164 強くなったね
宝物殿へ駈け込んでいったトリスを背に、オレたちは『影の赤ん坊』たちと戦いを繰り広げる。
無限に再生し続ける影のバケモノとの消耗戦。
だがよ、さっきまでとは気合いの入りがちがうぜ。
アイツが『聖霊神』を復活させるまで耐えればいいだけの話だからな。
終わりが見えてるぶん、さっきよりもずっと楽だ。
「ユウナ!」
「んー? どうしたー?」
「お前もさっさとティアナのとこに戻りな! アイツ、ひとりでヒルコをおさえてるんだろ?」
ユウナのヤツもオレたちと同じく、影の赤ん坊と戦いはじめちまった。
コイツと背中合わせで戦うのもいいけどよ、もしもティアナに万一のことがあったら、たとえヒルコをどうにかできてもユウナが心から笑えねぇ。
「あれ、そんなこと言っちゃって。ユウナ様の力を借りなくてもだいじょうぶかなー」
「へっ、バカヤロウ。オレを誰だと思ってやがる。ブランカインドの『筆頭葬霊士』だぜ?」
「……そっか。セレッサ、『筆頭』だもんね」
「それにここには、霊山きっての腕利きのメフィもいる」
「メフィ、腕利きなんですかぁ!?」
「なにより最強のババアまでひかえてるんだ」
ババアはホントにひかえてるだけ、だけどな。
危なくなったら手助けしてくれるんだろうけどよ。
「これ以上は過剰戦力ってモンだぜ。わかったらホラ、さっさと戻んな」
「……ん、わかった。セレッサのこと、信じてまかせることにする」
キンっ。
ユウナが双剣を束ねて一本の十字の剣に変え、腰におさめる。
「ホントはね、お姉ちゃんのためにもトリスを守らなきゃ、って思ったから、残ろうとしたんだけど……。私の同居人も、妹が心配みたいだし」
「心配もしますよ。トリスはボクのたったひとりの家族なんですから」
「姉バカだしねー、タントって」
「ヒトのこと言えますか……」
コロコロと人格が変わって、はたから見たらひとり芝居。
けれどユウナとタントはどっちもおんなじ人間で、どっちのオレの大切な――。
「――ほら、急ぎな。大事な姉が待ってるぜ」
「待ってないかもだけどー。……じゃ、行くね――と、そうだったそうだった」
な、なんだ?
走り出したかと思いきや引き返して――。
ぷにっ。
お、オレのほっぺを突っついた!?
「セレッサちゃん、強くなったね。ちょっとカッコよかったぞっ」
「んなっ……! くだらねぇことやってねぇで、とっとと行っちまえ!!」
「あははっ、照れちゃって。やっぱりかわいい。そんじゃねー」
……ったく。
走り去るアイツの背中を見送りながら、ふと『あのとき』の自分の言葉が胸をよぎる。
――ユウナさんの次にすごい葬霊士に、なりたい……!
ひよっこ以下の駆け出し未満のとき、アイツのとなりで立てた誓い。
遠い目標にむかってガムシャラに努力して、いま、ようやくかなえられた気がした。
「ここはオレたちが守るからよ。安心して行ってこい……!」
アイツにまかせてもらえたんだ。
ここは絶対に守りきる。
誇らしさすら感じながらヤリを振るうこのときのオレに、迷いや後悔なんてモノはなんにもなかった。
――そしてすぐ、オレは後悔することになる。
自分の決断を。
ユウナを行かせちまったことを。
ずるっ。
ずるっ、ずるっ、ずるっ。
(……なんだ? この音は……)
ユウナが走り去ってから10分ほど。
乱戦のなか、『その音』をオレの耳がわずかにひろった。
重く湿ったなにかが這いずるような音。
山道から山頂を目指してのぼってきた『それ』は、ゆっくり、ゆっくりとオレたちの前にその姿をさらした。
「お、オイ……。なんだ、ありゃ……」
最初はすこしデカい『影の赤ん坊』だと思ったんだ。
アイツらとまったく同じ漆黒の巨体に、這いずるような姿勢で歩く姿。
見間違えてもムリはねぇ。
だがちがった。
ソイツの形容に赤ん坊はふさわしくねぇ。
例えるのなら『ナメクジ』だ。
「あわっ、あわっ……、あわわわ……」
メフィがあわあわ言うのもムリはねぇ。
ヤツの姿はそれほどまでに異様だ。
手足がない影の体は異常なまでに肥大化して、あちこちから『影の赤ん坊』の手足や頭が飛び出している。
そのてっぺんから生えている、細身の上半身。
婆さんとテイワズには、どうやら見覚えがあるらしいが……?
