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141 生きている証



 ……テルマちゃん、おうちに帰ってきてからずーっと神妙な顔をしています。

 私のことについてショックを受けているから、なのかな、やっぱり。


 ガチャリ。


 と、玄関ドアがひらく音。

 ティアも大僧正さんのところから帰ってきたみたいです。


「ただいま。トリス、テルマ」


「あ――。ティア、おかえり……っ」


 あぅ、元気におかえりできませんでした。

 笑顔もぎこちなかった自覚があります。


「……おかえりなさい、ティアナさん」


 テルマちゃんも、にっこり笑顔ってカンジじゃないなぁ。

 ちょっと表情が硬いです。


「大僧正さんとの話、終わったの?」


「まだよ。まだだけれど帰ってきたの。ふたりの粋なはからいで帰ってきたのよ。だから私はニブくないの」


「う、うん……?」


 ティアの言ってることがよくわかりませんが、まぁいいや。

 タントお姉ちゃんたちから、あとできちんとお話聞いておこう。


「まぁ、それはどうでもいいのよ。そんなことよりあなた達のその様子――。良くない報告がありそうね」


「じつは、ね……。……あっ、お、落ち着いて聞いてね?」


 いきなりあんな内容を聞かせられません。

 ワンクッション置いてから、少しずつ説明していきます。


 最初はクールな顔で聞いてたティアですが、どんどん心配そうな顔に変わっていって。

 核心――余命のことに触れたとたん、目を伏せてしまいました。


「……そこまで深刻だったのね」


「うん……」


「トリス、あなたはどうしたい?」


 どうしたい、かぁ……。

 きっとティア、私の意思を尊重しようとしてくれています。


 ティアってそうだもんね。

 私のしたいことを否定しないでいてくれるもん。

 だから話せるんです、私の正直な気持ちを。


「私ね、まだまだみんなの力になりたいよ。私の力でみんなのことを助けられるのなら、これからもたくさん力になりたい。みんなを、ティアを助けたい」


「……そう、よね。あなたならそう言うと思っていたわ」


 少し悲しそうに笑うティア。

 ごめんね、そんな顔させちゃって。


 でも私、誰かの助けにならずにいられないんです。

 助けられる力があるのになにもしないだなんて、そんなの心が耐えられない。


 これが内に秘める『人助け欲』のせいなのか、それはわかりません。

 ですがきっと、ソレがなくても同じ決断をしたと思います。


「お姉さま……。本当にそれでいいんですか……?」


「いいよ。……そもそも私、もともと幽霊なわけだし。死んじゃったって、もとに戻るだけなんだから」


「だとしてもっ、ルナから体を託されたじゃないですか……。大事なお体なのでしょう……?」


「魂が抜けちゃっても、体に異常があるわけじゃないし。その時がきたらルナに返せばいいと思う」


 ……うん、それがいいかも。

 もともとあるべき状態にもどるだけ。

 せいいっぱい生きた末なら、ルナだってきっと怒らないでしょう。


「トリス。私は可能な限り、あなたの意思を尊重したい」


「うん……」


「けれど、自分の存在をそんなふうに言うのだけはやめて。あなたは今、生きている……!」


 ぎゅっ、と。

 思いっきり抱きしめられてしまいました。


「生きて……、いるのだから……っ」


 ティアの体、小さく震えています。

 そうだよね、ショックだよね……。


「……ごめんね、もうあんなこと言わないよ」


 背中に腕をまわして抱きしめ返します。

 全身で感じるティアの鼓動とぬくもり。

 同じものを、ティアも私に感じているのかな……。


「ティア、あったかい……」


「あなたもよ。生きた人間なのだから、当然でしょう」


 生きてる証、かぁ。

 ……うん、そうだよね。

 私は幽霊じゃない、生きた人間です。


 自暴自棄になるのはやめよう。

 一日を大事に生きていこう。

 たとえ最後の結末を、変えられなかったとしても。


「お姉さま……」


 おっと、私の耳が逃さず拾うテルマちゃんのつぶやき。

 目の前でティアとだけ抱き合ってたら寂しいよね。

 片腕だけ離して、テルマちゃんに広げます。


「テルマちゃんも忘れてないからねっ。ほら、こっちおいで」


「い、いえっ、ちがうのです!」


 ……あれ?

