137 真なる闇
太陽の瞳の正体が、失われたヤタガラスの心。
衝撃的な事実を明かされ、いっしょに来るようお誘いを受けてしまいましたが……。
「……イヤですっ!」
「おっ」
「ハッキリと、口に出して言います。断固拒否です!」
答えはノー!
当然です、聖霊神の復活になんて手を貸しません!
「だ、だいたい、まだ聞かせてもらっていませんっ! どうしてそこまで聖霊神の復活にこだわるんですか……!」
このヒトの動機がさっぱりわからない。
どうしてすべてを犠牲にしてまで、すべてをうばった自分の父親の遺志を継ごうとしてるのか。
「あー。聞きたい?」
「聞きたい……っていうか、納得できません!」
「そうなー。……なんとしても、聖霊神を復活させたい、とだけ言っとくわ」
「答えになってませんっ!」
「はい、質問タイム終了!」
パンパン、と手をたたくケイニッヒさん。
これでお開き、ってわけですか。
「……で、こっからは魂の獲り合いよ。ティアナさん」
「望むところ」
「ティア……!」
ティアもケイニッヒさんもやる気満々。
これからふたりの殺し合いが始まっちゃうの……?
(あのヒト、きっと苦しんでる……。助けてあげたいのに……)
あのヒトの過去を知ってしまって、人助け欲がうずいて止まりません。
助けてあげたい、悲しみから救ってあげたい。
どうにか、どうにかならないのでしょうか……。
「トリス、今は迷わないで」
「そうです、お姉さま。ひとまずとっちめて、それから言うこと聞かせましょう」
「う、うん……。そう、だね……っ!」
あのヒト、逃げません。
逃げないってことは勝ち目があるってこと。
しっかりしなくちゃ、ティアがやられちゃうかもしれないよね……!
「おねーちゃん、私も手伝っていい?」
ユウナさんまで助太刀に入ります。
ティアのとなりで、双剣かまえてやる気まんまんです。
「かまわないわ。相手も当然、覚悟の上でしょうから」
「もちろん。こちとら腹ぁくくったからな、何人がかりでもかまわんよ? こっちも相応に、切り札出させてもらうけどな」
ニヤリと笑った直後、ケイニッヒさんの背後から黒いモヤが噴き出します。
さっき逃げようとしたときに使ったものとまったく同じです。
「腹くくったんじゃなかったのかしら」
「逃げるつもりで出していただいているわけじゃないから、安心しぃ。この暗黒は『防御』と『攻撃』のためにある」
黒いモヤ、よくよく見れば聖霊が出してます。
ケイニッヒさんの後ろに隠れるようにして、こっちの様子をうかがう小さな聖霊です。
黒い体に五つの眼。
まるで怯えているみたいに、ケイニッヒさんの背中からちらりと頭を出して、また引っ込めました。
「このお方は『ヒルコ』様。シャルガの長が代々お仕えする、由緒正しき聖霊さまよ。ありがたく拝んどき」
「拝まないわ。斬るわ」
「斬れるもんなら、な」
ブワッ!!
ますますいきおいを増して噴き出す黒いモヤ。
いえ、これはもう『闇』そのものです。
ケイニッヒさんの姿が『太陽の瞳』でも、視えない……っ!
「トリスさん、モノがどうして見えるか。知ってるか?」
「えっ? えっ? そこにあるから、じゃないんですか?」
「正しい答えではないな。聖霊さまから得た知識によるとな、『光を反射する』から見えるんと。で、『黒』は光を反射せん」
「……はぁ」
「ピンと来とらんな。ま、ともかく言いたいことは、『ヒルコ』様が本気で出しとるこの霧がすべての光を吸収する『真なる暗黒』だということ。さっきの煙幕とはわけが違う。どれだけ視力がよかったとしても、闇の中の物体は『絶対に見えない』」
な、なるほど……?
って、解説を聞いてるあいだにケイニッヒさん、『ヒルコの闇』に完全に隠れちゃいました……!
「これでもう、僕の姿は絶対に見えん。絶対にな」
闇はどんどん、どんどん広がって、部屋中をつつみ込もうとしています。
「お姉さまっ、本当にお姉さまでもまったく見えないのですかっ!?」
「う、うん……。ティアも同じ、だよね」
「えぇ。困ったことにね」
太陽の瞳が発動しているはずなのに、どれだけ目をこらしても闇、闇、闇。
まわりがすっぽり闇に包まれて、自分の手も顔も、鼻の先すら見えません。
「ど、どうするのコレ、お姉ちゃん!」
「どうしようかしら……」
魂が抜けた私の体に、つまり娘の体に危害を加えることを、ケイニッヒさんはしないでしょう。
狙ってくるのはティアとユウナさんの二人だけ。
だったら……。
「ふたりとも、背中合わせになって!」
「わかったわ」
「お姉ちゃん背中どこぉ!?」
「声で判別しなさい」
ユウナさん、もしかして暗いところが苦手?
