165 今度は私が、助ける番だよ
空間にあいた穴を通って、『アマノイワト』が降り立ちました。
あとは封印を解いて、聖霊神さえ呼び覚ませば全部が解決です。
「やりましたねお姉さま。さあ、封印を解きましょう!」
「うんっ!」
今こそ封印解放のときです!
封印解放……、封印解放?
「……封印って、どうやって解くんだろう」
「えぅっ!? ご、ご存じなかったのですか!?」
「んー、映像で見たのはここまでなんだよねぇ」
『アマノイワト』が聖霊の棺とおなじものなら、開ければ中身を解放できるはず。
ではこのでっかい大岩を、いったいどうやって開ければいいのでしょう。
そもそもどこを開けるのか。
フタなんてもの見当たりませんよ?
「大聖霊たちみんな、動かなくなっちゃったし。どうしたらいいんだろう……」
ツクヨミもスサノオも、アマノイワトに土下座したまま動きません。
ただしヤタガラスはどうやら私たちで操作できるみたいですね。
「ひょっとして、『太陽の瞳』の願いを叶える力で開けるのかな」
「そんなことができるのですか?」
「私ひとりじゃ、きっと願いが大きすぎて叶う前に体が壊れちゃう。けどね、わかるんだ。このヤタガラス、『太陽の瞳』の力を増幅してくれている」
素の状態じゃ叶えられない願いでも、きっと叶えられるんじゃないでしょうか。
もちろん死者の蘇生とか、そんなとんでもない願いの場合、それでも私が死んじゃいそうですが。
「『アマノイワト』を開けるくらいなら、なんとかなると思う」
「……ですが、その願いだってじゅうぶんとんでもないですよ? きっとテルマと『はんぶんこ』しても、ものすごい負担になりますよね」
「私なら平気だよっ。さっきだってテルマちゃんのおかげで、すっごく楽だったからっ」
「そう、ですよね……。お姉さまがご無事なら、テルマは……」
「んん?」
どうしたんだろ、テルマちゃん。
なんだか様子がおかしいです。
お姉さま、見逃しませんからね。
こういうことを放置してたらロクことにはならないんだから。
きっちり聞いてしまいましょう。
「ねぇ、テルマちゃ――」
ズゥゥゥゥゥン……!
私の問いかけをはばむように、巨大ななにかがお庭に着地しました。
でっかい黒いスライムみたいな――。
「う、うそ……」
『それ』を正確に視認したとき、私は自分の眼をうたがいました。
我が眼をうたがうなんて、これまで一度だってなかったのに。
それほどまでに自分の見た光景が信じられなかった。
私にとって、とっても大事なふたり――ううん、三人が、肥大化してスライムのようになった『ヒルコ』の下半身に取り込まれている光景なんて、信じたくもなかったのです。
「ユウナさん、タントお姉ちゃん……。それに……」
「う、ウソです……。なんで……っ」
「ティア!!!!!」
私の叫びも、あのヒトにはとどきません。
ぐじゅぐじゅとうごめく『影』に飲み込まれ、ふたりは闇の中に消えていってしまいます。
「た、助けなきゃっ、早くっ!」
どうしてあんなことに、とか、ティアが負けるなんて、とか。
頭の中がグルグルでぐちゃぐちゃです。
そんななかで『やるべきこと』として思いついたのはそれだけでした。
「ですがお姉さま、どうやって……」
「せ、聖霊神だよっ! きっと聖霊神を目覚めさせれば――」
ヒュッ!
「え――」
べちゃっ。
ヤタガラスの胸元、私たちの真正面に『ヒルコ』が飛んできました。
マドにぶつけられた泥ダンゴみたいに半透明の体にへばりついて、こちらをじっと見つめてきます。
『……』
「な、なに……? あなた、いったいなんなの……」
ヒルコの月の瞳には、感情を感じました。
太陽の瞳でなければ目を合わすことすら叶わない、ヒルコの眼。
その眼がなにかを訴えかけてきてるように、思えてならないのです。
『…………』
――おかあさん。
「えぅっ?」
な、なんでしょう。
頭の中に声が聞こえました。
いまの、もしかしてヒルコの声……?
