17 霊の未練を晴らす者
「ティアもあの記憶、見えたのっ!?」
「……そう。あなた、アレを見たのね。それでトドメを止めにきて――ってトコかしら?」
「うぅ、鋭い……」
図星を突かれましたが、ともかくとして。
ティアに私の気持ちは伝わりました。
よくわからない不思議な出来事が起こってしまいましたが、結果オーライです。
「お姉さまとティアナさんだけ見えただなんて、ズルいです……。テルマだけのけものです……」
「あわわっ、ごめんねテルマちゃん!」
「……なーんて、冗談ですよっ」
あ、そうだよねっ。
天使みたいなテルマちゃんが、やきもちなんてしないよね。
「それで、トリス。止めたということは、私にアレをやれ、と言うのかしら」
「うんっ、できるよね? 条件ととのってるし」
霊にゆかりのある場所で、名前と顔もわかってる。
となればきっと『あの術』が騎士さんの心を救ってくれるはず。
「……わかったわ。霊の未練を晴らしてこその葬霊士だもの。というわけでコイツ、もう用無しね」
剣をおおっていた緑のモヤ。
ティアが赤い棺のフタを開けるやいなや、ヒョロヒョロと吸い込まれていきました。
最後までかわいそうな聖霊さん……。
「では、いくわよ。ブランカインド流召霊術」
ここからが本番。
二刀の剣を納めてから、長剣を引き抜いて地面に突き刺します。
「――悲壮の惨禍、戦乱に散りし魂を慰めんがため。極楽浄土より舞い降りよ」
おごそかな詠唱とともに、もやもやが剣に集まり、人の形をつくっていきます。
詠唱とは、イメージを固めるために行うもの。
本人を見てきた今回、若干短めです。
「出でませられよ、【シャルール殿下】」
そうして姿を現しました。
金髪の、とってもキレイなお姫さま。
騎士さんの記憶で見た姿と、そっくりそのまま同じです。
「あら、ここは……」
閉じていたまぶたを開けて、目の前の光景に困惑しているみたい。
いきなり連れてこられたわけだからね。
むかい合った状態のティアに、さっそくの質問を投げかけます。
「あなたが、わたくしを呼んだのですか?」
「えぇ。いきなりで悪いのだけれど、あなたにやってほしいことが――」
「わかります。みなまで言わずともわかります。この場所を忘れたことなど一度たりともありませんから」
くるり。
ドレスのすそをひるがえす優雅なしぐさで亡霊騎士の方へとむきなおり、静かに歩み寄っていきます。
「シルク。シルクなのでしょう?」
「……ぅ、ぁ?」
ドクロの顔のままお姫様を見上げる騎士さんの、かつて瞳があったはずのうつろな空洞に微笑みかけながら、そっとしゃがみ込みました。
「こんなところにいたのですね。探したのですよ?」
「ぁ……、……ぁっ」
「あのあと、とらわれの身となったあと。わたくしには生が約束されていました。ですが家族を、何よりあなたを失って、生きていけるほど強くはなかった。あなたのいる場所へと逝くために、わたくしは自らの命を絶ちました」
「……ぃめ、さ……ぁ」
「会いたくて会いたくて仕方なかったのに。あなたはどこにもいなかった。やっと、やっと会えましたね、シルク」
ドクロのほほに、そっと手がそえられます。
そこから光が、まるで騎士さんを癒すかのようにしゃれこうべを包んでいって。
「……姫、さま」
人間の、銀髪の女騎士さんの顔に、戻ったんです。
「姫さま……っ。申し訳、申し訳ございません……っ! 護りきれなかった上にあなた様を孤独にさせ、このようなところまでご足労いただいて……! 私が、姫様をお迎えにあがらねばならなかったのに……っ!」
「いいのです。もう、いいのですよ……。いっしょに、逝きましょう……」
「あぁ、姫さま……っ」
キラキラと、二人が光に包まれます。
その足元には魔法陣、そして光の道。
ティアの葬送の灯です。
「……ありがとうございます、皆さま。おかげで大事な人と、もう一度会えました」
二コリと微笑むお姫様と、深く一礼する騎士さん。
二人の魂は抱き合ったままひとつの光の玉となって、高い天井の亀裂を抜け、月へと続く光の道に――消えていきました。
「ぐすっ。お二人とも、もう離れませんよね……」
「うん、絶対そうだよ。今度こそ、一件落着だね」
「……悪いけど、そうも言ってられないわよ?」
……どういうこと?
