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150 テルマ、がんばります!



 フロアにひしめく悪霊たちを衣で弾き飛ばしながら駆け抜けて、のぼり階段にたどり着きました。

 階上からただよってくる聖霊のまがまがしい霊気が、テルマの足をすくませます。


 お姉さまのお体を使っているからか、普段よりも感覚が研ぎ澄まされて、感じたくないものまで感じてしまう。

 お姉さまはいつもこんな恐怖に耐えて、ティアナさんのお手伝いをしているのですね……。


「お姉さま……、テルマに勇気をっ!」


 意を決して階段を駆け上がります。

 聖霊の気配がより濃くなりましたが、もう足を止める理由になりません。


 むしろ濃い方へ、濃い方へと足を進めていきます。

 するといました、ティアナさんとユウナです。


 お二人とも、おびただしい数の聖霊にかこまれて、目を閉じたまま戦っています。

 なぜ目を閉じているのか。

 それはお二人のまわり、カベや天井一面に『月の瞳』を宿した眼があるから。


 聖霊たちをけしかけているシャルガの人もいます。

 どこからどう見ても大ピンチです。


「ティアナさん、ユウナさんっ!」


「その声、トリスっ!?」


「いえ、声こそトリスだけれど――」


 テルマが声を張り上げたことで、まずお二人が気づきます。

 そこからワンテンポおくれて、


「……おやぁ?」


 シャルガの人がこっちをむきました。

 身の危険を感じて、思わず後ずさってしまいます。


「おかしいですねぇ。あなた、ノーム様の端末に捕まっていたはずですが……」


「あ、あんなの、簡単に抜け出せますっ!」


「そうですかそうですか。……その衣、幽霊の少女が手助けした、というわけですね」


 どうやら中身がテルマだとはバレていないみたいですね。

 だとしたら、いまあの人はかなりのピンチだと感じているはず。

 お姉さまの『太陽の瞳』なら月の瞳を無効化できると、おそらく知っているでしょうから。


「い、いますぐ聖霊たちを下げてくださいっ! でないとティアナさんをお助けして、みんなやっつけちゃいますよっ!」


「……ふー、参りましたねぇ」


 よしよし、悩んでいますよ!


 シャルガの人たちは聖霊を大切にしています。

 勝ち目がなくなったと感じれば、ムリに戦わせずに退いてくれるんじゃないか。

 そう思っておどかしてみましたが、どうやら成功みたいで――。


「――あぁ、そうだ。ご存じないでしょうから、説明しておきましょう。彼女はともかく『あなた』は聞いていなかったようですので」


「……?」


「『ノーム』様の本体は、このダンジョンそのもの。そして端末には、捕らえた相手の情報を表示する力があります。『太陽の瞳』の少女――トリスさんを捕らえたとき、私は彼女の情報に目を通したのですよ」


「そ、それがどうしたというのですか!」


「呼び名。とっさの状況ほど、普段の呼び方が出ますよねぇ?」


「……っ!?」


 そ、そうです……。

 お姉さま、いつもティアナさんのことをティアって呼んで……。


『いえ、声こそトリスだけれど――』


 ティアナさんもさっき、こう言いました。

 呼び方がちがったから、お姉さまじゃないかも、って思ったんだ……。


「その表情。どうやら図星のようですね、テルマさん? 加えてお伝えしておきましょうか。ノーム様の放つ霊力のたっぷり込められた催眠ガスは、肉体ではなく魂に浸透する。トリスさんの魂は、あと一時間は目を覚ましませんよ?」


「そ、そんな……っ」


「唯一可能性があるとするならば、あなたの『衣』。あらゆる害意を弾くそうですが、しかしあなた自身はその少女に取り憑いた霊。単独で憑依先を乗り替わることはできませんよねぇ?」


 そのとおり、なのです。

 テルマはお姉さまに取り憑いています。

 お姉さまと魂レベルでつながっています。


 ティアナさんに取り憑けるのは、お姉さまといっしょのときだけ。

 テルマだけが抜け出しても、他の誰かに取り憑けない。


「もっとも、たとえ抜け出せたとしても『月の瞳』を防御できるか否かは未知数。実験失敗の対価がティアナさんの命では、割りに合わない賭けでしょうが、ね……」


 敵さんが勝ち誇ったように笑います。

 反対にテルマを襲う無力感。


 テルマ、このままなにもできないのでしょうか。

 お姉さまの肉体を危険にさらしてまで、勇み足でやってきたのになんにもできないまま……。


『テルマちゃんっ』


「お姉さま……?」


『できること、まだあるはずだよっ』


 ……またお姉さまの声が聞こえました。

 断じてお姉さまご本人の声ではありません。

 テルマの心が作り上げたお姉さまの幻聴です。


 けれど、まだテルマに出来ることがあると、お姉さまがおっしゃってくださるなら。

 たとえ幻聴でもテルマには充分、『頑張る理由』になるのです!