ぐじゅるぐじゅる……。
「お、お姉さまっ! ぼんやりしてないで、早く逃げないとですっ!」
「え――?」
「ヤタガラスがヒルコに……っ! このままではテルマたちまで……!」
テルマちゃんにゆさぶられて、我にかえります。
すると大変です、ヒルコがドロドロの下半身を広げて『ヤタガラス』まで取り込もうとしてるじゃないですか。
「わ、わわっ! 私たちごと飲み込むつもりだ!」
「ですよぉ! だからです、早く逃げましょう!」
「そ、そうだねっ!」
ヤタガラスは私たちで操作できますが、ヒルコに触れられたらどうにもなりません。
まだヒルコの闇が浸食してない背中から、急いでふたりで飛び出します。
「あうっ!」
「えひゃっ」
ちょ、ちょっと高かったでしょうか。
ふたりしてしりもちついちゃいました。
私は魂だからあんまり痛くないですが、テルマちゃんは私の体に入ってるから痛そうです。
「お、お姉さまぁ……。お姉さまのお可愛いらしいおしりを打ってしまいましたぁ……」
「そ、そんなことどうでもいいから!」
いま起きてること、お尻なんかよりずっと大変です。
ヒルコがどんどん『ヤタガラス』を浸蝕して、とうとう完全に飲み込んでしまいました。
下半身がヤタガラスの形の影になっちゃってます。
ヤタガラスの頭から生えたヒルコの上半身。
その目はじっと『アマノイワト』を見つめている様子。
こっちを襲ってくる気配、いまのところはありませんが……。
「まずいよぉ……。これじゃあ『聖霊神』を復活させられない……」
ヤタガラスを失ったら、もう『アマノイワト』を開ける手段がありません。
方法はひとつ、ヒルコをやっつけて『ヤタガラス』を吐き出させる。
けど、私たちじゃムリ。
せめてティアがいれば……。
「ティア……。そうだ、ティアを助ければどうにかなるかもっ!」
「ティアナさんを? ですがどうやって……」
ずる、ずる……、べちゃぁっ。
「こ、今度はなに……っ!?」
宝物殿のマドの方からしめった音が。
なにごとかと見てみれば、『影の赤ん坊』たちがマドの隙間からワラワラと、お庭の方へ這い出してくるじゃないですか。
「ど、どういうことですか、これ……」
「きっと結界が消えちゃったんだ。だからヒルコが入ってこられて、こうして影の赤ん坊まで……」
赤ん坊たちは見境いがありません。
私とテルマちゃんに大挙して押し寄せてきて……。
「おっと、これ以上好きにはさせないぜ」
ズドドドドドドドッ!!
地面から突き出してきた、とがった木の根にまとめて刺しつらぬかれました。
これは聖霊ピジューの力、つまりあのヒトの攻撃です。
「セレッサさん……!」
ヤリを手にしたセレッサさんが、私たちの前に降り立ちます。
どうやらひとりです。
戦闘音を聞くかぎり、他のメンバーはまだあそこで戦ってるみたい。
「無事か、トリス!」
「うん、私たちは平気……。でもティアが、タントお姉ちゃんとユウナさんが……」
「……あぁ、知ってる」
「それに、ヤタガラスまで取り込まれちゃった……」
「で、こいつぁ万策尽きてるのか?」
「ううん、まだ可能性はある。いまからティアを助けにいくんだ。そのためには、私の体を開けなきゃいけないんだけど……」
「理解したぜ。その間、こいつらからお前の体を守りゃぁいいんだな」
「お願い。そしたら絶対、ティアを助けられるから」
「承った。なにをする気か知らねぇが、思いっきりやってこい!」
「うん!」
セレッサさんが影の赤ん坊から私たちを守って戦い始めます。
あとはやるだけ、です。
「お姉さま? いったいなにをお考えなのです?」
「テルマちゃんにも説明しなきゃね。あのね――」
かくかくしかじか、作戦説明です。
テルマちゃん、ちょっと――いや、かなり青ざめちゃいますが……。
「お、お姉さまが覚悟の上なら、テルマ死んでもお護りします! もう死んでますけども!」
迷わずうなずいてくれました。
「よしっ! じゃあテルマちゃんっ」
「はいっ!」
テルマちゃんが私の体から飛び出し、『神護景雲の御衣』を発動。
霊体の私がテルマちゃんをお姫様抱っこして、ふたりでしっかり包まります。
そして私は太陽の瞳に願います。
『ヒルコの闇』に飲まれたティアの居場所を私に見せてほしい、と。
「お願い、『太陽の瞳』!」
カッ!
……見えました!
ヤタガラスの形の影のお腹のところ、ちょっと下!
取り込まれたティアの姿がハッキリと視認できます!
「……っぅぐ!」
「お姉さま!?」
「へ、平気……。ちょっとクラっとしただけだから」
こんなささやかな願いでも、今の私にはキツいみたいです。
けどへこたれません。
テルマちゃんを抱いたまま、『ヒルコの闇』へと走り出します!
「やあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
どぷんっ。
浸蝕する闇の中へ、頭から飛び込みました。
まるで泥だまりの沼の中のよう。
まわりの闇は私たちふたりの魂を引き裂き、取り込もうとしてきます。
限りない悪意、底知れない殺意。
私への害意はすべて、テルマちゃんの衣がはじき飛ばしてくれます。
だからなんにも不安はありません。
……ウソです、とっても怖いです。
けど負けません。
『影の沼』のなかを泳いで、ティアのところへ一心不乱にむかいます。
(ティア、いつもピンチのとき、私を助けてくれたよね。今度は私が、私たちが、あなたを助ける番だから!)
必死に泳いで、泳いで、力いっぱいティアに手をのばします。
そして、ティアの体に触れた瞬間。
私とテルマちゃんの魂は憑依を果たし――。
バチィィィィィィィィィン!!!
『!!!??』
きっとヒルコには、なにが起きたかわからなかったでしょう。
その月の瞳が見ただろうものは、自分のおなかから飛び出してくる、倒したはずの葬霊士。
十字架の大剣を肩にかついで光り輝く衣をまとい、瞳に太陽の光彩を輝かせた。
私たち『三人』の、どんな悪霊にも聖霊にも、ぜったい負けない最強の姿です。
「――ありがとう、トリス、テルマ。かっこわるいところを見られちゃったわね」
『まったくですよ……! おかげでお姉さまもテルマも、死ぬ思いをしたのですから』
『まぁまぁ、テルマちゃんっ。……おかえり、ティア。さぁ、ヒルコをやっつけよう!』
「えぇ。祓いましょう。私たち三人で」