143 あなたを縛りたい
テルマちゃんの決意は、私の想像よりずっと重いものでした。
ショックです。
余命宣告を受けたときよりも、ずっとずっとショックです。
思わず力が抜けちゃって、テルマちゃんは私の腕の中からするりと抜け出してしまいます。
まるで今すぐ消えてしまいそうな、儚げな笑みを浮かべながら。
「ティアナさん、たしか言ってましたよね。魂のつながりを断てば切り離せる、と」
「……えぇ。トリスとテルマは例えるなら、一本の細い糸で魂がつながっているようなものなの」
その糸を断てば、私とテルマちゃんのつながりも切り離せる。
ただしお互いの魂が混じり合ってからみ合った糸を切ると、どちらの魂にも少なからず悪影響が出てしまう。
私とテルマちゃんの現状を、ティアがわかりやすく説明してくれました。
「――だからテルマ、その方法でトリスを救うには、あなたとトリスを切り離す方法を探さなければならないわ。おそらく、間に合わない」
「わかってます。これまでだって、まったく見つかる気配すらありませんでしたから。『互いに無事で切り離す』のは、きっとムリなんです」
「あなた、まさか……」
「ティアナさん、お願いがあります。テルマを斬って。お姉さまから祓ってください」
「……っ!」
「な、なに言い出すの、テルマちゃんっ!!」
ティアがテルマちゃんを斬るだなんて……!
そんなの絶対に見たくない。
そんなこと言わないでよ、テルマちゃん……。
「テルマの魂が修復できないほどバラバラになれば、つながりもほどけると思うのです。人魂にすらなれないくらいに斬り刻めば、きっと……」
「――可能性はあるわ。けれどわかっているの? 魂に必要以上の攻撃を加えれば、あなたという存在そのものが消滅してしまうかもしれないのよ?」
「覚悟の上です。お姉さまのためなら、そのくらい――」
「やめてぇっ!!」
ぎゅっ、と、もう一度テルマちゃんを抱きしめます。
今度はぜったいに離れられないように、強く強く、力いっぱいに。
「そんな覚悟しないでよぉ……! テルマちゃんが消えちゃうなんてイヤだよ、そんなの私が死んじゃったほうがずっとマシだよぉ……」
「お姉さま……」
「ティアもそう思うよね、そんなの絶対ダメだよね……っ?」
「……私が誰より優先するのはあなたよ、トリス。あなたを失うことになるのなら、私はテルマを斬ることをえらぶ」
「そんな……っ」
「けれど――」
そこで言葉を区切ると、ティアは私とテルマちゃんを同時に抱き寄せます。
力強く、ぐいっと。
「これでも私、テルマのことも大切に思っているのよ?」
「ティアナさん……。……テルマはお姉さまひとすじですよ?」
「くすっ。バカね、そういう意味じゃないわよ」
「はい、冗談です……」
「……だからね。そんな方法、できることなら取りたくないの。あくまで最後の手段よ。いいわね」
「はい……」
「なんとしてでもトリスを救いたいというテルマの覚悟、しっかりと受け止めたわ。私も最後まで絶対にあきらめない。トリスはもちろん、あなたのことも」
「はい……っ」
テルマちゃんの瞳から、涙がぽろぽろあふれ出します。
口元を両手でおさえて、せきを切ったみたいにぽろぽろと。
そうだよね、ホントはテルマちゃんだってイヤだよね。
いじらしくって愛おしくって、よしよしと頭をなでてあげました。
しばらくそうして三人で抱き合っているうちに、テルマちゃんが泣き止みます。
私とティアに抱きしめられて、安心しきった表情です。
いつも以上に幼く見えますね……。
私の母性がくすぐられます。
「テルマちゃん、かわいい……」
「ふぇっ!?」
「なんかね、私とティアの子どもみたいだなぁ、って。ティアもそう思わない?」
「思うわね」
「いえいえ! テルマ、お姉さまの恋人になりたいのですけどっ!?」
くすくす笑う私とティアを交互に見上げるテルマちゃん、なおさらかわいいです。
もっとからかいたくなっちゃいますが、かわいそうかな。
ここまでにしておきましょう。
……それに、私もからかうどころじゃなくなっちゃいそうですし。
「……ねぇテルマちゃん、今のって告白?」
「あ……っ! え、と……っ」
これまでも何度か告白されてきました。
テルマちゃんの気持ち、バッチリしっかりわかってます。
けれど今、こんな状況だからかな。
この子の気持ちに応えたいって思っています。
それに、悪いこと考えちゃいました。
私がこの子の未練になれば、テルマちゃんはあの世に逝かずに残ってくれるんじゃないか、って。
