスイ進む葬霊士さんたち。

 そして頂上に鎮座する、とっても立派な建物まで。


「と、とんでもないトコで暮らしてたんだね、ティア……」


「出ていくまでは、とんでもないって自覚なかったわ。生まれたときから『コレ』が普通だったから」


「なんだか、テルマが住んでいた神殿のような神聖な空気を感じます」


「表向き、知る人ぞ知る聖霊をまつる秘境の隠れ里として通っているわ」


「つまり、信仰心が集まってる! テルマちゃんにもいい場所だねっ」


「はいっ! なんだか元気が出てきて、心のモヤモヤ消えちゃいそうですっ」


「……モヤモヤ?」


「あ、なっ、なんでもありませんっ!」


 なんでもなくないでしょうに、ごまかしちゃうテルマちゃん。

 正直すぎてウソが下手なんだから。


 最近少し悩んでたっぽいし、悩み事でもあるのかな。

 たとえば、私から離れる手がかりがいっこうに見つからないからとか。

 ここの葬霊士さんの中になら、この子を助けてあげられるヒトもいたりして……?


「では、行きましょうか。霊山頂上、葬霊士の総本部へ」



「はひっ、はひ、はひぃ……。ま、まってぇ……」


 こ、この山、登るの大変です……。

 急な階段に急な坂、せまい足場にロクな整備もされてない道。

 暮らしが修行、という感じなのでしょうか……。


「お姉さま、息も絶え絶えですね……」


「息絶えそうね」


「うまいこと言ってないでぇ、はひっ、ちょっと休もうよぉ……っ」


 頂上までは、あと半分ってところでしょうか。

 道行く葬霊士さんや参拝者さんたちが、へたり込んだ私をスイスイ追い抜かしていきます。


 ……っていうか、テルマちゃん見て驚いてるヒト何人もいましたね。

 さすが本拠地。


「休むと言ってもね。休める場所も少し先よ」


「そんなぁ……」


「……仕方ないわね」


 ひょいっ。


「え……っ、わっ、ひゃっ!?」


 い、いきなりのお姫様だっこ!?

 そんなの、心の準備ができてませんよぉ!


