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18 三本足のカラス



 私、おどろいちゃいました。

 ティアが今まで見たことないような怖い顔をしたことも。

 生きているヒトに剣をむけたことも。


「仇……? 情報? 待ってください、なんのことですかっ!?」


 あのヒト、タントさんっていったっけ。

 本気で困惑して、意味がわからないって感じの表情だ。


「とぼけても……ムダよっ!!」


 対するティアは問答無用でタントさんに斬りかかる。

 二刀をまとめて振り下ろして、十字架の剣で受け止められ、つばぜり合いの状態に。


「答えなさい……! あなたたちは何者なのか、『三本足のカラス』の紋章の意味はっ!」


「ボクらに――『ヤタガラス』について知りたいのですか……? そんなことでいいのでしたら、なにも襲いかかってこなくても。知ってる範囲で教えてあげますよ?」


「そうだよティアっ! まずは話し合おうよ!!」


 相手が悪いヒトなのか、それすらわかんないまま刃をむけるだなんて、絶対によくない。

 ううん、タントさんは悪いヒトじゃない可能性の方が高いって思ってる。

 だって私もエステアさんも助けてくれたんだもん。


「ねっ、ひとまず落ち着こう? 落ち着いて話をしようよ」


「お姉さまの言うとおりですっ。ここはいちど剣を納めて――」


「――おやぁ?」


 ぐるり。

 首を回したタントさんの、見つめる先にはテルマちゃん。


「霊がいますねぇ? いけません」


 ギンッ!


 剣をはじいた一瞬のスキをついて、こちらへ走り寄ってきました。

 すごい速度で、殺気をまきちらしながら。


「……っ! テルマちゃん、私の中へ!!」


「はいっ!!」


 すぐに私に憑依させて緊急避難。

 ところがタントさん、かまわず剣を振り上げた。


「うそ……っ」


「霊は斬らなきゃ。ヒトに憑りつくような霊は、特に念入りに……」


『っ、神護の衣!!』


 振り下ろされる刃。

 直後、展開された透明なはごろもが私の体を覆い隠して、


 バチィンッ!


 銀の刃をはじき返した。


「おや、よく見れば昼間助けた方ではないですか。すばらしい防御魔法を使いますね。これはなかなか手こずりそうです」


「どう、して……? どうしてテルマちゃんを……」


「心配いりません。ドライクレイア式葬霊術、魂削りの刃(ソウル・イレイザー)。 あなたの肉体に傷ひとつつけることなく、憑いた霊のみを斬れますので」


「そうじゃなくってっ!! テルマちゃんは悪い霊じゃないの! だからやめてっ!!」


「……おや? そうなのですか? 悪霊ではない……、と。それは失敬。しかしそれ、霊を葬送しない理由にはなりませんよね?」


 なんなの、このヒト……。

 心の底から意外そうにつぶやいて、自分の非を認めて。

 それでも意思を曲げないまま、瞳のうちに狂気すら宿して、もう一度剣を振り上げる。


「――わかったでしょう、トリス。やはり『こいつら』、まともじゃない」


 その背後から、さらに双剣を振り上げるティア。

 タントさん、すぐさまふりむいて攻撃をガード。


 目の前で火花散る斬り合いがはじまって、私、腰が抜けちゃいました。

 その場にぺたんと座り込みます。


「……ティアっ、あのヒト、わかんない……。わかんないよ……っ」


 わかんない、わかるのは『怖い』ってことだけ。

 あのヒト『善意』しかなかった。


 私を助けたい、霊を祓いたい。

 ただそれだけしか感じなかった。

 だからこそ――怖い。


「なぜ邪魔をするのです。助けを求める人の前で見て見ぬふりをしていたり、霊に憑りつかれた人と行動をともにして放置していたり。あなた本当に葬霊士ですか?」


「ものごとにはね、必ず理由があるものなのよ。部外者がいたずらに首をつっこむものじゃない」


 ガギィン……ッ!!


