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157 ヒルコの影



 私たちのまわりにいた魔物すべてが『影』につつまれて、巨大な赤ん坊に変わってしまいました。

 顔のない顔をゆがめて、無邪気に笑いながら迫る『真っ暗な赤ん坊』たち。


「い、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 悲鳴をあげたのは参拝客のお姉さん。

 パニックになりながら逃げだしてしまいます。

 こんな光景を見たらだれだって逃げ出したくなることでしょうが、それってとっても危険です……!


「待ちなさい! 今私たちから離れたら――」


 ティアの制止も耳に届きません。

 無我夢中で走り出したお姉さんに、赤ん坊の一人が襲いかかります。


『ばぁぁぁ』


「ひっ――」


 太くて短い腕がお姉さんの腕をつかんだ、その瞬間。


 ズバァッ!!


「ダメだよお姉さん。避難は落ち着いて、が鉄則なんだから」


 間一髪、でした。

 飛び込んできたユウナさんの攻撃で、影の赤ん坊はバラバラに。


「あ……、ご、ごめんなさい、私……」


「あやまるのはあと! ほら、こっち来て!」


 ユウナさんがお姉さんの手を引いてこっちにやってきます。

 あのヒト、ケガもないみたいです。


「よ、よかったぁ……」


 ホッと一安心……してる場合じゃないですが。

 だってこうしてる間にも、どんどん赤ん坊が襲って来てはティアに斬られているのですから。


 しかもです。

 まるで聖霊のように、斬られたそばから再生してしまうんです、この赤ん坊たち。

 『影そのもの』だからでしょうか。

 剣の攻撃じゃ倒せないのかも……。


「お姉ちゃん、これじゃあキリないよ!」


「そうね。おそらく『ヒルコ』の術でしょう」


「本体を倒さないかぎり、ってヤツ?」


「かもしれないわね……」


「でしたら強行突破です! ヒルコ本体のところまで一気に行っちゃいましょう!」


「うん、それが一番いいと思う」


 テルマちゃんの提案にうなずきます。

 このままここで戦ってても、無意味に消耗するだけです。


「オッケー。そいじゃ、この子はユウナ様が安全な場所までご案内――」


 ぐちゅる。


「え――」


 ユウナさんが女の子の手を取ったそのとき。

 しめった音が耳に届きます。


 同時にユウナさんもおかしな感触に気がついたのでしょう。

 私と同時に『彼女』へと目をむけると……。


『ばぁぁっ。ままぁ。まっまっ』


「――っ!」


 そこにもう、『彼女』はいませんでした。

 ドロドロのヘドロのような『影』に飲まれて変わり果てた、『真っ暗な赤ん坊』となり果てていたのです。


 まさかさっき触られたときに……?

 そうだ、この赤ん坊たちももともとは、モンスターが黒い影に飲まれて生まれたもの。

 ヘドロの影が、触れたものを『赤ん坊』にするチカラを持っているとしたら――。


「ユウナさん、腕を……っ」


「くっそ……!」


 バシッ、と腕を振り払い、お姉さんだったものを峰打ちで弾き飛ばすユウナさん。

 その腕には思った通り、黒いヘドロのような影がうじゅうじゅとうごめいています。


「やっば……。これってつまり、ユウナ様ももうすぐ赤ん坊?」


「そ、そんなことさせない! ティア、私『使う』からっ!」


 一言ことわってから、ティアの腕の中で幽体離脱。

 『太陽の瞳』を発動です。


 ユウナさんの腕でうごめく影を見つめながら強く願います。


「お願い、消して……! あの影を消して……っ!」


 効果はすぐに現れました。

 日が差して影が消えていくように、ユウナさんの腕から黒いヘドロがきれいさっぱり無くなります。


「ふぅ、これでよしっ」


「ご、ゴメンね、ドジ踏んで使わせちゃった」


「いいんだよ、あんなの予想できるわけないし」


「トリス。ユウナを助けてくれてありがとう……」


「う、うんっ」


 ティアってば、とっても複雑そう。

 ユウナさんが助かった安心感と、私への心配がぐちゃぐちゃになったみたいな顔してます。


「えっと、じゃああのヒトも見てみるねっ! もしかしたら助けられるかも――」


 シュンッ!


