142 テルマの決意
なんだか早くに目が覚めちゃいました。
お外はまだまだうす暗くって、ティアもすやすや夢の中。
夜明けまでもう少し、ってところかなぁ……。
「んん……、なんでこんな時間に……」
瞳のあれこれのことで、なんかストレスとかになっちゃったんでしょうか。
二度寝しようにも、なんだか寝られる気がしません。
「……そういえば、テルマちゃんは?」
テルマちゃんの姿が見えないことに、そのとき気づきます。
起きたらあの子、決まって私の寝顔を見ているはずなのに。
「……んぅ?」
そして次に、お布団がこんもりと盛り上がっていることに気づくのです。
もしかして、と軽くめくってみれば。
いました、テルマちゃん。
私のおなかに顔をうずめて、すやすや眠っていたのでした。
睡眠の必要がないテルマちゃんがこうして眠っているの、なんだか珍しいですね。
「――あ、おねえさまぁ……?」
「テルマちゃん、ごめんね。起こしちゃったね」
「ぃぇ……。おかまいなく……」
寝ぼけまなこでもぞもぞ出てきたテルマちゃん。
不思議に思って聞いてみます。
「珍しいね、寝ちゃってたなんて」
「……お姉さまの鼓動とかぬくもりとか、感じていたら安心しちゃいまして」
私が生きてる、って証を感じたかったのかな。
なるほど、それで……。
「おなかの中の赤ちゃんみたいだねっ」
「赤ちゃん……? お姉さまの……?」
おっと、なんか恥ずかしいこと言っちゃったかな。
テルマちゃん、ヘンにテンション上げちゃわないといいんだけど。
「赤ちゃん……」
ですがテルマちゃん、思いのほか落ち着いていますね。
ゆっくりと言葉をかみしめるようにして、それからクスリと笑いました。
「……お姉さまこそ珍しいですね。こんな早くに起きられるなんて珍しいです」
「ちょっとね、あはは……」
あんまり心配かけたくないし、笑ってごまかしちゃいました。
……っと。
「うぅっ。ちょっと冷えるねぇ」
朝だし山だし、気温は低め。
体がぶるっと震えちゃいました。
「あ、そうだっ。ふもとの温泉、いっしょに行かないっ?」
我ながらナイス提案。
体も心もあったまりますし。
それにテルマちゃん、元気出してくれるかも。
「いっしょに……。……あの、ティアナさんは?」
ここでティアのことを気にするだなんて思いませんでした。
いつもなら、私と二人っきりになれるって大喜びしそうです。
「寝ちゃってるし、わざわざ起こしていくのもかわいそうかな、って」
「置いて行かれる方がさみしいわ」
むくり。
なんとティア、普通に起き上がってきました。
とっても眠たそうな目をしていますが。
「起こしちゃった? うるさかったかな……」
「いつでも起きられるように訓練してあるの。ちょっとの物音ですぐに覚醒できるようにね。だから気にしなくていいの」
ってことは、私とテルマちゃんのやり取りも全部聞かれちゃってたのかな。
なんだか恥ずかしい……。
「ところで温泉よね? 準備して早く行きましょう。少しでも長く浸っていたいもの」
「うん。……今度はいつ、ここに戻ってこられるかわかんないもんね」
日が昇ったら、大僧正さんにごあいさつしてもう一度出発です。
いつ戻ってこられるか。
それどころか、特に私は戻ってこられる保証すらありません。
少しでも心残りを減らしておかないと、だね。
なんて、口に出したらふたりに怒られちゃうかな。
★☆★
ふもとの森の中にある温泉。
最初に来たころにテルマちゃんといっしょに入ってから、ちょこちょこ使わせてもらっています。
あんまりヒトが来ない、知る人ぞ知る隠れ湯的なスポットなんだよねぇ。
もちろん今も貸し切り状態。
夜明け間近のとっても早い時間帯ってこともあるかもですが。
私とティアとテルマちゃん、三人だけの空間です。
「ふへぇぇ、あったまるねぇ」
「そうね」
寝覚めの体に温泉が染みわたるぅ……。
体がポカポカしてきます。
それだけじゃなく、不思議な感覚も。
「あのね、なんだか体の奥から力がわいてくるようなカンジがあるの。コレってなんなのかなぁ」
「おそらく霊力が体に満ちていっているのでしょう。霊山の水には霊力も混じっているから」
「ほぇ~」
『太陽の瞳』に目覚めるまで、霊力なんて使ってこなかったわけだからなぁ。
今までにない新感覚です。
「霊力が溶け込んでるってことは、テルマちゃんも気持ちよかったりする?」
「――えっ? あ、はい、そうですねっ。とっても心地いいですよっ」
……テルマちゃん、いまボンヤリしてたなぁ。
この子なんだか様子がおかしくないでしょうか。
いつもなら私の裸をものすごい目で見つめてきたり、背中やらお腹やらを流そうとしたりしてくるはずなのに。
私のことがショック、ってだけじゃない。
なにかまったく違うことを考えているような……。
私のカンがそう告げています。
「……テルマちゃん。ね、こっちおいでっ」
たしかめてみましょう。
ちょいちょい、っと手招きです。
「お姉さま、いかがしました……?」
困惑気味ながら目の前まで来てくれました。
オドオドしているテルマちゃんをおもむろに、捕獲!