「なぁシャルガのリーダーよ。俺がボケてんじゃなけりゃぁ、あの上半身は……」
「あぁ。婆さん健康そのものだわ。間違いない、ありゃ――『ヒルコ』様や」
なんだと……!?
アレがヒルコだったとしたら、そうしたら……。
「アイツがヒルコだってんなら、なんでここに来るんだよ! ティアナは!? たった今出ていったばかりのアイツらは――タントと、ユウナはどうしたんだよ!!」
オレの叫びに応えるように、ヤツのドロドロの下半身が盛り上がる。
そして、見覚えのある――ありすぎてイヤになる顔がふたつ、浮かび上がった。
「うぁ゛……」
「お゛ぅ……」
焦点の定まらない、どこを見ているのかわからないうつろな目。
ぽかんと開けた口からもれる、意味のないうめき声。
「なんだよ……。なんで……」
お前らの、そんな姿なんて見たくなかった。
なんで、なんでお前ら……。
「お前ら、なんでヒルコに取り込まれてるんだよ! ティアナ、ユウナッ!!」
生きている。
肉体もある。
だが、あれじゃあじきに……。
「……セレッサ。下がっときな」
「婆さん……」
よほどじゃないかぎり動かない大僧正の婆さんが、ヤツの前に進み出た。
ゾッとするほどの霊気を込めたナタをにぎりしめながら。
「あの二人を退けるほどの相手だ。単独じゃこの俺以外、除霊どころか戦いにすらならねぇさ」
言うが早いか、ヒルコの体から影の触手が猛スピードで飛び出した。
婆さんまで取り込むつもりか……!
「させないよ」
ヒュンッ。
婆さんもまた、それを上回る速度で回避。
霊気を込めたナタで斬りつける。
が、ヤツは聖霊。
しかも体の大部分が『影の赤ん坊』で出来ている。
ダメージはあっという間に再生しちまった。
「だろうな。しかし通さねぇ。この俺の眼が黒いうちは、これ以上誰も取り込ませてやるもんかい」
そうして始まるヒルコと婆さんの死闘。
クソ、オレはまたなにも出来ねぇのか……!
(トリス、そっちはどうなんだ……! 聖霊神、まだ呼べねぇのか……!)
宝物殿の方に目をやれば、『スサノオ』の上半身が見えた。
召喚の儀式は始まってるみてぇだが、できるだけ早くしてくれよ……。
じゃねぇともう、婆さんがやられたら後がねぇ……!
ゴゴゴゴゴ……!
「な、なんだ!?」
「ひぃぃぃぃぃっ! 今度はなんですか、この世の終わりですかぁ!?」
「いや、アレを見ぃ!」
テイワズが指さす先、宝物殿の上空に光の柱がのぼっていく。
ソイツが闇に突き刺さって、開いた空間の穴から現れたのは巨大な岩。
「ありゃまさか……、『アマノイワト』!?」
「じゃあトリスさん、やったんですかっ!」
『アマノイワト』は宝物殿の裏側へ、ゆっくりと下降していく。
あとはアイツらが『聖霊神』さえ復活させれば、トリスによればすべてが解決する。
あと少しだ、あと少しこの場で耐えれば――。
「……まずいぜ」
「婆さん!? なにがまずいってんだ! まさか体力がもたねぇってのか!? だとしたら、オレが代わりになって少しでも回復の時間稼ぎを――」
「見くびるんじゃねぇ! まずいのは『結界』さ!」
「結界だぁ?」
たしかに。
宝物殿には結界が張ってあるはずだ。
しかし『アマノイワト』は、まるでなんにもないかのように、あそこの庭へと降りちまった。
「結界をより強固にするために、『あえて穴を作る手法』。もちろん知ってるな!?」
「当たり前だろ? 宝物殿に張られてる結界の場合、宝物殿の入り口があえてスカスカになってる。その代償に、他の場所は絶対に抜けねぇようになってるんだ。だからオレたちがこうして入り口守ってるんだろうが」
「だったらなんで、『アマノイワト』が庭に入れた!」
「……!」
そうだ、結界が健在なら見えないカベにジャマされるはず。
まさかさっきの光の柱が、結界を破壊、もしくは無効化させちまったってことなのか……!
「つ、つまり婆さん、俺たちがここで奮闘している意味は――」
「あぁ。無くなった……!」
婆さんの言葉に宝物殿へと目をむければ、すでにマドから『影の赤ん坊』が侵入を開始していた。
当然、ヒルコもそれに気づく。
そして、
ヒュバッ!!
「しまっ――!」
婆さんの一瞬のスキを突き、ヤツは宝物殿の庭を目指して飛んでいく。
巨体に見合わぬ俊敏さで、ほんの一瞬で。
「まずい、トリスが……!」
まだ『聖霊神』の降臨は終わっていない。
ここでトリスをやられたら、すべてが終わる……!