173 あの頃のように、また三人で
あったかい温泉のなか、私は愛娘のティルちゃんを後ろから抱きかかえています。
ぬくぬくでとってもあたたかいリラックス空間ですが、腕の中のティルちゃんはすこし縮こまり気味。
なぜならお母さん、ちょっと怒っているからです。
「ご、ごめんなさいお母さまぁ……」
「ティルちゃん、お母さんがどうして怒っているかわかりますか」
「と、とつぜん押し倒してえっちなことしようとしたからです……」
「そのとおり」
無理やりはいけません、無理やりは。
お母さん、そんな子に育てた覚えありませんよ。
「うぅ、反省していますぅ……。どうにも気持ちが抑えきれなくなってしまって……」
「反省してるなら許しますっ」
じつはあんまり怒っていませんし。
あくまでちょっと怒ってるだけ。
ビックリや喜びの方が大きいのです。
「……ねぇ、ティルちゃん。ホントにテルマちゃんなの?」
「はい、ティルはテルマですよ、お姉さまっ」
「そっか、ホントなんだ……」
思わずぎゅっ、と強く抱きしめちゃいます。
「嬉しい……。ずっとずっと会いたかったんだよ……」
「テルマもです……」
ぴったりと体を寄せ合います。
これじゃあ親子じゃなくて恋人みたいです。
まぁ、じっさいに『テルマちゃん』と私は恋人同士なのですけれど。
しかし、気になることもあります。
この子は私がお腹を痛めて産んだ子でもあるので。
「ね、ティルちゃんはテルマちゃんなの? タントお姉ちゃんとユウナさんみたいに、別の人格だったりとか?」
「いえ、ホントにティルはテルマなのです。ティルのまま、テルマの記憶がよみがえった感じなのですよ」
「そうなんだ」
二重人格じゃなく、まったくの同一人物。
んー、不思議なカンジです。
「……んぅ? よみがえった? ってことは、最初っからテルマちゃんの記憶を持ってたわけじゃないんだ」
「もちろんですっ。もしも記憶があったのなら、普通の親子として過ごせているわけありませんっ」
そ、そのわりにはティルちゃん、スキンシップが過剰だった気もするけど。
私のお布団のなかでお胸を触ってきたり、なにかとキスをせがんだり。
ティアには私ほどなつかないし……。
「思い出したのはつい最近です。お母さまたちが王都に出張に行っちゃう少し前ですね」
「ホントに最近だね」
「会えないさみしさは、お姉さまの髪をあつめてまぎらわせました」
「まぎらわせ方がおかしいよぉ……」
ともかくティルちゃん、ホントのホントにテルマちゃんです。
やっとあの子を見つけられました。
血のつながった娘っていうのが、なんだかとっても複雑ですが。
「……あのときの約束、やっと果たせたね」
「いっしょに温泉に入ろうね、ですか?」
「うん。……私、ずっとね? テルマちゃんを助けられなかったことが心残りだったの。『みんな』を助けたかったのに、結局最後は逆に私がテルマちゃんに助けられちゃった」
聖霊たちもブランカインドも、シャルガのヒトたちも、もちろんティアや大事なヒトたちも。
聖霊神やヒルコだって助けることができました。
ただ一人、テルマちゃんをのぞいては。
「だからね、また会えてとってもうれしい。今度はどこにも行かないでね……?」
「もちろんです。もうどこにも行きません」
見つめ合って、かわす口づけ。
親子なのにいいのかな、とも思いますが、恋人同士だし、いいよね。
「……ですがお姉さま、テルマを助けられなかった、というのは違います。テルマ、お姉さまにたくさん救われたのですよ?」
「そう、かな……?」
「そうですよ。たくさん助けてくれました。それに、家族にしてくれるって約束だって守ってくれた」
天使のような笑顔を浮かべるテルマちゃん――ううん、ティルちゃん。
私の娘として、とびっきりの笑顔を見せてくれます。
「お母さまっ。ティルを産んでくれてありがとうございますっ」
「……えへへっ。どういたしましてっ」
★☆★
「――というわけで、ティルちゃんはテルマちゃんでしたっ」
「…………そう、なの……?」
ティアの目がまんまるになっています。
おくちもあんぐりしています。
ちょっと面白いです。
「えっと、ティアナお母さま。ティルはテルマなのです。お母さまの言う通りなのです」
「……そう、なの……。……???」
その日一日、ティアは目をまんまるにしたままゴハンを食べて、家族だんらんを過ごして、ベッドに入りました。
もちろん家族三人川の字。
ですが真ん中は私です。
いつもならティルちゃんが真ん中なのですが……。
「えへへっ、お母さまぁ。すんすん、すんすん。いいにおいですぅ」
「……ティル。あなた本当にテルマなのね」
あ、ティアの目がやっと元に戻りました。
ようやく現実を受け入れてくれたみたいです。
「正直、にわかには信じられなかったけれど……」
