153 ぶつかり合い
ふもとがにわかに騒がしくなってきやがった。
雄たけびに剣戟の音、逃げ惑う人たちの悲鳴。
やはりシャルガの襲撃か……!
「メフィ、そなえろ! すぐこっちに来るぜ……!」
「あわっ、わわわわ……っ。ホントに攻めてきたぁ……」
「腰抜かしてる場合じゃねぇだろって!」
ビビるのもわかるけどよ。
ダイアウルフの霊にしがみついて泣いてる場合じゃねぇっての。
「こ、怖いぃぃ……。怖いですぅぅぅ。こ、怖いです、けどぉ」
「お……?」
生まれたての小鹿みたいに足をガクガクさせながらだけど、立ち上がったぞ、アイツ。
「怖いけど、逃げないって決めたから……。メフィ、がんばりましゅっ!!」
「へっ、なかなか根性あんじゃねぇか。安心しな! 『筆頭葬霊士』のセレッサ様がいっしょなんだからよ!」
「はひっ!!」
こっちの準備は万端だぜ。
さぁ、いつでもかかってきやがれ!
と、意気込んだ矢先。
街灯が照らす暗い空に、巨大な鳥の影が横切った。
「ひゃぁぁっ! でっかい鳥ぃ!?」
「お前ら、葬霊士だな……?」
鳥の背から飛び降りた男が、オレたちの前に着地する。
「それもかなりの使い手だ。まさかお前が『筆頭』か……?」
「ご名答。なかなか人を見る目があるじゃねぇか」
眼光するどくオレをにらむ、シャルガの装束を着た体格のいい黒髪の男。
考えるまでもねぇな、敵だ。
「ひぃぃい、さっそく来ましたぁ……」
「ずいぶんお早いお着きだな。オレらのとこに来るのによ」
「強者の気配を追ってきただけだ。が、どうやら大当たり。俺の嗅覚も捨てたもんじゃねぇな」
ヤツの背後に着陸する巨大な鳥。
街灯の明かりが照らすその姿、ただの鳥じゃないとひと目でわかる。
目もくちばしもついていない、つるりとした頭部。
大きなふたつの翼にびっしりとついた大量の眼。
「気味のわるいペット連れてんなぁ、オイ」
「ペット……だと……? きさま、聖霊様を侮辱するか……ッ」
「ハッ。おっと失礼、聖霊サマであらせられましたか、っと。つまりお前がペットだったか。わりぃわりぃ」
「ブランカインドォォ……! どいつもこいつも聖霊様をさげすみ、貶め、踏みにじって憚らないクソどもがぁ……!」
おーおー、すっげぇお怒りだ。
腕やひたいに血管ピキピキ浮き上がってる。
「セ、セレッサさん……! 挑発しすぎですよぉ、め、めちゃくちゃ怒ってますぅ……」
「いいんだよ、怒らせとけ。怒ったところで強くなるわけでもなし」
こういうとき、ティアナならもっとハデな挑発決めるだろうしな。
こっちがドン引きするレベルで。
「我が名はナリト! 聖霊様とともに生きる誇り高き戦士! そしてこちらが『ガルーダ』様だ! てめぇらも名乗りやがれッ!!」
「ブランカインド流『筆頭』葬霊士、セレッサ・マーセルス」
「め、メフィル・シュトラムですぅ」
「セレッサ・マーセルス! メフィル・シュトラム! てめぇらの魂、ガルーダ様にささげる贄とするッ!」
「メフィもですかぁ!?」
「へっ、上等!! こっちもハナから全開でいくぜ!」
ふところから赤い棺を取り出し、フタをあける。
飛び出してきたのはいつもどおり、気味の悪い二頭身の鹿のバケモノ――聖霊ピジューだ。
『――・』
「うっせぇ!」
ズバッ!
これまたいつも通りなにか言おうとしているが、かまわず雑に斬り捨てる。
分解して緑のモヤに変わったところで、ソイツをヤリの刃にまとえば……。
「ブランカインド流憑霊術。コイツがオレの全力だ」
「――ッ!!! 聖霊様への数々の非道と無礼!! てめぇら百回死んでも許すと思うなァァ!!! ガルーダ様っ!!」
『キョキョキョキィ!!』
バケモノ鳥が悲鳴みてぇな鳴き声を上げたかと思うと、羽ばたかないまま空中に浮かび上がる。
大きく翼を広げ、霊力をほとばしらせると強風が吹き荒れた。
見た目通り、ヤツの属性は風か……?
ピッ……!
