158 浸食する影
瞳を閉じてヒルコに立ち向かうふたり。
対するヒルコも両手から闇の刃を出して、激しい戦いが始まります。
もちろん私だってただ見ているだけじゃありません。
いつものようにサポートしなくちゃ。
「二人とも、いまから弱点見破るからっ!」
「わかったわ」
「頼りにしてるよー」
ヒルコだって聖霊ですから弱点をつけば倒せるはず。
いったん目を閉じてから、瞳に魔力を集中させて……開眼!
「綺羅星の瞳っ!」
よしっ、これでヒルコの弱点が……。
「じゃ、弱点が、見えない……?」
「お姉さま? まさか星の瞳を使えなくなってしまったのですか……!?」
「そうじゃないの。あのね、ヒルコってどんな光も吸い込む闇を出してたよね」
大神殿の最下層で初めて出会ったとき、ヒルコが使った『真の暗黒』。
光を反射しないモノは見ることが出来ない、という理屈で、あの闇の中ではなんにも見えなくなってしまいました。
「その闇と同じものが、ヒルコの体内に詰まってるの。だから『星の瞳』で透視しても弱点が見えないみたい」
星の瞳じゃ弱点が見えない。
けれど私はその闇の払い方を知っています。
「安心して、問題なしだよっ。『太陽の瞳』なら見えるはずだから――」
「問題大アリですっ!!!」
テルマちゃん、見たコトもない剣幕です。
ちょっとビクッとしちゃいます。
「あの闇を払ってからです、お姉さまが霊力を使い果たして、体調を崩されたの……! ヒルコの闇を払うには、きっとすっごく力を使うんです!!」
「た、たしかにそうかもだけど……」
「ティアナさんたち、必死に戦ってます。目を閉じたままなんてムチャして戦ってるんです。お姉さまに『太陽の瞳』を使わせないために」
「……」
「お姉さまはもっとご自分を大切になさってくださいっ!!」
大事な大事なテルマちゃんに半泣きでそんなことを言われたら、もうなんにも言えません。
見てるだけになっちゃうのはもどかしいですけれど……。
「……うん、わかった。――ティア、聞こえてた?」
「えぇ、しっかり聞こえてた。仕方ないわ。弱点くらい自力で見つけてみせる」
「そうそう。私ら二人、最強の姉妹だよー? 安心して見てなって」
二人とも余裕バッチリ、ってカンジで答えてくれました。
ホントに余裕なのだとしても、私を安心させるためだったとしても、しばらくは普通に戦えそうです。
けれど、これだけはゆずれない部分もあります。
「……でもね、テルマちゃん。ティアたちが危なくなるまでは、だから。どうにもならなくなっちゃったら、みんなに怒られても、テルマちゃんを泣かせちゃってでも使うからね」
だって、ティアのこともユウナさんのことも、タントお姉ちゃんのこともとっても大事だから。
自分かわいさに見殺しなんてしたくないもん。
「それまでは、いっしょに見守ろう」
「はい……!」
ふたりで寄り添って衣にくるまって、ティアたちとヒルコの戦いを見守ります。
そうしているあいだにも、『真っ暗な赤ん坊』たちが私たちへと手をのばしては、衣にはじかれて粉々に。
魔物の死体や人間が影に飲み込まれて生まれたはずですが、中身、いったいどうなっているのでしょう……。
「まぁま、マぁマぁぁ……」
「ママ、ァァぁぁ」
それにさっきから、ママ、ママって。
私のことを見ながら言っているんです。
(なにか、意味があるのかな……。それとも……)
聖霊も悪霊も、みんな意味がわかりません。
行動も思考もぜんぶ意味がわからない、だから怖いと思ってしまう。
今もとっても怖いです。
『真っ暗な赤ん坊』たちの言動、ちっとも意味がわかりません。
だから、なのでしょうか。
恐怖をやわらげようとしてるから、意味なんて考えてしまうのでしょうか。
「マンマぁぁ……」
バチィィィィン!!!
衣に頭を押しつけて、はじけ飛ぶ赤ん坊。
こうしているあいだにもその数は、どんどん、どんどんと増えていっていました……。
★☆★
「オイ、カムイとか言ったな! この赤ん坊ども、シャルガの差し金か!?」
「知らん……! 見ればわかるだろう!」
襲いかかる『影の赤ん坊』を剣で斬り払いつつ、カムイが答える。
コイツにも攻撃してんだ、やっぱりシャルガのしわざってわけでもねぇのか。
「だとしたらこいつらなんなんだよ……!」
「俺に聞くな、クソっ……。ガルーダ様! お戻りください!」
圧倒的な数で押し寄せる赤ん坊たちに、自分の不利を悟ったか。
カムイが上空からガルーダを呼び戻す。
オレももうコイツとの戦いどころじゃねぇ。
なにせこの赤ん坊たち、あきらかに守るべき別館の方に押し寄せてきてやがるんだ。
「メフィ! お前ももどってくれ! オレ一人じゃ守りきれねぇ!」
「わ、わかりましたよぉ……!」
すっごい嫌そうに答えたな。
ま、気味の悪い巨大赤ん坊がひしめく地上に降りてくるんだ。
嫌に決まってるか。
「うひぃぃぃ……。お、降りましたぁ……」
「よし! さっそくこいつら蹴散らすぜ!」
「ま、待ってくださぁぁい!! やっつけるのちょっと待ってぇ……!」
「あぁ!? なんだよ……!」
出鼻をくじかれたぞ、オイ。
倒してほしくない理由でもあんのか?