 ……その時、目の前にとつぜん『それ』が現れました。

 影のように真っ暗な体。

 細長い手足をした細身の体に、顔をびっしり覆いつくす目玉。


 忘れもしません。

 これは、この聖霊は――。


「ヒルコ……っ!」


「お姉さま! 早く体にお戻りを!」


 ヒルコが霊体の私に手をのばします。

 急いで体に逃げ込む私。

 ティアがヒルコの腕を斬り払ったことで、なんとか逃れることができました。


 体にもどっても、特に違和感などはなし。

 太陽の瞳の副作用はまだ出ていません。

 ただ心臓は恐怖でバクバクです。

 ティアにしがみつきながら、荒く息を吸い込みます。


「――っはぁ、ちょ、直接ここまで来るなんて……」


『…………』


 斬られた腕を再生させつつ空中に浮かび上がるヒルコ。

 その表情からもなにからも、感情、思考は読み取れません。

 ですが……。


「たぶん、狙いは私だ……」


 それでもなんとなくわかるんです。

 赤ん坊たちは間違いなく私を狙って動いています。

 聖霊神の復活に私が必要だからなのでしょうか。


「へんっ、つまりジェイソフの指示ってわけだ」


「許せません、あのお爺さん! お姉さまはテルマのお姉さまですのにっ!」


「……ううん、ちがうと思うよ」


「えぅっ!? お、お姉さまっ、ちがうのですかぁ……? テルマはお姉さまの恋人であり妹では……」


「あ、そっちじゃなくてね? ジェイソフの指示って部分」


 ヒルコの動きに、たしかに『自分の意思』を感じるのです。

 誰に命令されているわけでなく、ヒルコは自分の意思で動いている。

 根拠はあります、カンだけじゃありません。

 

 ティアが大僧正から聞いた話のまた聞きですが、ダンジョン化というものは、聖霊が自分の意思でその場に降り立ったときに始まるもの。

 ブランカインドがダンジョン化したのは、ヒルコがジェイソフの手を離れて自分の意思で動き出したからではないでしょうか。


「――要はヒルコは、自分の意思であなたを狙っている。つまり聖霊神を復活させようとしている、ってことかしら」


「だと、思う」


 聖霊神に匹敵する力を持つというヒルコ。

 聖霊神や三大聖霊となにか関係がある、それだけは確かだと思うのです。


「それでどうする? お姉ちゃん。この場でコイツとやり合っちゃう?」


「……聖霊像も三大聖霊も山頂よ。コイツがこっちに出向いてきたのなら、わざわざそっちに連れていきなおす必要もないでしょう」


「そりゃそうだ」


「トリス、あなたは後ろに下がってて」


「ダ、ダメだよっ! ヒルコには『月の瞳』があるんだよ? 私も憑依して――」


「憑依しているあいだ、あなたの体は無防備になる」


「うぅ……っ」


 ティアの言いたいことが、短い言葉でハッキリわかっちゃいました。

 テルマちゃんの衣は、私に憑依した状態じゃないと私を守れません。

 そして現在、私はヒルコとたくさんの赤ちゃんに狙われています。


 さすがのティアとユウナさんでもヒルコを相手にしつつ大量の赤ん坊から私の体を守るのは困難でしょう。

 体を抱えた状態ならなおのこと、です。


「わ、わかった……。テルマちゃん、いっしょに下がってよう?」


「はい! いつものようにテルマがお護りしますのでご安心を!」


 ティアの腕から飛び降りて崖際へと走ります。

 テルマちゃんも私に憑依して【神護景雲じんごけいうん御衣みころも】を発動。

 これで赤ちゃんは私に手出しできません。


「ティア、ユウナさん。気をつけてね……!」


「平気よ、トリス。『月の瞳』との戦い方ならさっき練習してきたもの」


「そういうこと。トリスは知らないだろうけどねー」


「だからあなたは安心して、いつものようにサポートしてね」


「うんっ、まかせて!」


 ティアが双剣を引き抜いて、赤い棺から聖霊シフルを取り出します。


『汝――』


 ズバッ!


 一頭身の鳥さんがいつものように雑に斬られて、双剣が緑の霊力をまといました。

 いつも思うんだけど、アレなかなかにかわいそうですよね……。


「ブランカインド流憑霊術。この風で、すべての動きを感じ取る」


「ユウナ様は第六感だけで感じ取れるけどねー」


「……私だって、やろうと思えばできるわよ」


 そんなやり取りのあと、なんと二人は目を閉じました。

 たしかにこれなら月の瞳を見ちゃう心配はありませんね。


『…………』


 その間もヒルコは空中で、じっと私を見つめています。

 あきらかに私を――聖霊神の復活を求めているあの聖霊。


 聖霊の思考なんて人間には想像もつかないもの……のはず。

 ですがヒルコの考えは『私たちにも理解できるもの』なんじゃないかと思うのです。

 根拠なんてちっともない、まったくただの『カン』なのですが……。



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