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144 思い出の隠し味



 おうちにもどるとタントお姉ちゃんがご飯を作ってくれていました。

 エプロン姿、なかなかサマになっています。


「ただいまぁ」


「おかえりなさい。どこに行ってたのです?」


「ちょっとね、みんなで朝風呂に……」


 チラリと、ティアとテルマちゃんの顔色をうかがいつつ答えます。

 ウソは言っていないのに、なんとなく気まずいカンジがしたので……。


「なるほど。通りでみなさん、お肌がつやつやなわけです」


「えぅっ!?」


「……? どうかしましたか?」


「な、なんでもないよっ」


 あのあとお風呂で三人で『しちゃった』ことを思い出して、ヘンな声が出ちゃいました。

 へ、へんに思われてないよね……?


「タント。今日はタマゴ焼き?」


「えぇ。特別な隠し味も加えてありますよ」


「楽しみね」


 さすがティア、いたってクールに涼しい顔で着席。

 この平常心、私も見習わないとですね。


「お姉さまっ、テルマにもきちんとお供え、お願いしますっ」


「うん。いっしょに食べようねっ」


 テルマちゃん、ニコニコ笑顔です。

 悩みを吐き出したからかな、すごくスッキリした顔してる。

 この笑顔を見られただけでも、勇気を出してがんばった甲斐があったというものです。


 そんなテルマちゃんといっしょに席につこうとしたところ、玄関ドアをコンコンとノックする音が。


「誰だろ。私出てくるねっ」


「テルマもごいっしょします!」


 ちょっと玄関に行くだけなのに、私と片ときも離れたくないのかな。

 かわいいなぁ、とか思いつつ、玄関ドアをオープンです。


「おう、トリス。久しぶりだな」


「セレッサさん!」


 はい、来たのはセレッサさんでした。

 ブランカインドの守りについて、任務には出ていなかった彼女ですが、それでも無事な姿を見られて嬉しいかぎり。


「ホント久しぶりですねっ。あれからどうしてたんですか?」


「本殿の方に住み込みでな、大僧正やら三大聖霊やら、それから聖霊像の警備につきっきりだ」


「そりゃ大変だ……」


 どおりでうちに遊びに来たりしなかったわけです。

 じゃあどうして今回は?

 気になったので聞いてみると……。


「あぁ、大僧正のばあさんから呼び出しだぜ。準備が終わったら来るように、ってな」


「そうなんだ。わざわざありがとねっ。それだけの用事なのに」


「まったくだぜ……。筆頭のオレを雑用みたいによ。『メッセンジャー』でも飛ばせば済む話だってのに」


 たしかにそうです。

 なのにわざわざセレッサさんを寄こした、ってことは、私たちと話す機会をもうけてくれたのかも……?

 よぉし……!


「じゃ、用は済んだから、オレはこれで――」


「セレッサさん、朝ごはんまだですか?」


「あん? まだだけど……」


「だったらいっしょにどうですか? いまちょうど、タントお姉ちゃんが作ってるところなんですっ」


 ティアやタントお姉ちゃん、それからユウナさんだって、セレッサさんに会いたいだろうし。

 セレッサさんもきっとそうだよね。


「ね、テルマちゃんはどう思う?」


「はい! 素晴らしいお考えだと思います、さすがお姉さまっ!」


 そ、そこまでほめられることでもないような……。

 ともかくこの提案、セレッサさん的にも断る理由があるはずもなく。


「そんじゃ、お言葉に甘えて。上がらせてもらおうかねっ」


「やったっ」


 お客人一名さま、ご案内ですっ!




 作る量がひとりぶん増えたところで、タントお姉ちゃんはイヤな顔ひとつせずに作ってくれました。

 むしろセレッサさんのぶんを作るとき、嬉しそうだったような?