 すかさず飛び込んでくると思ったのに。

 寂しかったんじゃないのなら、いったいどうしたというのでしょう。



 それからしばらくして、ユウナさんも帰宅。

 大僧正さんとのお話の内容をいろいろ報告してくれました。

 ところどころタントお姉ちゃんに切り替わって、補足してもらいつつでしたが。


「……ってわけで、私らの任務はもちろん続行。ジェイソフをやっつけるまで気は抜けないからね」


「当然ね」


「明日また出発だよ。のんびりできないけど、かまわないよね」


「もちろんっ!」


 あのヒトをあのまま放っておくなんて、できませんからね!

 今度会ったらこんどこそ、きっちりばっちりやっつけちゃいましょう。


「それで、その、えーと……」


 ユウナさん、なんだかとつぜんもごもごし始めちゃいました。

 どうしたのかと思ったら、タントお姉ちゃんにチェンジして……?


「……トリス。診断の結果はどうだったのですか?」


「あー……」


 そうだよね、気になるよね。

 隠してもしかたないので正直に話します。


 タントお姉ちゃん、何度もうなずきながら聞いてくれました。

 ショックだったろうに、私のお話をしずかに聞いてくれました。

 そして、話し終わったとき。


 なにも言わずに、ぎゅっ、と抱きしめてくれました。



 ★☆★



 みなさんが寝静まった夜。

 起きているのはテルマのような、幽霊くらいのものです。


 テルマとティアナさんにはさまれて、すやすや眠るお姉さま。

 この方は幽霊じゃない、生きた人間です。

 だれがなんと言おうと、です。


「お姉さま……」


 おだやかに寝息を立てるお姉さま。

 かわいらしい寝顔からは、とても想像なんてできません。

 お姉さまに残された時間が、あと十年ほどしかないだなんて。


 ……いいえ、きっと十年も持ちません。

 人助けのためなら自分のことすらかえりみないお姉さま。

 これから先も『太陽の瞳』を使い続けて、もしかしたらすぐにでも……。


「……イヤです。テルマ、あきらめたくありません」


 お姉さまをテルマと同じ幽霊にしてしまうなんて、そんなのイヤです。

 だって、幽霊だからこそわかります。

 幽霊になったら『時間』が止まってしまう。


 この先お姉さまやティアナさんが年を重ねていっても、テルマはずっと子どものまま。

 12歳の、死んだときのままです。


 おいしいモノを自由に食べることもできません。

 誰もと自由におしゃべりしたり、なんてこともできません。

 誰かに憑いていなかったら、誰にも気づかれることなくさまようだけのむなしい存在なのです。


 なによりも、霊ってとっても不安定です。

 あの世に逝けば大丈夫、なのでしょうが、この世に存在する限り常に『歪んで』しまうリスクがあります。


 強い気持ちを――たとえばテルマのお姉さまに対する気持ちのような、強く自分を保てる何かを抱えていないと、すぐ悪霊になってしまう。

 悪霊になって、大事な人を傷つけて、最期は祓われて煉獄の炎に焼き消されて、まっさらな魂として違う誰かに生まれ変わる。


 お姉さまに、そんな存在になってほしくない。


「だからテルマ、あきらめません。ティアナさんやタントさんがあきらめてしまっても、テルマだけはお姉さまの命をあきらめない」


 なにかきっと、あるはずです。

 お姉さまを救える冴えた方法が、きっと。


 そのためだったらテルマ、なにをしても、どうなってしまってもかまいません。

 お姉さまがこの先も笑って生きていけるのだったら、テルマは……。


「――っ!」


 思い、ついたかもしれません。

 『太陽の瞳』が発現した理由を考えれば、きっと『そう』すればお姉さまを救えるかも。


 かも、であって、確証なんてありません。

 可能かどうか検証して、いろんな人に聞いてみて、実行するならそれからです。


 けれど、これでうまくいくのなら。

 この方法はテルマにしかできない方法だから、やらない理由なんてありません。


「お姉さま……。きっとお姉さまは悲しみます。ですがテルマ、決めちゃいました」


 お姉さまのほほを撫でて、それから唇を近づけます。

 いつもはほっぺやおでこに、でしたが――。


「いいですよね、お姉さま……。お姉さまからしてくださったのですから……。ん……っ」


 そっと、唇を重ねてしまいました。


「……お姉さま。たとえいっしょにいられなくなっても、お姉さまが助かるのなら、テルマは……」



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― 新着の感想 ―
[一言] 前回に続きとても悲しいキスシーン… テルマちゃん、自分を犠牲にするようなことでも考えていないか心配です。
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