「えいっ!」
「ひゃわぁっ!?」
ざばんっ、と波しぶきを立てて、テルマちゃんに抱きつきます。
そしていろいろと押し付けちゃいます!
「おっ、おおおおおおおおおお姉さまぁ!?」
顔を真っ赤にして大慌てのテルマちゃん。
やっとらしくなりました。
「えへへ。温泉効果かな、お肌すべすべだねぇ」
「お姉さまのほうがずっとすべすべですぅ!!」
えんりょがちに体を小さくゆらして逃げようとしていますが、逃がしません。
ぎゅっとしてホールドです。
「もぅ、お姉さまぁ……」
よぉし、やっと大人しくなりました。
いよいよ本題へ切り込みます。
「……ね、テルマちゃん、聞かせて?」
「え――?」
「なんだかよくないこと考えてるでしょ」
「……お姉さまの勘違いでは――」
「私の眼はごまかせないよ。テルマちゃんがなにを考えてるか聞き出すまで、お姉さまぜったいに離しません」
「うぅぅ……」
テルマちゃん、言葉に詰まっているカンジですね。
何度か水面と、私の顔に視線が行ったりきたりしてます。
ついでにティアの顔色までうかがっています。
「テルマ。こうなったらトリスは頑固よ。のぼせて倒れるまで離さないわ」
「そ、それは困りますっ!」
ティア、ナイスアシスト!
とうとう折れたテルマちゃん、ぽつぽつと話し始めました。
「……あの、ですね。お姉さまが『太陽の瞳』に目覚めた原因って、もとをただせばテルマが取り憑いたからじゃないですか。シャルガとマルナの者が、肉体と魂で結びついたときに封印が解かれる……。これって、本来『こういった形』を想定したものではないと思うのです」
「どういうこと?」
封印の条件に、私とテルマちゃんの状況がぴったりはまって封印が解かれた。
コレが想定外って……?
「心と体が深く結びつく、の意味するところとは、シャルガとマルナの人たちで愛し合い、子どもを作ること……なのではないかと」
「シャルガとマルナのあいだに生まれた子どもに『太陽の瞳』が宿る。テルマはそう言いたいわけね」
「お姉さまの幽体離脱も、本来の形じゃないからこその現象なのかもしれませんね」
「おー、なるほどぉ……」
テルマちゃんの推理力に口をあけて相槌打つしかできません。
とにかく関心しきり。
なので、背中をなでなでしてあげましょう。
「この状態がイレギュラーなら、状態を解除すればお姉さまの『太陽の瞳』も消えるのではないか。テルマ、そう考えています」
「状態を解除――。ちょ、ちょっと待って、テルマちゃん。それってまさか……!」
「はい……。テルマとお姉さまの、つながりを断つのです」
つながりを断つ……?
そんなことしたらテルマちゃんとお別れになっちゃう。
テルマちゃんが離れたら葬霊するって約束だもん。
イヤだよ、まだ別れたくない……!
「お姉さま。いまのテルマはお姉さまの命を縮める、悪霊にも等しい存在なのです」
「ちがう、ちがうよ……」
「ですからテルマを、テルマを除霊すれば、きっとお姉さまは……」
「やだっ! っていうかムリだよっ! テルマちゃんと私、魂がつながっちゃってるんだよ!?」
「そのとおりです。つながっちゃって、ピッタリ離れません。今のお姉さまみたいに、テルマを離してくれません」
「そうだよ! だから離れられないし、離さない! 離れたくないよ……! だってテルマちゃん、除霊したらあの世に逝くって約束だよね……?」
「……テルマだって、イヤです。お姉さまと離れたくない。ですが、もっとイヤなんです。テルマのせいでお姉さまが死んでしまうのはもっとイヤ」
どうして、そんな寂しそうな顔で笑うの……?
イヤだよ、テルマちゃん……。
「お姉さま。テルマを離してください。在るべき場所へ、在るべき姿で。それが本来の霊の在り方なのですから」