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16 聖霊の力



 見えないわけじゃない、むしろハッキリ見えている。

 『見えない』ってことが、ハッキリ『見える』んだ。

 亡霊騎士は誰一人として他の霊を取り込んだりしていない。


「――妙な話ね。騎士の亡霊は、魂を取り込んだ集合霊じゃない。いったいどういうことかしら」


 私の言ったこと、ティアは少しも疑わずに信じてくれる。

 はじめて会ったときもそうだったよね。

 ……って、そんな感謝したりドキドキしたりしてる場合じゃなくって。


「ホントに、これってどういうこと?」


「わかりません、テルマの頭がバクハツしちゃいそうですぅ……」


「可能性、いくつか考えつくけれど。まずは推理は後回しね」


 ティアってば、可能性思いついちゃうんだ。

 なんだろ、これだけ私とテルマちゃんが首をひねっても出てこないのに。

 歴戦の葬霊士さんならピンとくるのかな。


 で、そのティアは言葉のとおり考察をやめて戦闘開始。

 鎧のスキマを狙って、右手の剣で斬り上げます。


 ですが鎧騎士さん、大盾でしっかりガード。

 反撃の横ぶりを、バック転でかわして距離をとるティア、と。

 ここまでだいたい一秒です。


「あ、相変わらず強いなぁ。あんな動きするなんて」


「お姉さま、今の見えてたのですかっ?」


「見えてるよぉ、バッチリ」


 見えてるからって、おんなじ動きができるわけじゃないけどね。

 それでもテルマちゃんから「わぁっ」と尊敬のまなざしをむけられて、お姉さま鼻高々です。


 さて、いったん距離をとったティアに対し、今度は亡霊騎士から攻め込んでくる、かと思いきや。


「ヒ……、サ……ァ」


 なにやらつぶやいて、背中をむけてしまいます。

 フラフラと折れた剣のところまで歩いて行って、そのあたりをウロウロし始めました。


「んん? なんだろう、あの行動」


「亡霊騎士、どうやら地縛霊のようね」


「ジバクレイ……?」


「霊は多くの場合、死んだ土地と強く結びつく。中には死んだ場所に縛られ離れられなくなるものもいて、そんな霊のことを指す言葉ね。召霊術もその法則を応用して呼び出しているのだけれど。つまり、あの騎士は――」


「ここで、お亡くなりになられたのですね……」


「そういうこと」


 そっか、そういうことなら納得だよ。

 カベに刺さって朽ち果てた剣の残骸、亡霊騎士が持ってるものとそっくりだもん。

 この洞窟がダンジョンになる前か、それとも後かはわからないけど、きっと騎士さんが生きてるときの持ち物なんだ。


「かわいそう……。あのヒトも『歪』んじゃって、生きてるころを忘れちゃって、それでも何かに縛られてるんだ……」


「解放してあげないと、よね」


「ティアにしかできないこと、してあげて」


 コクリとうなずき、微笑むティア。

 私もうなずき返します。


「とはいえなかなか手ごわい相手。こちらも一気に決めさせていただくわ」


 そう言ってふところから取り出したのは、小さな棺桶。

 いつもと同じもののように見えて、細部がぜんぜん違います。


 まず使われている木材とか――は置いといて、真っ赤なうるしで塗られています。

 まるで血みどろの禍々しさ。

 記してある文様も、十字架じゃなくなにかを封印しているような。


「――ブランカインドの葬霊士は、古来よりさまざまな霊たちを葬送おくってきたわ。しかし霊の中には、善霊でも悪霊でもないものが存在する」


 なんでしょう、あの棺を見ているだけで、背筋が凍るような悪寒がします。


「それが聖霊。まつろわぬ『神』と呼ばれる神秘の霊たち。発生源もなにもかも全てが不明、葬送おくるあの世も無い輩よ」


 聖霊!

 知ってるよ、タマスク教以外の宗教の神様や、自然に宿るなにかのことを総称してそう呼ぶの。

 ホントに存在してたんだ。


 パチンっ。


 棺のフタが開かれた瞬間、逆巻く疾風が吹きすさびました。

 そうして姿を現したのは一頭身の、緑の鳥。

 顔中に目玉がちりばめられていて、放つ気配のあまりの禍々しさに背筋が凍りつきます。


『――我が眠りを呼び覚ます者よ。汝が欲するは知恵か力か』


 ザンッ!