 何度も武器をぶつけ合う斬り合いから、二人はいったん間合いを離します。


「あなたがすべきは大人しく――『ヤタガラス』とは何なのか、一から十まで吐くことよ」


「知りたければ教えてあげると、先ほど言ったと思うのですか。だのに腕ずく力ずく。よくないですよ、そういうの」


「あらそうなのね。だったら教えてもらおうかしら」


「もちろんです。人助け――あなたの助けになるのなら、喜んでお教えしましょう」


 とってもいい笑顔を浮かべたタントさん、喜びに満ちた感じだな……。

 そんなあのヒトが口にした、『ヤタガラス』の正体は――。


「ボクたちヤタガラスは、悪霊に苦しめられる人々を救うために活動する『葬霊士』の集団です」


 到底、ティアが納得できそうな答えじゃありませんでした。


「……はぁ」


 失望したようなため息とともに、ふところから赤い棺を取り出します。

 鳥さんじゃない、ちがう聖霊……?


「もういいわ、話にならない。仲間のところへ連れて行きなさい。さもなくば、ここであなたを『霊にする』」


「殺す……といった意味合いでしょうか。ダメですそんなの。――ボクも本気を出さなきゃいけなくなる」


 対するタントさんも、棺を取り出しフタを開けました。

 解き放たれたのはさっき斬られた二人の悪霊、ただし黒いモヤのままです。

 まるで渦を巻くように周囲を旋回して、呼応するようにあのヒトの魔力もふくれあがっていって……。


「いくわよ。ブランカインド流憑霊術――」


「いきますよ。ドライクレイア式()霊術――」


「そこまでだ」


 とつぜんの制止の声。

 二人の激突を止めたのは、タントさんの背後にいきなり現れた大柄な男のヒト。

 同じく葬霊士の格好をして、同じく胸元に『三本足のカラス』があります。


 本当に、本当にとつぜん現れました、あのヒト。

 おそらく仲間に合流するタイプのワープ系魔法を使ったのだと思います。


「ゲルブさん。どうして止めるのです?」


「生者同士で戦う必要がどこにある。冷静になれ」


「……失念しておりました。我らが剣をむけるは、ただ霊に対してのみ……でしたね」


 タントさんが悪霊を棺にもどして、剣を納めます。

 戦い、やめる気になったみたいです。

 ……ティア以外は。


「待ちなさい。私の用事がまだ終わってないわ」


「そうか。我らの方に用は――いや、待て。あの娘は……」


 な、なんでしょう。

 大きな葬霊士さん、私の方見てビックリしてます。


「ゲルブさん、いかがしました?」


「……気にするな。退くぞ」


 ところがゲルブと呼ばれたヒト、すぐにタントさんの肩に手を置いて、


「待ちなさ――」


 シュンッ!


 直後に二人は消えちゃいました。

 近場にワープする魔法、と予想がつきますが、陸の方には森が広がっています。

 どこに行ったかわかりません。


 私の星の瞳(トゥインクル・アイズ)がダンジョン限定でなかったら、ティアのために追えたのですが……。


「……っあぁあぁぁぁ!!!」


 ドガッ!!


