136 失われた心の在処
テイワズ。
今はケイニッヒと名乗っているあのヒトの、ルナのお父さんだったころの名前。
すべてを失ってしまう前の、捨てたはずのホントの名前。
どうして私が知っているのか、不思議で不思議でたまらないでしょう。
私がどこまで知っているのか、気になって気になってしかたないでしょう。
「……トリスさん。その名をどこで?」
「視ましたっ! ぜんぶ視たんです!」
「見た、じゃぁ答えにならんなぁ。……僕の記憶をのぞけるんか?」
「ちがいますっ」
生きたヒトの記憶をのぞく……。
ためしたことなんてありませんから、太陽の瞳にソレが可能かどうかわかりません。
ですが、今すべき回答はそうじゃなく。
「あなたの娘の……ルナの記憶を見せてもらったんです!」
「ルナ……。……あぁ、そうか。そういうことか」
すべてに納得した。
ケイニッヒさんの声色から、そんな感情がうかがえます。
闇がスーッと引いて行って、そこに立っているのはケイニッヒさんだけ。
出てきたはずの聖霊の姿、どこにも見えません。
「そう、つまり『ツクヨミ』の聖女ルナ。あの子が僕の娘のルナ、と……。……やっぱり、そうだったんか」
ケイニッヒさんの表情からは、悲しみ、あきらめ、後悔、いろんなものを読み取れました。
見ている私の胸が痛くなるほどに、読み取れました……。
「……ルナは死んだ。逃げる途中で殺された。そう聞かされていたし、疑うこともしなかった。『ツクヨミ』のウワサを聞いたときも、たまたま名前が同じと思った程度だったわ」
「お兄さんたちがどうやって死んだのか、聞かされなかったんですか……?」
「トリスさんも見たんなら、教える思うか? あの親父が」
……思いません。
あのヒト、狂っていました。
聖霊信仰のためなら、聖霊神を復活させるためなら、なにをしてもいい。
おきてや伝承を護るためなら、ほかのなにを犠牲にしてもいい。
根っこから凝り固まった、どす黒い狂気。
まるで、生きながらの悪霊でした……。
「……その顔、正しい認識しとるみたいだな。その通り、なんも教えてもらっとらんわ。どんな異能か、わからんの一点張り」
「ルナのこと、知らなかったんですね……」
「アネットとモナットからの報告を聞いたときもな、同名の他人だと思った――いや、思おうとしたんよ。娘は生まれたばかりで死んだ、って、信じたかった……」
「嬉しくなかったのかしら?」
「嬉しいわけあるかッ!!」
ティアの問いかけに、ケイニッヒさんが声を荒げました。
このヒトがこんなに感情的になったところ、はじめて見ます。
ちょっとビクッとしちゃいました。
「……生きとったんなら、素直に喜べたんだろうけど。11まで生きられた、とはいえ11までしか生きられんかった。これで親が喜べるかい」
「テイワズさん……」
「トリスさん、てぇことはつまり、そこに転がってる体。ルナのものってことやんな?」
「は、はい……」
「そうか……。大事にしたってな?」
「も、もちろんですっ!」
たった今ケイニッヒさん――いえ、テイワズさんが見せた表情。
『仮面』をかぶったモノなんかじゃないって断言できます。
ルナのお父さんとして、テイワズさんとしての素の笑顔。
やっぱりこのヒト、悪いヒトなんかじゃありません。
これ以上傷つけ合いたくないよ……。
「……あ、あの、もうやめにしましょうっ」
「やめる? なにを?」
「これ以上、シャルガのヒトたちにヒドいことさせたり、葬霊士のみんなを殺させたり……。だって、そんなことする理由がわかりませんっ!」
「理由が? どうして?」
「だ、だって……っ」
族長のおじいさんにだまされて、家族をうばわれて、お兄さんの魂を練り込まれた肉塊を体にまとって。
きっと自暴自棄になっちゃって、命令に従うままに生きてきたんだと思います。
だから、真実を知った今、戦う理由なんて――。
「……僕がここにいた理由。幽霊のお嬢ちゃんを欲しがる理由。聞きたがっとったな」
「えっ?」
たしかにそれも聞きたかったけど……。
き、急にどうしたのでしょう……?
