134 懐かしの大神殿です
まだティアと出会ったばかりのころ、二人だけで挑んだ最初のダンジョン【ハンネスタ大神殿】。
この場所でテルマちゃんと出会ったんですよね。
思い出深いダンジョンです。
神殿前の広場にはグレンターク将軍の像が、変わらず立派に立っていて、観光客や神殿に挑戦する冒険者でにぎわって――。
……にぎわって、いるのですが、観光客さんばっかりですね。
「冒険者がぜんぜんいないよ? どうしたんだろ」
「不思議です。神殿がダンジョン化してから、毎日たくさん来てくれていましたのに」
「ザンテルベルムがダンジョン化した影響――ってわけでもなさそうね。だったら観光客も減るはずだもの」
もしかして、ケイニッヒさんたちがなにかしている影響でしょうか。
そのわりに、騒ぎになってたりウワサが立ってたり、なんてこともないよね。
神殿で騒ぎがあったなら、ルナの耳にも入ってるはずだし。
「検問所の人に聞いてみればわかるっしょ。ユウナ様、先陣切らせてもらいまーす!」
「待ちなさい、ユウナ。まったくもう……」
冒険者だけを通してくれるダンジョン入り口の検問所へと突っ走っていっちゃいました。
私たちも話を聞き逃さないために追いかけます。
「ほいおっちゃん、ギルドカード」
「タント・リージアンさんですね、確認しました。……しかし無駄足になるかもしれませんよ?」
「どういうこと?」
「じつはですね、まだ中央都の冒険者たちにしか公表されていないのですが……。最深部の『マナソウル結晶』が再生しなくなったらしいのです」
「えっ!?」
後ろで聞いてた私たち、というか私ですが、びっくりして声をあげちゃいました。
思わず会話に入り込んじゃいます。
「結晶が再生しないなんて、はじめてですよね!? 他のダンジョンでも起きてるんですかっ!?」
「そういった報告はまだ……。しかし他でも起きていない、とは言い切れませんね……」
「結晶、もう採りつくされちゃったのかな?」
「大方は。今現在、もぐってらっしゃる冒険者もあなた方以外はひとりだけです」
ひとりの冒険者……!
それってきっとケイニッヒさんです……!
あのヒト、どんな顔で潜入したかわからないので、見た目を聞いても意味ないですね。
ともかくひとりでいる、ってのが最重要。
いまが大大大チャンスですっ!
「ありがとうございましたっ。みんな、急ご――」
「……その前に、ギルドカードをご提示願います」
「あっ」
そうでした、まだユウナさんしか見せてません。
少し気まずい思いでギルドカードを見せて、改めて潜入です!
ダンジョンのなか、モンスターの姿すらほとんどありません。
結晶が再生しなくなったことで、魔物も発生しなくなったのでしょうか。
前例のないはじめてのケースすぎてなにがなにやらですが、進みやすいことだけは確か。
どんどん進んでいきましょう!
「……トリスってば、よく地図もなしに進めるわよね」
「前来たときに覚えたんだっ」
「テルマも自分の家みたいなものですからっ。道案内、バッチリできますよっ」
方向音痴さんたちには、ちょっと信じられないだろうなぁ。
星の瞳でマップを出しちゃってもいいんだけどね。
……それにしても。
改めて見るとこの神殿、シャルガの里にあった寺院と造りが似てます。
近い時代の建物、ってだけの理由じゃない。
共通性が見られるんです。
「……ねぇ、テルマちゃん。テルマちゃんってさ、特別な一族の子だったりするのかな?」
「なんですとつぜん。テルマのこと、もっと深く知りたくなっちゃいましたか……?」
「う、うん……。ふかくふかーく知りたいかな……」
「お姉さまったら大胆ですっ! ……けれどテルマ、神様への知識ならたっぷりですが、一族の出自についてはあんまり詳しく知らないのです。箱入りでしたし、最初から神様への捧げものでしたから」
「……そっか。ゴメンね」
「い、いえっ! お答えできず、テルマの方こそ申し訳ございませんっ! そういうことならお姉さま――テルマの本当のお姉さまが詳しかったのですけれどね……」
だいぶ気をつかわせちゃったかな。
やっぱりこのあたりの話、テルマちゃんにとってはデリケートな部分です。
これからも、これまで通りあんまり触れないようにしていこう。
さて、特になにごともなく。
幽霊の幻覚を見たり、かわいい女の子幽霊がさらわれていったりすることもなく、最深部へとたどり着きました。
前に来たときと、そしてさっき『太陽の瞳』の力で見たときと同じ景色。
礼拝堂のような部屋にたくさんの柱が立っていて、そこにあのヒトもいました。
