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140 瞳の対価



 ブランカインドには、憑依霊のお祓いを専門に行うヒトたちがいます。

 悪霊と直接戦うわけでなく、体から追い出すことに特化したスペシャリスト。

 それが『除霊士』さんたちです。


 除霊の専門家ということは、つまり魂の専門家。

 このヒトたちなら私の魂の状態を診断できるはず。


 ということで、ブランカインドにもどってすぐに、このヒトたちのところへ行きました。

 というかティアに行かされました。


 『サンクトリュフ』のニオイが立ち込める個室で、除霊士さんと二人っきりになって診察。

 貫禄のあるおばさんなので、いろいろ安心ですね。

 テルマちゃんはサンクトリュフのニオイがキツイでしょうし、外で待ってもらっています。


「――なるほどねぇ」


 診察、終わったみたいです。

 果たしてどんな結果が……。


「どこから説明しようかねぇ……」


「い、言いにくいヤツですか……?」


 おそるおそる聞いてみます。

 答えは沈黙、すなわち肯定もどうぜん。

 聞くのが怖くなってきました……。


 除霊士さん、小さく息を吐いてから結果を話し始めます。


「まず、『太陽の瞳』が使えなかったり、映像がちょこっとしか見えなかったりした理由から。これはまぁ、単純に『霊力の枯渇』だね」


「霊力の……?」


「魔法が魔力を使うように、霊的な力をもちいるときには霊力を消費する。『太陽の瞳』が消費する霊力は、どうやら莫大なもののようだねぇ」


 つまり私の仮説、当たってたわけですね。

 魔力じゃなくて霊力を、かぁ。

 ティアやタントさんが魔力みたいに普通に使ってますよね、霊力って。


「魔力とおなじように寝たり休んだりすれば回復するものなんですよね?」


「その辺は魔力とまったく同じだね。だから『この問題は』大したものじゃない」


「……体にもどったときの不調とは、別問題だったり?」


 除霊士さんがうなずきました。

 つまりこれから、言いにくいヤツを言い渡されるわけですね……。


「結論から言わせてもらうね。アンタの魂は、体からの『乖離』を起こしている」


「……えっ? かいり、って? つまりどういうことですか?」


「魂が肉体から離れかけているんだ。おそらく『太陽の瞳』発動のため、体から抜け出し続けた影響だね。アンタの体、別人のものだったよね?」


「は、はい……」


「ただでさえ定着が並みの人間より弱いところに、立て続けの幽体離脱と霊力の乱用。ムチャがたたって、肉体と魂のつながりがどんどん薄れていっている」


「そ、それって……。私、このまま『太陽の瞳』を使い続けていたら、死んじゃうってこと……ですか?」


「……ものすごく言いにくいんだけどね。それどころか、普通に暮らしていたとしても症状は進行していくだろう。二度と使わなかったとしても、少なくとも十年以内には……」


 実質的な余命宣告までされてしまいました。

 だからですね、とっても言いにくそうにしていたの……。


 『太陽の瞳』。

 みんなを助けられて、役にも立てられて、願ったことを叶えてくれる奇跡みたいな力。

 そう思っていました。

 けれど、そんな都合のいいものなんてあるはずなかったんですね。


 この先もティアを、みんなを助けたい。

 『太陽の瞳』の力がほしい場面だって、かならず来ます。

 私、どうしたら……。



 部屋から出ると、テルマちゃんが立っていました。

 今にも泣き出しそうな顔でした。


「お、お姉さま……っ」


「テルマちゃん……。聞いちゃってた?」


「ごめんなさい、ごめんなさい……っ」


「あ、別に怒ってないから。どのみちみんなにも言わなきゃいけないことだし――」


「そうではなくっ!」


 ぽすっ。


 私の胸に飛び込んできたテルマちゃん。

 涙をポロポロあふれさせて、わんわん泣き出してしまいます。


「ごめんなさいっ! ひっぐっ! テルマのせいですっ! テルマが、テルマがお姉さまに取り憑いたりしなければ……っ! 『太陽の瞳』になんて目覚めることもなかったのにぃ……! う、ぐすっ、うぁぁぁぁぁ……っ」


「……ちがうよ。テルマちゃんのせいなんかじゃないよ」


 ちいさな体を抱きしめて頭をなでなで。

 テルマちゃんに泣きやんでほしくて、この子の心を少しでも軽くしてあげたくて、私の正直な気持ちを話します。


「私ね、この力に目覚めたことも、テルマちゃんに出会えたことも、ちっとも後悔してないよ?」


「お姉さま……?」


「『太陽の瞳』がなければ、みんな死んじゃってたかもしれない。この力のおかげで、たくさんティアたちの役に立てた。困ってるヒトたちを助けられた」


 この力がなければ、ルナの心を救うこともできませんでした。

 テイワズさんに手を差し伸べることもできませんでした。


 この力がなければ、ティアは月の狂気で死んじゃっていました。

 『スサノオ』の力で、世界がメチャクチャにされちゃっていました。


「それにね。テルマちゃんがいてくれるおかげで、毎日とっても楽しいんだよ? こんなにかわいくって優しくって、私のことを大好きって言ってくれる子がいて、お姉さまとっても幸せですっ」


「う……っ、ぐすっ……、そんな、こと……っ」


「だから、ね? 泣きやんで、テルマちゃん」


 とめどなくあふれる涙を、指でそっとぬぐいます。


 大好きなテルマちゃんが泣いてることが、とってもとってもイヤだから。

 せいいっぱいの気持ち、言葉でこの子にとどいたのかな?


