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170 私の大切な『妹』



 お別れ……?

 お別れってどういうこと?

 ぼうぜんと立ち尽くす私の前で、テルマちゃんがどんどんどんどん、薄くなっていきます。


「ウソ、だよね……? お別れなんて……。どうして、突然……」


「……ごめんなさい、お姉さま。テルマはここまでみたいです」


 これってテルマちゃん、もしかして消えちゃうってこと……?

 そんな、そんなのやだよ……。


「テルマ……。やはりこうなってしまったわね……」


「ティア? なにか知ってたの……?」


「先ほどのノームたちとの戦いで、テルマは一度『太陽の瞳』の力を使っているの。そのとき、霊力を大幅に消耗して消えかけたことがある」


 私が気絶してるあいだに、そんなことがあっただなんて。

 テルマちゃんの様子、すこしおかしいと思っていましたが……。


「で、でもっ、だったらどうしてテルマちゃんだけ!? 私、ちっとも疲れてないよ! むしろ今までで一番楽かも……。――あ」


 ……もしかして、そういうこと?

 テルマちゃん、私と負担を『はんぶんこ』って言ってたけど、もしかして……。


「よかった……。テルマ、お姉さまを護れていたのですね……」


「……っ! テルマちゃん、どうして……! 負担を全部、自分で背負い込むなんて!」


「いつも言ってるとおりです。テルマ、お姉さまをお護りしたいのです」


「私を……守るため……?」


「お姉さまは今日、『太陽の瞳』を何度も使われてきました。その上で聖霊神の復活なんて途方もない願いを叶えれば、確実に命を落としてしまう。お姉さまに死なれてしまうの、テルマが消えるよりイヤなんです」


「だ、だからって……」


「それにね? テルマ、ずっと考えていたのです。お姉さまを『太陽の瞳』から解放するには、テルマが離れればいい。だったら離れる方法は? 簡単でした。テルマがいなくなればいいのです。そうすればお姉さまは――」


「やだよぉ!!」


 今にも消えそうなテルマちゃんに抱きつきます。

 まだ触れる、まだ抱きしめられる。

 なのに、なのにどんどん、存在が薄くなっていって……。


「やだ! やだやだやだぁ!! 私、『みんな』を助けたかったのに……! みんなの中にはテルマちゃんもいるんだよ!?」


「ごめんなさい……」


「約束、したのに……。帰ったらいっしょに温泉入ろうね、って……。ほかにもたくさん、テルマちゃんとしたいこと、まだまだいっぱいあったんだよ……?」


「……ごめん、なさい……っ」


 抱きしめかえすテルマちゃん。

 腕は震えていて、声に涙が混じっていて、私の涙も止まらなくなってしまいます。


「……テルマ。そのまま消える必要はないわ」


「ティアナさん……?」


「あなたとトリスのつながりがほどけてから、あなたが消えるまでにはわずかな時間がある。そのタイミングで葬霊すれば、魂は霊力に満ちたあの世に送られ、消滅をまぬがれるわ」


 テルマちゃんが消えずにすむ。

 どのみちお別れには違いないのですが、消えちゃうよりはずっといい……よね。


「……お願い、ティア」


「わかったわ、準備しておく」


 ティアが十字架を地面に突き刺します。

 描かれる光の魔法陣。

 そして現れる、雲の上へと続く光の道。


「ブランカインド流葬霊術――葬送の灯(アウフヴィダーゼン)


 これまで何度も、霊をあの世に送り出すところを見てきました。

 だから、よぉく知っています。


 霊はこの世にとどまってはならない。

 あるべき場所に送らなくちゃ、って頭ではわかっているんです。


 でも、それでもやっぱり……。


「テルマちゃん……。ずっといっしょにいたかったよぉ……」


 つらいです。

 割り切れません。

 あまりにも、別れがとつぜんすぎて……。


「お姉さま、テルマとおなじ気持ちでいてくれてるのですね。うれしいですっ」


「……っ、テルマちゃん……」


「テルマだってお姉さまと、この先もずっといっしょにいたかったですよ? せっかく今朝、恋人にしてもらえたばかりです。もっともっといっしょに楽しいことしたり、したかった……ですよ……っ」


