138 仮面の下に
ドガぁッ!!
「がっ! う、ぐぅ……っ!」
ふっ飛ばされてカベに叩きつけられるテイワズさん。
ヒルコも黒いモヤとなって、ティアがすかさず取り出した赤い棺に吸い込まれていきます。
「勝負あり、ね」
最下層をおおっていた暗黒もすっかり晴れました。
燃え盛る長剣の切っ先をのど元に突きつけて、これで終わりです。
「や、やったね、お姉ちゃん……!」
倒れたまま、こっちにグッと親指を立てるユウナさん。
手足にたくさんケガをしていて、見るからに痛々しいです。
「ユウナ、ケガは――」
「このくらい平気平気っ! 応急手当てしておくから、おかまいなく……っ!」
強がり……ではなさそうです。
見たところ、深い傷なんてありません。
テイワズさん、ヒルコに手加減させてくれてたのかな……?
荷物をあさって薬と包帯で手当てをはじめたユウナさん、もう心配いらないでしょう。
すぐにテイワズさんへと視線をもどすティアです。
「ははっ、まいったなぁ……。やっぱ闇にまぎれて逃げとくんだったわ」
テイワズさん、観念したみたいに笑いました。
どこかすがすがしさも感じる笑いです。
「その可能性なら、当然私も頭にあったわ。なぜ逃げなかったの?」
「……ルナのことを、知ってしまったから、かな。あの子が結局死んでいたと知って、どうしても逃げられんくなった」
「ルナを?」
どういうことでしょう。
ティアの体から半透明でひょっこり顔を出して聞いてみます。
「やっぱりテイワズさん。聖霊神を復活させたい理由、ルナと関係あるんですか?」
「あると言えばある、ないと言えばない。そんな微妙なところなんよ」
「むむ、なんだかハッキリしませんね」
「……しゃあなし、聞かせたる。今まで誰にも聞かせたことない、口にすら出したことない僕の本音。娘によくしてくれたお礼に聞かせたるわ、トリスさん」
やっぱりこのヒト、根は家族思いなやさしいヒトです。
そんなヒトがなぜ、自分から家族をうばったお父さん――族長さんの遺志を継いでいるのか。
その理由は――。
「――復讐」
「ふくしゅう……?」
「聖霊神なんてモンが存在しているから、自然とともに暮らしてきたシャルガがどんどん狂信的な集団に変わっていった。マルナと分かたれて、たくさんの悲劇を生んで……僕の家族を殺した」
テイワズさんの声と顔、今まで見たコトないくらい怖いです。
このヒトにこんな表情ができたんだ、ってくらい。
「天然自然と、その化身たる聖霊とともに暮らす。それがシャルガの本来の姿。しかし聖霊神と三大聖霊の圧倒的なチカラが、全てを狂わせた。全ての元凶、それが大聖霊」
「わ、わかりません……。聖霊神が嫌いなら、なおさらどうして復活なんて……」
「ヤツは封印されているだけ。封印の中でのうのうと存在し続けとる。そんなん許せるわけがない。だから復活させてやって、この手で『消滅』させてやる。その過程で、その結果で、いかなる犠牲を出そうとも」
なんて……、なんて壮絶な覚悟なのでしょう。
こんな思いを今まで誰にも打ち明けず、口にすら出さず、胸の奥にしまいこんでいただなんて……。
「……気持ちはわかるわ。けれどね、無関係の人間を大勢巻き込んでいい理由にはならない。聖霊の墓場から続くシャルガの行いで、大勢死んだわ。ブランカインドの者も、何も知らない人たちも」
「言い訳するつもりはない。許してくれとも思わん。目的を達したあとなら、どうなってもかまわんわ」
「まだあきらめていないのね?」
「あきらめ、悪いんでなぁ。……ま、今は捕まる他ないか。打つ手なし、だしな」
いちおう、捕まってくれるみたいです。
『シャルガの親玉を捕まえる』っていう当初の目的は達成。
これで今回の騒動も終わり、なのでしょうか。
けれどこのヒトの心は、まだちっとも救えていません。
私にできること、なにかないのかなぁ……。
「ほら、捕まえるなら早くしぃ。体力戻ったら、またなにか悪だくみはじめるかも……、ぅ――」
……?
どうしたのでしょう。
テイワズさん、とつぜん固まっちゃって……。
「ぅ、ぅぅぅぅああああぁああぁぁああ」
「お、お姉さま! なんだか様子がヘンですっ」
「テイワズさん、いったいどうしたんですか!?」
まるで顔をかきむしるように手を泳がせて苦しみ悶える様子、あきらかに普通じゃありません。
なにかの発作?
でも、そんな様子いままでみじんも――。
「あ゛――」
ビクン、と一度大きく痙攣して、テイワズさんは『だらん』と脱力してしまいました。
顔からカラン、と音を立てて『仮面』が落ちて、ぐずぐずの腐った肉に変わっていきます。
そして……。
「……よもやそのような大それた野心を抱いていたとは、な」
ゆっくりと顔を上げたテイワズさん。
『記憶』の中で見た、もとのテイワズさんとまったくおなじ顔をしています。
ですが、記憶とちがう部分がひとつ。
ほほの肉がもりもりとせり上がって、どんどんヒトの顔に変わっていくんです。
おなじく『記憶』の中で見た、とっても見覚えのある顔へ。
「愚息が。やはり憑いておって正解だったわ」
「あ、あなたは……っ!」
このしわくちゃの顔、忘れたくても忘れられません。
シャルガの前族長――ケイニッヒさんとテイワズさんのお父さん。
テイワズさんのすべてを奪った元凶の……!
