130 見たくない過去、見たい過去
瞳に宿る流星群。
流れ星の光彩がルナをとらえた瞬間、私の意識はどこか遠くへ飛ばされて――。
『……こ、ここは……?』
気づけば薄汚い路地裏でした。
出せるのは声だけ。
体の感覚こそありますが、まったく自分の意思で動けません。
流星の瞳、成功です。
成功ですが……、視たい時間じゃないですね。
『これってルナがストリートチルドレンだったころだよね。ちがうの、見るべきはもっともっと前……!』
それこそこの世に生を受けたとき。
そのくらいまでさかのぼりたいのです。
『よーし、さかのぼってみよう。……えいっ』
気合いを入れて年代ジャンプ!
……しようとしたのですが、なにも起きません。
あれ?
これってランダム?
飛びたい時代、選べないの……?
「……はぁぁぁ」
とまどう私の意思とは無関係に、ルナの意思で深いため息。
体が勝手に動くのに、私の意思じゃどうにもなりません。
(お、落ち着こう……。これまでもとつぜん視点が切り替わったりしてたし)
しばらく様子を見てみよう。
えーっと、まずこれ、いつごろの記憶なんだろう。
薄汚れた路地裏をフラフラと歩くルナ。
一人称視点だから、正確な背丈とか年頃はわかんないけど、たぶん私が知るルナと変わらないはず。
これまでのぞき見させてもらった霊の記憶は、強く印象に残ってるだろう思い出ばっかりだったけど……。
「――やぁ、お嬢さん」
ゾクリ。
『その声』を聞いた瞬間、背筋に寒気が走るような感覚に襲われます。
だって『その声』を聞いただけで、今がどのタイミングかわかってしまったから。
もしも視点が切り替わらなかったら、これから起こる惨劇を見せつけられることになるから。
くるりと、ルナがふりむきます。
そこに立っていた、にこやかな笑みを浮かべた男。
私が知るよりほんの、ほんの少しだけ若いですが、間違いありません。
この男は――!
「……アンタ、誰?」
「おじさんはね、『ドライク』という名前さ。お嬢さんの名前も聞いていいかな?」
「……ルナ。で、おっさんなんの用?」
「ちょっとねぇ。娘に似ていたものだから。そう、とっても似ているんだ。とぉーっても、ねぇ」
二ィィィ。
口元をゆがめるドライクの様子に、さすがに危険を感じたのでしょう。
ルナが『月の瞳』をつかおうと瞳を閉じて、次に開いたとき。
もうそこにドライクはいません。
「『その力』も素晴らしい。娘へのプレゼントにうってつけだぁ」
トンっ。
首すじに走る手刀の衝撃。
おそらくワープ魔法で背後にまわったのでしょう。
目の前が暗くなっていって、視点がパッと切り替わります。
……切り替わりましたが、目の前が真っ暗なままです。
『月の瞳』対策で、目隠しをされていることにすぐ気づきました。
それと、冷たい台座に寝かされていることも。
「なんのつもりだよッ! 外せ、これ外せ!!」
ガシャガシャガシャッ!
手足が鎖にしばられて、身動きが取れないみたいです。
狂気の瞳を持つルナだって、こうなっちゃったらただの11歳の女の子。
もうどうにもなりません。
「キミのことをねぇ、ずーっと見ていたんだ……」
「ひっ!」
耳元に、しめった生温かい息がかかります。
あまりの嫌悪感と恐怖で、私もルナといっしょに小さく悲鳴をあげそうになりました。
「死んだ娘とおなじ年頃で、よく似た容姿と髪色で。家族を持たず、いなくなっても誰も気にしないストリートチルドレン」
「な、なんだっていうのよ! 離れろ、気色悪い!」
「そして大人すら手玉に取り、操り、狂わせるその『瞳』。手に入れられたなら、娘もきっと喜ぶだろう」
「だから! ワケわかんないこと言ってんじゃ――」
「キミはこれから死ぬ」
「え――」
「だがね、ただ死ぬわけじゃあない。キミの体は、これから私の娘のものとなる。私のかわいいトリスのものとなって、この世で幸せに生きていくんだ。いいだろう?」
耳元から離れたドライク。
パチンとなにか――たぶん棺、を開く音がします。
「ツクヨミ、ヤタガラス……。『我が一族』に伝わっていた伝承が、これから私の家族に奇跡を起こすのさ」
伝承?
一族……?
ドライク、いったいなにを言っているのでしょう……。
わかりませんが、ひとつだけ肌で感じます。
圧倒的な力と存在感を放つ聖霊が、すぐそばで実体化したということを。
『我が名は【ツクヨミ】。常世と黄泉の境界を取り持つ者なり』
「し、死ぬ……っ? 私を殺すつもり……? そ、それに、ツクヨミ……? なに……?」
「なにも怖がることはない。痛くもないし苦しくもない。それにトリスのために死ねるんだ。こんなにうれしいことはないだろう?」
「……っ! ふざけないで! ふざけるな! トリスって誰だよ! 外せよコレ! 外せ!!」
ガシャガシャガシャッ!!
