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15 亡霊騎士の足音



 グレイコスタ海蝕洞のウワサ。

 あなたがもしも女性なら、夜にあそこを歩いちゃならない。

 月の光が照らす晩、洞窟の中に足音が響く。

 ガシャン、ガシャンとフルプレートアーマーの金属音の足音が。


 遠くに聞こえているうちは、まだ大丈夫。

 そっとその場を立ち去ればいい。


 しかし、もしも後ろをついてきてしまったなら。

 ガシャン、ガシャンと足音が、どこまでもついてくるのなら。

 絶対に、絶対にふり向いてはならない。

 もしもふり向いてしまったら、そのときは……。



 ……という話を、ここに来るまでにティアから聞きました。

 ふり向いたらどうなるのか、具体的にはわからないのだそう。

 この女のヒト、たった今そっくり同じ目にあったわけだよね?


「……テルマちゃん、このヒト生きてる?」


「はい、生きてます。生身の人間です」


「よかったぁ……」


 ほっと一安心。

 もう死んじゃってたら、本人にそう伝えなきゃいけない。

 フレンちゃんのときを思い出すと、今でも胸が張り裂けそうだもん。

 生きてると思ってたのに本当は死んじゃってるなんて、そんなの悲しすぎる。


 と、こんなやり取りを小声でしてる間に、ティアが被害者さんのところへ。

 へたり込んだ女のヒトの前にかがんで、肩に手を置いてなだめてます。


「落ち着いて。もう大丈夫だから。なにがあったか詳しく話せるかしら?」


「はぁ、はぁ……っ、ええ、えぇっ、そうですね……っ。詳しく、詳しく……」



 ★☆★



 ……そう、まずは自己紹介からですね。

 私はエステアといいます。

 グレイコーストの豪商の娘で、冒険者としても活動しています。

 今日は家の者たちと三人でパーティーを組んで、このダンジョンに挑んでいました。


 月の出る晩、このダンジョンに何かが出るというウワサは知っています。

 ですが、夜にだけ咲く海廊草かいろうそうという花がどうしても必要で、採取するためには夜間の探索が必要だったんです。


「な、なんだか不気味ね……」


「そうでしょうか。月の光がひび割れた天井のスキマから差し込んで、なんとも神秘的ではありませんか」


「そうだぜお嬢。怖いと思うから怖いんだ! ウワサはウワサ、本当なんだかわかりゃしねぇ眉唾モンよ!」


「昔からお嬢様は、時おり『おかしなモノ』が見えるとおっしゃりますからね。人一倍、ナイーブなのですよ」


 お付きでありパーティーメンバーでもある、ガングとペーターはそう言って笑いました。

 ですが、すぐに彼らの笑顔は凍りつきます。


 ガシャンっ、ガシャンっ。


 洞窟の中にひびく、鎧の足音。

 音の反響がひどく、どこから聞こえてくるのかわかりませんでしたが、心臓が縮み上がりました。


「足音……っ! きっとウワサの亡霊です! 早くここから出ましょう!!」


「落ち着けって。動く鎧(リビングアーマー)かもしれねぇだろ」


「しかしガング。海に面した自然の洞窟に動く鎧(リビングアーマー)が出るとは考えにくい」


「じゃあなにか、マジに幽霊が出たとでも!?」


 ガシャンっ、ガシャンっ。


 二人が言い合っているあいだにも、足音は近づいてきていました。

 そして、見てしまったんです。

 進行方向からゆっくりと歩いてくる『騎士の亡霊』を。


 どうして亡霊と一目でわかったか?

 だって、その鎧騎士は兜をかぶっていなかったんです。

 むき出しの頭が『しゃれこうべ』になっていて、黒いモヤに覆われていて……っ。



 ★☆★



「そ、それから……っ、それから二人は――っ」


「……? 二人は、どうしたの?」


「……わからない。なにも覚えていない。気づいたら一人で、どこまでも、どこまでも足音が追いかけてくるんです。どこまでも、ガシャンガシャンって、どこまでも……っ」


 女のヒト――エステアさん、もう限界みたいです。

 頭をかかえてガクガクと震えたまま、うずくまってしまいました……。


「――そう、よく話してくれたわね。安心して、あなたの仲間は必ず助けるから」


「本当に? 本当ですか……っ?」


「えぇ。だからここで待っていなさい」


 やわらかい笑顔を浮かべて安心させるティア、さすがです。

 よしっ、私も気合いを入れ直さないと。


「行くわよ、トリス」


「うんっ! ぜったい助けるよ。エステアさんの仲間、無事に助けだそう!」


「テルマも精いっぱいお手伝いしますよっ、ふんぬふんぬ!!」


 テルマちゃん、独特の気合いの入れ方するね。

 さぁて、いざダンジョンへ潜入です!

 いつでも出てこい鎧騎士!




 ダンジョンの中に入ると、とってもキレイな景色でした。

 洞窟内に入り込んだ海水が、天井のわずかなスキマから差す月明かりに照らされて真っ青に光っています。

 幻想的で、この世のものとは思えない風景。

 ですが、見とれているヒマありません。


「まずは私の出番、だよね!」


 まぶたを閉じて魔力を集中、気持ちも集中。

 そして……開眼!