……いや、ちがう。
たった今オレのほほに走った傷。
コイツは風の刃じゃねぇ。
風そのものに殺傷能力はまったく無い。
攻撃の正体は風のなかに混じった小石、砂粒、微細な粒子。
とがった形状のそれらが風に混じって、猛スピードで飛び回っている。
つまり――。
「メフィ! コイツはどうやら『地』の聖霊だ!」
「『地』ですか!? さすが分析が早いです!!」
「見る目だけはたしかのようだ。が……!」
ナリトが腰のサーベルを抜いた。
アイツ、自分でも戦えるタイプかよ。
「腕前はどうだ……!?」
ギュンッ!
「く……っ」
ガギィィっ!!
突進しての斬りつけ、なかなかの速度じゃねぇか。
並みの相手なら反応すら出来ずに斬り捨てられてるところだ。
ヤリで受け止め、状況は力比べの押し合いに。
一対一なら集中できるところだが、この状況でガルーダの攻撃を喰らったら……。
「セレッサさん! 聖霊はメフィにお任せを!」
「助かるぜ!」
「いくよ、ウルフちゃん、アルゲンちゃん!」
メフィがダイアウルフを自分に憑依させ、アルゲンタヴィスに乗って上空へ。
ガルーダと空中戦を開始した。
「頼むぜ……! なんとかおさえ込んでてくれよ……!」
倒してくれ、とまでは言わねぇ。
聖霊携帯用に使ってるシャルガ製の赤い棺を奪っちまえば、それでカタがつく。
オレがコイツを倒すまで、持ちこたえてくれていれば充分だ。
「……てめぇら、ブランカインドでも一、二を争う使い手だな」
「あぁそうだぜ、ソイツがどうした!」
「そんな奴らが二人もそろって迎撃にも出ず、こんなチャチな屋敷の警護に回っている」
「あぁそうだな! なんだお前、オレらとお話でもしてぇのか!?」
「つまり、よほど大事なモノを護っているらしい。三大聖霊様はこの中だろ」
……コイツ、確信をもっていやがる。
上空から探し回って、ここと目星をつけた理由があるわけか。
「……へっ、どうだろうな。乙女のヒミツが眠ってるだけかもしんねぇぜ?」
「とぼけてもかまわんさ。どのみちてめぇら二人、まとめて倒せばいいだけのこと」
ガキィィン!!!
「ぐっ……!」
オレがパワーで押し返された……!?
大きく後ろに後退したオレに、ヤツはさらなる追撃を加える。
「てめぇらだけじゃねぇ。ブランカインドの奴ら全員、今日この手で根絶やしにしてやる……!」
「……んだとぉ!?」
憎しみと怒りをぶつけるように、振り下ろされる鉄の刃。
一撃一撃がオレの手からヤリを吹き飛ばす勢いだ。
「許せねぇんだよ、ブランカインドは。お前らが存在しているってだけで、はらわたが煮えくり返りそうだ……!」
「こっちのセリフだ、この野郎! お前ら、オレの仲間をどれだけ殺しやがった!!」
「そんな小さい話をしてんじゃないんだよ」
「小さい、だぁ……!?」
「古来より、人は自然とともに生きてきた。聖霊様とともに、寄り添って生きてきたんだ。聖霊様は天然自然の化身。聖霊様とともに生きることこそ、人間のあるべき姿。お前らごときが『歪』めていいもんじゃねぇんだよッ!!」
「……なにをウダウダとッ!!」
ブオンッ!
力任せにぶん回したヤリを、バックステップでよけられた。
身のこなしもムダに良いな、あのヤロウ……!
「聖霊は放っておけば人間を襲う! だから討伐しなきゃいけねぇんだろうが! お前らが『聖霊の墓場』をおそったせいで、無関係の人が何人死んだと思ってやがる!」
「それがこの世のあるべき姿なんだ! 甘んじて受け入れろ!!」
「勝手な理屈を……ッ」
距離を離したならこっちの間合いだ。
先のとがった木の根を大量に生み出して、ヤツにむかって殺到させる。
「それこそ『歪』んでいるだろうがッ!!」
ドガガガガガッ!!
石畳が粉々に割れて砂煙があがる。
仕留めて……はいねぇだろうな。
「……水掛け論だな」
やっぱりな。
砂煙が晴れてあわらになったのは、無傷のヤツと先端を全て斬られた木の根たち。
「互いに意見を譲らねぇんなら、これ以上の言葉は必要ねぇ。だろ?」
「その通り。これより全力でキサマらを――ブランカインドを潰しにかかる」