必死に暴れるルナですが、それで逃げられるはずもなく。
もう一度パチン、と音がして、また棺のフタが開いて……。
「――ぇ? お父さん……? これ……?」
「喜びなさい、トリス。トリスはこれから生き返るんだ。その子の体を乗っ取って」
「なに、いってるの……? それじゃ、その子は……?」
「死ぬ」
「――っ! ダメ、やめて! いますぐやめてぇ!」
「心を痛めているのかい? やはりトリスは優しくていい子だ。でも問題ないよ。生き返ると同時、トリスは記憶を無くしてしまうから。だからその子のことはなんにも覚えてないんだ」
「外せ!! いますぐ外せぇ!!! イヤだ、まだ死にたくない!! まだ死にたくない! 生きててなんにもいいことなかったのに!!!」
「お父さん! お願い! 優しかったお父さんに戻ってぇぇ!!」
「あぁ、本当に天使のような優しい子。いますぐ生き返らせてあげるからね。――ツクヨミ、お願いするよ。代償となる欲望は――そうだねぇ。優しいこの子にふさわしい、『人助け』でどうだろう」
『汝が願い、聞き入れたり』
「えぅ? か、体が勝手に、あの子の方に……っ。やだ、待って、この子のこと、死なせたくないのに……!」
「イヤだ、来るなぁぁぁぁ!!! 死にたくない!! 死にたくないいいぃ゛ぃぃぃ゛ぃ!!!!」
「あははははっ、あははははははははっ。トリス、今日が新しい誕生日だよ。ハッピーバースデー!」
「ああ゛ああぁ゛っぁぁぁ゛ぁぁぁ゛あぁぁ゛ぁ」
★☆★
「――っああぁ゛ぁぁぁ゛ぁぁ!!!」
「トリスっ!?」
「お姉さま!!」
「トリス、落ち着いて! 落ち着いてください……」
「……え? あ、れ……?」
あ……、ここ、ツクヨミ本部……。
みんな、私のこと、心配そうに見てる……。
そっか、戻ってきちゃったんだ……。
「はぁ、はぁっ、はぁ……っ。私……? これ、私だよね……」
「そうです、お姉さまですっ」
「……あなた、いったいなにを見たの?」
「ひっ……!」
ルナの声に、思わずビクッとしてしまいます。
「なーに人の顔見てビビってるのよ。見たい映像、見られたの?」
「う、ううん……。見られなかった……」
流星の瞳、やっぱり危険すぎます。
見たい映像見られないし、とてつもない恐怖体験してしまうし。
それに知っていたとはいえ、自分の父親の残酷な所業を被害者サイドから体験するなんて。
もうコレ、怖くて使えないかもしれません……。
「……やっぱり無理かも。ごめんね、みんな。ルナも、協力してくれたのに、ゴメン……」
「あきらめるの?」
「だって、もう無理だよ……。もう一回チャレンジして、またあんなのを見たら……」
「なにを見たのか知らないけどね。あなたは私の『月の瞳』にすら打ち勝ってみせたでしょう。私の体を使うこと、認めてあげたでしょう。そのあなたが、よくも元の持ち主の前で情けなく、あきらめたなんて言えるわね」
「……!」
「私が認めたあのチカラ。アレを使ってもう一度やってみなさい。あきらめるなんて、それからでも遅くないでしょう?」
……そうだよ。
ルナから体を譲ってもらったんだから。
簡単にあきらめちゃダメなんだ。
「……もっかいやってみる。今度は『太陽の瞳』で。この瞳に、そんなことまでできるかどうかわからないけど、やってみる!」
「いいじゃない。付き合ってあげる」
「ティア、テルマちゃん、お姉ちゃん。今度は私の体、よろしくねっ」
「はいっ、おまかせあれ!」
返事をしてくれるテルマちゃんと、うなずく二人。
私も瞳を閉じて、太陽の瞳を発動、体から抜け出します!
『――よし。ルナ、いくよ!』
「えぇ。今度はしくじらないようにね」
正直どうするべきかわかんないけど、とりあえず流星の瞳とおんなじ感じでルナを見つめます。
今度は見たい記憶を強くイメージして。
(産まれたばかりのルナの記憶が見たい、赤ん坊のころのルナの記憶が見たい――っ!)
強く念じて『願い』ながら瞳に力をみなぎらせたそのとき、視界がカッ、と明るくなって――。
「おめでとうございます、若! かわいい女の子です!」
「おぉ、この子がボクの子かぁ。ハハッ、アイツによう似とるな!」
――これは、記憶ですね。
ルナの記憶。
誰かのあたたかい腕のなかに優しく抱かれる、とってもとっても安心する記憶。
「きゃっきゃっ、だぁぁ」
「あははっ、鼻引っ張るなって」
この男のヒトは――誰でしょう。
まったく見たコトない顔です。
シャルガの民族衣装を着ていて、ケイニッヒさんと同じ口調。
ですがなんと、声も顔もまったく違います。
このヒトがケイニッヒさんなのか、それとも別の誰かなのか。
わかりませんが、ひとつだけハッキリとわかります。
このヒトがルナの父親なんだ、って。