星の瞳(トゥインクル・アイズ)!」


 光彩が星の形に(たぶん)変わって、頭上に魔力球が出現。

 その中に階層マップが表示される、私の十八番おはこにしていつものヤツです!


 ダンジョンの全景を見ると、入り組んでいてとっても広いものの、【小迷宮】だけあってフロアは一階層だけ。

 魔物をしめす赤い点がウジャウジャしてて、戦闘は避けられそうにありません。

 急いでいるのに勘弁してほしいなぁ……。


 そして黄色い点――つまり他の冒険者の位置ですが。


「……いるわね、エステアさんのお仲間さん。最深部に近い三又の通路のところだわ」


「ですがお姉さま、これは……」


「うん……。まったく動かない……」


 助けを待ってじっとしてるのか、ケガして動けないでいるのか。

 それとも……。


 ううん、そんなこと考えちゃダメ!

 頭によぎった最悪な想像を、ブンブンふるって吹き飛ばします。


 他に黄色い点がひとつずつ、それぞれ違う場所を移動していますが、たぶん他の冒険者さんでしょうね。

 今は置いておきましょう。


「黒い点は……その奥ね。最深部のあたりを、うろうろと動いているわ」


「そこに何かあるのでしょうか……」


「ともかく急ぎましょう。一刻を争う状況よ」


「うんっ!」


「あぁ、神よ……。どうかエステアさんの仲間たちをお守りください……!」


 二人の無事を祈って駆けだす私たち。

 お願い、どうか、どうか無事でいて……!



 グレイコスタ海蝕洞は海辺のダンジョン。

 出現する魔物も海にちなんだモノが多くて。

 三又の槍を持った半魚人マーマンとか、固い甲殻が自慢のカニさんキラークラブとか。


 そういうのを先頭のティアが二刀で斬り払って、私たちは十数分で目的地の寸前にまでやってこられました。

 やっぱりティアって強いです。


「トリス、要救助者はあの先かしら?」


「うん。マップが示してる場所、ココの曲がり角の先だよ」


 足をゆるめずに、曲がり角を全力疾走でカーブ。

 すると見えました。

 見えて、しまいました。


 太めのおじさんと、やせたお兄さん。

 月明かりに照らされて、血だまりの中で転がって……。


「そんな……っ」


「……遅かったようね」


 ふとっちょさんがガングさんで、やせているのがペーターさんでしょう。

 ガングさんは背中からの刺し傷。

 ペーターさんの方は、のどを掻き切られています。


「助け、られなかった……っ、間に合わなかったよぉ……」


 どうしよう、あのヒトになんて言ったらいいんだろう。

 ぜったい助けるって約束したのに……っ。


「お姉さま……」


「トリス、泣くならあとにしなさい。今は霊を祓うことだけ考えましょう」


 ティアのかけてくれた言葉に、ハッとなりました。

 ……そうだよね。

 これ以上犠牲者を出さないためにも、私にできることをやらなきゃ。


 涙をごしごしぬぐって、死んでしまった二人の大きく開いた目を閉じてあげます。

 それから、胸の前に手を組んであげて、と。


「ちょっとだけ待っててくださいね。取り込まれちゃった魂だけでも、絶対に助け出しますからっ」


 このヒトたちの幽霊が見当たらないってことは、きっとそういうことなんでしょう。

 決意を新たに。

 亡霊騎士はもう目と鼻の先です!



 そうしてたどり着いた最深部。

 マナソウル結晶と、カベに突き刺さった朽ち果てた剣の前に、いました。

 さまよい歩く騎士の亡霊です。


 右手に大盾、左手に長剣をたずさえて、エステアさんの言うとおり兜はかぶっていません。

 むき出しの頭部がガイコツになっていて、暗闇で出くわしたら悲鳴を上げることでしょう。


「いたわね」


「いたね」


「いましたねっ」


 三人で角から顔をのぞかせて、まずは様子の確認です。


「テルマ、すごい霊気をビンビンに感じてますっ。あの霊、相当な力を持っていますよ!」


「そうなんだ……。ティア、気をつけてね」


「まかせなさい。トリスも、いつものヤツ頼んだわよ」


 十字架から双剣を引き抜いて、ゆっくりと歩み寄っていくティア。

 騎士の亡霊も気づきました。

 うなだれていた顔を上げ、盾を前にしてかまえます。


 そして私も得意技、最近できた新しい取り柄を出させていただきますよっ。

 魔力を瞳に集中、集中、極限まで集中して……開眼っ!


「――綺羅星の瞳トゥインクルスター・アイズっ!」


 すべてを見通す綺羅星の瞳。

 この技で亡霊騎士の核の場所を見通して、いつものように除霊のお手伝いを――。


「……あ、あれっ?」


 おかしいです、とってもおかしいです。

 霊を取り込んだ霊、つまり集合霊であるのなら、かならず核があるはずなのに。


「ティア、変だよ。この霊、核がない。」


「なんですって……?」


「ないんだよ。鎧の中身、ホントになんにもないの……」


 見通した鎧の中はがらんどう。

 今までの霊たちと違って、黒い玉も犠牲者の霊もまったく見当たらない。

 悲しくなるほどなにもない、空虚な闇だけが広がっていたのです。



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