139 トリスの異変
「追ってくるがいい。追ってこられるものならな!」
暗闇の中にひびく、ジェイソフの勝ち誇った声。
とっても悔しいし憎たらしいです。
すぐに追いかけてやりたいのですが……。
「トリス、闇をお願い!」
「う、うん……。今、やってるつもり……なんだけど……っ」
どれだけ強く願っても、闇を払ったさっきの『光』が出てくれません。
これだけお願いしているのに、どうして……。
「お姉さま? どうなさったのです……?」
「わかんない……。わかんないよ……っ」
……結局、私はなにもできませんでした。
闇が晴れたとき、そこにいたのは私たちとユウナさんだけ。
テイワズさんに取り憑いたジェイソフに、まんまと逃げられてしまったのです。
「……ごめん。私のせいで」
「トリスのせいじゃないわ。むしろ私のせい」
「ちがいますっ。お姉さまのせいでもティアナさんのせいでもありません」
「その通り。あんなジジイが肉に同化してただなんて、誰にも予測できるわけないって」
ユウナさん、応急手当はすんだみたいです。
こっちにやってきてティアをなぐさめてくれて、それから悔しそうに唇を噛みます。
「……むしろ、私のせいだ。だって、なんにもできなかったんだもん。なんにも……っ。むしろ足を引っぱっちゃったし……」
「ユウナさんのせいでもないよっ!」
「そうです! 責任の背負い合いはやめましょう!」
「……そうね。まったく建設的でない話だわ。ひとまずトリス、自分の体にもどりなさい。これからの話をするために」
「うんっ」
テルマちゃんといっしょに、ティアの体から抜け出します。
そして私の体に入って、肉体再起動!
「――う、うん……っ」
体がある感覚がもどってきました。
ぐっぱ、ぐっぱ、と手を開閉して、よしっ、とうなずきます。
ルナからゆずってもらった体。
そしてテイワズさんの娘の大事な体です。
いたわって使わせていただかないと、ですね。
「うんしょっ、と――」
足に力を入れて立ち上がろうとします。
いつもどおり、自然な動作で。
ですが――。
ぐらぁっ。
「あ、あれ……っ」
「お姉さま!?」
視界がゆらいで、体がよろめいて、
ガシッ。
「……トリス、平気?」
ティアに抱きとめてもらえました。
おかげで転ばずにすんだよぉ……。
「あ、ありがと。平気だよっ、ちょっと立ちくらみがしただけで……」
「……二度も起きたことを『ただの立ちくらみ』で片付けられるほど、あなたのことを粗末に思ってないの」
「そうですよっ! 『太陽の瞳』を使ってから、体にもどってこれで二度目です!」
「トリス、姉としても見過ごせません」
……かえってみんなに心配かけちゃった。
タントお姉ちゃんまで、ユウナさんからもとに戻って出てきちゃったし。
「……ごめんね、みんな。そうだよね、この体は大事にしないといけないもんね」
大切な体だって、ついさっき思ったばっかりだったのに。
ダメだなぁ、私……。
「でもね、体調がおかしかったり、とかはホントに無いの。ほらっ」
軽快にぴょんぴょんと跳ねてみせます。
ちっとも息切れしないし、意識が遠のいたりもしません。
「ぉわぁぁ……、お姉さまのたわわが、上下に……」
「……本当に元気なようね。けれど安心できない。念のため医者に診せましょう。ユウナ――タントのキズも治療してもらわなければならないし、ね」
「そうだね、そうしよっか」
タントお姉ちゃんのキズ、ちゃんとヒーラーさんに治してもらいましょう。
私の診察は、そのついでってことで。
結局、枯渇してしまった『マナソウル結晶』のナゾは解けずじまいでした。
じきにわかることなのでしょうか。
そしてジェイソフは、どこに行ったのでしょう。
モヤモヤしたモノを抱えつつ、私たちはその場をあとにするのでした。
★☆★
結論から言いますと、私の体に異常は見られませんでした。
すこぶる健康、ピンピンです。
これでティアたちも納得してくれたかな?
あ、もちろんタントお姉ちゃんのダメージも、病院勤めのヒーラーさんにキレイに治してもらいました。
さて、私たちは現在、任務中の身。
『シャルガのボス』を追っている最中です。
当然、このままジェイソフを追いかけますよ!