「うぅ……っ、ふっ……、ぐす……っ」


「……ティアナさん」


 テルマちゃん、涙ながらにティアの方を見ます。

 ティアは光の道を見上げたまま、視線をむけずに答えました。


「なにかしら」


「お姉さまのこと、よろしくお願いしますね? 幸せにしないとテルマ、化けて出ますから」


「出ないわよ。そのために葬霊するんだもの」


「ふふっ、冗談の通じない人ですねっ」


「――約束するわ。トリスのこと、安心して私にまかせなさい」


 視線をおろして、帽子を深くかぶるティア。

 目元を隠したかったのでしょうが、私の目にはお見通しです。


 けど、なにも言いません。

 ティアが隠したいのなら、私はなにも。


「えっと、つぎにタントさん」


「……はい」


「テルマ、タントさんのことがちょっとうらやましかったのです」


「ボクが、うらやましい……?」


 意外そうなタントさん。

 私もです、テルマちゃんがタントさんをうらやんでたなんて思いもしませんでした。


「はじめ、テルマはお姉さまに本当のお姉さまを重ねていました。もちろんすぐに消えた気持ちなのですが、それでもやっぱり、お姉さまと本当の家族であるタントさんがうらやましかった」


「そう、だったのですか」


「タントさんだけじゃありません。ティアナさんとユウナさんも姉妹で仲良くて、いっしょにおうちに住んでる中でテルマだけ家族じゃない気がして……」


「家族だよっ!」


 言葉をさえぎって、テルマちゃんをぎゅっと抱きしめます。

 最期にそんな悲しいこと、言わないでほしかったから。


「テルマちゃんも家族だよ……! 誰がなんと言っても、私の妹で恋人なんだから……!」


「お姉さま……。ごめんなさい、最後だからってテルマ、抱えてたもの吐き出しちゃって……」


「いいの、もういいの……。大好き、大好きだよ、テルマちゃん……」


 抱きしめているテルマちゃんの霊体から、どんどん感触がうすれていきます。

 私たちのあいだにある魂のつながりも、どんどん、どんどんと消えていく。


 もうじきふたりのつながりは消える。

 触れることすら叶わなくなる。

 『喪失』を目前に、私は。


「ねぇ、最期にひとつ、いい?」


「……はい」


「『つながり』が消えちゃう前に、触れさせて?」


「え――んぅっ!」


 答えなんて待ちません。

 待ってる時間すら惜しかったから。

 それにテルマちゃんが、ノーだなんて言うわけありません。


 だから私は断りなく、自分のくちびるをテルマちゃんのくちびるに押しつけました。

 触れられるうちに、たくさん触れておきたかったから。


「んっ、んん……」


「ん……、ふぁっ」


「はぁ……っ。テルマちゃん……」


「お姉さま……。……お別れ、みたいです」


 私たちがくちびるを離すと同時、私たちをつなげていた『魂のヒモ』もまた、ほどけて消えていきました。

 もう私にテルマちゃんは取り憑いていません。

 致命的な喪失感、胸におおきな穴がぽっかりあいたような感覚です。


「テルマ、限界よ。魔法陣に入って。この中なら霊力が満ちている。すぐには消えないわ」


「……はいっ」


 もう抱きしめている感触も、ほとんどありません。

 テルマちゃんに、さわれません。


「では、お姉さま。テルマ、逝きますね?」


 するり。


 抱きしめていた私の腕をすり抜けて、テルマちゃんは光の魔法陣の上へ。

 すぐさまティアが葬霊の準備に入ります。


「ま、まって……っ!」


 思わず追いかけてしまいますが、魔法陣からのぼる光の道が見えないカベになっています。

 ドンドンと叩いてもビクともしません。


「テルマちゃん、もうちょっと待って……! やだ、まだ行かないで……!」


「……お姉さま」


 光の中で、テルマちゃんがほほ笑みます。

 私のことをさとすような優しい声と表情で。


「テルマのことを追いかけちゃダメです。会いに来てもダメですよ? おばあちゃんになるまで、きちんと生きてくださいね」


「うん……っ。でも、けどっ……」


「召霊術で呼ぶのもダメです。この場で、きちんとお別れしましょう?」


「わかってる……。わかってるよ、わかってるけどぉ……」


 これじゃあどっちがお姉さまだかわかりません。

 けど、それほどに、テルマちゃんを失うことは身を切られる以上につらいのです。


「……だったらお姉さま。テルマの方から、お姉さまに会いにいきます」


「会い、に……?」


「タントさんとおんなじです。急いで生まれ変わって、お姉さまに会いにいきます。転生したら記憶は消えるし、どこの誰のところに生まれてくるかもわかりませんが。……でも、この世にさえ生まれれば、きっとお姉さまがテルマを見つけてくださいますよね?」


「うん……! うん……っ! ぜったい、ぜったい見つけるから……っ! そのときはテルマちゃん、私と本当の家族になろうね……?」


「……はい、必ず。では、お姉さま。また会いましょうね……」


「……っ、ぐずっ……。うん……、また、ねっ!」


 最期に微笑み合って、テルマちゃんは天へと昇っていきます。

 雲の上へ、その彼方へと、私の大事な『妹』は昇っていって。

 やがて、光の道の消失とともに、見えなくなりました。



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[一言] テルマちゃん、最後までいい子だった…
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