169 神は天へと昇られる
スサノオとツクヨミ、そしてヒルコの浄化が終わったときでした。
ヤタガラスのなかにいた私とテルマちゃんを、あたたかな光が包み込みます。
「な、なんでしょう、これは」
「あたたかい光だね……」
ヤタガラスの胸に生まれたその光は、地面へとのびて光の道にかわります。
ティアたち葬霊士さんの使う葬送の光と、すこし似ているかもしれません。
『――――』
「……これを使って降りていきなさい、って聖霊神が言ってる」
「いいのでしょうか。テルマたち、ヤタガラスの心なんですよね?」
「ヤタガラスの役目、きっともう終わったんだよ」
もともとヤタガラスは自然から生まれた純粋な聖霊じゃありません。
アマテラスのかわりに歪みを浄化するために、そしていざというときにアマテラスの封印を解くためにつくられた聖霊です。
ブランカインドのネフィリムと似たような感じだったんですね。
アマテラスがよみがえった今、その役目も終わり、ということなのでしょう。
「行こう、テルマちゃん。ティアたちの――みんなのところに帰ろうよ」
「……はい」
テルマちゃんと手をつないだまま、光の道をゆっくりと降りていきます。
地面に足がついたとき、ヤタガラスの瞳から太陽の光彩が消え、光の道も無くなりました。
「トリス、テルマ」
「ティア……。やったよ、私たち。ちゃんと『みんな』を助けられたよっ」
「えぇ、見ていたわ。……信じていたわ。本当にすごい子ね」
「えへへっ」
またティアにほめられちゃった。
何度ほめられても照れくさいままですが、何度ほめられてもとってもうれしいですっ。
『――――』
「……えっ?」
「お姉さま? また聖霊神の声が聞こえたのです?」
「うん。これから世界中の聖霊たちを浄化するって。そのあとは、地上からいなくなる、って……」
「いなくなる……? トリスさん、どういうことよ」
顔色を変えたのはテイワズさん。
そのとなりでシャルガのヒトもあわてています。
「いなくなるの意味、聞かせてくれん? またご自分を封印なさるおつもりか?」
「そうじゃないの。とおいとおいお空のかなた、雲のそのまたずっと上……。太陽や月の浮かぶところで地上を見守ることにする、だって」
自分が地上にいるかぎり『願いを叶える力』をめぐってまた争いが起こる。
それを防ぐために、今度は人間たちの手のとどかない場所に行く、らしいです。
「アマテラスたちみんな地上が大好きだから、ホントは離れたくないみたい。けど自分を封印したら、また地上が『歪み』であふれちゃうから……」
「そっか……。聖霊神さま、ぜひにシャルガの里へ招こうと思っとったんに」
「けどね、さみしくはないみたい」
アマテラスは太陽の化身。
そしてアマテラスによればツクヨミは月、スサノオは夜空の星明かりの化身とのことです。
天に輝く光から生まれた大聖霊たちは、みんな生まれを同じくする『家族』。
家族といっしょだからさみしくないんだ。
『新しい家族』もきっと、すぐにまた生まれてくるもんね。
「――だから、テイワズさん」
「あぁ……、そりゃあ納得するしかないなぁ。お見送り、させてもらおうか」
ヤタガラスが、ツクヨミが、スサノオが、そしてアマテラスが。
天へとむかって昇りはじめました。
彼女たちがこの先、私たちの前に姿を現すことはないのでしょう。
もう一度地上に降りてくるときは、人間がいなくなったときか、ヒトの心から欲望が消え去ったとき。
ですがヒトから欲望が消えることはありません。
欲望こそ、ヒトをヒトとして前へ進ませる原動力なのですから。
私ね、自分の欲望にしたがってよかったと思ってるよ。
とってもあぶないことなのに、うまくいく保証なんてなかったのに。
それでもみんな私の『みんなを助けたい』って欲望を叶えてくれたんだもん。
「お姉さま、見てください! 光が……!」
ブランカインドのはるか上空、アマテラスがひときわ大きな輝きを放ちます。
きっとアレが聖霊の『歪み』を消し去る浄化の光。
「……! ピジューが……」
「私の三聖霊も――」
セレッサさんのヤリに宿ったピジューが。
ティアの大剣に宿った三体の聖霊が。
武器の憑依を解いて飛び出してきます。
聖霊たちは浄化の光を全身で浴びて、その体からみるみるうちに『歪み』が――聖霊特有のおぞましい威圧感が消えていきました。
目はたくさんついたままですが。
「……大僧正。こいつらどうしましょう」
「逃がしてやんな」
「承ったわ」
「しかたねぇな。ほれ、どっか行け」
ティアが大剣を十字架にもどして、背中に背負います。
セレッサさんもヤリを納めました。
「聖霊さんたち、いままでありがとねっ!」
バサバサバサッ。
……なんにも言わずにどこかへ飛んで行ってしまいました、風の聖霊シムルさん。
サラマンドラはいつの間にかいなくなっていて、ヘカトンケイルが地面と同化し消えていきます。
ピジューもブランカインドのふもとに広がる森のなかへと飛び出していきました。
「ええんか、ブランカインド。聖霊さまをすべて手放すことになっても。聖霊さまこそアンタらを最強の葬霊士集団たらしめていたチカラの源だろうに」
「『純粋な自然の力の化身』なんざ手にあまる。『歪んでいた』からこそ、捕らえてついでに力を使っていただけさ。除霊屋なんでね、除霊できない悪霊なんざ、閉じ込めとく以外にねぇだろ?」
「これから大変なんとちゃう?」
「聖霊頼りの軟弱な葬霊士なんざ、この山にはひとりもいねぇよ。キヒヒッ」
よかったっ。
これでブランカインドとシャルガが争う理由もなくなる……よね?