『あびょっ』


「!? ティア、後ろから斬っちゃったよっ!?」


「かわいそうですぅ……」


 ホントに真後ろから、有無を言わさず上下にまっぷたつ。

 あわれ鳥さん、緑のモヤに変わっちゃった。


 テルマちゃんの言うとおり、ちょっぴりかわいそうになっちゃうね……。

 声も見た目も言動も、かわいくない要素すごかったけど。


「これでいいのよ。聖霊は力も心も人間と遠くかけ離れている。協力など求めずに、力だけ利用してやるくらいでちょうどいい。封じておけばすぐに再生するものだし」


 鳥さんだったモヤの中に、二本の刃が入れられる。

 ティアが魔力を込めていくと、モヤが刃にまとわりついて……。


「霊鳥シムルが魂よ。刃に宿りて科戸しなと神風しんぷう呼び起こさん」


 風をまとった、二刀の刃が出来上がりました。


「ブランカインド流()霊術。この風で、あなたの呪縛を断ち切るわ」


 憑霊術……。

 テルマちゃんから、憑依にはとってもリスクがあると聞いてます。

 でもあの術は、体じゃなくて『武器』だけに聖霊を憑依させている。


 ノーリスクで力だけを引き出す。

 信頼できない相手でも、ああいう方法があるんですね……。


 と、関心しているあいだに戦闘再開。

 ふたたび挑みかかるティアに、亡霊騎士もすぐさま戦闘態勢へ。

 先ほどと同じようにティアの初撃を大盾でガードしようとするのですが――。


 ズバァッ!


 なんと!

 バターでも切るみたいに簡単に、大盾が両断されてしまいました!


「……!」


「風をまとった刃の威力、防げるとでも思ったかしら?」


 続けて、もう片方の剣で斬り上げ。

 亡霊騎士がバックステップでの回避を試みますが、剣をふるった風圧が小さな竜巻を巻き起こし、亡霊騎士を吹き飛ばしました。


 ドガッ!!


 カベに叩きつけられる騎士に対し、ノータイムで追い打ちのひと振り。

 残った剣でガードしても、さっきの盾と同じこと。

 剣ごと腕を叩き斬られてしまいました。


「――終わりね」


 勝負あり、です。

 剣も盾も失った亡霊騎士は、観念したようにティアの前で頭を垂れます。

 まるで介錯のときを待つかのように。


 聖霊の力を持ったティア、圧倒的でした。

 これで一安心、物陰から出ていく私です。


「ティア、お疲れっ。今回もすごかったよぉ」


「それほどでも。さて、トドメといきましょうか」


 いつものようにモヤに変えて棺に封印するために、剣を振り上げるティア。

 そのとき、斬られた腕から黒いモヤが立ちのぼって、私の体に触れて――。




 気がつけば、お城っぽいどこかの建物の中庭にいました。


 誰かの体に入ってる、この感じ。

 もしかしてこれ、『半分の悪霊』のときと同じ、霊の記憶の中ですか……?