 セレッサさんもふくめてみんなで食卓について、いただきますをします。

 メニューはメインの卵焼き。

 それからトーストとヤギのミルクですね。


 テルマちゃんのぶんは、私が目の前まで運んであげます。

 こうしないと食べられないのが幽霊です。


「はい、テルマちゃん。お供えっ」


「ありがとうございますお姉さまっ。ですがせっかくですから、お姉さまに食べさせてもらいたく……」


「しょうがないなぁ。はい、あーんっ」


「あーん」


 ぱくっ、と食いつくテルマちゃん、とってもかわいいです。

 頭をなでなでしてあげたいですが、ガマンガマン。

 それはお行儀悪い。


「ん、うっめぇな。さすがタントだぜ」


「そうでしょう。もっとほめるがいいわ」


「なんでお前が自慢げなんだよ」


「けれどユウナの料理はもっとおいしいわ」


「お姉ちゃんのぶん、私が作ったんだけど……?」


「最高においしいわ」


 入れ替わったユウナさんにツッコミを入れられて、クールに手のひらくるくるなティアです……。


 さて、この卵焼きには隠し味が入っているそうですが、なんとなくわかりました。

 わかりましたが、私が教えちゃったら問題にならないので黙っておきましょう。


「おいしいわ。もぐもぅ、おいしいわ」


「うるせぇなコイツ。……あれ、この卵焼き――」


 フォークを動かす手をとめたセレッサさん、なにかに気づいたみたいです。

 セレッサさんには隠し味の件、まだ伝えてないはずなのに。


「なぁ、これってザンテルクリーム入ってねぇか?」


「正解です。セレッサ、さすがですね」


「ザンテルクリーム……? ……あぁ、そうだったわ。隠し味の話をしているのね?」


 ティアってば、そもそも隠し味のこと忘れてたっぽい……?

 ま、まぁいいでしょう、ひとまずわきに置いておくとして。


「タントお姉ちゃん。ザンテルクリームってあの、ザンテルベルムの特産品だよねっ」


「えぇ。各地からあつまった様々な地域の酪農家の英知が集まって生み出された、至高のクリームと名高い逸品です。ザンテルベルムが壊滅して、希少な品となってしまいましたが……」


「手に入ったのですねっ」


「たまたま昨日、行商人があつかっていまして」


 なるほどなるほど。

 隠し味にちょい足ししてみた、と。


「ザンテルクリーム……。なつかしい味だな」


「へへっ。でしょー?」


 あら、またユウナさんに切り替わった。

 そして懐かしい味、とはなんのことでしょう。


「懐かしい味ってなにかしら」


 ティアでも知らないんだ。

 ちょっと意外かもです。


 ……これってつまり、セレッサさんとユウナさん。

 ふたりだけのヒミツの思い出ってこと……?


「き、聞きたい……っ!」


「お、おぅ、そんな目ぇ輝かせるほど聞きたいことか……?」


「輝かせるほどです!」


 とってもロマンチックなニオイがしますもん!

 私のカンが言っているのです、間違いありません。


「まぁ、そんな大した話でもねぇし。ユウナ、かまわねぇよな?」


「ぜんぜんいいよー。大した話じゃないし」


「大した話じゃないかどうかは私が決めます!」


「期待が重いぜ……」


 重いですよ、ワクワクです。

 前のめりの私に圧されるように引き気味のセレッサさんですが、タマゴ焼きをほおばりながら話し始めてくれました。


「まだ葬霊士に任命されてない見習いが数人で行く研修、あるだろ?」


「あるの?」


「あるわね。実地研修として、現地の悪霊を祓いにいくの。もちろん一人前の葬霊士が監督としてついていくわ」


「ザンテルベルムの近くにちょうどいい強さの悪霊が出た、ってんで、オレをふくめた同年代の四人で行ったんだ」


「そんときの悪霊は、このユウナ様がひとりで全部片付けてやったけどねっ」


「そのせいでこっちは、お前抜きでもう一度行くハメになったけどな……」


 さ、さすがユウナさん……。

 きっと当時の時点で監督役の葬霊士さんより強かったのでしょう。


「で、オレさ。霊山の外に出るの、そのときが初めてだったんだよな」


「セレッサさん、ここの生まれなんですね」


「生まれは……わかんねぇ。捨て子だったんだ」


「そ、そうなんだ……」


 そういえばセレッサさん、いつもおうちにひとりだもんね。

 家族の顔を見たコトありません。


「ま、それは置いといて。右も左もわかんねぇおのぼりさんのオレを、ユウナが案内してくれてな」


「あのころのセレッサ、かわいかったよねー」


「かわいかったわね」


「それも置いとけ!」


 ……昔とキャラちがったんですね、セレッサさん。


「で、そのときいっしょに食べたのがザンテルクリームのたっぷり乗ったパンケーキだった、と。ただそんだけの話だよ。ホントに大したことねぇだろ?」


「――つまり、はじめてのデートでの思い出の味……っ?」


「な……っ!?」


「だからユウナさんもタントお姉ちゃんも、セレッサさんの分をうれしそうに作っていたんだね!?」


「ち、ちが……っ、デートとかじゃ……。おい、ユウナもなんか言って――」


「デート……。そっか、そういう見方も……」


「おいぃぃ!!!」


 ユウナさん、顔を真っ赤にしちゃってますね。

 意外とこういうことに弱いと見ました。


 いやー、朝から素晴らしい話が聞けましたよ。

 ホックホクです。


「お、お姉さまがノリに乗っています……」


「元気が出た証拠よ。よかったじゃない」


「……ですね。お姉さまが元気なら、テルマとっても幸せです」



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