ひとまず突くのはやめて、襲いかかってきた何体かをヤリの柄でなぎ払う。
「あ、あのですねっ! メフィ空から見てたんで知ってるんです。この影たち、ほとんどは魔物に影が取り憑いて出てきたんですけどぉ……」
「だったら問題ねぇじゃねぇか」
「ですけどぉ! な、中には混じってるんですよぉ!」
「なにが!」
「人間ですぅ! 参拝の人たちとか、ブランカインドの人たちとか、影に飲まれて赤ん坊にぃ……」
「あんだって……!?」
こいつらの中に、人間が混じってるだと……!?
クソ、つまりうかつに攻撃できねぇじゃねえか!
「メフィ、見分ける方法は!」
「あ、『あの子』ならなんとかできるかも、ですっ」
「よし、やってくれ!」
「うけたまわりましたっ!」
メフィが自信満々に棺の中から呼び出した動物霊はヘビだった。
ソイツでいったいなにをするつもりだ……?
「ブランカインド流憑霊術・霊獣憑依【ガラガラヘビ】っ!!」
ヘビの魂を憑依させて、なにやら集中しているな。
無防備なメフィを守りつつしばらく時間を稼いでいると、
「……見えましたっ! そこと、あそこと、あとはむこうの赤ん坊の中に生きた人間がいますっ!」
三体の赤ん坊をかわるがわるに指さした。
「でかしたぜ! ……で、どうしてわかったんだ?」
「ピット器官ですっ。熱を感知して見分けました。魔物と人間の体温はまったくちがうので」
「お、おう……?」
よくわかんねぇが、どいつが人間かがわかった。
これで心置きなく――。
「このままではラチが開かん……! ガルーダ様、そのお力で一掃を!」
『キィケョエェェェェェッ!』
ま、まずい……!
ガルーダのヤツが人間の頭ほどある石を大量に作り出して、風に乗せていやがる!
アレを広範囲にブン回してすべての赤ん坊を片付けるつもりだ……!
「オイ待てお前、すぐやめさせろッ! あの中には人間が――」
「砕け散れッ!!」
とっさに飛び出すが、ダメだ、間に合わねぇ……!
ヤリから放った木の根がガルーダを絡め取る前に、攻撃が放たれて――。
「――ブランカインド流葬霊術、輪廻の円転」
ズバババババババァッ!!
そのすべての岩が、一瞬にして斬り落とされた。
いったい誰に、だって?
こんなこと出来るヤツ、心当たりはひとりしかいねぇよ。
「よぉ、なかなか頑張ってんじゃねぇか」
「だ、大僧正ぉぉぉ!」
感極まったようなメフィの叫び。
猛スピードで岩の嵐を斬り裂いた大僧正が、俺たちの前に軽やかに着地する。
その肩にかついでる気絶した男は、まさか……。
「ば、バカな……! ケイニッヒ様……!」
「おう、正確にはジェイソフな。きっちりシメておいてやったぜ」
さ、さすがだな。
どこまで半端ないんだ、この婆さん……。
「ってなわけだ。シャルガの兄ちゃん、潮時だぜ? ここに来る前にいろいろ見回ってきたんだが、お仲間さんもこの混乱で逃げ始めてる。トリスの開けた穴から、な」
「トリスたち、戻ってきたのか!」
「あぁ、今はヒルコとやり合ってるみてぇだが、こっちの方が心配でな」
「へっ。オレら、あいつらより信用ねぇのな」
それはそれで複雑だが、最優先は三大聖霊の防衛だもんな。
まぁ仕方ねぇか。
「ぐ、ぐぐ……ッ! まだだ、まだ負けを認めるわけにはいかねぇ……ッ」
「お前、まだやる気かよ。これ以上は無意味だぜ?」
「黙れッ! ガルーダ様、こいつらをまとめて八つ裂きに――」
『キッ、キキっ――』
「ガルーダ様……? ――っ!?」
ガルーダの声に異変を感じてふり返ったナリト、相当に驚いただろうな。
オレだって驚いてる。
だってよ……。
「だぁだぁ……」
「きゃっきゃ、あぁぶ」
「えぶぇぶ、ばぁぁ」
『キキョ……、キョ……』
聖霊までもが赤ん坊たちにまとわりつかれて、『影』に取り込まれていく様子を見せられちまったらな……。