ともかくふたり、背中合わせになったみたいです。
「えっとね、ここから私、聴覚と嗅覚をフルに使います! ケイニッヒさんが近づいてくる方向をニオイと音でサーチする!」
「いい考えだわ。視覚を奪われても、他の五感は生きているものね」
「さすがお姉さまですっ」
私にすらわかんないってことは、むこうからも見えてないはず。
だから飛び道具のたぐいが飛んでくることはありません。
耳をすませて接近を待って、カウンターをべちーんと――。
ヒュンっ、ズバァ!!
「あ゛ぅっ!!」
なにかが飛んできた音と、肉が斬られた音が聞こえました。
ユウナさんがよろめく感触がティアの背中を通して伝わってきて、
ドサっ。
次に聞こえた、地面に倒れる音。
「!? ユウナさんっ!」
ユウナさんがやられた!?
誰も近づいてきてないのに、聖霊の気配もずっと遠くなのに。
なのに、どうして……。
「くっそ……。腕、やられた……。どうして、飛び道具……っ」
「『ヒルコ』様が、自分の出した暗闇で前後不覚になるようなお方と思うか?」
「この闇の中で、飛び道具を使えるというの……?」
だとしたら、近寄ってなんて来ませんよね……。
雨あられと見えない攻撃を飛ばされたら、さすがのティアでも防ぎきれません。
残る頼みのつなは、テルマちゃんの『神護景雲の御衣』ですが……。
ザクッ、バシュッ!!
「ぐっ、うぁ゛っ!」
「ユウナ……っ!!」
衣で守られてるティアには、攻撃がまったく飛んできません。
かわりにユウナさんに攻撃が集中しています。
見えないけど、音からしてかなりのキズを負っているはずです……!
「やめてっ! ケイニッヒさん、ヒルコに今すぐやめさせてぇ!!」
私にできるのは、こうして叫ぶことだけ。
なにも見えない私にできるせいいっぱいです。
「このままじゃユウナさんが……、タントお姉ちゃんが、死んじゃう……っ」
「やめろ言われて、敵への攻撃やめると思うか?」
ズバッ、ドスっ!!!
「い゛っ……! ……へ、へへっ、心配しなさんなって……。さっきから、手足にしか当たってないから……。ユウナ様、この程度じゃ死なないよ……!」
「そりゃそうよ。『あえて』手足をねらっていただいているんだもん」
「……ど、どういうことだよ……っ!」
「テルマさん、聞こえとるよな?」
「き、聞こえていますが……?」
「今すぐ衣を解除しな。でないとどんどん手足から、致命的な方にズレてくよ?」
「わ、私を人質にする気……!?」
「やめてよテイワズさん! こんなこと、あなただってしたくないはず――」
「止まれんのや!!」
「……!」
「……もう、止まれんのよ。聖霊神を復活させる、『その目的』のためにここまで突っ走ってきた。卑怯と言え。軽蔑して結構。手段なんて選ぶ段階、もうとっくに過ぎてんのよ」
シュバッ!!
「うあ゛ぁぁぁ゛っ!!」
「ユウナさん!!」
音が聞こえた場所が、さっきとちがう。
きっと胴体、背中あたりに攻撃が着弾したんだと思います。
「……テルマ。衣を解除して」
「ティアナさん!? で、ですが……」
「はやく」
「ティア――」
「お願い。ユウナが死ぬところ、二度も見たくないの……!」
「……わ、わかりました」
ティアの体をおおっていたバチバチ音が、スーッと消えていきます。
テルマちゃん、ホントに衣を解除しちゃった……。
「解かせたわ。もうユウナへの攻撃はやめて」
「物分かりがよくて助かるわ」
約束通り、ユウナさんへの攻撃が止まりました。
ですがそれって、今度はティアへと飛んでくる、ってこと。
しかも今度は確実に、狙いすました一撃で致命傷を取りにきます。
「できればそのまま、動かんでもらえると助かるけど。抵抗してもかまわんよ?」
「その場合、またユウナを狙って動きを止めるつもりでしょう?」
「……さぁな。ためしてみる?」
「や、やめて……!」
こんなの、誰も幸せになれません。
ティアやユウナさんはもちろん、テイワズさんだって……!
なんとかしたい、なんとかしなくちゃ……。
もしも『太陽の瞳』が本当に、『ヤタガラス』の持つ願いを叶える力なら……。
(お願い……、この闇を祓って……! みんなを助けるために……!)
強く、強く願います。
心の底から、強く願って祈りをささげます。
「じゃ、トドメと行くわ」
「ティアナさん! 避けてください!」
「お、おねえ、ちゃん……!」
「ユウナ。もう一度会えてうれしかったわ」
ティアが覚悟を決めた、そのときでした。
パアァァァァァァ……。
暗雲の隙間から陽光が差し込むように、闇が斬り裂かれていきます。
私が視線をむける先から、光によって闇が払われていくのです。
「こ、これは……!?」
とまどうテイワズさんと、光に照らされて彼の背中に隠れるヒルコ。
その姿が見えた瞬間、ティアは弾かれるように飛び出しました。
「……ははっ。『太陽の瞳』、ここまでできるんか」
「誤算だった? 私も完全にあきらめてたわ」
バチィィィっ!!
炎をまとった長剣の峰打ちが、テイワズさんを打ち据えます。
そして浮遊する風の双剣が、ヒルコの体をバラバラに斬り刻み……。