「……ようやく会えたわね。探したわ」
ティアが先頭、私たちはそのうしろ。
ユウナさんも双剣かまえて準備万端、戦闘態勢です。
「はー、参るわー。こんなとこまで追っかけてくるかぁ。……よーくわかったな、僕のおる場所」
「わ、私の眼からは逃げられませんっ!」
「そうかー、トリスさんの力かぁ。『太陽の瞳』だっけ? とんでもない『異能』だわ」
対するケイニッヒさん、私たちに見つかったからってちっともあせっていませんね。
視線の先にはフロアの出口。
どうやって私たちを出し抜いて逃げ出すか、すでに考えをめぐらせています。
「大人しく聖霊を返してさ、お縄につけば命だけは見逃してやるよ?」
「お優しいなぁ。けど飲めん条件だわ。こっちもな、あきらめるわけにいかんから」
パチン、パチンっ。
ケイニッヒさん、ふたつの『赤棺』のフタを開けました。
中から飛び出す緑のモヤと青いモヤ。
すぐに固まって、異形の聖霊へと変わります。
うずまく風をまとい、目玉だらけの右腕を持つ、両手の先がカマになったヒト型聖霊『ジン』。
風をあやつる力なら、ティアの持つシムルを上回ります。
そしてもう一体。
全身をぬめぬめとした粘液におおわれた異形の怪物。
できそこないの魚みたいな体から三本の細長い足が伸びています。
びっしりとついた鱗には、それぞれ目玉がひとつと口がひとつずつ。
全身目玉と口だらけです。
「久しい」
「あかりです」
「なんと」
「それはそうですね」
一匹でなぞの会話をしちゃってます。
美しい声がかえって不気味です。
「ティア、あれがグレイコーストでうばわれたヤツ……?」
「えぇ。『セイレーン』よ」
『声』を武器にしてくるっていう、人並み外れた感覚を持つ私の天敵。
少し前ならそうでした。
どうやって戦おうか、ばっかり考えていたでしょう。
「やっぱ『墓場』におられた聖霊さまの情報ならバッチリ持っとるか。けどな、だからこそ怖いっしょ?」
「ふんっ、怖くないですよーっだ! いくよ、テルマちゃん! ティア!」
「はいっ!」
「いつでも来ていいわよ」
了承、いただきました!
柱のかげにてってこ走っていって、もたれて座って『太陽の瞳』を発動、幽体離脱。
テルマちゃんと手をつなぎつつ、ティアの体に飛び込みます。
「ティア、受け止めてっ!」
「えぇ、来なさい」
ダイビングする私たちを、両手をひろげて受け止めるティア。
私たちが体の中へと消えていき、ティアの瞳に太陽の光彩が宿ります。
「なるほどなー、それが最強モードか。はじめて見たわー。……けどな。セイレーン様の攻撃、これをどう防ぐん?」
ケイニッヒさんがスッと手をかざすと、セイレーンのたくさんの口が、がぱぁ、と開きました。
「ますか?」
「ますと思われる」
「そろえたい」
「「「死死死死死死死」」」
名指しで言霊を乗せた呪詛が、ストレートに私たちへと飛んできます。
ですが!
「テルマちゃん!」
「おまかせあれっ!」
カッ……!
ティアの体が光につつまれ、バチィンっ、と呪いの歌をはじき飛ばします。
「ケイニッヒ。いま、ソイツになにかさせたかしら?」
「な、に……? なんなん、そのバチバチに光る衣は……!」
「おどろいたようですね!」
どや顔の半透明状態で体から飛び出すテルマちゃん。
新しい力を見せたくてしかたないって感じです。
かわいいですね。
「これぞテルマの新たなチカラ! 百難千苦をはじき飛ばす、名付けて『神護景雲の御衣』ですっ!」
ズビシっ、と決めました。
テルマちゃんかっこいいっ。
ちなみにユウナさんですが、言霊の矛先がティアに行っているためにまったくの無事。
セイレーンのことを知ってるからこそ、対処もできてるわけですね。
「……なるほどなぁ。こりゃおどろいたわ。なにがって、セイレーン様の歌を防がれたことじゃない。幽霊のお嬢ちゃんが成長したことが」
「そうでしょう! 珍しいでしょう!」
「あー珍しいなぁ。それ、もう『異能』っしょ」
「そのようですね!」
「……『異能』を使えるものは、聖霊に愛された者」
ケイニッヒさん、どうしたのでしょう。
なぜだか嬉しそうにすら見えてきました。
欠けていたピースの、最後のひとつが見つかった……みたいな。
「聖霊と近しいシャルガと、もうひとつ。おおよそ500年前、我らと袂を別ったマルナ族。その末裔だけ、のはず」
「マルナ族!? それ、テルマの一族の名前ですっ」
「やっぱりか……。マルナゆかりのこの場所で、調べもんしとった甲斐があったわ。これで『ヤタガラスの心』が見つけられる。嬢ちゃん、おじさんといっしょに来てもらえん?」