ちなみに今、私たちは宿のお部屋の中。
みんなで集まって作戦会議といったところです。
「ということで、『太陽の瞳』の出番です!」
「待ってましたお姉さま! ……と言いたいところなのですが」
テルマちゃん、心配そうにしています。
ティアもタントお姉ちゃんも、不安そう。
「……使って平気なの?」
「大丈夫だってばっ。体に問題、なかったよね?」
「そうですけど……」
「じゃ、じゃあもう一回使ってみるから! それでダメだったら考えるから! ねっ?」
こうしているあいだにも、ジェイソフの悪だくみで誰かが犠牲になるかもしれません。
シャルガの葬霊士狩りでブランカインドの誰かが、私の知っているヒトが犠牲になるかもしれません。
なのに、体になんの不調もないのに、やめられませんよ。
なにかの確証がない限りは。
「では、いきます!」
ベッドに寝転がって『太陽の瞳』を発動、幽体離脱。
ジェイソフの居場所を願って、強く強く願いましょう。
「ジェイソフの居場所、ジェイソフの居場所……!」
願って願って、そしたら居場所の映像が目の前に浮かぶはず。
……視えそうです。
これは……、中央都の街並み――。
「……っ、あ、あれ……?」
一瞬、ほんの一瞬だけ見えました。
この街の風景が、ほんの一瞬。
ですが、チラリと見えただけ。
それ以上なんにも見えなくなってしまいます。
「どうしたの?」
「えっとね、この街の風景がチラリと見えたんだ。けど、それだけで。詳しい場所はわかんなくって……。おかしいな、いつもならもっとハッキリ見えるはずなのに」
「きっと力の使い過ぎですっ! お姉さま、もう今日はゆっくりお休みしましょう」
「そ、そうだね……」
星の瞳は魔力を消費して発動していました。
もしかしたら太陽の瞳って、魔力じゃない別の『なにか』を使って発動してるのかも。
その『なにか』が切れちゃって、だからうまく使えないとか。
そんな仮説を立てつつ自分の体に戻ります。
まずは左足から、そーっと。
「――?」
肉体に入ったとき、ほんのちょっとの違和感がありました。
いつもなら、ガッシリとした足場に乗るみたいな感覚なんですよ。
けれどこの時、『足場』がグラグラと揺れたような、頼りない感覚だったんです。
(な、なんだろ、これ……)
イヤなカンジがしながらも、ひとまず無事に体へと戻れました。
寝転がったまま、手の指と足のひざを曲げ伸ばししてみます。
うん、いつもどおり自由に動く。
心配しすぎ、だったかな?
「ん、しょっと」
みんなも安心させたくて、ベッドから体を起こします。
すると……。
ぐらぁ……っ。
「あ――」
今までにないくらいの強烈なめまい。
ぼすっ、とベッドに突っ伏してしまいます。
「トリス!」
「お姉さまっ!!」
タントお姉ちゃんもテルマちゃんも、急いで私を支えます。
あぅ、また心配かけちゃった……。
テルマちゃんに至ってはもう、悲鳴に近いカンジでした。
「……トリス。一度霊山に帰りましょう」
「え……っ? どうして……? だってまだ、ジェイソフさん捕まえてない……」
「肉体に異常は見られなかった。となれば、これは魂の問題。霊的なスペシャリストが集うブランカインドで、あなたの魂をきちんと診てもらうわ。それからでなければ、追跡は許可できない」
「で、でも……っ」
「トリス。ボクもティアナさんに賛成です」
「だって、追いかけなきゃ、次の犠牲が――」
「だからって! お姉さまに犠牲になってほしくありません!」
テルマちゃん、半泣きで私に抱きついてきました。
「お願いです、お姉さま……! 体だけじゃなくて、ご自身の魂も大事になさってください……」
「テルマちゃん……」
……ダメだなぁ。
かわいいテルマちゃんに、こんな悲しい思いさせちゃった。
「……ごめんね、テルマちゃん。わかった。わかったよ……」
頭をなでつつ、抱きしめ返します。
テルマちゃん、幽霊なのにほのかにあったかい。
きっと魂のぬくもりなのでしょう。
「ティア、いったん帰ろう。……ごめんね、心配かけて」
これ以上テルマちゃんや、みんなに心配かけたくないもん。
早く帰って、なんでもないってハッキリさせて、またジェイソフを追いかければいい。
残念ですが、ブランカインドへ一時帰還が決定です。