十字架を背中に背負って剣も納めて、ティアも撤収モードなのに。
「首をかしげているわね。いいわ、教えてあげる。マップを出してごらんなさい」
「いいけど……」
よくわからないまま、星の瞳でマップを展開。
立体地図上に表示される点は、と。
最深部の青い点みっつ、コレは私たち。
赤い点がたくさんウロウロしてて、最後に黄色の点が二つ。
入ったときにも表示されてた、他の冒険者だね。
入り口にむかって、こころなしかフラフラしながら進んでる。
もう脱出の寸前だ。
「はい、出したよ。ねぇねぇ、早く教えてよっ」
「では、あなたのマップの仕様について解説させてもらうわね」
「仕様とは」
「仕様よ。マップに表示される点の、色についてのね。どうやらこのマップの表示点、あなたの『認識』によって色が決まるみたいなの」
「お姉さまの認識、ですか。たしかにテルマ、幽霊ですが青色表示ですっ」
「坑道ですでに死んでいる仲間の死体が表示されなかったのも、『仲間は三人だけ』という『認識』のせいでしょうね」
「そ、それがなにか……?」
「あなたは今、エステアさんの仲間たちを『要救助者の冒険者』と認識している。そして、亡霊騎士は他の霊を取り込んでいなかった。つまり……」
……あ。
わかった気がする。
ティアがなにを言いたいのか、なんとなく。
「この黄色、お仲間さんたちの霊……ってこと?」
「正解。そして彼らの目的は――」
★☆★
いそいでダンジョンを脱出して、入り口にもどってきた私たち。
そこで目にした光景は、ティアの予想通りのものだった。
「あ、あなたたちっ、何よこれ! 戻ってきたなら助けなさいよぉ!!」
腰を抜かしてへたり込み、私たちに金切り声で命令するエステアさん。
ゆっくり、フラフラと、でも確実に彼女に迫る、ふとっちょの幽霊とやせた幽霊。
あきらかに正気をなくしてて、『歪んで』しまっているのがわかる。
「ほ、本当……、なんですか……?」
声がふるえる。
このヒトがそんなことしただなんて、信じられなくて。
でも、聞かなきゃいけないから。
「そのヒトたちのこと、『殺した』って……。本当、なんですか……?」
「だったらなによぉ!!」
怒鳴り声まじりの肯定。
あぁ、やっぱり。
私、お人よしだから。
こんな可能性なんて、ちっとも思い至らなかったや。
「ウソ、ついてたんですね……」
「ひどい、ですっ! テルマたちをだましていただなんて……。こんなひどいこと、する人だったなんてっ」
ダンジョン内で二人を殺して、亡霊騎士に罪をなすりつける。
私たちに助けをもとめたのは、だまして証人にするため。
ティアの推測、ぜんぶ当たっちゃってたんだ。
「うるさいわねっ!! 裏金のこと、隠し財産のこと知られたらさぁ、もう殺すしかないでしょうがッ!! いつ誰にタレ込まれるかわかんねぇんだからよぉ!!!」
あのヒトに霊が見えるかどうかわからないけど、二人の霊とは『波長』が合うみたいだね、しっかり見えてる。
殺意をむけられているからかな。
「あいにくと、私の仕事は『葬霊士』。霊の未練を断ち、あの世へ葬送る者。霊に未練を残させるようなマネ、とてもできないわ」
「はぁ!? 頭おかしいの!? 意味わかんないこと抜かしてんじゃねぇっ、早く助けろっつってんだッ!!!」
「死んだあとなら葬送ってあげるわ。感謝なさい?」
「あ゛あぁぁ゛ぁぁぁぁ゛ぁぁ゛あぁぁ゛ああ゛ぁぁ!!!!!」
絶望と怒りが入り混じったような叫び。
とうとう霊が足先にしがみついて、体にまとわりついていく。
このままじゃ、あのヒト本当に殺されちゃうよね……。
「ね、ねぇティア、助けてあげないの……?」
「……助けたいの? どうして? あの女、彼らを殺したのよ? 彼らの恨み、晴らさせてあげるべきじゃない?」
「だって……。でも……。なにも死ぬことないんじゃ……」
私だって、きれいごと言ってるのわかってます。
だけど、あのヒトも人なんです。
『人助け』が、怪物じみた欲求が首をもたげて抑えらえない……っ!
「彼らの邪魔をする権利なんて、誰にもない。復讐したいと望む魂に刃をむけるなど、とてもできないわ」
そう口にしたティアの目は、ぞっとするほど冷たくって。
このヒトもまた、妹さんの仇を追っている。
二人の霊の気持ちがわかるんだ。
そうだよね、やっぱり邪魔しちゃ……。
ううん、でも、でも……っ!
「ひぎゃっぁぁぁぁぁぁっっ!!! だずげっ、だずげっぇぇぇっ!!!」
ずぶずぶと、中に入って乗り移ろうとする二人。
白目をむいて頭をかきむしる様子がとても見ていられなくって、なにより自分の欲求に負けてしまって、テルマちゃんに『神護の衣』を頼もうとした、そのときでした。
「いけないですよ? 霊に苦しめられる人なら、助けてあげないと」
ズバッ、ズバァッ!!
ふた振り、白銀の剣閃がひらめいて、二人の霊が黒いモヤへと変わります。
二人を棺に吸い込んだあのヒトは、朝に霊から助けてもらった……。
「それでも葬霊士ですか? そこのヒト」
「あなた……。――っ、その胸の、紋様は……ッ」
なんでしょう、急に目つきが変わりました。
ティアの目が、さっきよりもずっと、ずーっと怖い目に。
「……見つけた。『三本足のカラス』……ッ!」
怖い、いつものティアじゃない。
双剣を抜いて、『生きた人間』に切っ先をむけて。
彼女は叫びました。
「妹の仇の情報、吐いてもらうわ……。どんな手段を使ってもッ!!」