135 投げかける言霊
テルマちゃんがシャルガの民とわかれた民族の末裔……?
なかなかにビックリですが、あまり気にするような内容でもないですよね。
どうしてケイニッヒさん、あんなにうれしそうにしているのでしょう。
ヤタガラスの心が見つかったってどういうこと?
気になることはいろいろですが、言いたいことはただひとつ。
「私の大事なテルマちゃんは渡さないよ!」
「お、おねえしゃまぁ……」
「ま、そうなるわな。ここで倒せる気もせんし、またの機会にさせてもらうかー」
「……テルマを狙う理由が見えないわ。私たちにもわかるように説明したらどうかしら」
「ははっ、いや、なぁに。完全にこっちの話よ。あまりに嬉しくてな、つい舞い上がってしまったわ。許してな?」
要約しますと、『お前らに教えてやる義理はない』ですね。
これで質問は終わりとばかりに、ケイニッヒさんがセイレーンへお願いをします。
「セイレーン様、彼女らをなんとかしていただけませんか? していただけたら、聖霊神さまが復活するんですわ」
「よりつよく」
「もっとたかく」
「ほがらかに」
……意味がわからない返事ですが、ともかく了承したみたいです。
セイレーン、ふたたびこっちに襲いかかってきました。
「嬢ちゃんのその衣、『神護景雲の御衣』だったっけ? いつものようにトンズラかます前に、しっかり弱点探って対策立てんとなぁ」
そしてやっぱりケイニッヒさん、逃げる気満々。
ですがテルマちゃんをどうにかしたら『ヤタガラスの心』が手に入るそう。
次で勝つ気もまた満々です。
「そこ、盛り上がってるとこ悪いんだけどさぁ――」
と、ケイニッヒさんのふところに飛び込む黒い影。
ものすごく速いですが見えてます。
ユウナさんです。
「このユウナ様のこと、忘れてもらっちゃ困るんだけど?」
「忘れとらんよ?」
斬りかかろうとするユウナさんに吹きつける突風。
細い体を吹き飛ばされて、くるくる回りながら着地です。
「だからこそ、ジン様まで行かせなかったわけだし。ささ、ジン様。聖霊神さま復活のため、あなた様のお力もお借りしたく……」
「……」
セイレーンとちがってジンは無言のまま、静かですね。
しかし風はビュンビュン吹き鳴らし、ユウナさんにむかっていきます。
交戦スタートです。
さて、私たちはというと……。
「「「死死死死死死死死死」」」
セイレーンのたくさんの口から、たくさんの言霊が飛んできます。
聞いたら死んでしまうのでしょう、悪意のこもった音のかたまり。
しかし新たな衣の前には効果なし。
バチンバチンと弾いちゃいます。
視界を同期させているので、聖霊の弱点はティアにも見えてます。
攻撃も防御も万全。
しかし切り込まないのには理由があって……。
「トリス、敵の弱点、なかなか面倒な配置よね」
『うん。体の中心に、135個がびっしり固まってる。それとは別にひとつずつ、頭の先と尻尾の先に……』
全部同時に斬らないといけないんだよねぇ、聖霊の弱点って。
なかなか攻め手が見つからないみたい。
ですがきっと、このくらいなら――。
「……ま、やれないこともないでしょう」
『だよね、ティアなら!』
もっと難しい配置の弱点だって、これまでどうにかしてきました。
ティアが私を信じてくれているように、私もティアを信じているのです。
「テルマ、このまま衣を維持していて。新しいこと、ためしてみたいの」
『ティアナさんも新技ですか!?』
「あなたたちに負けていられないものね」
死の言霊にさらされながら、ティアが赤い棺をふたつ取り出しました。
いったいなにをするのでしょう。
気になるところですが、むこうも忘れちゃいけません。
半透明の状態でティアの体から顔を出して、ユウナさんへと呼びかけます。
「ユウナさん、そっち大丈夫っ!?」
「誰にもの言ってんのさ。ユウナ様だよっ」
ぜんぜん大丈夫そうでした。
両手のカマと風によるジンの連続攻撃を、ひらりひらりとかわしています。
「けど、弱点わかんないんだよねっ? 今教えるからっ!」
「おー、助かる!」
前に遭遇したとき、ケイニッヒさんにジャマされちゃって見られなかったジンの弱点。
しっかり見抜いてみせましょう。
……見えました。
これ、ユウナさんでもキツイんじゃ……。
「ユウナさん、あのねっ、弱点、右腕にたくさんついてる目玉ひとつひとつに埋め込まれてるの……! ぜんぶで108個……!」
「へー。わかりやすくていいじゃんねっ」
……ちっともひるんでいませんね。
さすがユウナさん、底が知れません。
さて、この戦況をケイニッヒさん、冷静に見つめています。
じっと動かず、ただ淡々と。
私たちのなにかを見極めようとしているみたい。
こちらもまだ、底も思惑も見えませんね……。
そしてティア。
なんとシムルを宿した二刀を風で浮かしながら、長剣にサラマンドラを宿そうとしているじゃないですか。
「ティア、すごいっ。こんなことできるんだ!」
「おなじ武器に三体詰め込むまではやってましたけど、別々の武器に二体憑依させるだなんて……」
「練習したのよ」
練習してたんだ。
