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167 日の出



 休むヒマすらあたえません。

 ティアの振るう剣によって、肥大化したヒルコの体から次々とヒトが、魔物が取り出されていきます。


『……! ……っ!』


 表情のうかがえない、そもそも表情なんて無いヒルコですが、あきらかにあせりが見えます。

 もう打つ手なし、勝負は決まったも同然です。


「トドメ、いくわよトリス」


『うん! 弱点、見えてるよねっ』


「えぇ、もちろん」


 私の眼にうつるヒルコの弱点、ティアにもしっかり見えています。

 ですが聖霊はすべての弱点を一度に攻撃しないと倒せません。


 まるで夜空の星のように、全身にくまなく散らばった小さな弱点たちを、どうやって一度に破壊するのでしょう。

 なんて考えてたら、カンタンなことでした。


 吸収した赤ん坊の核となっていた最後の魔物を取り出され、吹き飛ばされるヒルコ。

 相手が倒れたスキに、ティアは十字架の大剣を高くかかげました。


「風と炎と大地の力で、根こそぎすりつぶしてあげるわ」


 岩石が刃に次々とまとわりつき、巨大な岩の柱となります。

 サラマンドラの放つ熱で岩が溶岩のように赤熱し、その周りを炎をともなうかまいたちが渦巻く、必殺の一撃。


 おどろきなのが、コレをほんの一秒足らずで作り出したことです。

 前はチャージにとっても時間がかかっていたのに。


「終わりにしましょう。ブランカインド流葬霊術――奈落へ導く獄炎の嵐フェーンゾイレ・シュナイデン


『……!!』


 ズゥゥゥゥゥゥゥゥゥン……!!!


 やりました!

 振り下ろされた極太の、熱と岩と風の刃がヒルコの全身をまとめて叩き潰します!


 ですが……。


『やりましたね、ティアナさんっ! これで全部解決ですっ』


「……いいえ、テルマ。これでは終わらない」


『そうだよ、テルマちゃん。忘れちゃった? ヒルコを倒しても、なにも解決しないんだよ』


『あっ……』


 そうです。

 だからこそ私たちはヒルコをティアにまかせて、『聖霊神』を復活させにいったのです。


 ヒルコをやっつけたのは、あくまでも『ヤタガラス』が飲み込まれちゃったから。

 聖霊神の復活を、ヒルコがなぜか全力でジャマしてきたからなのです。


 それに、そもそもヒルコの気配がまったく衰えていません。

 弱点をすべてまとめて破壊されたはずなのに。


 ティアが大岩の大剣を持ち上げると、やっぱりでした。

 ぺちゃんこのぐちゃぐちゃになりながらも、ヒルコはモヤモヤにならずに健在だったのです。


「……驚いたわ。弱点を破壊されても倒せない聖霊がいたなんて」


『あのとき、大神殿で幼体のヒルコをやっつけたとき。ジェイソフは「真の姿を隠していたから無事だった」って言ってたけど、ホントのところは違ってたみたいだね』


 きっとジェイソフですら知らなかったのです。

 ヒルコが『倒せない存在』だということを。


『……、……っ!』


 しかしモヤモヤにできないだけで、どうやら戦闘不能の様子。

 ズタズタの状態で地面をはいずって、宝物殿の方へむかおうとしています。


「さて、コイツをどうしましょう。放っておけばきっとまた『影の赤ん坊』を取り込んで回復するわよ」


『ティアナさん、ここで斬り刻んていてください! そのあいだにテルマとお姉さまが「聖霊神」を復活させれば――』


『待ってっ!』


『ど、どうされたのですお姉さま!?』


『……聖霊神の復活に、ヒルコも立ち会わせてあげられないかな?』


『お姉さま、なにを……』


『おかしなこと言ってるのはわかってるよ。けどね、ボロボロになっても必死で這いずって、アマノイワトに近づこうとしてるヒルコを見てると、なんか……。なんか、助けたくなっちゃって……』


 自分でもおかしいってわかってます。

 『人助け欲』の単なる暴走なのかもしれません。

 けれど、救いの手を差し伸べずにはいられないのです。


『単なる私のわがままだから、無視してくれてもいいよ。でもね、私は助けてあげたいんだ……』


「……はぁ。わかったわ、トリス」


 ティア、わかってくれたみたいです。

 これで私も一安心――。


「けどね、影の赤ん坊があふれてるこの場所に放置するわけにもいかないの。だから――」


 ……えっ?

 なにするつもりなの?

 焼けて燃えたままの、溶岩みたいな剣の先にヒルコを引っかけて……。


 ジュウゥゥゥゥゥゥゥウゥ……!


