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145 見納めにはしたくない



 朝食を終えて大僧正さんのところへやってきた私たち。

 デスクに座る大僧正さん、私たちの顔を順に見て、


「……ふっ。お前ら、そろっていい顔してやがんな」


 ニヤリと、満足そうに笑います。


「いろいろと心配してたんだが、杞憂だったか。安心して任せられるな」


 大僧正さん、私たちのこと心配してくれてたんですね。

 やっぱり優しいヒトです。


「……ところで大僧正、ジェイソフのその後の情報は?」


「とどいてねぇな。斥候すら出せねぇ状況だ。そっちの足で探すか、もしくは――」


 大僧正さんの視線が私のほうへ。

 『太陽の瞳』の力をつかえばすぐにでも見つけられる。

 そう言いたいのでしょう。


「ダメよ。よほどのことがない限り、『太陽の瞳』は使わせられない」


「そうですそうですっ。お姉さまの命を削ることになるのですから」


 当然、ふたりは猛反対。

 ムリもありません。


「ま、そうだろうな……。こちらとしても旅人や行商から情報を集めてる。少しでも手がかりをつかめりゃ、『メッセンジャー』を飛ばすからよ」


「えぇ。お願いするわ」


 ホント、私の力が使えれば楽なんだけどね。

 それこそ一瞬で見つけられるのに……。


「もどかしいなぁ……」


「ガマンですよ、トリス」


 タントお姉ちゃんにも、たしなめられてしまいました。

 みんなが私のことを気づかってくれている。

 だったらこれ以上、心配かけるわけにいきません。


 太陽の瞳はあくまで最終手段。

 これまで長年つちかってきただろう、ブランカインドの情報網を信じるしかないですね。


「ま、焦るこたぁねぇさ」


 セレッサさんが私の肩をポン、と叩きます。


「オレや大僧正が守りについてんだ。奴らが本山に攻めて来ようが返り討ちだぜ。どれだけ時間かけてもいいからよ、じっくり探してくれや」


「葬霊士たちの尽力もあって、『墓場』から逃げ出した聖霊は残り数体。ムリして人員を出す必要もなくなってきたからな。守りは固いぜ」


「そういうことだ。安心して行ってこい!」


 大僧正さんと筆頭葬霊士さんからの、とっても頼もしいお言葉。

 これはもう、心配する方が失礼です。


「うんっ! 朗報、ぜったいに届けるからねっ」


「大船に乗ったつもりでまかせなさい」


 こういうとき、ティアの無闇な自信がとってもたのもしいです。

 ではでは、あらためて出発といきましょう!