「これで問題解決ね。手早く一気に頂上まで行きましょう」


「べ、別の問題がぁ……」


 見てるヒトたくさんいるんだからぁ……。

 道を無視して岩場を駆け上がりはじめちゃうティアの顔、腕の中から見上げていたら。

 とってもりりしくて素敵な顔が見えちゃって、もう、もうダメかもしれません……。


「……お姉さま」



 こうしてあっという間に頂上に到着。

 到着、したのですが……。


「トリス? 顔、赤いわよ。空気が薄いからかしら」


「そ、そういうわけじゃ……」


 はずかしさとかなんとかで、もういろいろと限界……。

 気を紛らわすため、まわりの景色を確認します。


 頂上は思ってたよりずっと広くて平らです。

 最初っからこうだったというよりは、誰かが力技で整地した感じかな。


 で、平らな頂上にあるものは、下からも見えてた立派な建物。

 一階建てだけどやたらと広くて大きくて、教会みたいな装飾がところどころにほどこされてる。

 建てられてからかなりの時間が経ってそう。


「この建物、相当な年代物だね」


「本殿よ。1000年前からあるわ」


「1000年!?」


「テルマより年上ですっ!」


 ……そう考えるとテルマちゃんも相当だね。

 つまりハンネスタ大神殿よりさらに500年も前に建てられた建造物。


「そんなに昔から、葬霊士さんって活躍してたんだ」


「正確な起源が定かではないほどに、ね。おそらく悠久の昔から、連綿と続いてきたのでしょう」


「ほへぇ~」


 信仰心に満ちた清浄な空気と、歴史ある建物。

 なんだか背筋がピンとのびる思いです。


「……元気になったようですね、お姉さまっ」


「うんっ、もうバッチリ! じゃあ行こう、中も案内してよっ」


「えぇ、こっちよ」


 葬霊士さんの総本山の、いよいよ中心へ。

 おごそかな気分で門をくぐり、本殿の中に入ります。


 入り口から入ってすぐ、礼拝堂がありました。

 参拝者さんたちが床に敷かれた布の上に正座して、奥にある鳥のようなヒトのような像に祈りをささげていますね。


 ティアのあとをついて、さらに奥へ。

 すると礼拝堂のすみっこに立っていた女の葬霊士さんが、ティアの顔を見てビックリ。

 目を丸くして声をかけてきます。


「アンタ、ティアナじゃない!? いったいいつ帰ったのよ!」


「今よ」


 ファサァ、と髪をなびかせながらクールに答えるティア。

 そのヒトが聞きたいこと、そういうんじゃないと思うよ……。


「今よ、じゃないわよ……! とつぜんいなくなって、みんなどれだけ心配したと――あら、そちらの方は? 霊もいっしょね」


「あっ、はじめまして。ティアナさんのお供してます、トリスです。こっちは私にとりついてるテルマちゃん」


「どうも、幽霊やってますテルマですっ」


「これはこれはご丁寧に……。今回は除霊してもらいに?」


「そういうわけではなくて。えーっと……」


「大僧正に会いに来たわ。いるかしら」


 大僧正さん、きっとここで一番えらいヒトですね。

 その名が出たとたん、このヒトさっき以上に目をまんまるにしました。


「いるけど――会うの!? 本気!?」


「当たり前じゃない。なにか問題が?」


「……殺されるわよ?」


 お、怒られるを通りこして殺される、ですか……。

 ティアが黙って出てきちゃったの、そんなに怒っているのでしょうか。


「殺されないわ。私、強いもの」


 ファサァ、と髪をなびかせて。

 ティア選手、天然っぷりをいかんなく発揮しております。


「あぁもう、知らないんだから。奥のいつもの部屋にいるからさっさと行って雷落とされてきなさいっ!!」


 とうとうさじを投げられちゃった……。

 ドヤって通るティアの後ろを、葬霊士さんにペコペコ頭を下げてからついていく私です。



 礼拝堂のさらに奥へすすむと、木製の年季が入った廊下が続きます。

 カベも木製、果たしてこれら1000年ものなのでしょうか。

 私の瞳による分析では……、定期的に張り替えてますね、これ。


「トリス、テルマ。ついたわ、ここよ」


 本殿の奥の奥、一番奥の両開きの立派な扉。

 うねうねと波紋をぐちゃぐちゃにしたような装飾がほどこされた金属製です。

 ここが大僧正さんのお部屋なわけですね。


「ティア、くれぐれも低姿勢でね? 火に油をそそぐようなマネ、ぜったいにしないでね?」


「――善処するわ」


「全力で遂行して」


 さて、いよいよ大僧正とのご対面ですね。

 ティアが扉の前に立って、コンコンとノックします。


「大僧正、いるかしら? ティアナよ、帰ったわ」


 …………。

 返事は帰ってこない。

 留守、なのかな。

 でもさっきの葬霊士さん、いるって言ってたし。


「……開いてるわね。入りましょう」


「いいの!? 勝手に入っちゃって!」


「心配しないで。さっきから不安がっているようだけど、早くに両親を亡くした私たち姉妹を、大僧正はじつの孫や娘のように育ててくれた。堅苦しい間柄じゃないから大丈夫」


「ティ、ティアがそう言うなら……」


 さっきから見せてる天然さんみたいな態度も、大僧正さんへの信頼の裏返しなのかな。

 おうちに戻ってきて気がゆるんじゃってる、って感じかも。

 そう考えるとちょっとかわいい。


「邪魔するわよ」


 ギィ、と音を立てて扉が開きました。

 大僧正さんのお部屋の中は、とっても広いです。


 真っ赤なじゅうたんが床一面に敷いてあって、部屋の左右には霊にまつわっていそうな、なんだかすごそうな道具が並んだ棚。

 部屋の奥にデスクがあって、その後ろにはガラス張りのカベ。

 さらにむこうには庭園が広がっています。


 で、肝心の大僧正さんの姿は、やっぱりありませんでした。


「……留守?」


「の、ようね。少し待たせてもらおうかしら」


 平然と入っていくティアについて、私も室内へ。

 部屋の真ん中あたりまで来たとき、真上になにか違和感を感じました。


「んぅ?」


 なんの気なしに見上げてみると、そこには。

 長ドスを持った小柄なおばあさんが、天井に張り付いていたんです。


「ひっ……!」


「キエエエェェェェェェェェェッ!!!!」


 奇声をあげて背後からティアに飛びかかるおばあさん。

 対するティアも背をむけたまま、十字架の真ん中にさした長剣を少しだけ抜いて斬撃を受け止めました。


「……いたのね、大僧正」


「貴様ぁ、どのツラ下げて戻ってきたぁ! あぁぁぁぁん?」


 おばあさん、飛び離れて四つん這いで着地。

 そのまま獣のように駆けて、双剣を一本だけ抜いたティアに斬りつけまくりです。


「ちょ、ちょっと怒りすぎよ。少し落ち着いて……」


「これがキレずにいられるかッ! 流派の筆頭として認め、霊山の至宝たる『聖霊』を三つもさずけたというに持ち逃げしやがってッ!!」


「それは……、くれたから……」


「あずけたんだよッ、このボケがッ!! さては貴様天然か? そうだな天然だったなァ!!」


 ティア、本気で困ったというか、怒られた子犬みたいな顔してる。

 こんなに怒ってるなんて思ってなかったのかなぁ……。

 ともかく、このままじゃ終わりそうにないので。


「あ、あのぉ、大僧正さん……ですか?」


 おそるおそる声をかけてみると、おばあさんの動きがピタりと止まった。


「……おやおやまぁまぁ、お客さんでしたか。霊峰ブランカインド総本殿へ、ようこそお越しくださいました」


 い、一転の低姿勢……。

 腰を低くしてにこやかな笑顔を浮かべながら応対してくれました……。


「わしはブランカインド流葬霊士の元締めをやっております、イータス・レイコールと申しますですじゃ。なにとぞお見知りおきを」


「あ、はい、ご丁寧にどうも。私はトリス・カーレット。一応、冒険者です」


「テルマはテルマ・シーリンです。幽霊やってます」


「あらあら、かわいらしい上にできたお嬢さん方。今日は除霊で? 受付けなら礼拝堂の右手に――」


「そうじゃなくって、ティア――ナさんの付き添いですねっ」


「なんと、付き添いの方。それはそれは、『さぞ』『苦労』『した』ことでしょうなぁ」


 横目でティアのことにらんでる……。

 一句ごとにくぎって、すっごい強調してるし……。


「しかし、除霊でないとは。見たところそこの幽霊のお嬢さん、――ごくわずかですが、『歪み』が見てとれますぞ?」


「えっ」


 ウソ、だよね。

 テルマちゃんが、『歪んでる』……?



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