 悔しさを隠そうともせず、剣の柄で足元の岩場を殴りつけるティア。

 立ち尽くす私の中からテルマちゃんがひょっこり顔を出します。


「あ、あの……。お姉さま、お怪我は……?」


「うん、大丈夫だよ。私は大丈夫。テルマちゃんこそ、怖かったよね?」


「い、いえ……。テルマなどよりも、ティアナさんが心配です……」


「だよね……」


 せっかく妹さんの仇と、妹さんの居場所の手がかりが見つかりそうだったのに。

 なんて声をかけたらいいのかわかんないよ……。


「あ、あの、ティア……」


「――見苦しいところを見せてごめんなさい。心配いらないわ」


 おそるおそる声をかけてみると、ティアは何でもないように言いながら立ち上がりました。

 なんでもないように剣を納めて、なんでもないように後ろ髪をなびかせて。

 なんでもないわけ、ないのに。


「私などより、今あなたが心配するべきは『彼女』の方じゃないかしら」


 『彼女』とは、さっきまで自分が殺して悪霊にした二人に襲われていたエステアさん。


「あひゃっ、あひゃっ、えへへへひひゃはははっ」


 殺意に歪んだ霊が体内に入っちゃったからかな。

 よだれを垂らして、鼻水と涙もダラダラ垂らして、心の底からおもしろそうに笑い転げてる。


「完全に狂ってしまっているわね。ああなってしまえば元には戻れない。悶死するまでこのままでしょうね」


「そんな……っ」


「ひとまず街には連れて帰りましょう。そのあと『実家の豪商さん』が彼女をどうするか……。まぁ、私たちには関係のないことね」


 いつものようにクールにふるまってるけど、やっぱりどこか様子の違うティア。

 笑い続けるエステアさんを担ぎ上げて歩き出すあのヒトに、私もテルマちゃんも、それ以上なにも言えませんでした。




 ギルドにエステアさんをとどけて、ダンジョンの遺体回収を依頼して、事件の後始末を終えたあと。

 お昼に除霊をしたビーチで、すこし休んでいこうって話になりました。


「夜の海辺ね……。体、冷えるわよ?」


「平気だよ。体温高いもん。ティアは厚着だし」


 となりに腰を下ろすティア。

 そうしてしばらく続いた沈黙を、破ったのは彼女から。


「驚いたでしょう? 情けないと思ったかしら。アレが本当の私なの。クールぶってとりつくろっているだけで、昔と何も変わらない」


 そんなことないよ、なんて。

 きっとあなたが欲しいのは、そんな慰めじゃないよね。


「……教えてほしいな」


「何を――?」


「昔のティアのこと。これまでのこと。ぜーんぶ知りたいの。ダメかな」


「……いいのかしら。きっと幻滅しちゃうわよ?」


「しないよ。かわいいトコあるの、もう知ってるもんっ」


 ――それからティアはいろいろ話してくれました。

 いろいろと妹さんに――ユウナさんに頼りきりだったころのこと。

 霊峰ブランカインドという場所で生まれ育ったこと。


 ……妹さんの身に起きた悲劇と、『三本足のカラス』を追うために無断で故郷を飛び出してしまったことまで。

 つらさをこらえて、話してくれました。


「奴らをまともじゃないと言ったけれど、それは私も同じなの。いいえ、私や奴らだけじゃない。霊にかかわる者はすべからく、狂気に片足を踏み入れている」


「……私も?」


「ハッキリ言って相当よ? あなたのそのお人よし」


「うえぇ」


「……もしかしたら、トリスが正しいのかもしれない。奴らは人助けのため除霊をすると話してた。私怨を晴らすためにブランカインドを飛び出した、私の方がよっぽど……」


「じゃあさ、戻ってみる?」


「戻る? ブランカインドに? 今さらどの面を下げて……」


「戻ろうよ。『ヤタガラス』、一人で闇雲に追いかけるよりも、みんなに探してもらった方がずっと早く見つかるに決まってる」


 飛び出してきちゃったことに引け目を感じているのなら、なおさら戻ってほしい。

 ……なんて、まったく同じことをした私が言えたことじゃないけど。


 だけど許してもらえれば、ティアの心はきっと軽くなる。

 少しでも、つらい思いをなくしてほしいから。


「……くすっ。かなわないわね」


 わぁ、よかったっ。

 やっと笑ってくれました。


「いいわ、戻りましょう。感知SSを誇るあなたの道案内、信じるわ」


「うんっ! テルマちゃんも、それでいいよね?」


「…………」


「テルマちゃん?」


「あ……。すみません、ぼんやりしちゃってました。はいっ、異論ありません!」


 どうしたんだろう……。

 葬霊士の総本山に行くのが不安、とかかな。

 それともやっぱり、祓われそうになったばっかりで怖いとか。


 ともかく、次の目的地決定です。

 ティアの生まれ故郷、なんだか楽しみです。



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― 新着の感想 ―
[一言] ということはティアラの妹は… と思ったわけです。
[一言] >>我らが剣をむけるは、ただ霊に対してのみ ということは…
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