 ★☆★



 ジェイソフが姿をくらましたのは中央都。

 ならば足取りを追うのも中央都から。


 最初に目指すは中央都です。

 霊山に背をむけて、東へ続く街道を歩いていきます。


 どんどんと遠ざかっていくブランカインドの景色。

 次はいつ戻ってこられるかわかりません。

 何度もふりかえって、じっくりとまぶたの裏に焼きつけます。


「タント、セレッサとの別れはアレでよかったの?」


「よかった、とは?」


「やけにあっさりしていたじゃない。もっと熱烈なヤツをするのかと思っていたわ」


「そうですよっ! 別れを惜しんで二人っきりで抜け出したりとか、愛の言葉をささやき合ったり、とか!」


 おっと、私が景色を見ているあいだにとってもおもしろそうな話題が。

 っていうかテルマちゃんの食いつき方。

 私に負けず劣らず好きだねぇ。


「……チッチッチッ。見当違いをしているよ、二人とも」


 入れ替わったユウナさん、やれやれといった感じで首をすくめます。


「ユウナ様はね、高嶺たかねの花なの。けわしい崖をのぼった者だけが、手にすることを許されるわけ。わかる?」


「わからないわ」


「高嶺の花が自分から降りていくかよ、ってこと! セレッサから来ないかぎり、ユウナ様なんにもしませーん」


 ……とか言ってますね、ユウナさん。

 しかし私のカンがささやきます。

 観察眼がさけびます。


 ユウナさん、そっち方面にものすごく奥手で恥ずかしがり屋なのではないか、と。

 完璧すぎるこのヒトの、いろんな弱点が見えてきた今日このごろです。


 で、タントお姉ちゃんは……、ユウナさんに遠慮してるんじゃないかなぁ。

 人格は別でもおなじ魂を持つ『自分自身』なんだから、ヘンに遠慮しなくてもいいのにね。


 以上、心の中でこっそりと感じた内容でした。

 ティアもおなじことを思ったのかどうなのか、定かではありませんが、なにか言いたげな視線を妹にむけています。


「……お姉ちゃん? なにか文句ある?」


「いいえ。あなたがそれでいいのなら、何も言わないけれど……。ただ、伝えられなくなってから後悔しても遅いのよ?」


 なにげなく発したティア。

 会話の内容や雰囲気に似つかわしくない、たしかな言葉の重みを感じます。

 とつぜんにユウナさんを失った経験があるからこそ、言える言葉なんだろうな……。


「な、なにさ……。急にマジな顔で……」


「今からなら、引きかえしても間に合うわ。どうする?」


「んー……」


 ここまで言われると、さすがに足を止めて悩み始めてしまいます。

 ときどき目をつむっているのは、タントお姉ちゃんとも相談しているからでしょうか。


「……うん。やっぱこのまま行く」


「いいのね?」


「いいのっ。やっぱりユウナ様ってお方は、高嶺の花で待つのが似合う女なのさ」


 言いながらふり返って、ブランカインドの頂上を見つめるユウナさん。

 そのまなざしは景色にではなく、あそこにいるセレッサさんにむけられているのでしょう。


 私もつられて、見納めじゃないですし、見納めにするつもりもありませんが、最後にじっくりとながめ――。


「……あ、あれっ?」


 ふもとのあたり、なんだか少し暗いような……?

 思いっきり目をこらしてみると、気のせいなんかじゃありません。


 闇そのものというべき『黒いモヤ』が、ふもとの方からどんどんと上に登っていっているのです。


「みんな、アレ見える!? ブランカインドが――」


 異変をみんなに伝える前に、私たちのまわりにも異変が生まれます。

 黒い影がドーム状に私たちをつつみ込んで、あたりがあっという間に真っ暗に。


 『ヒルコ』の生み出した闇と同じ、私の眼でもなにも見えないホントの暗闇です。

 い、いったいなにが起こっているの……?


「ティア、テルマちゃん、ユウナさんっ!」


「トリス、こっちに来なさい! 私のそばを離れないで――」


 ティアの声が聞こえたのもつかの間、すぐに途切れてしまいます。

 さらにユウナさんも、


「お姉ちゃん!? いったいどうし――」


 ブツリと、まるでその場から消えてしまったかのように聞こえなくなってしまいました。


「お姉さまっ!」


 そんな中、テルマちゃんが私のそばに来てくれました。

 真っ暗でなんにも見えませんが、この子がすぐそこにいてくれる。

 それだけでいくらか気持ちが楽になります。


「テルマちゃん、これっていったい……!」


「わかりません。わかりませんがテルマはお姉さまから絶対に離れません!」


 ギュっと私と手をつなぐテルマちゃん。

 柔らかな感触を手に感じながら、周囲を警戒していると……。


 ふわっ。


「え――」


 足元の感覚が、急に無くなりました。


「……っきゃあああぁぁぁぁぁぁあぁぁ!!!」


 自由落下をはじめる体。

 落ちていく先も、真っ暗でなんにも見えません。

 ただテルマちゃんの、にぎった手の感触だけが心の支えになって……。


 どすんっ。


「あてっ!」


 落下が終わってしりもちをつきました。

 ちょっと高いトコから落ちた、程度の衝撃です。

 どうやら落ちて来たのではなく『ワープさせられた』みたいですね。


「テ、テルマちゃん、無事だよね……。ここ、どこだろ……」


「……」


 ティアとユウナさんは、べつべつの場所に飛ばされてしまったのでしょうか。

 相も変わらずあたりは真っ暗。

 ただし『ヒルコ』の闇とちがって、鼻先やのばした手くらいなら見えますね。

 ごく普通の暗闇です。


「ねぇテルマちゃん、明かりになるモノとか持ってないかなぁ」


「……」


「テルマちゃん……?」


 おかしいです。

 さっきからテルマちゃんの返事がありません。


 手をにぎってる感触があるのに。

 たしかにテルマちゃん、そこにいるはずなのに。


 そのときでした。


 ボボボボボボボボボボボボっ。


 壁際にかけられていたのでしょう。

 たくさんのたいまつに不気味な紫色の炎がつぎつぎ灯って、あたりを照らします。


 不気味ですが明かりがともって一安心、とはなりませんでした。

 なぜなら紫の炎が、私が手をにぎっていた『ソレ』の姿を照らし出したから。


 肉があちこち腐り落ちて、かろうじて人間だとわかる程度にしか残っていない、そんな姿の『誰か』の手をにぎっていた事実を突きつけられたから。


「――ひっ」


 カタカタカタっ。


 白骨化した頭部が、白い歯を鳴らして笑います。

 全身から血の気が引いていくのを感じて……。


「ぃやああぁぁああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 叫びました。

 いそいで手を振りほどきました。

 半泣きになりながら、無我夢中で走り出します。


 なにここ、私はどこに飛ばされたの?

 ティアは、ユウナさんは、テルマちゃんはいったいどこに行っちゃったの……?



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