「ホントにテルマですよ。なんならテルマしか知らないこと、言ってみせましょうかっ」
「いえ、結構よ。ただ飲み込むのに時間がかかっただけ……」
そりゃティアの場合は、私より受け入れるのに時間かかるよね。
裸で押し倒されたわけでもないし。
「……それでティル? 今後はこれまで通り、トリスと親子として過ごしていくわよね?」
「どうしてですか? ティルは覚えていますよ、ティアナお母さま。テルマとお姉さまもまた恋人同士なのです」
「けれど、あなたはもうティルよね。トリスの娘よね」
「そのようなもの、愛の前には障害になりません!」
「……」
「あ、あのねティアっ。私としては、そのぉ。テルマちゃんのことも受け入れてあげたいっていうか……」
「……はぁ。わかったわよ。『テルマ』と約束したものね」
「公認いただきましたっ」
ティルちゃんが生き生きしています。
かわいい娘がうれしそうで、お母さんもとっても嬉しいよ……。
「ではお姉さまっ。恋人のときはお姉さま、娘のときはお母さまと呼ばせていただきますねっ」
「うん、じゃあ私も。ティルちゃんとテルマちゃんで、そうやって呼び分けるね」
「はいっ、では――」
「うん。寝よっか。ティルちゃん」
「え……。いえ、その、おね――」
「ティルちゃん?」
「……は、はい、お母さま」
「よろしい」
お母さま、ちょっと今日は旅の疲れが抜けていません。
イチャイチャするより家族三人でぐっすりと眠りたいのです。
それからしばらく、寝室に沈黙が続きます。
みんなもう寝入っちゃったかな、とか思ったときでした。
「……ねぇ、ティル。ううん、テルマ」
「はい……、なんでしょう」
ティアがぽつりと口をひらいて、ティルちゃんも答えます。
ふたりとも、まだ起きてたんだ。
ふたりのあいだで目を閉じて、寝たフリしたまま耳をかたむけます。
「私もトリスも、あなたのことを忘れた日なんて一日もなかった。いつかあなたを探してトリスに会わせてあげたいって、ずっと思ってた」
「……」
「あの子は底抜けにポジティブで、だからあなたがいなかったこの10年間も、心から笑えていたんだと思う。けど、あの子はきっといつもあなたを探してた」
「そう、なのですか……?」
「人ごみにくるといつも視線は誰かを探してた。誰かれかまわず困っている人を助けにいった。もちろん生来の人助け気質もあるだろうけど、一番の理由は間違いなくあなたよ」
「お姉さま……。ずっと、テルマを探していてくれたのですね……」
「……きっとあの子は、これからも人助けを続けていく。けど、『誰かを探して』ムチャなことにまで首を突っ込むことはもうないわ。あなたをやっと見つけたから」
心配、かけちゃってたのかな。
ずっと私を見てくれていたんだ。
ありがとう、ティア。
「テルマ」
「……はい」
「私たちのあいだに生まれてきてくれてありがとう。家族になってくれて、ありがとう。……言いたかったことは、それだけよ」
「……テルマこそ、ありがとうございます。おふたりのあいだに生まれてこられて、ティルは幸せ者ですっ」
……そこで会話は終わり。
ティアが私に寄り添って、ティルちゃんも私の腕に体を押し当てます。
左右からふたりの息遣いと心臓の音を感じながら、いつしか私も深い眠りに落ちていきました。
★☆★
数日後、大僧正さんのお部屋。
任務を受けるため、私たちはデスクに座る大僧正さんの前に並んでいます。
……三人で。
「ホ、ホントにいいのかなぁ……? ティルちゃんを任務に連れていくなんて」
「平気ですっ! 御衣は普通に使えますのでご心配なく!」
「……なら問題ないわね」
「問題ないかな!? 私心配だよぉ……」
「お母さまと離れるほうがずっとイヤです!」
「……まぁ、問題ねぇだろ。テルマの衣の力はよぉく知ってらぁ」
けど8さいの女の子だし……。
私が心配しすぎなのでしょうか。
「ともかく、だ。葬霊士『零席』ティアナ・ハーディング、および葬霊士補佐トリス・ハーディングに命ずる。中央都ハンネスに潜む集合霊のウワサを究明、発見した場合は即刻除霊せよ」
「承ったわ」
「承りましたっ」
「ティルも頑張りますっ!」
こうしてまたあの頃のように、三人での除霊の旅が始まります。
また怖い目にいっぱい遭ったりもするだろうけど、きっと大丈夫だよね。
大好きで大事なふたりがそばにいる限り、どんな幽霊だってへっちゃらですっ。
除霊ダンジョン、これにて完結です。
今後の予定ですが、長らく待たせてしまっている湯沸かし勇者の番外編を書いたあと、新作に移ろうかと思います。
そのときはまた、お付き合いいただければ幸いです。
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最後まで追いかけてくださった皆さま、ありがとうございました!
またお会いしましょう!