「お初にお目にかかる、ブランカインドの葬霊士。そしてヤタガラスさまの御心、『太陽の瞳』を宿す少女よ。ワシはジェイソフ。この者の先代をつとめていた者」
「ど、どうしてあなたがテイワズさんの中に……!」
「太陽の瞳の少女よ、記憶の中で見聞きしたのではないかね? 我が異能『傀儡魂魄』の持つ力を」
「……! 肉の中に、魂を閉じ込める……」
「左様。人間もまた、生きた肉塊ととらえることが出来ようなぁ」
テイワズさんのほっぺで、ジェイソフさんが笑います。
二ィィィィ、と、『歪み』きった笑みを。
「そしてシャルガとマルナの者には、死後も霊体のままで異能をつかえる特性がある。もうおわかりであろう? ワシは死後、自らの異能を用いてテイワズに魂を縫い付けた。当人にはあずかり知らぬところでな」
「どうしてそんなことを……!」
「知れたこと。テイワズが真に我が遺志を継いだか否か、見極めるため。結果は見ての通りだ」
「み、見ての通り……!?」
私、いままでこれほど誰かに怒りをいだいたことがありません。
あのドライクにだって娘を――私とタントお姉ちゃんを想う気持ちが、ちゃんとありました。
なのにこのヒト、自分の息子を、孫を、なんだと思っているの……!?
自分のせいで家族を失って苦しんできた息子を、誰より近くで見てきたはずなのに……!
「これ以上、テイワズに聖霊神さまの復活をまかせるわけにいかぬ。こうなればワシ自ら、愚息の肉体を用いて動くよりほかあるまい」
「――笑わせるわね」
チャキっ。
テイワズさん――いいえジェイソフです。
ドライクに続いて二人目です、呼び捨てでいいやって思ったの。
ジェイソフののど元に長剣を突きつけるティア、とっても冷たい目をしてます。
「この状況で、この上なにが出来るというの? あなたが取って代わったところでなにも変わらない。あなたの野望はこれで終わりよ」
「なにが出来る、と? 出来るさ。聖霊様の偉大なるお力に、人の子ごときが太刀打ちできるか」
ピキッ、ピシ、ピシっ。
「な、なんの音ですかっ!?」
「ティアのコートのポケットから……?」
なにかがひび割れるような音を、私の聴覚が拾った瞬間。
ティアのコートの中から赤い棺が飛び出します。
さっき『ヒルコ』を入れた棺です……!
「さぁヒルコ様! 今こそ真の力に目覚められませいッ!!」
パキィィィイン……!
赤い棺、なんと粉々に砕けちゃいました……!
「く……っ!!」
棺を割ってしまったすさまじい衝撃波で、ティアの体が大きく吹き飛ばされてしまいます。
中から飛び出した黒いモヤモヤは、すぐにヒルコとしての形をとりました。
ところがです。
テイワズさんといっしょにいたときの、小さな姿じゃありません。
人間の大人サイズです。
姿も大きく変わっています。
影のように真っ黒な、細長い手足と体。
同じく細長い頭を覆いつくすように、びっしりと張り巡らされた『月の瞳』。
氷水の中に放り込まれたみたいな圧倒的な威圧感は、あの『スサノオ』に勝るとも劣らない。
明らかに、ただの聖霊じゃありません……!
「姿が、変わっちゃいました!?」
「あり得ないわ……! 聖霊封じの棺から抜け出るなんて……っ!」
「愚か者どもが。これぞ真なるヒルコ様のお姿よ。この状態でないヒルコ様を斬ったところで、なんともならぬわ」
た、たしかにジェイソフの言う通り、ヒルコの『弱点』が増えてます。
五つだけだった弱点の光が、今は全身に66個。
「……得心がいったわ。弱点を全て斬っていなかった。つまり無力化できていなかったのね」
「だ、だから棺から抜け出てしまったのですね……」
「でも、そんなことが出来る聖霊なんて、いままでいなかったよね……?」
「ヒルコ様はな、聖霊様の中でも別格よ。『スサノオ』様ら三大聖霊と同格のお立場にある」
そ、それほどの聖霊が、まだ野放しで存在していたのですか!?
「そのお力を持ってすれば、この場で貴様らを斃すことすら出来ようが、ワシには大望があるのでな」
またも『ヒルコ』の体から、暗黒が噴き出してきます。
これじゃあさっきと同じことに……!
「この場は退かせてもらうとしよう」
「逃がしませんっ!」
この闇の破り方なら知っています!
もういちど願いをこめて、闇を払いたいと強く願って『太陽の瞳』を発動……!
「……あ、あれっ?」
瞳の願いを叶える力が、発動しない……?