霊が強く望むのならば、葬霊士さんたちも無理やり葬送ることはしないのですから。
「お、お姉さま……。あの、そのっ、んむっ……!」
だから私、オロオロしているテルマちゃんに、そっとくちびるを重ねました。
おどろきに目を見開くテルマちゃん。
くちびるを離してみると、顔を赤らめたまま固まっちゃってます。
「ぁぅ、ぁぅぅ……」
「これまで何度も大好きって気持ち、伝えてくれたよね。だから私も、ずっと先延ばしにしてたことをつたえます」
き、緊張するなぁ……。
目の前にティアがいる状況だし。
けれどティア、私の気持ちもテルマちゃんの気持ちも知っています。
あたたかく見守っていてくれてるので、あとは私ががんばるだけ。
「私もテルマちゃんのこと、大好きだよ。テルマちゃんとずーっといっしょにいたい」
「お姉さま……」
ずいぶん後ろ向きな理由の告白だと、自分でも思います。
テルマちゃんをこの世に、私のそばに縛りつけたいという思いからきた告白。
ある意味、呪いです。
けれどそんなお返事でも、テルマちゃんには嬉しかったみたいです。
花のような笑顔をほころばせて、私の胸元に鼻先をすりよせます。
「うれしいです……っ。テルマも、お姉さまとずっといっしょにいたい……」
「約束、してくれる?」
「……………………」
「……そっか」
……決意はゆるがないみたいです。
それほどまでに私のことを想ってくれているのが嬉しくて、けれどそのせいで『ずっといっしょ』が約束できないのがもどかしい。
「だったらせめて、お別れになっちゃうまではいっしょにいよう? たくさん思い出作って、たくさん笑おうね?」
「……はいっ」
テルマちゃん、今日いちばんの笑顔を見せてくれました。
……さて、そんな中、空気を読んで沈黙をまもってくれていたティアはというと。
にこやかさの裏に、おさえきれない嫉妬のようなものが渦を巻いている、そんな表情をしています。
「あの、ティア……?」
「なにかしら」
「えっとね、私ね、ティアのことも好きだからねっ」
「わかっているわ。えぇ、わかってるつもりだから大丈夫」
大丈夫、なのかなぁ……?
テルマちゃんに気をつかってめちゃくちゃガマンしてるんじゃ……。
なんて思っていたら、助け舟を出したのはなんとテルマちゃんでした。
「ティアナさん、ダメですよっ。言いたいことがあるのなら、言葉でも行動でも、伝えられるうちにハッキリ伝えておかないと。こんなふうにっ」
ちゅっ。
「んぅっ!」
今度はテルマちゃんから私へのちゅー。
ティアに見せつけるみたいに、余裕たっぷりです。
おそろしい享年12歳……!
「……でないとテルマ、お姉さまのこと独り占めしちゃいますよ?」
「――それはイヤだわ」
お、おっと、ティアの目つきが変わりました。
獲物を狩るときの、悪霊や聖霊と対峙したときのような目が私にむけられて、思わずドキっとしちゃいます。
「……そうね、らしくなかったわ。テルマに遠慮なんてしないって、あなたに宣言したはずなのにね」
そ、それってあのときの、エンシャントの宿屋のときのアレですか……?
もしかして、あのときの続きをしちゃう感じ……?
「トリス、好きよ。公私ともに私のパートナーになりなさい」
「あうぅ……。その、ホントにいいの? 私、テルマちゃんとティアを、どっちも好きになっちゃう子だよ……?」
「関係ないわ。あなたが欲しいの」
「うわ、わわ……ぁっ」
ど、どうしよう、顔がとっても熱いです。
ティアらしいストレートな、飾らない好意の言葉をむけられて、きゅんきゅん来ちゃってます。
「えと、よ、よろしくおねがいします……」
「……そう。了承を得られたなら、あのときの続きをしましょうか」
「つ、続きって――んむっ!」
そうして情熱的に、くちびるを奪われます。
ティアとははじめて、なんだよね……。
な、なんだかとっても……。
「……ティアナさん、長いです」
そう、とっても長いです。
むさぼされてますか、私。
「――っはぁ。ごめんなさい、トリスがあまりにかわいかったものだから」
「た、たしかに……。紅潮した顔、汗ばんだ肌、濡れた髪……。ごくり……」
「テ、テルマちゃん……? 目が怖いよ……?」
な、なんだか乙女のピンチな予感……?
ですがテルマちゃん、すっかりいつもの調子にもどったみたいです。
この子を幸せにできたのなら、恥ずかしいのをガマンして頑張った甲斐があった、と。
ふたりにちゅっちゅされながら、そんなことを思ったのでした……。