「こんなとき、お姉さまなら……」


 お姉さまならきっと迷わず、我が身をかえりみずに『太陽の瞳』を使うのでしょう。

 大切な人たちを助けるために。


 『太陽の瞳』はお姉さまの魂の力。

 そしてお姉さまの魂は、テルマの魂と絡み合って溶け合って、つながっています。

 肉体だって今はお姉さまのもの。

 だったらテルマにだって……!


「お姉さま、お力を貸してください……!」


 いつもお姉さまがしているように瞳を閉じて、魔力を集めます。

 集めて、集めて、かき集めて……、開眼っ!


「えいっ!!」


 ……目をあけると、視界が一変していました。

 さきほどまでよりもいっそうクリアに、ティアナさんたちの汗のひと粒まで見えます。


 聖霊たちの体の中に、ダンジョンのカベや天井に、星のようにキラキラと輝く聖霊の核も見えます。

 敵さんのうろたえる表情だって、とってもよく見えます。


「そ、その光彩……、まさか……っ、あり得ない……っ! 『太陽』の、瞳……っ!?」


「うぇぇっ!? まさかっ……!」


「テルマが、太陽の瞳を……?」


 みんなおどろいてます。

 テルマもおどろいてます。

 そこまで力を引き出せたのですか……?


 けれど妙です。

 太陽の瞳をつかったら、霊体が抜け出してしまうはず。

 テルマ、お姉さまの体の中に入れたままです。


 もしかして、と思ってふりむくと、やっぱり。

 お姉さまの魂が、肉体から抜け出した状態で倒れています。


 なぜお姉さまの魂だけが抜け出るのか。

 なぜ抜け出なくてはならないのか。

 いろいろわからないこともありますが、ハッキリしていることがひとつ。

 これで形勢逆転です!


「……ふっ、ふふっ、しかし、いやしかしっ! 見たところ、他人に憑依して力をあたえるまではできない様子。それでは彼女たちを、月の瞳の脅威から救うことなどできはしない!」


「たしかに憑依はできませんが……!」


 『太陽の瞳』の力は、『月の瞳』の無力化だけじゃありません。

 むしろもうひとつの力の方がメインです!


 この眼で見てわかりました。

 ダンジョンの聖霊ノームの弱点は、ダンジョン中に散らばっている。

 すべてを同時に叩くことなんて不可能に近いです。


 けれどです、この太陽の瞳の『願いを叶える力』なら……!


「ノームの弱点を、ティアナさんの足元に固めますっ!」


「な――っ!」


 戦っているティアナさんの足元を注視して、強く願います。

 するとカベや天井や遠いどこかから、小さな星のような光が集まってきて、大きな白いひとつのカタマリとなりました。


「今ですティアナさん! 足元を思いっきり攻撃してください!」


「ナイスアシストだわ、テルマ」


 ズバズバズバァッ!!


 ティアナさんの風をまとった双剣が、ノームの弱点塊を正確に斬り刻みました!

 見えていないはずなのに、すごいです!


「バ……っ、バカなぁぁァァァァァァァァアァァッ!!!!」


 頭をかかえて、この世の終わりのような表情で絶叫する敵さん。

 核をうしなったノームの眼から、月の魔力が消え失せていきます。


「どうやら勝負あったようね、カムイ」


「どうする? まだ続ける?」


 目を閉じていたお二人が、ようやく開眼です。

 襲ってくる聖霊たちを一瞬で斬り刻んで、そろって切っ先を敵さんにむけました。


「うぐ……っ、ふっ、ふふふっ。私は誇り高きシャルガの戦士……! ただでは負けません! 計画のため、そちらのトリスさんたちは地上にお返ししましょう。ですが……!」


 ゴゴゴゴゴゴゴ……!


 ダ、ダンジョン全体が大きく揺れはじめました!

 ノームが倒されたことで崩壊がはじまったのでしょうか……?


「あなたたちお二人はこの私とともに! 地中深くに埋もれていただきます!!」


「そんな……っ!」


 パチンっ。


 敵さんが指をパチンと鳴らします。

 するとあたりの風景が一変。

 地上に――ノームに飲み込まれたあたりの道端に放り出されてしまいました。


 もちろんお姉さまの魂もいっしょです。

 ですがティアナさんとユウナさんが……!


 ……ゴゴゴゴゴゴゴ!


 な、なんでしょう、地面が揺れています。

 ノームが崩壊する衝撃がここまで伝わってきているのでしょうか。


 ……いえ、ちがいます!

 どんどん振動がのぼってきて……。


 ドガァァァァァァアァァッ!!!


 なんと、巨大な岩石の腕がついた大剣を手にティアナさんが、ユウナさんといっしょに飛び出してきたのです!

 おまけに気絶した敵さんを小脇にかかえています。


「やれやれ、なんとか脱出できたわね。ヘカトンケイルの馬鹿力のおかげだわ」


「聖霊に感謝するの、なんかイヤだけどねー」



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