「で、ですが……っ。テルマ、テルマ……っ」


「んー……。これなら伝わるかな。大好きだよ、って気持ち」


「え――、んむ……っ」


 ……しちゃいました。

 おくちとおくちで、キスしちゃいました。


 顔を離すとテルマちゃん、とってもビックリしています。

 ビックリしすぎて涙も止まっちゃったみたい。


「……伝わった?」


「は、はい……っ。つた、わりました……」


 テルマちゃんってば、顔赤いなぁ。

 かわいい。

 ……私もたぶん赤いですが。


 ですがテルマちゃん、すぐに暗い表情に。

 やっぱり、それはそれとして気にしちゃうよね……。


「……ね、そろそろおうちに戻ろう? ティアもそろそろ戻ってきてるだろうしっ」


「……はいっ。もどりましょう、テルマたちのおうちに」



 ★☆★



 トリスとテルマを除霊士のところへむかわせて、私はユウナといっしょに大僧正へ報告にあがったの。

 話すべきことがたくさんあったものね。

 『メッセンジャー』では伝えきれないほどの情報量だし。


 メッセンジャーを使った報告では、やり取りをするのってむずかしいから、いろいろと口頭でたしかめたいこともたまっていたのでしょうね。


「以上かい? ご苦労だったね、ティアナ」


 デスクに座った大僧正が、手元の書類と私の報告を見比べてうなずいた。

 任務途中で帰ってきたのだから、すこしは怒られるものだと思っていたわ。


「シャルガの頭目、ケイニッヒに取り憑いた前族長の悪霊、か。また厄介なモノが増えたモンだ」


「大僧正、シャルガによるこちらの被害はどれほどのもの?」


「あぁ、あれから『席持ち』にも単独行動を避けさせていたからな。犠牲は――ヒラも含めて『四人増えた』」


「……そう」


「多いと取るか少ないと取るか。どちらにしろ、こっちもこれ以上手をこまねいてるわけにいかねぇ。反撃の手段を講じているところさ」


 誰が犠牲になったのか。

 そこまでは聞かないことにしておきましょう。

 聞いたところで、怒りと憎しみが心に増えるだけだから。


「ねー大僧正。私からもひとつ質問」


「おうユウナ、どうした?」


「【ハンネスタ大神殿】の奥にあったマナソウル結晶。アレが枯渇してる原因、なんなんだろうね、って。大僧正の意見も聞きたいの」


「ふむ、それか」


 あら、なにか心当たりがあるのかしら。

 大僧正、デスクの中からとってもぶ厚い本を取り出したわ。


 しかもとっても古い本ね。

 いつの時代のものなのかしら。


「ブランカインドの禁書庫にあったモンだ。ひっくり返して漁ってみた。三大聖霊や聖霊神について、少しでも手がかりがほしくてな」


「その本に結晶のことが?」


「書かれていた。……っつっても、わかりにくく書かれていてな。こんなもん、いざコトが起こらなければ見逃すレベルさ」


 大僧正、本をひらいて音読しはじめたわ。

 ん、ん゛んっ、って、のどの調子を整えてから。

 歳だものね、仕方ないわ。


「――たっとき者降りし地に、残す証が枯れし時。再臨すべしとにえをささげて乞い願うべし。さすれば母なる自然の恵み、我らを満たしうるおさん」


「……なに?」


「意味わかんねぇか? お前知ってんだろ、聖霊が現れた場所に『マナソウル結晶』が生えて、ダンジョン化を起こしてること」


「……あぁ、なるほどー。たっとき者って聖霊のことか。あんなグロくてわけわかんないものの何が尊いんだかわかんないけど」


「自然の恵み、コイツがつまり『マナソウル結晶』を指している、と」


「……つまり?」


「えっとね、お姉ちゃん? つまりね? 『マナソウル結晶』が尽きた場所に聖霊を連れていけば、結晶が復活するんじゃないかなぁ」


「……でもあそこ、セイレーンにジンにヒルコが暴れたわよ?」


「『降りた証』っつーんだから、自分の意思で降りねぇとダメなんだろうな」


 だからって、聖霊がやってきたら大惨事になるじゃない。

 いくらマナソウル結晶が獲れなくなっても、他にダンジョンなんでいくらでもある。

 生け贄をささげよみたいなことも言ってるし、役に立つ情報じゃないんじゃないかしら。


「ま、こんなもんだな。で、こっからまだまだ話は長くなるわけだが、ティアナ。お前、すこし上の空だな」


「あら、そうかしら」


 ぼんやりしている自覚なんてなかったのだけれど。

 きちんと会議にも参加していたつもりよ。


「トリスのことが気になるんだろ。そろそろ診察、終わってる頃合いだ。さっさと家に戻ってやんな」


「……?」


 たしかにトリスのことは気になっているけれど、態度を表に出したつもりなんてないのに。

 急にどうしたのかしら、大僧正。


「私なら大丈夫よ。大僧正、続きを――」


「はぁ……。ニブいなぁ、お姉ちゃん」


 ユウナまでなにかしら。

 あきれ顔でため息つかれたわ。


「あとは私とタントでちゃんとやっとくから。ほら、さっさと帰る!」


「ちょ、ちょっと……」


 ユウナに背中を押されて、


 バタンっ!


 無理やり退出させられてしまったわ。

 締め出されたとも言うわね。


 いったいなんなのかしら、二人とも。

 たしかにそろそろトリスの診察、終わるころなのでしょうけど。


「……まぁいいわ。帰りましょう」


 きっとトリス、悪い結果が出て心細くなっているかもしれないものね。

 テルマひとりにまかせておくより――。


(……もしかして、そういうこと?)


 ……だとしたら、あとでお礼を言っておきましょうか。

 うん。

 ニブかったのね、私。



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