「ルナのこと教えてくれたお礼にな、僕も教えたる。幽霊ちゃんも聞きたいっしょ?」
「そ、それはもちろん……」
ティアも静観モード、ですね。
武器に聖霊を宿したまま、ですが。
「……この場所にはな、マルナ族の霊を探しにやってきた」
霊を……?
霊でなければならないのでしょうか。
生きてるマルナのヒトじゃダメな理由が?
「マルナの血は今や、中央の人間たちの血と混ざりに混ざって極限まで薄まっている。末裔を名乗る者がいても、ほとんど無関係。いわば『絶滅民族』なんよ」
「そ、そうなのですかっ!? テルマたちの民族、もう残っていないのですか……」
テルマちゃん、さみしそう……。
ふとメフィちゃんの相棒、ウルフちゃんとアルゲンちゃんの話を思い出します。
きっとテルマちゃんもただ一人、残ったマルナの霊なんだろうな……。
「まだ話が見えないねー。どうしてマルナが欲しいのさ」
手持ち無沙汰なユウナさんも会話に参加。
もっともな疑問をぶつけます。
「さっきも説明した通り、マルナとシャルガはもともとひとつの民族だった。大昔、はるか東方からやってきた、な。ところがあるとき、内部で対立が生じた。もともとの理念を守り『聖霊とともに生きる』ことを主張する者と、『聖霊と離れて生きる』ことを望む者。いろいろあって最後はケンカ別れした」
いろいろ、ってずいぶん省略しましたね。
くわしく話すととっても長くなる上に、この場で重要なことじゃないからでしょうけど。
「で、別れる前に『聖霊と離れて暮らす』者、つまりマルナの者たちが『ヤタガラス』の心を封印してしまったわけよ」
そういうわけだったのですか。
心がないから、『願いを叶える力』を使えない。
だからドライク、私をヤタガラスの心にしようとしたんですよね。
「封印を解く方法はただひとつ。『シャルガ』と『マルナ』の者たちの心と体、つまり肉体と魂が強く重なり交わること。ケンカ別れした奴らがもう一度仲良くなれたら、なんて粋なはからいだと思わん? ちなみにコレ、つい最近突き止めた事実なんだけどな。マルナゆかりの『古代王墓』で」
私たちとはじめて出会った、あのときですね……。
どうしてあんなところにいたのか、と思ったら。
とりあえず、これでテルマちゃんを連れて行こうとした理由がわかりました。
ヤタガラスの心を復活させて、聖霊神の復活につなげようとしているわけですね。
……って、あれ?
「――シャルガとマルナが、魂レベルで……?」
「お姉さま、いかがなされました?」
「ね、ねぇ、テルマちゃん。私たちって……」
私、というか私の体。
シャルガの血、ものすごく流れてます。
そしてテルマちゃん、マルナの子です。
テルマちゃんの魂、私の肉体とガッチリバッチリつながっちゃってるわけで……。
「気づいたみたいね、トリスさん。僕もな、ついさっき。その体がルナのものって確信したとき、ようやく気づけたわ」
「……っ! お、お姉さま……!」
テルマちゃんも気づいちゃいました。
これ、大変まずい状況なのでは……?
「トリスさんの異能、『太陽の瞳』。すっごい力だわぁ。『人間の持つ力』とは思えへん」
そして、そしてです。
もうひとつ、ピンときたことがあります。
「『それ』、最初からその力? ちがうっしょ。ルナのモノとは違ってるでしょ?」
私、これまで太陽の瞳の力を引き出すとき、強く強く願っていました。
お願いを、天にとどけとばかりに祈って、瞳はそのとおりに願いを叶えて……。
「つい最近、なったモノと違う? テルマさんと出会ってから、急に目覚めた。違う?」
ヤタガラスの『願いを叶える力』。
七つの聖霊像を集めたときに見た映像の中で、ヤタガラスの双眸に輝く『太陽の瞳』。
私のなかで、全部が、全部がつながって……。
「まさに『それ』が『そう』だった。盲点だったわ、今までさんざん見てきてたっていうのにな」
……ちがった、んだ。
成長した私だけが身につけた、奇跡みたいな力。
そんなふうに思っていたけど、ちがったんだ。
そんな都合のいいこと、あるわけなくって……。
「テルマさんに来てほしいってお願い、撤回するわ。トリスさんとテルマさん。ふたりで僕と来てくれんかな。ヤタガラスの心――『太陽の瞳』を宿したおふたりさん?」