天空高くでは、ますます輝きを強めながら天へと昇っていく聖霊神たち。
空が黄金色に輝くほどの光ですが、見上げていても不思議と心が落ち着きます。
きっといま、世界中で聖霊の浄化が行われているのでしょう。
やがて光はおさまって、小さな光の点にしか見えなくなったアマテラス。
一度、地上に別れを告げるかのように動きを止めたあと、天へと昇って、私の眼にも見えなくなりました……。
「やー、これで万事解決ってヤツだねー」
「あら、ユウナ。起きたの」
「起きたよー」
おぉっと、お空を見上げているあいだに起きていましたユウナさん。
もちろんタントお姉ちゃんも無事だよねっ。
「えぇ、起きました」
無事でした!
「っていうか起きてたよー、聖霊神がよみがえったあたりから」
「起きてたなら寝たフリしてんじゃねぇよ……」
「やー、私のために戦うセレッサちゃんがかっこよかったから、つい?」
「おま……っ、バ、バカヤロウ! オレがどれだけ心配したか……!」
「心配してくれてたんだ?」
「うっせぇ!!!」
うふふ、ほほえましいですね。
ですがさっきのユウナさんの言葉。
ちょっとだけ、訂正しないといけないかもです。
「……あのね、万事解決、とはいかないかも」
「どういうことかしら。まだなにか問題が?」
「えっとね。ダンジョンとマナソウル結晶のこと。じつはマナソウル結晶って、聖霊が吐き出した『歪み』がおもな成分なんだって」
アマテラスが話してくれた、っていうか私のあたまに叩きつけてきた情報の一部です。
あまりにたくさん過ぎたので、まだちょっとクラクラしています。
「『歪み』を浄化してもらえなくなった聖霊たちが編み出した排出方法。それが歪みを固体として体の外に追い出すことだったんだ」
「だからテルマたち幽霊は、結晶に近づくと気分が悪くなったり『歪んだ』りしちゃうわけなのですか」
「もちろん全部出し切れるわけないし、ほんの気休め程度なんだけどね」
「……ということは、新しく『マナソウル結晶』が生まれなくなる?」
「今あるものを消しちゃったわけじゃないらしいし、人間霊の歪みでも結晶が生まれることはあるみたい。ダンジョンも結晶も、すぐになくなるわけじゃないんだけど……」
今のヒトたち、生活のかなりの部分を結晶に頼っています。
遠い未来、結晶がなくなったときは……。
「大丈夫さ。人間たちもバカじゃない。そのころには結晶に代わる新しいエネルギーを見つけてるだろ」
「それこそ、聖霊たちがつかさどる大自然の『なにか』とか、な」
「……うん、きっとそうだよね」
私があれこれ心配する内容じゃなかった、かも。
ともかくこれで、ホントのホントに事件解決。
ブランカインドのダンジョン化もおさまったし、シャルガのヒトと仲直りできそうだし。
一件落着ですっ。
「ふぅっ。私、ちょっとつかれちゃったかも」
さっきからずーっと霊体だもんねぇ、私。
こんなに長いあいだ、体から離れていたのって初めてかも。
「……。……お姉さま、お体をお返ししますっ」
「ありがと、テルマちゃんっ」
するりと私の体に入ります。
……うん、特に違和感なし。
倒れたり、気分が悪かったりなんてことはありません。
これもテルマちゃんが負担を『はんぶんこ』してくれたおかげ。
たくさんお礼を言わないとっ。
「テルマちゃん、ありがとね。助か――」
……えっ?
テルマ、ちゃん……。
「テルマちゃん……。どうして……? 今にも消えちゃいそうなくらい、透けて……」
「……お姉さま。テルマも、お別れみたいです」