最初っから強かったわけじゃないんだもんね、ティアって。
昔はユウナさんにぜんぜん勝てなかったらしいし。
きっと今までも見えないところで、血のにじむ努力をしているのでしょう。
ミニトカゲ状態のサラマンドラはこの状況に、
『我と契約を結びし者よ――』
とか偉そうに語ってますが……。
「黙れ」
『あびょっ』
はい、いつものように雑に斬られてモヤモヤに。
「いくわ。ブランカインド流憑霊術――双曲」
長剣にモヤモヤが吸い込まれ、炎の刃へと変わります。
そのまわりには、まるで意思を持ってるみたいに飛び回る二本の短剣。
じっさい、ティアの意思で飛ばしています。
「炎と風の波状攻撃。あなたにさばききれるのかしら?」
「「死死死死死滅滅滅滅滅呪呪呪呪呪殺殺殺殺殺」」
ものっすごい殺意のこもった言霊の雨あられ。
テルマちゃんの衣の力で、ものともせずに突き進みます。
「そう、かたまり」
「いい考え」
「とても思います」
セイレーン、またも謎の相談。
直後、言霊を出していない口から水弾が飛び出してきました。
言霊攻撃が効かないので、直接攻撃もためしてみようとしたのでしょうか。
ですが残念。
ティアの周囲を飛び回る双剣が、次々と斬り飛ばしていきます。
まぁ、テルマちゃんの衣なら直撃しても大丈夫でしょうけども。
「さぁセイレーン。墓場にもどる時間が来たわ」
攻撃範囲に到達したティアが、腰を落として姿勢を下げました。
風をまとった双剣も、ティアの意思で尻尾と頭の弱点へ飛んでいきます。
力強い踏み込みから繰り出される、炎をまとった長剣の斬り上げがセイレーンの体の中心へ。
「ブランカインド流葬霊術――焔獄より昇る熱風」
ズバ、ズバ、ズバシュッ!!
やったっ!
同時に三か所の弱点を、長剣と二本の短剣が斬りました!
体の中心にかたまっていた弱点たち、風のおかげでいきおいを増した炎によって根こそぎ焼き尽くされちゃってます。
風と炎の相乗効果、すごいです!
「これは」
「もどるます」
「をえない」
「あー」
セイレーンのたくさんの口から、口々に断末魔が飛び出してますね。
最後までよくわかりませんでした。
不気味です……。
不気味ですが、これでやっつけられました。
炎と風につつまれながらモヤモヤへと変わっていきます。
「もうすこし早く私たちに出会っていれば、もうすこし粘れたでしょうが。運が悪かったわね」
コートの中からティアが取り出す赤い棺。
パチンとフタを開けると、いつものようにモヤモヤ聖霊が吸い込まれていきました。
フタをしめて封印完了です。
「こっちは片付いたわ。ユウナ、手助け要る?」
「いらないよ! ユウナ様ひとりで問題なし!」
ユウナさん、ジンを相手に大立ち回りしながらのこのセリフ。
たのもしい限りですね。
「そう。じゃあ私たちは――」
燃え盛る長剣の切っ先が、次にむけられたのはもちろん……。
「ケイニッヒをこらしめるわね」
シャルガの頭領、ケイニッヒさん。
セイレーンをあっさり倒されたというのに、表情一つ変えていません。
「はぁー、まいったわぁ。セイレーン様があんなにあっさりやられるとはなー」
「そうやって余裕ぶっていられるのも、今のうちですよっ!」
「そうだよ! 今日こそ決着つけちゃうんだからっ」
「取り憑いてる嬢ちゃんふたりもやる気バリバリ、と。でもな、おじさんあんまやる気ないんよ」
む、またなにかするつもりですか……!?
いまこっそりと袖の中から、赤い棺を見えないように取り出したの、見逃していませんよ!
「ティア! あのヒトまだ聖霊を隠し持ってる!」
「そうなの? 私、気づけなかったわ」
同じ視界を共有してても、観察眼では私の方がずっと上みたい。
ともかくきっと、アレが真の切り札です。
ジンやセイレーンのように墓場から逃げた聖霊を捕まえたものじゃなく、シャルガの本拠からもってきたあのヒト本来のパートナー。
「きっとアレで逃げるつもりだ! なんとか止めなくちゃ……!」
「止めよう思って止められるモンでもないけどな!」
パチンっ。
フタがひらいた瞬間、棺の中から黒いモヤモヤが吹き出します。
聖霊の体を構成するモヤ、じゃありません。
『闇そのもの』が煙幕のように出てきたんです。
「な、なにこれっ」
「まずい、見失うわ……!」
部屋全体を包み込む漆黒の闇。
手をのばした先程度なら見通せますが、あとはなんにも見えません。
なぜだか太陽の瞳でも見えません。
「うわっちょ! あと少しでトドメなのにぃ!」
暗闇の中にユウナさんの嘆き。
パチン、と棺を開く音もしました。
おそらく『ジン』をしまったのでしょう。
「それじゃ。このスキに逃げさせてもらうわ」
「ダメ……っ!」
ここでこのヒトを逃がしたら絶対にダメ。
直感がそう叫んで、思わず口から飛び出してしまった言葉。
「待って、テイワズさん!!」
「――トリスさん。いま、なんて?」
その名を口にしてしまったのが、よかったことなのか、それとも悪かったことなのか。
今はまだわかりません。
確かなことは、ケイニッヒさんが逃げる足を止めたこと。
彼の声色から困惑を感じたこと。
それだけです。