「ひめさまっ、剣のけいこなどおやめくださいっ!」


 わっ、と。

 体が勝手に動いて、走っていきます。

 目線の高さ的に、子どもの視点でしょうか。

 むかう先には小さな金髪の女の子、へっぴり腰で剣を振っていますね。


「なぜかしら。戦乱の足音が聞こえてきているというのに、己を鍛えてはダメなの?」


「不要だからですっ! ひめさまはその……、私がっ! 私が強くなって守りますからっ!」


「メイドのあなたが近衛の騎士になるというの? わたくしに腕相撲で勝てたこと、一度もないでしょう」


「これから鍛えて強くなるのです! そして、そして……っ、ひめさまを一生お護りしますからっ!」


「まぁっ……」


 口元を両手でおおって、こころなしか顔を赤くするお姫様。

 なんだかほほえましい光景です。


「……わかりました。もうわたくし、剣は取りません。その代わり絶対に約束、護ってくださいね?」


「はいっ!」


 手をにぎり合って、笑い合う二人。

 心温まる光景を見守っていたら、なんと視界がぐにゃぐにゃし始めます。


『な、なになに!?』


 オロオロしてたら周りの風景がすっかり変わって、今度はさっきのお城の中、でしょうか。

 今度の目線は大人の高さ。

 外からは武器がぶつかりあう音や爆発音、ときの声が聞こえてきます。


「姫さま、敵軍の総攻撃が始まりました……!」


 下げていた視線が上がると、そこにいたのは金髪のお姫様。

 さっきの子とそっくりです。

 大人になった二人、なのでしょう。


「ここまで持ちこたえてきましたが、もはやこれまで……。敵の攻め手は名将と名高いグレンターク。せめて姫様だけでもお逃げ下さい……!」


「シルク、あなたはどうするのです?」


「剣に生き、剣に死すが我が定め。かくなるうえは敵陣に斬り込み、一人でも多く道連れにして果てましょう……!」


「なりませぬ! 無意味に命を散らしてはなりませぬ……! どうかシルク、わたくしとともに生き延びて……」


「姫さま……」


「逃げるにも、護衛は必要です。それに――わたくしを護ると誓ったでしょう?」


「……御意。どこまでもお供します」


 グレンターク将軍の名前が出たってことは、百年くらい前でしょうか。

 グレイコーストの町が、グレイスって小国だったころのこと、のようです。


 そして、またも場面が変わりました。

 今度は……グレイコスタ海蝕洞の最深部。

 私たちがちょうど今いるところです。


「シルク、大丈夫……?」


「これしきのケガ、蚊ほどにも感じませぬ……! 私などを気にかけるよりも姫さま、少しお休みください。敵の捜索の手がゆるむのを待って、しかるのち、隣国へ落ち延びましょう……!」


 騎士さんの声、とっても苦しそうです。

 鎧のスキマ、巻かれた包帯からじっとりと血がにじんでいます。


「いたぞ、ここだ!」


 洞窟にひびく声。

 どうやら追っ手に見つかってしまったようです。


 グレンタークさんの軍でしょう。

 兵士たちが三人、剣を手に走り込んできました。


「姫さま、お下がりを……!」


「なりませぬ、投降してください! グレンターク将軍は人格者と聞きます、捕虜となれば手荒な真似は――」


「騎士の誇りにかけて、引き下がれぬのです!」


 そう叫んで、騎士さんは立ち向かっていきました。

 ですが、ケガした体で三人を相手にしては、もうどうにもできません。


 はじき飛ばされ、カベに突き刺さる剣。

 三人の兵士から体を剣で貫かれ、倒れてしまいます。


「姫、さま……っ! シャルール姫、さ、ま……っ」


 最期に見た光景は、泣き叫びながら兵士たちにかつがれ、連れていかれるお姫様でした。




「――っ」


 意識が現実にもどったとき、ティアの剣はまだ振り下ろされていませんでした。

 じっさいの時間にして、ほんの一秒にも満たなかったようです。


 半分の悪霊のときにも見えた、霊の記憶。

 これっていったい……。


「お姉さま……? 瞳が、まるで流れ星のようになっています。小さな光がキラキラと流れて……」


「えっ、流れ星……?」


 つまり霊の記憶ののぞき見も、私の特殊な『眼力』のおかげ?


「安心なさい、あなたをあの世に送るだけ。あるべき場所に行ってもらうだけだから」


 もうすぐに、トドメの剣が振り下ろされます。

 たしかにこのまま葬霊すれば、亡霊騎士の目撃もなくなるでしょう。


 ですが、それでホントにこの騎士さんを救ったことになるのでしょうか。

 亡霊騎士がさまよっていたのって、きっとお姫さまを探していたからです。


 女のヒトにだけついてくるという、怖いウワサの悲しい真相。

 人助けをするにあたって、私にできるベストな行動は……。


「待って、ティアっ!」


 それ以上、深く考える前に体が動いていました。

 トドメのひと振りを止めるために、ティアの肩をがっちりつかんで、


「トリスっ?」


 カッ!


 その瞬間、触れた場所から光が放たれました。

 なにが起きたのかわかりませんが、謎の発光はすぐに止まります。

 ほんと、何が何だかわからずパニックです……!


「――トリス、今なにをしたの?」


「えぅっ、それが私にもぜんぜんわかんなくって……っ」


「記憶が、流れ込んできたわ。騎士の亡霊の記憶、かしら」


「えっ!?」


 ティアってば、今の一瞬で私とおんなじものを見たってこと……!?



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