『……!! ……!!!』


「これでよし。さ、戻りましょう」


『あわ、あわわ、熱そうですぅ……』


『……えっと』


 ま、まあ連れて行ってくれるわけですし。

 運び方にまで注文つけられません……よね?



 大僧正さんやメフィちゃんたちが戦っているところをまた飛び越えて、宝物殿のお庭へと戻ってきました。

 雑に地面へ放り投げられたヒルコですが、もう戦うつもりはないみたい。

 ただぼんやりと『アマノイワト』を見上げています。


「おい、決着はついたのか?」


 見ればセレッサさん、お庭に来ていた影の赤ん坊を全滅させていました。

 大僧正さんたちが食い止めてくれてるおかげで、これ以上の赤ん坊は入ってこられないみたいです。


「ソイツ、やけに大人しくなってるけどよ」


「見ての通りよ。ただし、本当の決着はこれからね」


『ここから先は私たちの役目だね。テルマちゃん』


『はい、お姉さま。ともに行きましょう』


 テルマちゃんといっしょに手をつないで、ティアの体から抜け出ます。

 私と魂レベルでつながり、溶け合っているテルマちゃん。

 憑依するときも出るときも、私たちはいっしょなのです。


「……お姉さま」


「んぅ? なぁに?」


「――いえ。お体、お借りしますねっ。はやくいっしょに『聖霊神』を復活させましょう!」


「うん、そうだねっ」


「そうしたらまたみんなで――ううん、今度はふたりっきりで、ふもとの温泉に入りましょうねっ」


「もちろんっ。そのためにもはやく終わらせよう!」


「……はいっ」


 テルマちゃんが私の体の中に入りって、『太陽の瞳』を発動させます。

 そうしてさっきみたいに、ふたりで『ヤタガラス』の中へ。

 手をつないだまま胸のあたりまで上がっていきます。


 私たちふたり――ヤタガラスの心が入ったことで、ヤタガラスの瞳にも太陽の光彩が宿りました。

 ヤタガラスは『アマノイワト』を見上げながら、ゆっくりと立ち上がります。


「やっぱりこの中、不思議と落ち着くね。お母さんのおなかのなかにいるみたい……」


「そうですね……」


 聖霊の体内にいるだなんて、普通は恐ろしく感じるものですが。

 ヤタガラスの内部にいるとどうしてでしょう、不思議と心が安らぐのです。


「……お姉さま、やりましょう。『アマノイワト』を開きましょう」


「うん。『はんぶんこ』して、ふたりで願えばきっとできるよ」


 私ひとりじゃ霊体 からだ がもたなくても、テルマちゃんと力を合わせれば叶うよね。

 手をぎゅっとつないだまま、『アマノイワト』を見上げて強く願います。


「開いて……! 『みんなを助ける』ために……!」


 『あなた』なんだよね。

 私を呼んだのも、助けてほしいって願ったのも、ヒルコを倒しても意味がないって教えてくれたのも。


 あなたなら『みんな』を救える。

 ブランカインドのヒトたちも、シャルガのヒトたちも。

 ――聖霊や『ヒルコ』だって、きっと。


 だから、目覚めて……!

 開いて、『アマノイワト』!


 ブゥン……!


 私たちの願いに反応して、『ヤタガラス』の太陽の瞳が強く光ります。

 瞳がにらみつけるさき、大岩の一点がピシ、ピシ、とひび割れを起こしていって……。


「お姉さま、開きます……!」


「うん、とうとう……」


 ひび割れから漏れ出る、まるで雲間から差し込む陽光のような光。

 亀裂はどんどん、どんどん大きくなっていって、『アマノイワト』の全体に広がっていきます。


 そうしてひび割れが、大岩のすべてに行きわたった瞬間。


 カッ……!!!!!


 『アマノイワト』は粉々に砕け散り、目もくらむような光が、視界いっぱいに広がりました。

 太陽を直視してしまったみたいに、一瞬視界が真っ白に染まります。


 けれど恐怖はありません。

 長い夜が明けたような、地平線からのぼる日の出を見守るような気分です。


 解き放たれた光のカタマリ。

 神聖な光が朝日のように広がって、霊山をつつんでいたヒルコの『闇のドーム』を消し飛ばします。


 それだけにとどまりません。

 霊山中にたくさんいた『影の赤ん坊』も、山頂に突き立っていた巨大な『マナソウル結晶』までもが、光の前にかき消えて……。


「す、すごい……」


「こんなの、まるで奇跡です……」


 ゆっくりとこちらに降りてくる光の球。

 見上げる私の頭のなかに、またあの『声』がひびきます。


「――――」


 あり、がとう?


「――――――」


 これで、かぞく、たすけられる……。


「――――――」


 わたしの、なまえは――。


「――――」


「あま、て、らす……?」


 ……それが、聖霊神さんの名前、だそうです。



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